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第二十二話
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太陽が沈むと、レイとミマルンはプリズムにお酒をごちそうになった。
レイとしてはすぐに街に戻ってテルラと合流したかったが、国中から下級の人間を集めている街の特性上、夜間は外出禁止になっているんだそうだ。
外出したい正当な理由が有れば許可証が発行されるが、テルラ達も外出禁止を知らされれば宿にこもるはずなので、今から取る意味は薄い。
なので、今夜はプリズムの誘いに甘えて泊まる事にした。
念のために事情説明の者を出して貰っていて、テルラ達が泊まる宿の情報も持って帰って来る手筈になっているので、お互いに心配は無い。
「成人おめでとう、レインボー様」
「ありがとうございます、お姉さま」
ゆったりとした部屋着を着た銀髪の美女二人が乾杯する。
外国産の高級グラスが静かに触れ合い、ベルが風に揺れた様な心地良い音を立てる。
続けてミマルンも乾杯。
黄金の燭台で揺れるロウソクの炎に照らされながらグラスを傾ける。
「――美味しい。良いお酒ですね」
ミマルンが目を細める。フルーティーな香りなのに蜂蜜の様に甘い。
「美味しいですけど、わたくしはまだお酒を呑み慣れていませんので、良し悪しは分かりませんわ」
レイもその味を気に入り、確かめる様に二口目を楽しむ。これならばいくらでも呑めるが、飲み過ぎると体調を崩すと聞いているので、三口目は時間を置く事にした。
「他にも様々なお酒を用意しておりますので、今夜は楽しみましょう」
プリズムは上機嫌で言ったが、レイは笑顔で断る。
「明日も早いので、酔うまでは呑みませんわ。お酒の飲み比べはもう少し大人になってから、ですわね」
「ハンターとしてお仕事をなさっているんでしたわね」
残念そうに肩を竦めたプリズムは、一口飲んでから続ける。
「お酒の力を借りて訊こうと思っていましたが、それならば遠慮無く訊きましょう」
「怖い切り出しですわね。何でしょう?」
「レインボー様も結婚の適齢期。それなのに、星の数ほど申し込まれるお見合いを無視し、未成年のテルラティア様を好いておられると聞いています。国王様もご心配でしょう。なぜそんなに盲目的に好きなのでしょうか」
「そんな事ですか」
グラスに視線を落としたレイは、なかなか続きを言わない。
静か過ぎて、気配を消してツマミやお酒のお替りを作っているメイドの布擦れの音が聞こえる。
「ここは女だけの場。気楽に雑談しましょう。……気になるのならメイドを退室させますが」
「いいえ、お姉さま。そこまで大げさな話ではございません。おとぎ話に出て来る様な、ありふれた話ですわ」
レイは、甘いお酒をチビチビと飲みながら自分語りをする。
子供の頃は、使用人を人扱いしない嫌な姫だった。
そう振舞う事が当たり前で、他人が自分の為に動くのが当然で、父も兄も教育係も何も言わなかった。
自分に疑問を持っていなかった。
「そんなある日――あれは何の儀式だったでしょうか。記念日だったかしら。ダンダルミア大聖堂の大司教スカーフォイア・グリプト様と共に王城を訪れたテルラは、ふんぞり返っているわたくしを見兼ねたのでしょう、こう仰りました」
『権力者、力を持つ者が調子に乗ると大変な事になる。王族の場合、国が傾く』
「本当はもっと長かったのですが、まぁ、そんな感じの内容でした。その時のテルラはまだ三歳か四歳。わたくしは十か十一。お互いに子供だったので、言いたい放題、言われたい放題でした。なぜか周りも止めませんでした」
「あの頃はそうでしたわね。程度の差は有れ、私も使用人を人扱いしていなかったと思います。ですが、レインボー様の傍若無人っぷりを見て、アレは酷いと思って反省した物です。周りが止めなかったのも、良く言ってくれたと思ったからではないでしょうか」
「まぁ。わたくしったら、そんなにでしたか?」
