レトロミライ

宗園やや

文字の大きさ
12 / 86
前編

第12話

しおりを挟む
 まだ日が沈まないので一人で時間を潰さないといけないのだが、やる事が無いのは結構辛かった。
 一階に有る遊戯室には楽しそうな遊び道具がいっぱい有ったが、使い方が分からない。
 三階の図書室で本を読んでみたが、難しい漢字ばっかりで全く読めない。
 名前を知っている三人のメイドはどこに居るか分からず、他のメイドも仕事が忙しそう。暇潰しの仕方を教えて貰える雰囲気じゃない。
 しかし、やる事が無くても勝手に時間は進む。
 やっと夕飯の時間になったので一階の大食堂に行ってみたら、白メイドしか現れなかった。明日軌は自宅で、のじこはどこか別の場所で食べているらしい。昨日みたいにみんなが集まって食事、と言うのは珍しい事なんだそうだ。
 広い食堂に一人で座るのは気が引けるなぁとメイドに言ったら、自室に運びましょうか? と訊かれた。迷惑になるのではと思ったが、膳を運ぶ手間は大して変わらないと言うので、自分の部屋で食事を取る事にした。
 献立は、白米と煮魚と大根菜の味噌汁と沢庵。普通に質素だ。良い肉が食べられるのも滅多に無い事らしい。
 夜が明け、翌朝の食事も自室で取った。
 部屋の中に洗面所と風呂場と水洗トイレが有るので、部屋から出なくても暮らして行けそうだ。
 しかし蜜月はきっちりと袴を着て廊下に出た。
 そして正面の門が見える窓の前で思いっきり伸びをした。今日も良い天気で、日の光が眩しい。
 部屋に閉じ篭っているのは研究所でもう飽きている。せっかく違う世界に来られたんだから、違う空気を楽しみたい。
 と言っても、何をして良い物やら。
 白い雲を見ながら考え込んでいると、不意に名前を呼ばれた。
「おはようございます。ハクマ様がお呼びです」
 大谷が、頭を下げてからそう言った。
「あ、はい」
 やる事が向こうからやって来てくれた。
 蜜月は機嫌良くメイドの後に続く。
「おはようございます、蜜月さん」
 一階に降り、玄関ホールの真逆側に有る大扉の前に連れて来られた。位置的には裏口と言えるが、それにしては大き過ぎる。
 そこで白い執事服を着たハクマが待っていた。
 赤いシャツの植杉も居た。
「おはようございます、ハクマさん、植杉さん」
「うっす」
 植杉は眠そうに片手を上げる。
「あんたの武器が出来た。早速装備して貰う」
「はい」
「では、参りましょう」
 ハクマが大扉を開ける。
 大仰な音を立てて開いた扉の向こうは、木の天井と柱で出来た渡り廊下が有った。
 その向こうに、また洋館が有る。と言っても白い石壁の二階建てと言うだけで、洋館と言うより質素な施設の様な外見だった。
 その施設の入り口である鉄の大扉を開けるハクマ。
 中は何やら臭かった。男の汗と鉄と火薬の匂いが混ざっていて、無垢な少女には辛い臭いだった。
「この建物は自警団の詰め所になります。気性の荒い者も多いので、蜜月さん一人では入らないでくださいね」
「はぁ」
 蜜月は口で呼吸しながら気の抜けた返事をする。
 大扉の正面には、廊下を挟んでまた同じ大扉が有った。ハクマがそれも開ける。
 その向こうには、また石壁の建物が有った。
 こちらの洋館も、雛白邸の中に明日軌宅が有ったのと同じ造りになっている様だ。ドーナツが二個並んでいる8の字の形をイメージする蜜月。
 しかし、向こうは屋根が有るが、こちらには屋根が無い。階段も無い。
 石壁の建物を囲む洋館の内側にも窓が有ると言う違いも有った。その窓の向こうは生活感が溢れる部屋だった。
 蜜月の部屋と間取りが似ていたので、中の造りは雛白邸と同じらしい。
 ただ、置いてある荷物が明らかに一人分じゃないので、数人で一部屋を使っている様だ。
 窓のひとつで着替えをしている男性が居た。
 蜜月は慌てて顔を正面に向ける。
 あぶないあぶない、変な物を見てしまう寸前だった。
 顔を向けた先に有る石壁の建物から数本の煙突が生えていて、黒い煙が青い空へと昇っていた。
 玄関に扉が無いので、三人は歩みを止めずにその建物に入った。
「うわ」
 むわっとした熱気に後退る蜜月。
 中はとてつもなく暑かった。外との温度差は十度以上有りそうだ。
「ここは武器を作る場所です。鍛冶場が有るので、とても暑いのです」
 ハクマが中に入る様に促す。
