レトロミライ

宗園やや

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後編

第67話

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『混合妹社隊のみなさんは鎧下着を着用し、玄関前に集合してください。繰り返します――』
 雛白邸全体に、雛白部隊のオペレーターである渚トキの声が響いた。
 他所から来た妹社達は、始めて聞く邸内放送に驚く。
「なんだ? どこで喋ってるんだ? この女」
「分からないけど、呼ばれたんだから行こうよ、哲也」
「行きましょう」
 一階遊技場でダーツをして遊んでいた小倉妹社隊の三人は、雄喜がきちんと片付けてから着替えに走った。

 身体の線がハッキリと出る黒い服を着た少年少女達が玄関先に集まって来る。
 相変わらず躾のなっていない子供の様にダラダラとしているが、それでも混合妹社隊の司令である明日軌より後に来る子は居なかった。
 整列してないが、まぁ良いだろう。
 紺色のメイド服を着た女性達も大勢出て来て、それぞれの仕事に取り掛かった。
 ポニーテールに青いセーラー服の明日軌は、混合妹社隊全員が居る事を確認してから声を張り上げる。
「これからみなさんには模擬戦を行って頂きます」
 模擬戦? 何それ? とザワ付き始める妹社達。
「おもちゃの武器を使って、一対一で戦って貰います。これは私がみなさんの戦い方を見る為の物です。戦い方を見て、この街のどこに配置するかを考えます」
 言ってからニッコリと笑む明日軌。
「ですが、妹社のみなさんは遊びだと思って構いません。全力で遊んでください」
 ユイが右手を上げる。この子は気になったら発言しなければ気が済まない性格らしい。
 頷きで発言を許可する明日軌。
「勝敗によって私達の立場と言うか、階級みたいな物は変わりますか?」
「変わりません。妹社は全員平等でなければならないと言う国際法が有りますしね」
 肩を竦めた明日軌は、混合妹社隊全員の顔を見渡してから続ける。
「でも、それだと張り合いがありませんので、優勝者は私の家の夕食に招待し、特別な料理をご馳走しましょう。ただし、こんなご時世なので、過度な期待はしない様に」
 街の外からの物資の供給が無くなった今、最終決戦の要である妹社達でさえ、質素な食事を強いられている。米だけは売る程有るが、肉や魚類は絶望的な状況にある。
 昨晩の牡蠣鍋も、ほとんどが野菜だった。
 妹社達は超人的な身体能力を持っているだけでなく、全員が育ち盛りなので、食べる量も半端ではない。
 だから全員が空腹なので、あからさまに目の色が変わった。
 特に小太りの守人はヨダレを垂らさんばかりだ。
「ルールの説明をします。武器は四種類」
 明日軌は、紺色メイドが二人掛かりで用意した軽い木のテーブルに妹社達の視線を集中させた。その上には多くの武器が並んでいる。
「格闘用のグローブ。刀。拳銃。歩兵銃です。グローブと刀には白い粉が塗ってあり、銃には白い絵具が詰まった弾が込められています。撃たれたら痛いですが、怪我はしません。コクマ」
「はい。試しに撃ってみます」
 黒いメイドがおもちゃの歩兵銃を構え、玄関の柱を撃った。ねずみ色の石柱に白い液体がビチャリと飛び散る。すぐに紺色メイドがそれを拭き取る。
「みなさんが着ているのは黒い服ですから、当たればすぐ分かります。黒い服に白い部分が有れば負け。良いですね?」
 はーい、と返事をする妹社達。
 玄関先の声に引き寄せられ、庭に避難して来ている子供達が集まって来た。予め紺色メイドによってロープが張られていて、危ないのでこれ以上入らないでくださいと言われている。
「銃は急ごしらえのおもちゃなので、弾は一発しか撃てません。なので、武器は何種類も持って構いません。ただし、戦闘中にテーブルの武器を取りに戻る事は禁止します。また、相手に怪我を負わせたり、流れ弾が観客に当たったりしても負けとします。危ないですからね」
「分かったから早く始めようぜ」
 哲也はわくわくして落ち着かない。
 絶望的な撤退戦を潜り抜けた直後で、この元気さは貴重だ。彼は後方警護が適任かも知れない。前線が崩れて敵が後方に雪崩れ込んで来ても決して挫けないだろうから。
「対戦相手は凛さんが作ってくださったくじ引きで決めます。審判はコクマ。――では、第一回戦を始めます」
 秋晴れの下、混合妹社隊は観客と舞台を仕切るロープまで下がった。
 藍色の着物を着た凛がクッキーの空き缶に入った紙切れを二枚引き、それぞれに書かれている名前を読み上げる。
「一春! 蜜月!」
 初戦から大本命の対戦だ。
