ココロハミ ココロタチ

宗園やや

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 自宅に帰ったつづるは、いつも通り夕飯前にお風呂に入ってドライヤーで髪を乾かした。
 自室に戻り、学生鞄をチラリと見る。鞄の中には、現実の物とは思えないふたつのアイテムが入っている。
 結局、受け取っちゃったな。
 それ以上は考えない様にしていつも通りの時間に夕飯を取り、マンガを読んだりTVを観たり宿題したりしたら、眠る時間になった。
 いつもならあっと言う間に過ぎる日没後の時間が、今日に限って妙に長い。まるで歯医者の待合室で治療の順番待ちをしている時の様な、妙な焦燥感が有る。
 部屋の明かりを消し、ベッドに入るつづる。
 眠ろうとして一息吐くと、自然と数時間前の喫茶店での会話を思い出した。頭をからっぽにしようとしてもあの時の風景が瞼の裏に蘇る。
「うん。まぁ、別に受け取らなくても良いよ。出来ないなら出来ないで良い」
 カジュアルな格好をしている可愛い雰囲気の女性が軽い調子で言った。
 冷えた紅茶と夏ミカンのシフォンケーキと変な字が書かれたカードと長細い布袋を黙って睨んでいたつづるは、顔を上げて女性を見た。
 女性は薄く微笑んでいた。
「13年経っても、あの子を斬った時の夢を見て、汗だくで跳ね起きるからね、私。そんな想いは受け継がせたくない」
 女性は自分の唇を指で押さえる。その手が微かに震えていたのが妙にリアルだった。
「宇多原さんが逃げた時は――その時は警察の人が『処理』するだけだし」
 言ってから喫茶店の店内に視線を巡らせる女性。薄暗い店内に2人の黒服の男が居る。気配を消しているので、つづるは全く気付いていない。
「処理って、その……」
 つづるが恐る恐る訊くと、女性はハッキリと頷いて人差し指を窓の方に向けた。指を拳銃に見立て、撃つ真似をする。
「バンバーン、ね」
 痛みを耐える様な表情で俯くつづる。
「そんな……でも、そうするとすぐに復活するんでしょ?」
「だから、こうして許可証が出るのよ。そうじゃなかったら特例なんか認められない」
 腕を下げる女性。視線は壁に飾ってあるスイーツの写真に向いている。
「心食みに取り付かれたら、もう人間じゃないの。妖怪。怪物。化け物。しかも、人を食べる系の。市民を守るのが警察の仕事だから」
「私が、をみを……」
 ごくりと生唾を飲むつづる。考えただけで背筋が凍って手足が震える。出来る訳ない。
「あ、貴女は、その……友達を助けようとしなかったんですか? 過去の人達も」
 顔を上げて言うと、つづるを見る女性の目が怖くなった。これが殺気と言う物かと身を固くするつづる。
「したわよ。でも、やらなきゃやられる。宇多原さんだって、殺される直前まで行ったから分かるでしょ?」
「……まぁ」
 あの時のをみは、つづるの言葉を聞いてくれなかった。
 ただひたすら自分がやりたい事をしたい、そんな感じだった。
「悪霊が取り付いてるんなら除霊でもすれば良いと思うけど、それも出来ないし」
 2杯目のコーヒーを飲み干す女性。
「どうしてですか?」
「縛っても、自分の骨を折って逃げるから。逃げるって言うより、想い人の所に行こうとするって感じか。心食みにとっては、取り付いた肉体の状態はどうでも良いみたい」
「そう、ですか……」
「そもそも、悪霊が取り付くってのも、私達が勝手にイメージしてるだけだしね。……ん?」
 ふと思い付く女性。
「宇多原さん。刀を受け取ったのは、昨日よね?」
「昨日の夕方です。そのすぐ後、をみに……」
「おかしいわ。心臓を抜かれた死体が出たのは、確か一昨日よね?」
「それは……良く知りませんけど」
「あ、そう。じゃ、をみちゃんが行方不明になったの、いつ?」
 つづるは指を折って日にちを数える。
「えっと、そうですね。5日前から学校に来てません」
「私の時はね、心食みに襲われた時に刀が飛んで来たの。何が何だか分からなかった私は滅茶苦茶に刀を振り回してあの子を追っ払った。それからあの子は行方不明になった」
 左斜め下に視線を落とす女性。
「だから心食みは、第一に想い人を襲い、それが叶わなかった時、繋ぎとして他人の心臓を食べていると思った。――あの時と順番が違うのよね」
 暫く考えた女性は、改めてつづるを見る。
「心食みは10年置きに現れると言われている。でも、私の時から宇多原さんの時まで13年開いてる。私の前は11年だった。その前は知らない」
「どう言う事ですか?」
「ただの誤差かも知れない。でも、もしかすると、心食みは弱って来てるんじゃ?」
「力が弱くなったから、現れる間隔が伸びた?」
 ビシリとつづるを指差す女性。
「そう! だから、本番前に食事をして力を付けたんだ。をみちゃんに取り付いてみたものの、思ったより力が落ちていたから」
「まぁ、有り得そうな話だとは、思います。良く分かりませんけど」
 理解していない事をアピールしながら、つづるは同意した。
「もしそうなら、いつか心食みは消える!」
 うんうんと何度も頷く女性。
「もしかすると、斬られる度に心食みの力が弱まるのかも? 宇多原さん! やっぱり斬って。心食みを斬って!」
「ただ単に寿命とかじゃ? だから同時に生まれた心絶ちも弱って喋らなくなったとか? まぁ、悪霊なんかに寿命が有るとは思えませんけど」
 盛り上がっている女性とは対照的な沈んだ声のつづる。
「分からない。でも、どっちが正解でも、あの子の死が、いいえ、今まで心食みに取り付かれた子全員の死が、報われる!」
 斬って力が弱まるのなら、女性が言う『あの子』が斬られた事に意味が生まれる。
 寿命が近いのなら、斬って時間を稼げば、それだけ終わりが近くなる。
「で、でも、私、をみを斬るなんて、出来ない、です」
「をみちゃんはもう死んでるの。だって助けられないんだもん。そう思って。お願いだから!」
 女性はテーブルに手を突き、土下座する勢いで頭を下げた。何度も何度も。
 ついにつづるは根負けし、カードと布袋を受け取った。
 決め手のセリフは『もしかしたら、をみちゃんが最後の心食みかも知れない』と言う言葉だった。
 最後である確率はそんなに高くはないと思うが、ゼロではない。
 寝付けず、目を開けるつづる。
 ここは間違いなく自分の部屋。
 自分のベッドの中。
 大きく溜息をひとつ。
 もし最後でも、をみはもう心食みに取り付かれている。
 をみは、私か警察に殺されるんだ。
 ベッドから起き、部屋の電気を点ける。そして、タンスの後ろに隠しておいた心絶ちを取り出した。白い木の鞘の、重い日本刀。持っているとじわりと力が湧いて来る。
 良し決めた!
 どこの誰だか知らない警察に撃たれるくらいなら、私がをみを斬ってやる!
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