レトロミライ

宗園やや

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中編

第55話

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 青いセーラー服姿のままの明日軌は、黒沢家の和室で勝利報告をした。
 それを受けたスーツの黒沢夜彦は大仰に頭を下げる。
「お疲れ様でした、雛白さん。戦闘記録は見せて頂きました。死者0はお見事です」
「萌子さんは大怪我をしてしまいました。申し訳有りません」
「いえいえ。そこは妹社ですから大丈夫でしょう」
「その妹社達をここに呼んでも宜しいでしょうか。ご相談したい事が御座いますので」
「? ええ」
 明日軌が「お入りなさい」と声を出すと、若い男女が襖を開けて和室に入って来た。
 そして明日軌と黒沢の両方に顔が見える位置で横一列に並んで座る。全員正座だが、足を怪我している翔だけは足を前に投げ出している。
 若者達を不思議そうに見た黒沢は、明日軌の言葉を促す様に居住まいを正した。
「蜜月さん、そして一春さんと萌子さんにも話を聞いて頂きたくて同席させています。なぜ蝦夷の妹社が反乱を起こしたのか、その理由を」
 袴の蜜月と白いさらしで腕を釣っている萌子、そして一春は、これから何が有るのかを聞かされていないので居心地悪そうに緊張している。
 明日軌は翔と凛に視線を向け、大仰に頷く。
「当事者が自身の言葉で説明してください」
 頷きを返す翔。
「この凛の腹には、子供が居ます。俺の子です」
 その言葉に驚く黒沢側の人達。勿論蜜月も驚いている。
「そんな凛を敵に浚われてしまいました。そして、言う事を聞かないと、凛の命の保証は無い、と……」
「黒沢様もご存知でしょうが、妹社の女は妊娠すると弱くなります。そこを付け込まれたのでしょう」
 明日軌が言葉を足す。
「人は滅びの道を進んでいるとも言われ、その通りだと思いました。実際に外国が滅び、大勢のイモータリティーがこの国に来ていますから」
 隆行が口を開く。
 続いてキノも言う。
「翔と凛の子供は平和な世界で幸せになって欲しかった。それは滅びが近い人の世では無理だ、と思ったのは事実です」
「――だから敵側に付いた、と」
 腕を組んだ黒沢は難しい顔をする。
 明日軌は雰囲気が暗くならない様に明るい声を出す。これから図々しいお願いをするので、にこやかに話した方が心証が良いと思うから。
「そこでご相談です。翔さんと凛さんは雛白で引き取りますので、隆行さんとキノさんをそちらで引き取ってくださいませんか?」
「何ですって?」
 黒沢が顔を上げて明日軌を見たので、明日軌は口元を引き締める。
「理由はどうあれ、蝦夷が落ちたのは事実です。その原因が彼等の寝返りなのも疑い様が有りません」
 俯く蝦夷の妹社達。
「蝦夷撤退の結果、死者行方不明者は七万人を越えています。数に入っていない人も居るかも知れない。彼等はその責任を取らなければならない」
 青いスカートを捌きながら立ち上がる明日軌。
「本来なら、彼等は反逆罪で死刑になってもおかしくない。国や軍なら間違い無くそうします。しかし私はそうしません。そんなのは野蛮な上に無意味です」
 歩き、蝦夷の妹社達の後ろに移動する。
「彼等にはその命を賭けてこの国を守り、蝦夷を取り返して貰います。それが罪滅ぼしになると私は思います」
「確かにそちらの方が世の為人の為になりますね」
「今現在、蝦夷は無人。無人になった蝦夷から大型神鬼がこの東北の街に攻めて来るかも知れない。その時は隆行さんとキノさんが必要です」
「だから二人をここに残す、と」
「はい」
 凛の肩に手を置く明日軌。
 肩の手を見詰める凛。
「凛さんはしばらく戦えない。彼女と翔さんは離す事は出来ない。だから二人は私が越後に連れて行きます。――如何でしょうか? 黒沢さん」