 一春は、妹の萌子が頼りない分を補って戦う、東北の名失いの街で大活躍している男の子だ。
 蜜月も明日軌が絶対の信頼を寄せられる戦闘力を持っている。
 爽やかな短髪の一春は拳銃を左手に、歩兵銃を右手に持った。
 耳が垂れ下がっている外国の犬の様な髪型の蜜月は、しばらく悩んだ後、七十センチ程の長さの刀だけを手に取った。
 そして開けた舞台の中心に歩み出てお互いに向き合う。
「妹から君の事は聞いています。強いそうですね。でも、負けませんよ」
 格好良い一春に言われ、少し照れる蜜月。それをごまかす様にキリリと顔を引き締める。
「わ、私も負けません。本気で行きます」
「見合って、礼。……始め!」
 コクマの号令と同時に、一飛びで一春の懐に飛び込む蜜月。電光石火の突きは紙一重で避わされ、刀に付いていた石灰が風圧に舞う。
 避けた反動を利用しながら蜜月の背中側に周った一春は、拳銃で相手を狙う。そうされる事を読んでいた蜜月も、避けられた事が分かった瞬間に地面を蹴り、真横へ飛ぶ様に移動する。
 蜜月は、中型の乙を相手にしている時と同じく、動きを激しくして銃の射線に入らない様にしている。
 拳銃を下ろした一春は、代わりに歩兵銃を構えた。そして後ろに飛び退く。距離を取れば銃の方が有利だ。
 蜜月はそれを許さず、左右に身体を揺らすステップで距離を詰める。
「やっ!」
 一春の目の前で姿勢を低くし、気合と共に刀での足払い。
 それを垂直飛びで避けた一春は、蜜月の長い髪が円を描いたのを見る。蜜月は斬撃した勢いのままその場で一回転し、再び斬撃していた。
 スパーンと言う小気味良い音と共に、空中に居た一春の脇腹に白い粉の線が付く。
「それまで! 勝者、蜜月」
 コクマの宣言を聞いて、観客の子供達が拍手した。
「すみません、勢いが付いてしまって。痛くありませんでしたか?」
 おずおずと言う蜜月。
 一春は銃を下して苦笑いを浮かべる。
「柔らかい素材で出来ていますから、全然。しかし、垂直飛びは失敗でした。人と戦うのは想像したより難しいですね」
「では、次、行きます」
 大声で言ってからクジを引く凛。
「キノ! 萌子!」
 今度は女子対決だった。
 二人共歩兵銃を持つ。
「始め!」
 同時に構え、同時に撃つ。
 萌子はいつも兄の後ろに隠れている気弱な子なので、速攻で倒せるとキノは思っていた。
 萌子の方は自分の戦闘力の低さは十分に分かっているので、一か八かの博打に出た。
 その結果、同時に二人の鳩尾が白い液体で汚れた。
「相打ち! 双方負け!」
 おおー、とどよめく観客。
 大人の女性達も集まり、舞台の外は押すな押すなの大盛況になった。避難生活が長引いているせいで、娯楽に餓えているからだ。
 明日軌は避難民のストレス解消も狙っていたので、満足気に頷いている。
 オカッパの少女は兄の許へ、みつ編みの少女は仲間の許へ帰って行く。二人共しょんぼりとし、慰められている。
「翔! エルエル! 翔、頑張れ!」
 夫を応援する凛。
 それに右手を挙げて応えた翔は、刀を持った。
 エルエルは歩兵銃を両手に持った。
「始め!」
 翔は刀を正眼に構え、エルエルは両手の歩兵銃を構えた。
 そのまま数秒睨み合う。
 そこへ赤とんぼが飛んで来て、エルエルの金髪に止まった。前髪が揺れ、微かに瞬きする。
 その瞬間、エルエルの左腕に白い粉が付いた。翔の刀が振り抜かれている。
「それまで! 勝者、翔」
「今の、見えたか?」
 哲也が小声で隣りの雄喜に話し掛けたが、首を横に振られた。ベンにも視線を向けたが、同じ反応が帰って来た。
「むー。残念過ぎます。何も出来ませんでした」
 悔しそうに歯軋りしながら蜜月の隣りに戻るエルエル。
「守人! 哲也!」
「お、やっと俺の出番か!」
 生意気な少年は飛び跳ねる様に拳銃ふたつを両手に持ち、小太りの青年は悠々と歩兵銃を一丁持った。
「始め!」
「くたばれー!」
 哲也は満面の笑みで右手の拳銃を撃つ。
 見た目に似合わない冷静な動きで身体を傾け、弾筋から軸を逸らす守人。最小の動きで攻撃を避けている。
「それまで! 勝者、守人!」
「はぁ? 何でだよ! 俺、まだやられてないぞ!」
 瞬間的に頭に血が昇った哲也は、黒いメイドに食って掛かる。
 が、コクマの目を見て抗議を止める。そのメイドの視線には、殺気に近い物が篭っていた。
 この女、ただのメイドじゃない。
 人殺しの目より闇の深い、何でも躊躇い無く殺せる目だ。その気になれば妹社でも殺せる女だと、本能が警告していた。
「反則負けです。観客に流れ弾が当たりました」
 哲也が撃った拳銃の弾は、観客の中年女性の肩に当たっていた。すぐに紺色メイドが濡れタオルを持って詫びに行く。
「……ちぇ」
 渋々引き下がる哲也。
