さればこそ無敵のルーメン

宗園やや

文字の大きさ
155 / 277
第十八話

3

しおりを挟む
 ささやかなフリルが付いている派手な原色のドレスモドキを着ている女は、まるで迷子になっているかの様に不安げに佇んでいる。
 指の輪を解くと影すらも見えなくなり、輪を覗くと困っている表情までハッキリと見える。
「女の方? 一番奥の一室が女性の部屋ですが、あそこに何か気になる物でも?」
 レイが通路の奥を指差す。女性のみが入れられている部屋は男性が入っている部屋と違って窓にカーテンが掛かっているが、今は開いている。
「いえ、そうではなく、黒い風船と同じく、ガーネットの左目でしか見えない人です。普通の人間にしか見えないので魔物ではないと思いますが……」
「――です? 目が合ってますよね? ああ、良かった! 私が見えるんですね! 声は聞こえますか?」
 派手な釣鐘型スカートを揺らし、女がテルラに駆け寄って来た。
 最初は口パクだったが、近付くに連れて声が聞こえる様になる。
「ええ、見えますし、聞こえます。貴女は一体?」
「私はseijo5289です。突然この世界に召喚されたのですが、誰にも気付かれず、ほとほと困っておりました」
「聖女……様ですか? 数字の意味が分かりませんが、それも名前でいらっしゃるのでしょうか」
 虚空を見上げて会話を始めたテルラを心配する仲間達。指の輪を解いていないので、乱心した訳ではないだろう。
「ええと、テルラ? ガーネットの左目でしか見えない方と会話しているんですの?」
「レイには聞こえませんか? 目の前にいらっしゃるんですけど」
「全く。――とにかく、状況から無関係とは思えません。会話が出来るのなら、この事態が何なのかを聞き出せませんか?」
「そうですね。ええと、レイの言葉は聞こえていますか?」
 自称聖女の年齢は、見た目では判断出来なかった。背丈はパーティメンバーの女性陣と同じくらいだが、目が大きく口が小さいので、顔だけなら幼子にも見える。
「はい。そちらの声は問題無く聞こえています。存在座標がほんのわずかだけずれているので、簡単には干渉出来ないのでしょう。なんらかの作用によって存在が認知出来れば誤差が自動修正され、こうして会話が成立する様です」
「はぁ……? 存在、座標、ですか?」
 テルラが全く理解していない様子なので、聖女は言い直す。
「つまり、私は私が元々居た世界とは別の世界に片足を突っ込んでいる状態で、胴体はこの世界の外に有るんです。だから普通は見えないんです。しかし片足は入っていますので、全くの無関係ではない。だから見える人には見える。そう言う状態です」
「聖女様と似た見え方をしているあの黒い風船の様な物体も、同様に片足だけこの世界に入っている、と言う事でしょうか?」
「詳しく言うと違うのですが、長くなるのでアレの正体についての説明は後回しにしましょう。この世界の人は、異世界から飛ばされてきたアレに困らされているでしょう? すぐにでも解決したいでしょう? なら長話はするべきではありません」
「すぐに解決出来るのですか?」
「私はアレを処理するために生み出されたプログラムです。手で触れるだけでアレを消去出来ます。しかし、対象がオリの中なので手が届かないんです」
「では、手が届けば彼等を正常に戻せると?」
「はい。現に、何人もの人を正常に戻しました。しかし数が多く、処理が間に合いませんでした。こうして一か所に纏めて頂けたのは好都合でしたが、手が出せなくなったんです。目に見えない幽霊みたいな状態なのに、壁抜けは出来ません。それどころか、ドアノブに触る事すら出来ないんです」
「ふーむ。――看守さん。比較的安全な人を一名、外に出して頂けませんか?」
 王女に向かって暴言を吐く若者達に冷や冷やしていた兵士風の男が、慌ててテルラの横に来た。
「一人だけ、ですか?」
「どうやら正気に戻せる手段が有る様ですので、試しに一名だけ」
「了解しました」
 一人の若者が部屋から出される。二人の看守に両脇をホールドされているその男は、猜疑心に満ちた目で周囲の人間を警戒している。
 その男に聖女が近付き、頭に乗っている黒い風船に右手を添えた。
「あ、本当に消えました。――気分はどうですか?」
 指の輪を覗いているテルラが訊くと、男の顔から険しさが消えて行く。
「……? 何だろう、気分が良くなった。いや、元々気分が悪かった訳じゃないが……心が軽くなった」
 テルラ以外の何も見えない人達は、何も動いていないのにハッキリと分かる変化が起こって驚いた。
 そんな人達に向き直り、部屋の中が見える大きな窓を指差すテルラ。
「成功ですね。聖女様は本物です。では、手前から順番にドアを開けましょう。そうすれば、ここに居る人達全員が正常に戻るでしょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...