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中編
第42話
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政府は明日軌の提案を素直に受け入れてくれて、全国の私設部隊に妹社のメンタルメンテナンスを通達した。雛白家にも通達が来る間抜けっぷりはお役所仕事らしいが、何もしてくれないよりは遥かに良いので笑って済ます。
それからも神鬼との戦闘は完勝が続き、街は平和状態を維持出来ている。
エンジュが割った蛤石から小型神鬼が沸く事が無くなった。
新聞にも、どこかの街が危険だと言うニュースは載っていない。
良い傾向だ。
しかし気を抜く事は出来ない。ちょっとした隙から一気に良くない事態になる事は当たり前だからだ。海外からの情報がほとんど入って来ないから、よその国がどうなっているか分からないし。
久しぶりに射撃訓練でもしようかしら。
人の上に立つ人間は不意に現れる小型神鬼に暗殺される恐れが有るので、武器を所持するのが暗黙の決まりになっている。
しかし明日軌には双子の忍者が付いていてくれるので、今まで危険な目に遭った事が無い。屋敷中に仕掛けられている、植杉製の防犯装置も有効に機能している。
だからと言ってその安心にアグラを掻いていると万が一の時に慌ててしまうだろう。
銀色のスライド式拳銃を空色の着物の襟に差し、玄関から庭に出る明日軌。
そして左手の方に歩を進める。
夏の盛りは過ぎたのに、まだまだ猛暑が続いている。陽射しがきつい。
「ん?」
ヒュン、ヒュン、と空を切る音が聞こえる。
庭の芝生の上で、蜜月とエルエルが並んで木刀の素振りをしていた。お揃いの紺袴姿だ。
「あ、明日軌さん。こんにちはっ」
明日軌に気付いた蜜月が元気良く挨拶する。
「こんにちは」
エルエルも明日軌に気付く。
「こんにちは、二人共。精が出ますね」
「はい。エルエルさんが剣の稽古がしたいと言うので、一緒にしてるんです」
外国の犬の様な髪型の蜜月の頬を汗が伝っている。
「私、すぐ弾切れするので、いざの時の為に剣を使いたいのです」
波打った金髪をポニーテールにしているエルエルも汗だくだ。
結構な時間、ここで素振りをしていたらしい。
「なるほど。コクマ、二人にタオルを」
「はい」
いきなり現れたコクマが二人に白いタオルを渡す。
「アハハ。コクマの瞬間移動はいつ見てもビックリするね」
エルエルは、言ってから顔を思いっきり拭く。
「ありがとう、コクマさん。私も未だにビックリします」
朗らかに汗を拭う蜜月。
黒いメイドのコクマはフンと冷たく鼻を鳴らしただけでその場から消えた。
「明日軌さんが庭に出て来るのは珍しいですね。どうしたんですか?」
「ええ。射撃訓練でもしようかと。護身の為にですけどね」
「なるほどー」
明日軌が滅多に外に出ないのには、勿論理由が有る。人に会うと、目の前に居る人間の記憶が左目に映るからだ。
その人の記憶力に左右されるので通常ならハッキリとした映像は見えないのだが、エルエルの記憶はかなりクッキリ見える。
二十メートルを越す大型神鬼に蹂躙される洋風建築。
眩い光線を受けて蒸発する人々、仲間達。
血生臭く、憂鬱になる。
ふと思い付く明日軌。
「そう言えば、エルエルさんの武器を間近で見た事が有りませんね。見せて貰っても宜しいですか?」
「はい。植杉が作った訓練用なら、射撃場に置いて有ります。一緒に行きましょう」
「私、飲み物持って来ます。汗掻いちゃったから。先に行っててください」
そう言い残し、蜜月は玄関の方に走って行った。武道が身に付いて来たのか、木刀を持った上半身が揺れていない。頼もしい限りだ。
