レトロミライ

宗園やや

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中編

第37話

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 妹社隊が作戦を考えろと指示してから一夜が明けたが、ハクマからの報告は何も無い。彼女達は大丈夫だろうか。
 コクマが用意してくれた朝食はいつも通り美味しいが、気掛かりのせいで心から味わえない。
 朝食を終えた明日軌は、ミントグリーンのワンピース姿で自宅を出る。
 表は全て殺風景な木の壁で、正面に大階段。明日軌が階段を上り切ると、いつも通り、その正面に有る扉をコクマが開けてくれる。
 扉を潜ると赤い絨緞と噴水が有る洋風の玄関ホールが眼下に広がっており、そこで数名の紺色メイドが走っていた。その中の二人が表に出て行き、残った数名が何やら相談している。
「どうしたの?」
 ホールに続く大階段を降りて来る女主人に気付いたメイド達は、整列して頭を下げた。
「エルエル様が無断で街に出た様です。今、捜索を出しました」
「まぁ」
 ストレートの長髪を揺らし、眉を上げる明日軌。
 また問題行動か。
「私が探しましょうか?」
 明日軌の斜め後ろに控えている黒メイドのコクマが囁く。
 頷いた明日軌は、少し速足で階段を下り切る。
「この街には、エルエルさんが守っていた街の生き残りが避難して来ています。現在、避難民街が建設中なので、その様子を見に行ったのでしょう」
 それを聞いて、残ったメイド達が女主人に一礼してから避難民街に向かった。
「彼女達と行動を共にして。敵襲が有ったら、ハクマを迎えに向かわせます」
「はい」
 一瞬で姿を消すコクマ。
 一人になった明日軌は、ホールから廊下に移動する。
 雛白邸はドーナツの様な形の作りになっていて、外側を向いている廊下にはガラス窓が有るが、内側を向いている部屋には窓が無い。その理由は、ドーナツの穴の部分に明日軌の自宅が有るから。
 そんな形をした廊下をのんびりと歩く。
「おう。お嬢様じゃないか。珍しいな、こんな所に居るなんて」
 肩まで伸びたボサボサの髪に赤いシャツを着た男がとある部屋から出て来た。部屋の扉には『遊技場』と書かれたプレートが掛かっている。
「植杉。リフレッシュですか?」
「まぁそんなところだ。エルエルが持って来た武器の設計図の直しが終わってな。今鍛冶場が作り始めてる」
 武器開発の責任者である植杉義弘は、大あくびしながら言った。徹夜明けらしく、不精髭が凄い。
「対大型神鬼用兵器、ですよね? バズーカ砲? でしたかしら」
 明日軌はそれを報告書の文字でしか見ていないので、どんな形の物かは知らない。
「ああ。威力が大きくて射程が長い分、反動も凄くてな。担いで使うにはエルエル専用だな。蜜月用はこれからだ。のじこは射撃技能が無いから小型化はしない」
「やはり、植杉も大型が攻めて来ると思いますか?」
「遊びや冗談で攻めて来ているなら無いだろうけどな。人間の常識で語るなら、ここで攻め手を緩める訳が無い」
 敵の目的は人を殺す事。それ以外の行動は未だに確認されていない。
 ユーラシアが無人になった事による敵戦力の分散が始まっていて、人が居る国の全てで敵勢力の増加が認められている。
「ただ、この街だけは、相変らずですよね。他の街では中型が二十体も現れたとの情報もありますのに」
 明日軌は窓の外に目をやる。
 日が高くなるに連れて陽射しが強くなり、気温も上がって行く。蝉時雨が戦いの緊張を遠退かせる。平和なら、海にでも涼みに行きたい。
「敵は全てが謎の存在、って事になっているからな。奴等の考えは全く分からん。お嬢様の左目で見えている事を公表しなきゃ、俺達は何とも言えない」
 紙巻タバコを咥えた植杉は、マッチはどこかとポケットを探る。
「……龍の目も……万能ではありませんから」
 産まれ付き視力が無い緑色の瞳を掌で覆う明日軌。
 公表したくない訳ではない。喋っても良い結果に結びつかないから喋らないだけだ。
 また、こっそりと誰かに伝えようにも、どう言ったら良いのか分からない。見えている情報が何を意味しているかがほとんど分からないので、話を纏められないのだ。
「植杉様。朝食の準備が整いました」
 知らせに来た紺色メイドにおーうと返事をする赤シャツの男。咥えていた火の点いていないタバコを箱に戻す。
「メシ食ったら寝る。じゃあな」
「……植杉」
 食堂に向かって歩き出した植杉を、身体を窓に向けながら呼び止める明日軌。
「あ?」
「貴方だけには言って置きます。このまま順調に行けば、この街は最悪の結果を迎えます」
「最悪、とは?」
 足を止めた植杉は、半身になって訊く。
「本当の意味での、この街の滅亡です。そうならない様に、また、そうなりかけた時に何とかなる様に、武器の開発を宜しくお願いします」
「何が見えているんだ?」
 明日軌は、溜息の様な鼻息と共に笑みを零す。
「ただの夢の話ですよ。寝ている時に見る夢。毎回同じ内容ですが、現実の行動で内容が変わる夢」
 窓の外には雛白邸の庭が広がっている。疎らに植えられている木の向こうに、屋敷を囲む高い塀。一応頑丈に作ってあるが、中型神鬼に攻められたら紙切れ同然だろう。
「それが少し気になっているだけです。私の左目が無かったら、ただの悪夢で終わるのですが」
「夢か。それは――」
 唐突に鳴り響く邸内放送に植杉の言葉が遮られる。

『蛤石監視員からの報告です。蛤石監視所が中型神鬼の襲撃を受けています。大至急加勢に向かってください』

「何ですって!?」
 普段の明日軌は、ある程度なら敵の襲撃を予想出来る。だからセーラー服に着替える余裕が有る。
 しかし今回は全く予想出来なかった。しかも場所は街のど真ん中だ。
「ほほう。蛤石監視所が戦場になったか。これは最悪の結果への第一歩かな?」
 他人事の様に言う植杉。
「あそこが落ちたら日本は終わりです! この街云々と言う次元ではありません!」
 明日軌はワンピースを翻し、玄関に向かって走る。着替えている暇は無い。
 そう言えば、エルエルが居ない。
 とんでもなくタイミングが悪い。
 本当に今が最悪へのカウントダウンの始まりなのだろうか。
「そんなはずはありません!」
 自分へ言い聞かせる様に叫びながら、玄関の扉を自分で開けて夏の日差しの中に飛び込んだ。
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