「いつも言ってるじゃないか。調子に乗るのが哲也の悪いクセだって」
「うるせぇ」
 雄喜を見ずに呟く哲也。
「エリカ! ベン!」
 今度は外人対決だ。
 二人共刀を持つ。
「始め!」
 金髪を掻き上げたエリカは、黒人少年を緑色の瞳で見下した。
 直後、見た事も無い構えで突進した。半身になり、右手に持った刀の切っ先を相手に向けている。
「ほほう、フェンシングですか。これは都合が良い」
 明日軌が誰に言うでもなく呟いた時には、もう勝負が決まっていた。エリカの突きがベンの肩に食い込んでいる。
 勝利の笑みを浮かべるエリカ。
「相打ち! 双方負け」
 勝ちを確信していたエリカは「え?」と驚いた。
 自分の身体を見下ろすと、股間から尻にかけて白い粉が付いていた。エリカの直線的な突進を刀で払おうとしたベンだったが、相手の動きが速過ぎて間に合わなかった。だが、相手の剣を捌こうと振られた刀が、偶然その部分に当たってしまったのだ。
「な、なんて事を……」
 顔を真っ赤にして股の汚れを手で払うエリカ。しかし人前で股間を丁寧に綺麗にする訳にも行かず、前と後ろを手で隠す。
「抗議します! 私の刀が先に相手に当たりました! だから私の勝ちです!」
「いいえ。この試合は、白い汚れが付いたら負けなのです。だから双方負けです」
 コクマに無情に言われ、唇を噛むエリカ。
「エリカ! 負けは負け! 戻って来なさい!」
 そう叫んだユイをきつく睨むエリカ。
 しかし結果が出ているので、仕方無く納得して下がる。
 股間を手で隠しながら戻る仕草が可笑しかったのか、観客の子供達から笑い声が起こった。
「笑わないで! くぅ~……」
 母国語で小声の文句を言っているエリカを見て、ユイも指差してゲラゲラと笑う。
 場外乱闘が始まりそうなところを沢井妹社隊の仲間が止め、事無きを得る。
「のじこ! カイザー!」
 一番背が低い女の子と、中年にしか見えない黒人。
 最大の体格差の試合に観客が息を飲む。
 銀髪少女はグローブを嵌め、体格の良い青年は悩んだ末に相手の武器を見てから刀を取った。
「始め!」
 のじこは開始早々相手に襲い掛る。
 しかしすぐに勝負に出る事はせず、相手の背後に回ろうとする。
 ちょこちょこと動き回る幼女に刀を振り下ろそうとするカイザーだったが、空振りをしたらその隙にやられるので攻撃出来ない。
 どうしようかと考えている間に、カイザーの右の膝裏に衝撃が走った。
「それまで! 勝者、のじこ」
 やれやれと肩を竦めるカイザー。
「蹴りを入れて倒せば勝てそうでしたが、それだと彼女が怪我をしてしまいますからね。相手が悪かった」
 のじこは勝利を特に喜ばず、ぺこりと頭を下げてから蜜月の許に戻った。
「雄喜! 隆行!」
 気弱そうな少年は右手に歩兵銃、左手に拳銃を持った。
「いけー! ぶっ殺せー!」
「いや、殺さないから」
 仲間の物騒な声援に困り顔の雄喜。
 勇ましい目付きの隆行は右手に拳銃、左手に刀を持つ。
「始め!」
 睨み合い、慎重に窺い合う。観客の声援がやけに耳に付く。
 二分程そうした後、痺れを切らした隆行が刀を掲げて間合いを詰めた。
 それを待っていた雄喜は、踏み出した相手の足を拳銃で撃った。
 間一髪足を上げて避ける隆行。地面に白い液体が散らばる。
 間を置かず、微かにバランスを崩した隆行を歩兵銃で撃つ。
「それまで! 勝者、雄喜」
「よっしゃー!」
 雄喜より先に勝利の雄叫びを上げる哲也。
「恥ずかしいなぁ、もう」
 雄喜は、頬を染めながら使い終わった武器を紺色メイドに返す。
「一回戦の最後です。ユイ! 大輔!」
 ウエーブ髪の美人と糸目の青年は同じ沢井妹社隊だ。お互いの手の内を知っているだろう。
 二人共刀を持った。
「始め!」
 糸目の青年は切っ先を下げ、摺り足でユイとの間合いを詰める。
 ユイは特に構えず、悠然と立って相手を目だけで追っている。
 いきなり空いた左手で相手に掴み掛かるユイ。大輔の首に腕を回し、相手と共に地面に転がる。
「……参った」
 実戦だったら大輔の首は折られていた。
 ポン、と刀で大輔の頭を叩くユイ。
「それまで。勝者、ユイ」
「無茶するなぁ。遊びなんだから力試しで良いのに」
「常に全力。それが私の信条」
「やれやれ」
 身体を起こし、砂を払う二人。
 これで全員の対戦が終わった。
 妹社達の戦闘能力に関しては、書類や龍の目で見た以上の情報は無かった。
 ま、それはそれで良いでしょう、と思いながら凛に視線を送る明日軌。
「では、第二回戦を始めます」
 凛がそう言うと、観客が沸いた。
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