「その袴、蜜月さんの、ではありませんよね。サイズが違う」
「はい。ドレスよりは動き易そうなので、蜜月に作って貰いました。蜜月は器用で偉いです」
明日軌とエルエルは、射撃訓練場に向かって歩き出す。
「母国語を禁止されたので、服装もこの国に合わせてみます。新鮮で良いです」
「母国語を禁止された? どうして?」
「言葉が通じないからです。もう母国語を使う場所は無いから」
「ああ、なるほど」
悪い事を訊いてしまったか。エルエルの気分を害してしまったのなら謝らなければ。
「でも、私、母国語忘れません。将来子供が出来たら、母国語を教えます」
しかしエルエルは真っ直ぐ前を向いて言った。
勇敢な顔付き。悲しみを乗り越えた戦士の顔だ。
「素晴らしい夢ですね。この街に居る限りは、母国語禁止は忘れてください。戦いが終わって神鬼が居なくなったら、エルエルさん達が国を蘇らさなければならないのですから」
「はい。私、戦います」
復讐に燃えているのは悲劇だが、この覚悟を理由に戦っているのならエルエルが敵に寝返る事は無さそうだ。
安心する明日軌。
そして二人は庭を囲う壁の際に有る射撃訓練所に到着した。訓練している人は誰も居らず、出入り口のドアに鍵が掛かっている。
どう言う事だろう。
妹社が三人になり、死傷者0が当たり前になった。なので、新人が入れる席が空かない。だから必死に訓練しなければならない人は居ない、と言う事だろうか。
戦闘に慣れたベテランでも最低限の訓練は必要だから、今日はたまたまだろう、と思う。
本当に訓練をサボっているのなら何か考えなければならないな。
数日くらい誰かに様子を見させようと思いながらコクマを呼び、鍵を開けさせる。
「コレです、明日軌」
訓練所の片隅に置いてある巨大な木箱を開けるエルエル。それには銃身を何本も束ねた様な物が入っていた。
「これがガトリングガンですか」
「はい」
エルエルはそのガトリングガンを持ち上げ、小脇に抱える。そうやって使う様だ。
「ダダダと撃つんですが、これは訓練要りません。これは訓練用ですが、実戦用の予備のつもりです」
「あら。どうして?」
「重いし反動も凄いので、狙って撃てないからです。小型なら、弾をばら撒く様に撃てば必ず当たるので問題無いです」
「なるほど。訓練しても意味が無い、と言う事も有るんですね」
ガトリングガンを木箱に戻すエルエル。
「ちょっと持ってみても良いですか?」
「どうぞ」
明日軌はガトリングガンを持ち上げようとしてみたが、全く動かなかった。重過ぎる。
うんうん唸って踏ん張る明日軌を見て大声で笑うエルエル。
「蜜月と同じですねー」
「蜜月さんも持てなかったのですか?」
ガトリングガンから手を離す。本気で力を入れたので、掌が赤くなっている。
「ちょっとだけ上がりましたけど。蜜月は意外に負けず嫌いみたいで、その後、トレーニングして筋力上げてました」
エルエルが笑ったので、明日軌も微笑む。
「私の武器はこれで十分です」
襟に差し入れていた銀色の拳銃を手に持つ明日軌。
防音用の耳当てを着け、射撃位置に立つ。
そして込められていた十発の銃弾を撃った。
「ふう。やっぱり訓練しないとダメですね」
的に当たったのは七発。ダルマの様な形のベニヤ板に開いた穴の位置もバラバラ。
「明日軌の姿勢は綺麗ですし、反動にも負けていません。ただ、ちょっと運動不足です。身体の軸の乱れを直すのが遅いです」
腕を組んで見守っていたエルエルが的確に指摘する。
「う。耳が痛い」
「明日軌様。速達です」
不意に現れたコクマから手紙を受け取る明日軌。
「ありがとう。何かしら」
耳当てを外し、拳銃の弾倉を交換してから速達を開ける。
「植杉さんが造った冷蔵庫って便利ですね。いつでも氷が……」