「そんなにでした。ですから、息子のロビンはそうならない様に躾けています。順位は付いていませんが、彼も血筋的には王位継承権を持っていますからね。しかし、王族は傍若無人でも良いとも思っています。人情に厚いと公平な政治判断が出来なくなる事も有るでしょうから」
「王族がどうあるべきかは横に置いて。それでわたくしは目が覚め、世界が変わった気がしたのです。目から鱗が落ちる、正にそれでした」
その後もテルラと会う度に正論を言われた。
その度に刺激を受けた。
その度にゾクゾクした。
「彼ももう十歳。もうすぐ十一歳。あの時のわたくしと同じ年になりました。今はもう常識や世間を勉強して正論の攻撃力は下がりましたが、それでもゾクゾクさせてくれます。そこが好きなんです」
「私は正論を言われるのが嫌いですので、理解出来ません。まぁ、趣味は人それぞれなんだ、と納得しますわ。一緒に旅をなさっているミマルン様は、今のお話、どう感じました?」
プリズムに話を振られたミマルンは慎重に言葉を選ぶ。
「一緒に旅をしていると言ってもまだ一か月も経っていません。そんな私から見ても、確かにテルラは正論を言いがちですね。大聖堂の跡取りとして育てられた背景を知っていれば、ああ宗教者からなんだな、と思います」
ミマルンはグラスを空けてから続ける。聞き手に回っている間に進んでいた様だ。
「ですが――彼の方は色恋に興味は無い様に見えます。それも宗教者だからと言えばそれまでなんですが、悪く言えば他人に興味が無いとまで言えるでしょう。レイは、そっけない彼をどう思っているのですか?」
メイドからお代わりを貰っている褐色の姫に苦笑を向けるレイ。
「飲み過ぎですわ、ミマルン。わたくしのアプローチに積極的なお方でしたら、今とは違う感情を抱いていたかも知れませんわね。お互いに立場が有る身ですので」
「レイもテルラも立場の割には自由で恵まれているのに、身持ちが固いのは勿体ないです。一年近く旅をなさっているのでしょう? 一度や二度くらい間違いが有っても罰は当たらないと思います。王族と言えど、一人の人間なんですから」
「否定しませんわ。ハンターとして活動している今は公の目を気にしなくても良いですので、まぁ、ごにょごにょ、それはそれ、ですわ」
レイは、グラスを呷って誤魔化した。
プリズムは、面白そうなこの話をどう広げようかと考えた。
ミマルンは、三杯目を所望した。
レイとしてはすぐに街に戻ってテルラと合流したかったが、国中から下級の人間を集めている街の特性上、夜間は外出禁止になっているんだそうだ。
外出したい正当な理由が有れば許可証が発行されるが、テルラ達も外出禁止を知らされれば宿にこもるはずなので、今から取る意味は薄い。
なので、今夜はプリズムの誘いに甘えて泊まる事にした。
念のために事情説明の者を出して貰っていて、テルラ達が泊まる宿の情報も持って帰って来る手筈になっているので、お互いに心配は無い。
「成人おめでとう、レインボー様」
「ありがとうございます、お姉さま」
ゆったりとした部屋着を着た銀髪の美女二人が乾杯する。
外国産の高級グラスが静かに触れ合い、ベルが風に揺れた様な心地良い音を立てる。
続けてミマルンも乾杯。
黄金の燭台で揺れるロウソクの炎に照らされながらグラスを傾ける。
「――美味しい。良いお酒ですね」
ミマルンが目を細める。フルーティーな香りなのに蜂蜜の様に甘い。
「美味しいですけど、わたくしはまだお酒を呑み慣れていませんので、良し悪しは分かりませんわ」
レイもその味を気に入り、確かめる様に二口目を楽しむ。これならばいくらでも呑めるが、飲み過ぎると体調を崩すと聞いているので、三口目は時間を置く事にした。
「他にも様々なお酒を用意しておりますので、今夜は楽しみましょう」
プリズムは上機嫌で言ったが、レイは笑顔で断る。
「明日も早いので、酔うまでは呑みませんわ。お酒の飲み比べはもう少し大人になってから、ですわね」
「ハンターとしてお仕事をなさっているんでしたわね」
残念そうに肩を竦めたプリズムは、一口飲んでから続ける。
「お酒の力を借りて訊こうと思っていましたが、それならば遠慮無く訊きましょう」
「怖い切り出しですわね。何でしょう?」