 植杉も面倒臭そうに待っている。
 入りたくないとは言えない雰囲気なので、渋々足を踏み入れる蜜月。本当に息苦しくて、熱気で汗が吹き出す。
「すぐ済みますから、我慢してくださいね。さぁ、こちらです」
 三人は、鉄屑が乱雑に散らばっている石造りの廊下を進む。窓にガラスが嵌っておらず、吹き曝しになっている。なのに、建物の中の熱が全く逃げていない。
「うわ、熱そう……」
 歩きながら、扉の無い部屋の中を覗いた蜜月がうんざりと呟いた。真っ赤な炎が顔を出している釜の前で、上半身裸の男達が汗塗れで槌を振っていた。この暑さの原因はアレの様だが、知識の無い蜜月には何をしている場所なのかが全く分からない。
「シゲさん。どうだい?」
 廊下の途中で、小さな椅子に座って小さな扇風機に当たっている大男が居た。
 その男に向かって右手を上げる植杉。
「おう、義弘か。――そのお嬢さんが新しい妹社かい?」
 植杉と言葉を交わした禿頭の大男は、煤で真っ黒な顔を蜜月に向けた。
「全く。のじこといいあんたといい。なんでそんな子供を戦わせるのかねぇ。小さい武器を作るこっちの身にもなれってんだ」
「その小さい武器をさくっと作ってくれる、森重堅太郎さんだ」
 植杉は袴姿の少女の背中を押し、大男の前に立たせた。
「妹社蜜月、です。宜しくお願いします」
 恐る恐る頭を下げる蜜月に笑顔を向ける森重。黒い顔に白い歯が目立つ。恰幅の良い腹を薄汚れた皮製のエプロンで覆っている。
「よろしく。じゃ、こっちに来て」
 大仰に立ち上がった森重は、更に廊下の奥に向かった。
 蜜月達も続く。
 通された石壁の部屋は熱気も少なく、植杉の部屋みたいに紙屑が散らばっていた。ただ、散らかっているなりに整理はされている。
 部屋の中心には木のテーブルが有り、その上に武器が並んでいる。
「これが拳銃。小さ目だから装弾数は七。持ってみろ。持ち方は分かるか?」
 森重は、くすんだ銀色の拳銃を指差した。
 蜜月は無造作に銃身を掴んで持ち上げる。ズシリと重い。
「グリップを握るんだ。まだ弾が入ってなくて安全装置も掛っているが、戦闘時以外は引き金に指を掛けるんじゃないぞ」
「あ、はい」
「植杉よ。七しか入らないなら、スライド式よりリボルバーの方が良かったんじゃないか?」
「いやー。護身用だろ? なら出来るだけ小さい方が良い。どうせ神鬼には意味が無いし」
 森重と植杉の会話は、蜜月には良く分からなかった。
「構えてみろ。掌にしっくり来るか?」
 植杉に構え方を教わり、適当な方向に銃口を向ける。正直、良いのか悪いのか分からなかった。
 ただ、持ち難くはない。
 そう言うと、森重は皮のケースを蜜月に渡した。
「拳銃入れだ。普段はそれに入れて持ち歩くと良い」
「はい」
 拳銃をケースに入れ、取敢えず懐に仕舞った。
「次は歩兵銃だ。これも小さ目だが、性能は落ちていない」
 一メートルより少し短いくらいの銃を持たされる。
「これが神鬼を倒す為の銃だ。生死を共にする銃だから、大事に使うんだぞ」
「はい」
 これで神鬼を殺すのか。
 教えられた通りに両手で歩兵銃を構える。
 これも良いのか悪いのか分からないが、持ち難くはない。
「そして、刀だ。柄には最高級の鮫皮を使ってある」
 鞘に収まった日本刀を持たされる蜜月。
 左手に歩兵銃、右手に日本刀、そして懐に拳銃を入れている袴の少女。
 何だか物騒な姿だ。
 でも完全武装って感じで身が引き締まる。
「今日はこれだけだ」
「ありがとう。ほら、お礼」
「あ、ありがとうございます」
 植杉に言われ、慌てて頭を下げる蜜月。
 うん、と不愛想に頷いた森重は、大きな身体を揺すってテーブルに背を向けた。そして紙の束の上に置かれた棒状の木箱を指差した。
「隊長さんの刀も出来てる。持って行きな」
「ありがとうございます」
 木箱を持ったハクマも礼を言う。
 用事が終わったので、すぐに灼熱の建物から出た。外の風がやたらと涼しく、一気に汗が引いた。呼吸が楽だ。
「ふう」
 植杉も暑かったのだろう、赤いシャツを指で抓んで服の内側に風を入れている。
「あんたの武器を徹夜で作ってくれた人達の顔を忘れるなよ。じゃ、次は防具だ」
 三人は、渡り廊下を通って雛白邸に戻る。
「では、私はこれで失礼します」
 会釈したハクマが微笑む。