お盆にみっつの飲み物を乗せて訓練場に現れた蜜月は、厳しい表情で手紙を読んでいる明日軌に気付いて喋るのを途中で止めた。
「……先回りされた、と言う事でしょうか」
最悪の知らせが書かれた手紙を大雑把に畳んだ明日軌は、それを懐へ仕舞ってからハクマを呼んだ。
それからも神鬼との戦闘は完勝が続き、街は平和状態を維持出来ている。
エンジュが割った蛤石から小型神鬼が沸く事が無くなった。
新聞にも、どこかの街が危険だと言うニュースは載っていない。
良い傾向だ。
しかし気を抜く事は出来ない。ちょっとした隙から一気に良くない事態になる事は当たり前だからだ。海外からの情報がほとんど入って来ないから、よその国がどうなっているか分からないし。
久しぶりに射撃訓練でもしようかしら。
人の上に立つ人間は不意に現れる小型神鬼に暗殺される恐れが有るので、武器を所持するのが暗黙の決まりになっている。
しかし明日軌には双子の忍者が付いていてくれるので、今まで危険な目に遭った事が無い。屋敷中に仕掛けられている、植杉製の防犯装置も有効に機能している。
だからと言ってその安心にアグラを掻いていると万が一の時に慌ててしまうだろう。
銀色のスライド式拳銃を空色の着物の襟に差し、玄関から庭に出る明日軌。
そして左手の方に歩を進める。
夏の盛りは過ぎたのに、まだまだ猛暑が続いている。陽射しがきつい。
「ん?」
ヒュン、ヒュン、と空を切る音が聞こえる。
庭の芝生の上で、蜜月とエルエルが並んで木刀の素振りをしていた。お揃いの紺袴姿だ。
「あ、明日軌さん。こんにちはっ」
明日軌に気付いた蜜月が元気良く挨拶する。
「こんにちは」
エルエルも明日軌に気付く。
「こんにちは、二人共。精が出ますね」
「はい。エルエルさんが剣の稽古がしたいと言うので、一緒にしてるんです」
外国の犬の様な髪型の蜜月の頬を汗が伝っている。
「私、すぐ弾切れするので、いざの時の為に剣を使いたいのです」
波打った金髪をポニーテールにしているエルエルも汗だくだ。
結構な時間、ここで素振りをしていたらしい。
「なるほど。コクマ、二人にタオルを」
「はい」
いきなり現れたコクマが二人に白いタオルを渡す。
「アハハ。コクマの瞬間移動はいつ見てもビックリするね」
エルエルは、言ってから顔を思いっきり拭く。
「ありがとう、コクマさん。私も未だにビックリします」
朗らかに汗を拭う蜜月。
黒いメイドのコクマはフンと冷たく鼻を鳴らしただけでその場から消えた。
「明日軌さんが庭に出て来るのは珍しいですね。どうしたんですか?」
「ええ。射撃訓練でもしようかと。護身の為にですけどね」
「なるほどー」
明日軌が滅多に外に出ないのには、勿論理由が有る。人に会うと、目の前に居る人間の記憶が左目に映るからだ。
その人の記憶力に左右されるので通常ならハッキリとした映像は見えないのだが、エルエルの記憶はかなりクッキリ見える。
二十メートルを越す大型神鬼に蹂躙される洋風建築。
眩い光線を受けて蒸発する人々、仲間達。
血生臭く、憂鬱になる。
ふと思い付く明日軌。
「そう言えば、エルエルさんの武器を間近で見た事が有りませんね。見せて貰っても宜しいですか?」
「はい。植杉が作った訓練用なら、射撃場に置いて有ります。一緒に行きましょう」
「私、飲み物持って来ます。汗掻いちゃったから。先に行っててください」
そう言い残し、蜜月は玄関の方に走って行った。武道が身に付いて来たのか、木刀を持った上半身が揺れていない。頼もしい限りだ。
「その袴、蜜月さんの、ではありませんよね。サイズが違う」
「はい。ドレスよりは動き易そうなので、蜜月に作って貰いました。蜜月は器用で偉いです」
明日軌とエルエルは、射撃訓練場に向かって歩き出す。
