37 / 86
中編
第37話
しおりを挟む
妹社隊が作戦を考えろと指示してから一夜が明けたが、ハクマからの報告は何も無い。彼女達は大丈夫だろうか。
コクマが用意してくれた朝食はいつも通り美味しいが、気掛かりのせいで心から味わえない。
朝食を終えた明日軌は、ミントグリーンのワンピース姿で自宅を出る。
表は全て殺風景な木の壁で、正面に大階段。明日軌が階段を上り切ると、いつも通り、その正面に有る扉をコクマが開けてくれる。
扉を潜ると赤い絨緞と噴水が有る洋風の玄関ホールが眼下に広がっており、そこで数名の紺色メイドが走っていた。その中の二人が表に出て行き、残った数名が何やら相談している。
「どうしたの?」
ホールに続く大階段を降りて来る女主人に気付いたメイド達は、整列して頭を下げた。
「エルエル様が無断で街に出た様です。今、捜索を出しました」
「まぁ」
ストレートの長髪を揺らし、眉を上げる明日軌。
また問題行動か。
「私が探しましょうか?」
明日軌の斜め後ろに控えている黒メイドのコクマが囁く。
頷いた明日軌は、少し速足で階段を下り切る。
「この街には、エルエルさんが守っていた街の生き残りが避難して来ています。現在、避難民街が建設中なので、その様子を見に行ったのでしょう」
それを聞いて、残ったメイド達が女主人に一礼してから避難民街に向かった。
「彼女達と行動を共にして。敵襲が有ったら、ハクマを迎えに向かわせます」
「はい」
一瞬で姿を消すコクマ。
一人になった明日軌は、ホールから廊下に移動する。
雛白邸はドーナツの様な形の作りになっていて、外側を向いている廊下にはガラス窓が有るが、内側を向いている部屋には窓が無い。その理由は、ドーナツの穴の部分に明日軌の自宅が有るから。
そんな形をした廊下をのんびりと歩く。
「おう。お嬢様じゃないか。珍しいな、こんな所に居るなんて」
肩まで伸びたボサボサの髪に赤いシャツを着た男がとある部屋から出て来た。部屋の扉には『遊技場』と書かれたプレートが掛かっている。
「植杉。リフレッシュですか?」
「まぁそんなところだ。エルエルが持って来た武器の設計図の直しが終わってな。今鍛冶場が作り始めてる」
武器開発の責任者である植杉義弘は、大あくびしながら言った。徹夜明けらしく、不精髭が凄い。
「対大型神鬼用兵器、ですよね? バズーカ砲? でしたかしら」
明日軌はそれを報告書の文字でしか見ていないので、どんな形の物かは知らない。
「ああ。威力が大きくて射程が長い分、反動も凄くてな。担いで使うにはエルエル専用だな。蜜月用はこれからだ。のじこは射撃技能が無いから小型化はしない」
「やはり、植杉も大型が攻めて来ると思いますか?」
「遊びや冗談で攻めて来ているなら無いだろうけどな。人間の常識で語るなら、ここで攻め手を緩める訳が無い」
敵の目的は人を殺す事。それ以外の行動は未だに確認されていない。
ユーラシアが無人になった事による敵戦力の分散が始まっていて、人が居る国の全てで敵勢力の増加が認められている。
「ただ、この街だけは、相変らずですよね。他の街では中型が二十体も現れたとの情報もありますのに」
明日軌は窓の外に目をやる。
日が高くなるに連れて陽射しが強くなり、気温も上がって行く。蝉時雨が戦いの緊張を遠退かせる。平和なら、海にでも涼みに行きたい。
「敵は全てが謎の存在、って事になっているからな。奴等の考えは全く分からん。お嬢様の左目で見えている事を公表しなきゃ、俺達は何とも言えない」
紙巻タバコを咥えた植杉は、マッチはどこかとポケットを探る。
「……龍の目も……万能ではありませんから」
産まれ付き視力が無い緑色の瞳を掌で覆う明日軌。
公表したくない訳ではない。喋っても良い結果に結びつかないから喋らないだけだ。
また、こっそりと誰かに伝えようにも、どう言ったら良いのか分からない。見えている情報が何を意味しているかがほとんど分からないので、話を纏められないのだ。
「植杉様。朝食の準備が整いました」
知らせに来た紺色メイドにおーうと返事をする赤シャツの男。咥えていた火の点いていないタバコを箱に戻す。
「メシ食ったら寝る。じゃあな」
「……植杉」
食堂に向かって歩き出した植杉を、身体を窓に向けながら呼び止める明日軌。
「あ?」
「貴方だけには言って置きます。このまま順調に行けば、この街は最悪の結果を迎えます」
「最悪、とは?」
足を止めた植杉は、半身になって訊く。