「頂いた刀を使える様にして来ます。お昼を頂いた後は、実弾を使った訓練をしましょうね、蜜月さん」
「は、はい」
「訓練の前に俺の用事を済ませないとな。行くぞ」
 ハクマと別れ、ヤニ臭い男と共に二階の植杉の部屋に行く。
「これを着ろ」
「はい」
 部屋に入った途端に植杉から風呂敷に包まれた物を渡された。前回と同じ様に衝立の影に移動してから風呂敷を解くと、黒い服が入っていた。
「ああ、それの下には普通の肌着は着ない方が良いぞ。線が出てみっともないからな。専用インナーと生理用インナーが有るから、後でメイドに使い方を教わってくれ」
「はぁ」
 いんなぁとは何だろうと考えながら、素っ裸になってから黒い服を着る。手首と足首まで隠す、身体にピッチリと張り付く上下別の全身タイツの様な服だった。
 素材はツルツルテカテカしている未知の生地。伸縮性が有って動きに制限が無いので、服を着ているのに裸で居る感じで落ち付かない。
「まだか?」
「あ、はい。着替え終わりました」
 脱いだ袴で身体の前を隠しながら衝立から出た。
「着て貰ったのは鎧下着だ。その上に、この防具を着ける。最初だけは俺が着せてやるが、本来は一人で着る物だ。面倒だから一発で着方を覚えろ」
 植杉は、紙の山の上に置かれている物を両手で持った。それは糸尻の無い大きなお椀の様な物だった。
 表面はピカピカな鏡になっていて、蜜月の顔がはっきりと映っている。つるんとした凸の形になっているので、カエルの様に大きく歪んだ顔だ。
「恥ずかしいのは分かるが、ちょっと我慢して手を下せ」
「……はい」
 着物を床に落とすと、植杉は防具を蜜月に着せながら解説を始めた。
「乙の神鬼は熱線を発射するが、その熱線は鏡で反射出来る事が分かっている。真っ直ぐ直撃したらダメだが、斜めに入れば熱線を逸らす事が出来るんだ」
「あ、だから汽車から見えた戦車はキラキラと輝いていたんですね」
「それは中型乙用の戦車だな。派手だから敵に見付かり易くなってしまうが、鏡張りにした方が生存率は高い。……これで良し」
 胸、両腕、両脛に鏡の防具が取り付けられた。それらの造りは剣道の防具とほぼ同じらしい。もっとも、蜜月は剣道を知らないが。
 腰には小さな鞄がいくつも付いたベルトが巻かれた。
「本当は全身鏡張りにした方が良いんだが、それじゃ重くて動きが悪くなる。逆に危ない」
「鏡って事は、これ、割れますか?」
「当たり前だ。鏡だからな。割れ難くはしてあるが、物理的な防御力の為の鎧じゃないから、ぶつけたら割れる。気を付けろよ」
「はい」
「身体の線が出て恥ずかしいのならこの上に何かを着ても良いし、このまま戦っても良い。動き易い方で良い」
「分かりました」
 試しに着物を羽織ってみたが、鎧が邪魔で着難かった。
 下だけ袴が良いか?
 その姿を想像してみたが、変な格好だと思った。
 変な格好で恥ずかしいよりは、勇ましい格好で恥ずかしい方が良いかも知れない。余計な事はせず、このままで行こう。
「どうだ? 緩い所やきつい所は無いか?」
 植杉は、防具と身体の間を指で撫でた。隙間が無いか調べているらしいが、指が防具の中に入って行く事は無かった。
「特に有りません。くすぐったいです」
「そうか。武器防具の準備は以上だ。もう脱いで良いぞ」
「はい」
「装備の置き場所はハクマに訊け。それと、出撃の時に素早く着られる様に自主訓練しておけ。気になる所が有れば敵が来る前に言え。良いな」
「分かりました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ
歴史・時代
 町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。  新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。  エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。  ※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。   アルファポリス版は、現代編がありません。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...