「レインボー様も結婚の適齢期。それなのに、星の数ほど申し込まれるお見合いを無視し、未成年のテルラティア様を好いておられると聞いています。国王様もご心配でしょう。なぜそんなに盲目的に好きなのでしょうか」
「そんな事ですか」
グラスに視線を落としたレイは、なかなか続きを言わない。
静か過ぎて、気配を消してツマミやお酒のお替りを作っているメイドの布擦れの音が聞こえる。
「ここは女だけの場。気楽に雑談しましょう。……気になるのならメイドを退室させますが」
「いいえ、お姉さま。そこまで大げさな話ではございません。おとぎ話に出て来る様な、ありふれた話ですわ」
レイは、甘いお酒をチビチビと飲みながら自分語りをする。
子供の頃は、使用人を人扱いしない嫌な姫だった。
そう振舞う事が当たり前で、他人が自分の為に動くのが当然で、父も兄も教育係も何も言わなかった。
自分に疑問を持っていなかった。
「そんなある日――あれは何の儀式だったでしょうか。記念日だったかしら。ダンダルミア大聖堂の大司教スカーフォイア・グリプト様と共に王城を訪れたテルラは、ふんぞり返っているわたくしを見兼ねたのでしょう、こう仰りました」
『権力者、力を持つ者が調子に乗ると大変な事になる。王族の場合、国が傾く』
「本当はもっと長かったのですが、まぁ、そんな感じの内容でした。その時のテルラはまだ三歳か四歳。わたくしは十か十一。お互いに子供だったので、言いたい放題、言われたい放題でした。なぜか周りも止めませんでした」
「あの頃はそうでしたわね。程度の差は有れ、私も使用人を人扱いしていなかったと思います。ですが、レインボー様の傍若無人っぷりを見て、アレは酷いと思って反省した物です。周りが止めなかったのも、良く言ってくれたと思ったからではないでしょうか」
「まぁ。わたくしったら、そんなにでしたか?」
「そんなにでした。ですから、息子のロビンはそうならない様に躾けています。順位は付いていませんが、彼も血筋的には王位継承権を持っていますからね。しかし、王族は傍若無人でも良いとも思っています。人情に厚いと公平な政治判断が出来なくなる事も有るでしょうから」
「王族がどうあるべきかは横に置いて。それでわたくしは目が覚め、世界が変わった気がしたのです。目から鱗が落ちる、正にそれでした」
その後もテルラと会う度に正論を言われた。
その度に刺激を受けた。
その度にゾクゾクした。
「彼ももう十歳。もうすぐ十一歳。あの時のわたくしと同じ年になりました。今はもう常識や世間を勉強して正論の攻撃力は下がりましたが、それでもゾクゾクさせてくれます。そこが好きなんです」
「私は正論を言われるのが嫌いですので、理解出来ません。まぁ、趣味は人それぞれなんだ、と納得しますわ。一緒に旅をなさっているミマルン様は、今のお話、どう感じました?」
プリズムに話を振られたミマルンは慎重に言葉を選ぶ。
「一緒に旅をしていると言ってもまだ一か月も経っていません。そんな私から見ても、確かにテルラは正論を言いがちですね。大聖堂の跡取りとして育てられた背景を知っていれば、ああ宗教者からなんだな、と思います」
ミマルンはグラスを空けてから続ける。聞き手に回っている間に進んでいた様だ。
「ですが――彼の方は色恋に興味は無い様に見えます。それも宗教者だからと言えばそれまでなんですが、悪く言えば他人に興味が無いとまで言えるでしょう。レイは、そっけない彼をどう思っているのですか?」
メイドからお代わりを貰っている褐色の姫に苦笑を向けるレイ。
「飲み過ぎですわ、ミマルン。わたくしのアプローチに積極的なお方でしたら、今とは違う感情を抱いていたかも知れませんわね。お互いに立場が有る身ですので」
「レイもテルラも立場の割には自由で恵まれているのに、身持ちが固いのは勿体ないです。一年近く旅をなさっているのでしょう? 一度や二度くらい間違いが有っても罰は当たらないと思います。王族と言えど、一人の人間なんですから」
「否定しませんわ。ハンターとして活動している今は公の目を気にしなくても良いですので、まぁ、ごにょごにょ、それはそれ、ですわ」
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