「本当の意味での、この街の滅亡です。そうならない様に、また、そうなりかけた時に何とかなる様に、武器の開発を宜しくお願いします」
「何が見えているんだ?」
明日軌は、溜息の様な鼻息と共に笑みを零す。
「ただの夢の話ですよ。寝ている時に見る夢。毎回同じ内容ですが、現実の行動で内容が変わる夢」
窓の外には雛白邸の庭が広がっている。疎らに植えられている木の向こうに、屋敷を囲む高い塀。一応頑丈に作ってあるが、中型神鬼に攻められたら紙切れ同然だろう。
「それが少し気になっているだけです。私の左目が無かったら、ただの悪夢で終わるのですが」
「夢か。それは――」
唐突に鳴り響く邸内放送に植杉の言葉が遮られる。
『蛤石監視員からの報告です。蛤石監視所が中型神鬼の襲撃を受けています。大至急加勢に向かってください』
「何ですって!?」
普段の明日軌は、ある程度なら敵の襲撃を予想出来る。だからセーラー服に着替える余裕が有る。
しかし今回は全く予想出来なかった。しかも場所は街のど真ん中だ。
「ほほう。蛤石監視所が戦場になったか。これは最悪の結果への第一歩かな?」
他人事の様に言う植杉。
「あそこが落ちたら日本は終わりです! この街云々と言う次元ではありません!」
明日軌はワンピースを翻し、玄関に向かって走る。着替えている暇は無い。
そう言えば、エルエルが居ない。
とんでもなくタイミングが悪い。
本当に今が最悪へのカウントダウンの始まりなのだろうか。
「そんなはずはありません!」
自分へ言い聞かせる様に叫びながら、玄関の扉を自分で開けて夏の日差しの中に飛び込んだ。
コクマが用意してくれた朝食はいつも通り美味しいが、気掛かりのせいで心から味わえない。
朝食を終えた明日軌は、ミントグリーンのワンピース姿で自宅を出る。
表は全て殺風景な木の壁で、正面に大階段。明日軌が階段を上り切ると、いつも通り、その正面に有る扉をコクマが開けてくれる。
扉を潜ると赤い絨緞と噴水が有る洋風の玄関ホールが眼下に広がっており、そこで数名の紺色メイドが走っていた。その中の二人が表に出て行き、残った数名が何やら相談している。
「どうしたの?」
ホールに続く大階段を降りて来る女主人に気付いたメイド達は、整列して頭を下げた。
「エルエル様が無断で街に出た様です。今、捜索を出しました」
「まぁ」
ストレートの長髪を揺らし、眉を上げる明日軌。
また問題行動か。
「私が探しましょうか?」
明日軌の斜め後ろに控えている黒メイドのコクマが囁く。
頷いた明日軌は、少し速足で階段を下り切る。
「この街には、エルエルさんが守っていた街の生き残りが避難して来ています。現在、避難民街が建設中なので、その様子を見に行ったのでしょう」
それを聞いて、残ったメイド達が女主人に一礼してから避難民街に向かった。
「彼女達と行動を共にして。敵襲が有ったら、ハクマを迎えに向かわせます」
「はい」
一瞬で姿を消すコクマ。
一人になった明日軌は、ホールから廊下に移動する。
雛白邸はドーナツの様な形の作りになっていて、外側を向いている廊下にはガラス窓が有るが、内側を向いている部屋には窓が無い。その理由は、ドーナツの穴の部分に明日軌の自宅が有るから。
そんな形をした廊下をのんびりと歩く。
「おう。お嬢様じゃないか。珍しいな、こんな所に居るなんて」
肩まで伸びたボサボサの髪に赤いシャツを着た男がとある部屋から出て来た。部屋の扉には『遊技場』と書かれたプレートが掛かっている。
「植杉。リフレッシュですか?」
「まぁそんなところだ。エルエルが持って来た武器の設計図の直しが終わってな。今鍛冶場が作り始めてる」
武器開発の責任者である植杉義弘は、大あくびしながら言った。徹夜明けらしく、不精髭が凄い。
「対大型神鬼用兵器、ですよね? バズーカ砲? でしたかしら」
明日軌はそれを報告書の文字でしか見ていないので、どんな形の物かは知らない。
「ああ。威力が大きくて射程が長い分、反動も凄くてな。担いで使うにはエルエル専用だな。蜜月用はこれからだ。のじこは射撃技能が無いから小型化はしない」
「やはり、植杉も大型が攻めて来ると思いますか?」
「遊びや冗談で攻めて来ているなら無いだろうけどな。人間の常識で語るなら、ここで攻め手を緩める訳が無い」
敵の目的は人を殺す事。それ以外の行動は未だに確認されていない。
ユーラシアが無人になった事による敵戦力の分散が始まっていて、人が居る国の全てで敵勢力の増加が認められている。
