さればこそ無敵のルーメン

宗園やや

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第一話

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 礼拝堂の裏に下がった大司教は、ここまで聞こえて来る礼拝堂の騒ぎを無視して聖職者待機室に入った。
「大丈夫か? テルラ」
 数脚の椅子しかない質素な部屋では、赤と青のオッドアイとなった少年が温かい飲み物を手に持って座っていた。
 その横では教会女性スタッフ二人が少年を心配している。
「身体は大丈夫です、お父さん。あ。いえ、大司教。ただ、女神様から授かった知恵、と言うか知識の内容が少々ショッキングで……」
「ショッキングとな?」
「ですので、大司教であるお父さんだけにお話した方が良いと思いました。――いえ、もう数人、信用出来る人にも同席して頂いた方が良いかな。それくらいの内容なんです。僕一人だけではどうにも出来ません」
 息子の口調にただならぬ雰囲気を感じた大司教は女性スタッフを下がらせ、ついでに大司教の下に位置する身分の司教二人を呼ばせた。
「大司教。礼拝堂の騒ぎは何事ですか?」
 二人の中年男性がすぐに待機室に来た。普段と違う状況に大聖堂全体が右往左往していたので、何事かと様子を伺っていたのだ。
「先程の礼拝で、女神ティングミアの妹神、オグビア様が顕現なされたのだ」
「な、なんと……!?」
 恰幅の良い大司教から出た言葉に目を剥いて驚く司教の二人。
 一人だけ温かい飲み物を持っている息子は、驚きのあまり口を半開きにしている二人に不安そうな顔を向ける。
「その女神オグビア様が、魔物が現れた原因と、その解決方法の知恵を僕に授けてくれたんです。そして、とんでもない事実も……」
「とんでもない事実とは?」
「二人共、まずは座りなさい。私にも椅子を。――では、テルラ。何がどうショッキングなのだ?」
 立っていた大人達を座らせた大司教は、息子に向き直って話の再開を促した。
「まず、魔物が発生した原因からお話しましょう。皆様は、勿論『リビラーナ王国』をご存知ですよね」
 痩せた方の司教が頷く。
「勿論です。魔物の発生と同時に、その魔物に滅ぼされた国ですね。その状況から、当時から魔物発生の原因はかの国に有るとも言われていました。――この流れでその名が出ると言う事は、まさか、その噂が本当だったと言うのですか?」
「はい。正確にはジビル・カサーラ・リビラーナ王が原因です。病弱だった彼は、健康と長寿を願いました。その願いを、女神ティングミア様が聞き届けました。そして奇跡が起こり、魔物が発生したのです」
「なぜそうなるんですか?」
 背が高い方の司教が訊く。
「どうやら王は長寿ではなく不老不死を願っていた様なのです。しかし、どんな言葉で願ったのかは不明ですが、女神は勘違いした。その齟齬により、彼の身体はバラバラになってしまいました。そして、バラバラになった王の身体から、この世界では有り得ない生物が生まれてしまった。それが魔物発生の原因です」
「なんと……」
「女神ティングミア様はその罪を問われ、更に上位の神によって有罪判定を受けました。今は世界の外で罪を償っているそうです。つまり、女神ティングミア様は、現在この世界の中には存在していません」
 司教の二人はまたもや目を剥いて驚いたが、大司教は納得して頷いた。
「だから妹神が顕現されたのか」
「その通りです。この事実は公表しない方が良いと思ったので、こうして少人数でお話しました」
「英断だ、我が息子よ。この事実は口外せぬ方が良いだろう。女神が不在となると教会の威厳が下がるだけでなく、全人類が不安になる。やけになった者が何をしでかすかも分からん。――良いな? 決して漏らすでないぞ」
 大司教の言葉に頷く司教の二人。
 全員の同意を得た事を確認した少年は続ける。
「女神の刑期は、300年。その300年の間に我々人間が魔物の問題を解決出来なかった場合は、上位の神によってこの世界は消されてしまいます。これも公表しない方が良いと思います」
「世界が消される、だと? なぜだ」
「本来、この世界は魔物が居ない世界でした。しかしリビラーナ王のせいで魔物が発生しました。種族名を付ける間も無く爆発的に増えた魔物の害は深刻で、人々は苦しみ、悲しんでいます。その、本来なら存在しないはずの負の感情が毒となり、神の世界に悪影響を及ぼすからです」
「毒、か……。その、魔物の問題の解決とは、具体的にどうすれば良いのかは分かるのか?」
「詳しくは長くなるので、また後程お話します。今ここで簡単に言うのならば、魔物の根絶です。この世界を、元の魔物が居ない世界に戻せば、この世界は300年後も存続します」
「確かに、魔物を滅ぼし、平和を取り戻さないと人類は滅びる。そう言う意味では、人の世界は100年も持たずに滅びるだろう。その後に世界が消えても……」
 大司教の声が段々と小さくなって行き、結局は口を噤んでしまう。息子と司教の前でやけっぱちな事を言いそうになった自分を恥じたからだ。そんな心の内を誤魔化す様に、責任を女神に向ける。
「大司教の私が言うべき事ではないが、女神の失態で起こった事態なら、女神自らが解決するべきではないのかな。世界が消えるなら、特にそう思う。魔物の害を人間が解決出来ないからこそ、毎日礼拝堂が満員になるのだから」
「その通りです。ですから、特別にふたつの奇跡を授けてくださったんです。僕のこの目と、全ての人に潜在能力を。この世界が300年以上続く事と、魔物の害で人々が苦しまない様に、と」
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