「母国語を禁止されたので、服装もこの国に合わせてみます。新鮮で良いです」
「母国語を禁止された? どうして?」
「言葉が通じないからです。もう母国語を使う場所は無いから」
「ああ、なるほど」
悪い事を訊いてしまったか。エルエルの気分を害してしまったのなら謝らなければ。
「でも、私、母国語忘れません。将来子供が出来たら、母国語を教えます」
しかしエルエルは真っ直ぐ前を向いて言った。
勇敢な顔付き。悲しみを乗り越えた戦士の顔だ。
「素晴らしい夢ですね。この街に居る限りは、母国語禁止は忘れてください。戦いが終わって神鬼が居なくなったら、エルエルさん達が国を蘇らさなければならないのですから」
「はい。私、戦います」
復讐に燃えているのは悲劇だが、この覚悟を理由に戦っているのならエルエルが敵に寝返る事は無さそうだ。
安心する明日軌。
そして二人は庭を囲う壁の際に有る射撃訓練所に到着した。訓練している人は誰も居らず、出入り口のドアに鍵が掛かっている。
どう言う事だろう。
妹社が三人になり、死傷者0が当たり前になった。なので、新人が入れる席が空かない。だから必死に訓練しなければならない人は居ない、と言う事だろうか。
戦闘に慣れたベテランでも最低限の訓練は必要だから、今日はたまたまだろう、と思う。
本当に訓練をサボっているのなら何か考えなければならないな。
数日くらい誰かに様子を見させようと思いながらコクマを呼び、鍵を開けさせる。
「コレです、明日軌」
訓練所の片隅に置いてある巨大な木箱を開けるエルエル。それには銃身を何本も束ねた様な物が入っていた。
「これがガトリングガンですか」
「はい」
エルエルはそのガトリングガンを持ち上げ、小脇に抱える。そうやって使う様だ。
「ダダダと撃つんですが、これは訓練要りません。これは訓練用ですが、実戦用の予備のつもりです」
「あら。どうして?」
「重いし反動も凄いので、狙って撃てないからです。小型なら、弾をばら撒く様に撃てば必ず当たるので問題無いです」
「なるほど。訓練しても意味が無い、と言う事も有るんですね」
ガトリングガンを木箱に戻すエルエル。
「ちょっと持ってみても良いですか?」
「どうぞ」
明日軌はガトリングガンを持ち上げようとしてみたが、全く動かなかった。重過ぎる。
うんうん唸って踏ん張る明日軌を見て大声で笑うエルエル。
「蜜月と同じですねー」
「蜜月さんも持てなかったのですか?」
ガトリングガンから手を離す。本気で力を入れたので、掌が赤くなっている。
「ちょっとだけ上がりましたけど。蜜月は意外に負けず嫌いみたいで、その後、トレーニングして筋力上げてました」
エルエルが笑ったので、明日軌も微笑む。
「私の武器はこれで十分です」
襟に差し入れていた銀色の拳銃を手に持つ明日軌。
防音用の耳当てを着け、射撃位置に立つ。
そして込められていた十発の銃弾を撃った。
「ふう。やっぱり訓練しないとダメですね」
的に当たったのは七発。ダルマの様な形のベニヤ板に開いた穴の位置もバラバラ。
「明日軌の姿勢は綺麗ですし、反動にも負けていません。ただ、ちょっと運動不足です。身体の軸の乱れを直すのが遅いです」
腕を組んで見守っていたエルエルが的確に指摘する。
「う。耳が痛い」
「明日軌様。速達です」
不意に現れたコクマから手紙を受け取る明日軌。
「ありがとう。何かしら」
耳当てを外し、拳銃の弾倉を交換してから速達を開ける。
「植杉さんが造った冷蔵庫って便利ですね。いつでも氷が……」
お盆にみっつの飲み物を乗せて訓練場に現れた蜜月は、厳しい表情で手紙を読んでいる明日軌に気付いて喋るのを途中で止めた。
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