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後編
第75話
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「エルエルさん……」
本部テント内の明日軌は、地図が広げられているテーブルの上で硬く拳を握りながら目を伏せた。
渚トキが地図の西側に刺さっている六本の赤いピンの中から一本抜き、その場に倒す。
メイド長の大谷も、ヘッドフォンの報告を聞きながら青いピンを抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返している。最初は蛤石監視所を囲んでいた無数の青いピンは、今は緩いV字に並んでいて、段々と雛白邸側に後退している。
「メイドの被害は?」
顔を上げて訊く明日軌に応える大谷。
「第三十と第五二リヤカーの子がひとりずつ、小型の光線で火傷をしていますが、作戦に支障は出ていません」
「そう……」
「西方より襲来した一体のエイ型神鬼は倒されました。引き続き周囲を警戒してください」
渚の声を聞きながら、ポケットから銀色の懐中時計を取り出す明日軌。
もうすぐ十時。夜明け直後から始まった戦闘は、三時間以上経った。もうそろそろ次の命令を出す時間だ。
「明日軌様。お茶をどうぞ」
おさげでメガネの紺色メイドの梶原が全員分の湯呑みを持ってテントに入って来て、まず女主人に配った。
「ありがとう」
懐中時計をテーブルに置き、湯呑みに伸ばしたその手がブルブルと震えていた。そんな手では重い湯呑みを持ち上げる事が出来ず、ツルリと指が滑る。
「あ」
硬い土の上に落ちた明日軌愛用の湯呑みは粉々に砕けてしまった。テント内に居る全員が地面を見、それから明日軌を見た。
ハクマが素早く身を屈めて破片を片付ける。
「すぐに代わりをお持ちします」
通信士達にお茶を配りながら言う梶原。
「二度手間、ごめんなさい」
「とんでもない」
礼をしてテントを出て行く梶原を見送ってから、明日軌は大きな溜息を吐いた。
「私がもっと注意して街の外にも龍の目を向けていれば、エルエルさんは助かったかも知れないのに……」
「明日軌様。まだ戦闘中です。後悔は、後でゆっくりと……」
女主人の耳元で言うハクマ。
こうしている間にも十万人以上の人が銃を取り、数百人のメイドがリヤカーを引いている。彼等彼女等の命を守る為にも、冷静な指揮が必要だ。
「そうね」
普通の色をした右目で時計を睨む明日軌。秒針がカチカチと進む。その動きが妙にゆっくりで、このまま何事も無く終わってしまうのではないかと、一瞬だけ現実逃避を思い描いた。
本部テント内の明日軌は、地図が広げられているテーブルの上で硬く拳を握りながら目を伏せた。
渚トキが地図の西側に刺さっている六本の赤いピンの中から一本抜き、その場に倒す。
メイド長の大谷も、ヘッドフォンの報告を聞きながら青いピンを抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返している。最初は蛤石監視所を囲んでいた無数の青いピンは、今は緩いV字に並んでいて、段々と雛白邸側に後退している。
「メイドの被害は?」
顔を上げて訊く明日軌に応える大谷。
「第三十と第五二リヤカーの子がひとりずつ、小型の光線で火傷をしていますが、作戦に支障は出ていません」
「そう……」
「西方より襲来した一体のエイ型神鬼は倒されました。引き続き周囲を警戒してください」
渚の声を聞きながら、ポケットから銀色の懐中時計を取り出す明日軌。
もうすぐ十時。夜明け直後から始まった戦闘は、三時間以上経った。もうそろそろ次の命令を出す時間だ。
「明日軌様。お茶をどうぞ」
おさげでメガネの紺色メイドの梶原が全員分の湯呑みを持ってテントに入って来て、まず女主人に配った。
「ありがとう」
懐中時計をテーブルに置き、湯呑みに伸ばしたその手がブルブルと震えていた。そんな手では重い湯呑みを持ち上げる事が出来ず、ツルリと指が滑る。
「あ」
硬い土の上に落ちた明日軌愛用の湯呑みは粉々に砕けてしまった。テント内に居る全員が地面を見、それから明日軌を見た。
ハクマが素早く身を屈めて破片を片付ける。
「すぐに代わりをお持ちします」
通信士達にお茶を配りながら言う梶原。
「二度手間、ごめんなさい」
「とんでもない」
礼をしてテントを出て行く梶原を見送ってから、明日軌は大きな溜息を吐いた。
「私がもっと注意して街の外にも龍の目を向けていれば、エルエルさんは助かったかも知れないのに……」
「明日軌様。まだ戦闘中です。後悔は、後でゆっくりと……」
女主人の耳元で言うハクマ。
こうしている間にも十万人以上の人が銃を取り、数百人のメイドがリヤカーを引いている。彼等彼女等の命を守る為にも、冷静な指揮が必要だ。
「そうね」
普通の色をした右目で時計を睨む明日軌。秒針がカチカチと進む。その動きが妙にゆっくりで、このまま何事も無く終わってしまうのではないかと、一瞬だけ現実逃避を思い描いた。
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