 考える黒沢。蝦夷の妹社は大罪人だから、簡単には了承出来ないだろう。
 数秒待って、明日軌は更に言う。
「本当なら蝦夷での死傷者はもっと多かったはず。しかし人口に比べて少なかったのは、彼等の働きが影で有った事を、私は信じます」
「彼等が市民の避難を助けたと?」
「そうでなければ、何十万人もの人が海を渡る時間は作れません。一匹でも港に中型乙が現れていたら……」
「分かりました。過ぎた事はもう良いでしょう。しかし、妹社を動かす為の政府の許可はなかなか出ませんよ?」
「東京に避難された青井さんに書簡を出していますが、その返事待ちはしません。ここで黒沢さんに反対されても、私は二人を連れ帰るつもりです。ここで時間を浪費しても状況が良くなる事は御座いませんので」
「それはまずい。勝手をしたら政府が黙っていないのでは」
「事後承諾させます。責任は全て私が取ります。黒沢さんにご迷惑が及ばない様、努力します」
 フ、と笑う黒沢。
「させます、か。良いでしょう。その案、承諾しましょう。私達も戦力は欲しいですからな。良いかな? 隆行くん。キノさん」
 はい、と頷く二人。
「身命を賭して蝦夷を取り返します」
 力強く言う隆行。
「そして神鬼に負けない事を誓います。二人の子供の故郷の為に」
 凛の手を握るキノ。
「……ごめんなさい、私のせいで、こんな事になってしまって……。しかも、大勢の人が亡くなってしまったなんて……」
 凛は、細い身体を震わせて涙を流す。
 青井邸で見た過去の映像では、凛は勇ましかった。
 しかし今の彼女は捨てられた子犬の様に小さくなっている。
 妊娠している妹社はこんなにも弱くなるのか。
 事情を把握した蜜月が翔の腕を突付いた。
 それを受けた翔が口を開く。
「凛のせいじゃない。一番悪いのは、凛を守れなかった俺だ。亡くなった蝦夷の人達はもう帰って来ないが、生き残った人達は俺が守る」
「翔……」
「勿論凛も、俺達の子供も守る。みんな守ってやる!」
 言いながら腹を括ったのか、翔は拳を振り上げて叫んだ。直後、足が痛んで呻き声を上げた。
 やれやれ、ラブラブパワーには敵わないな。
 苦笑しながら机に戻った明日軌は、静かに座る。
「では、そう言う事で宜しいでしょうか? 黒沢さん」
「ええ。……若い人が羨ましいですな」
 黒沢も苦笑する。
「私達は帰還の準備を始めますので、退席しますね。黒沢家で戦う妹社達は、良く話し合って親睦を深めてください」
「はい」
 頷く居残り組の妹社達。
「では、失礼します。翔さんと凛さんは、私達と一緒に別室に行きましょう。これからの事を話し合わなければなりませんからね」
 明日軌が立ち上がったので、蜜月も立ち上がった。
 足を怪我している翔は、妊婦に気遣われながら立ち上がる。
 そして和室を後にし、廊下を歩く四人。
「羨ましいですね。愛し合ってて」
 蜜月が明日軌の耳元に顔を近付け、小声で言う。
「フフ……そうですね」
 蜜月と明日軌の後ろで、翔と凛はお互いを気遣いながら歩いている。正直見てられない。
「図書室に有る恋愛小説を読んでいるので、なんか私も恋がしたくなりました」
「それは素敵。でも、戦えなくなったら困りますよ?」
「え?」
 明日軌は蜜月の下腹を軽く叩く。
「ハラボテでは戦えません」
 その意味を悟り、顔を赤くする蜜月。
「そんな事にはなりません!」
「うふふ……」
 じゃれ合う二人の少女を見て不思議そうに首を傾げる翔と凛。
 あの二人は主従関係のはずなのに、まるで女学生の様に戯れている。
「平和になったら、自由に恋をしなさい。戦いが無いのなら、妹社にだってその権利が有るのですから」
 振り向き、翔と凛を見て微笑む明日軌。
「それが正しい未来なのですから」
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