さればこそ無敵のルーメン

宗園やや

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第十話

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 三日目も成果無しだったテルラ達は、疲れた足取りで宿屋に帰った。
 一人で大聖堂を見張っているグレイの帰りを待っていると、慌てた感じでドアがノックされた。直後、ドアが開けられる前に黒髪ボブの女が声を張り上げる。
「テルラ様。グレイさんが目標の女魔法使いを撃ったそうです」
「何ですって?」
 自分の足をマッサージしたりベッドで寝転んでいたりしてた一行が一斉に立ち上がった。
「現在大聖堂で保護し治療しています。しかし、何も喋らないので困っています。テルラ様達にも尋問の協力をお願いします」
「すぐに行きます。みなさん。リュックは置いて行くので、戸締りはしっかりしましょう」
「分かりましたわ」
 テルラ達と黒髪ボブの女は、夜が始まった荒野の街をランタンを持って走った。
 大聖堂の正面門はよほどの緊急時でなければ解放されたままなので、今回は正面から堂々と入った。
「レインボー姫とテルラティア様ご一行です。例の女の取り調べをお願いし、お越し頂きました」
 黒髪ボブの女は、大聖堂の玄関を護っている僧兵にそう言った。話は通っているらしく、すぐに女が閉じ込められている部屋の場所を教えてくれた。
「女が居るのは地下の様です。そこにグレイさんも居ます」
「急ぎましょう」
 礼拝堂横の廊下を進み、地下への階段を降りる。
 地下に降りてからも結構歩く。
 綺麗な大理石の壁が冷たい石の壁に代わって行く。まるで地下牢の様な雰囲気だ
 数人の僧兵が守るドアの前にグレイが居て、一人だけ椅子に座っていた。
「おお、来たか。予想通り、日が沈む瞬間に紛れて魔法結晶を取りに来た奴が居たので撃ってやったぞ」
 立ち上がったグレイは、持っていたコップを椅子に置いて話を続ける。
「泳がせて後を追うのが一番の手だと承知はしていたが、行方不明になったガキが居るって話だったからな。もしもそれが王子の仕業だったら、魔法結晶を持ち去られると誘拐された奴が生贄にされて命が危ないと思ってな。だから撃って逃げられない様にしてやった」
「素晴らしい判断だと僕は思います。――で、この中にその女が?」
「ああ。一言も喋らないから名前もまだ分からん。背格好から王子の仲間で間違いないと俺は思うが、お前達も確認してくれ」
「分かりました。全員で確認しましょう」
 テルラがドアに近付こうとしたのをプリシゥアが遮る。
「ここは護衛として陣形の変更を求めるっス。一番前は私が行くっス。テルラとレイは要人なのでその後っス。夜に使い物にならないカレンと疲れているグレイは一番最後っス」
 ドアを護っていた男性僧兵が、それを聞いて話に入って来た。
「相手は魔法使いなので、この部屋には魔封じが施されています。ですが、聖女のお力に影響しない特別仕様なので、万全とは言い難いんです。なので、僧兵のお嬢さんを先頭にする案を推奨します」
「そうですか。では、その様にしましょう」
 プリシゥアを先頭にした陣形を組み、男性僧兵が開けたドアを潜る。
 冷たい石壁の部屋の中は一脚の椅子しかなく、それに女性が縛り付けられていた。以前着ていた魔法使いのローブではなく、この街の一般女性が着る砂埃除けのフードが付いているドレスを身に纏っている。
 そのスカートが捲られていて、露になった太ももには血の滲んだ包帯が巻かれている。
「脚を撃ったんですか」
 プリシゥアの後ろに隠れて指の輪っかを覗いているテルラが言うと、入り口付近で様子を窺う様に止まっているグレイが頷いた。
「逃がす訳には行かなかったからな」
「さて。魔法使いさん。会うのは二度目ですね。僕はテルラ。ハンターパーティのリーダーをしています。貴女はハイタッチ王子と一緒に居た人ですよね?」
 話し掛けても女は反応しない。
 俯き、床を見詰めている。
「僕は女神から特殊な能力を授かりました。このガーネットの左目がそうです。この左目で貴女の潜在能力を見させて貰いました。貴女の潜在能力は、『偉大な魔法使い』です。『正しい修行と正確な知識と適切な時間が揃えば、どんな魔法も習得出来る』」
 女は一瞬だけ顔を上げ、テルラの左目を見た。
「王子と行動を共にしていただけあって、さすがに優秀な能力をお持ちですね。僕は、貴女をハイタッチ王子の仲間だと判断します。みなさんはどう思われますか」
「立ち上がって貰わないと体格を目測出来ませんが、テルラの言う事に間違いは有りませんわ」
 と、レイ。
「正直、分かんない。覚えてない」
「あの時の女だと思うっスが、私もいまいち自信がないっス」
 カレンとプリシゥアは判断を放棄した。
 二人の発言に呆れた溜息を吐くグレイ。
「大聖堂水の出口の結晶を狙っている時点で、俺は王子の仲間だと判断して撃った。仲間じゃなくても俺が咎められる事は無いし。湖側に侵入している時点で犯罪者だからな、この街では」
 テルラは、プリシゥアの手が届く範囲から出ない様に気を付けつつ、女の顔を覗き込んだ。
「ちなみに、僕は王子の潜在能力も見ています。王子の潜在能力は『パンデモニウムの裏』です。『相当な望みが必要だが、新たな神、もしくは世界の敵を召喚出来る。ただし現実改変により決して望みが叶わない』」
 床を見詰めている女は無反応。
「そう。王子の望みは絶対に叶わないんです。何を企んでいるかは分かりませんが、何を召喚しようと、全部無駄なんです。心当たりは有りませんか? 彼が行う召喚は、全部意図しない結果に終わっていませんか?」
 女は変わらず無反応。
 しかし前髪が微妙に震えている。
 心当たりが有る様なので、話をちゃんと理解していると判断して続ける。
「僕は回復魔法が使えます。名前を教えてくださるのなら、その脚の痛みを和らげて差し上げましょう」
 女はテルラから顔を逸らした。
 グレイが再び溜息を吐き、気怠そうな、しかし一際大きな声を出した。
「おい、テルラ。そいつは意固地になって口を閉じている。こうなったら拷問しても口を割らないぞ。王子の仲間なら舌を噛んででも秘密を守るだろう。逆を言えば、何も言わずに舌を噛んだら仲間決定だが」
「……そうですね。僕とグレイが高確率で彼女は王子の仲間だと判断した、と言う事で、後は大聖堂に任せましょう」
 女一人残して部屋を出る一行。
 黒髪ボブの女の先導で地下を出たところで、レイがグレイの耳元で囁いた。
「さりげなく大聖堂の拷問と女の自殺を抑止しましたわね。上手いですわ」
「まぁな。――さっさと宿に帰って晩飯にしようぜ」
「お腹が空きましたものね。しかし、またもや点数を稼いで。テルラと名を連ねたからって調子に乗らないでくださいましよ」
「ふん。嫉妬はあの女が生き残ってからしろ。偉い奴に仕えてる奴は、都合が悪くなるとあっさりと自分の命を捨てるらしいからな。抑止が効くかどうかは分の悪い賭けだ」
「……そうですわね」
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