「ただ、この街だけは、相変らずですよね。他の街では中型が二十体も現れたとの情報もありますのに」
明日軌は窓の外に目をやる。
日が高くなるに連れて陽射しが強くなり、気温も上がって行く。蝉時雨が戦いの緊張を遠退かせる。平和なら、海にでも涼みに行きたい。
「敵は全てが謎の存在、って事になっているからな。奴等の考えは全く分からん。お嬢様の左目で見えている事を公表しなきゃ、俺達は何とも言えない」
紙巻タバコを咥えた植杉は、マッチはどこかとポケットを探る。
「……龍の目も……万能ではありませんから」
産まれ付き視力が無い緑色の瞳を掌で覆う明日軌。
公表したくない訳ではない。喋っても良い結果に結びつかないから喋らないだけだ。
また、こっそりと誰かに伝えようにも、どう言ったら良いのか分からない。見えている情報が何を意味しているかがほとんど分からないので、話を纏められないのだ。
「植杉様。朝食の準備が整いました」
知らせに来た紺色メイドにおーうと返事をする赤シャツの男。咥えていた火の点いていないタバコを箱に戻す。
「メシ食ったら寝る。じゃあな」
「……植杉」
食堂に向かって歩き出した植杉を、身体を窓に向けながら呼び止める明日軌。
「あ?」
「貴方だけには言って置きます。このまま順調に行けば、この街は最悪の結果を迎えます」
「最悪、とは?」
足を止めた植杉は、半身になって訊く。
「本当の意味での、この街の滅亡です。そうならない様に、また、そうなりかけた時に何とかなる様に、武器の開発を宜しくお願いします」
「何が見えているんだ?」
明日軌は、溜息の様な鼻息と共に笑みを零す。
「ただの夢の話ですよ。寝ている時に見る夢。毎回同じ内容ですが、現実の行動で内容が変わる夢」
窓の外には雛白邸の庭が広がっている。疎らに植えられている木の向こうに、屋敷を囲む高い塀。一応頑丈に作ってあるが、中型神鬼に攻められたら紙切れ同然だろう。
「それが少し気になっているだけです。私の左目が無かったら、ただの悪夢で終わるのですが」
「夢か。それは――」
唐突に鳴り響く邸内放送に植杉の言葉が遮られる。
『蛤石監視員からの報告です。蛤石監視所が中型神鬼の襲撃を受けています。大至急加勢に向かってください』
「何ですって!?」
普段の明日軌は、ある程度なら敵の襲撃を予想出来る。だからセーラー服に着替える余裕が有る。
しかし今回は全く予想出来なかった。しかも場所は街のど真ん中だ。
「ほほう。蛤石監視所が戦場になったか。これは最悪の結果への第一歩かな?」
他人事の様に言う植杉。
「あそこが落ちたら日本は終わりです! この街云々と言う次元ではありません!」
明日軌はワンピースを翻し、玄関に向かって走る。着替えている暇は無い。
そう言えば、エルエルが居ない。
とんでもなくタイミングが悪い。
本当に今が最悪へのカウントダウンの始まりなのだろうか。
「そんなはずはありません!」
自分へ言い聞かせる様に叫びながら、玄関の扉を自分で開けて夏の日差しの中に飛び込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
『悪役令嬢』は始めません!
月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。
突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。
と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。
アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。
ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。
そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。
アデリシアはレンの提案に飛び付いた。
そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。
そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが――
※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる