上 下
1 / 1

『クラブのキング』アガサクリスティの謎を解け!その2

しおりを挟む
『クラブのキング』
 この事件を解決したのは名探偵ポアロだ。しかし、ポアロは犯人を捕まえずに帰ってしまう。
 多くの部分的な真相を確認し、さらに相手に安心と忠告を与えた後でだが。
 全面的な真相は──いかなるものだったのだろうか?
 余談になるが、ポアロは、無実の人が殺された場合には、たとえ相手が偉人であろうとも加害者を許すことはない(※『愛国殺人』参照)。
 しかし、例外として──被害者が極悪人だったり、事件が未必の故意による殺人だった場合には──加害者を逃がすことが時折ある。(※『オリエント急行殺人事件』など参照)
 この『クラブのキング』もそのケースだ。
 ポアロの部分的な説明を踏まえ、真相を全面的に明かしていこう。
 まずは【捜査段階】での状況から書き出してみよう──。(※ネタバレ注意)
・伯爵から求愛されている有名な女ダンサーがいた
・伯爵は彼女がロシア大公妃の娘だと信じている
・その女ダンサーが夜間、ある中流階級の家に逃げ込んできて救助を求めた
・女ダンサーは裏手の家で殺人が起きたと言った
・彼女を救助した家の住人たちは警察を呼び、殺人事件の起きた家で捜査が行われた
・すると書斎の奥でそこの家主が死んでいるのが見つかった──
 そしてポアロの【聞き込み】が始まる
・執事による事件現場の説明──主人は書斎の奥のフランス窓付近で倒れていた。書斎は大きいワンルームで、表側にフランス窓(邸内路へ出入り可)、奥側にもフランス窓(裏庭へ出入り可)──カーテンは閉まっている──、横面には廊下──玄関や使用人室など──へ繋がるドア、反対側の横面にはテラスへ出るドア
──すなわち書斎からは4方向とも出入り可能
・検死医による説明──後頭部の割れるほどの傷が死因。他に眉間にも傷あった
・事件現場の裏に住む家族の話──家族でブリッジをして──3番勝負を5回ほど終えていた──ところに裏口から女ダンサーが駆け込んできたとのこと
・事件に遭遇した女ダンサーの話──その夜、約束により彼女の弱みを握るこの家の主と交渉しにきた。秘密の交渉だったのでこの家の使用人に遭わないように横手のドア(テラス側)──玄関を通らず──から訪問した。交渉は激しい口論へと発展し、そこへ書斎の奥のフランス窓から暴漢が急に乱入して、家主を殺した。女ダンサーは開いていたフランス窓から逃げ出し、裏の庭園を越えて近くの家に救助を求めたとのこと
・さらにポアロからの質問に女ダンサーの返答──夜分に女1人で行くのは怖いが、知人がいないので仕方なかった。表側の窓のカーテンは開いていた。エナメル革の靴──庭園を駆けて汚れた──の汚れは、救助された家の使用人がみがいてくれた
 そして、これらの情報を得たポアロは事件の解決を明言した。「こんどの事件はこれで幕切れ、あまりにも単純すぎる──」と。
 この時点ではポアロは事件を“女ダンサーと用心棒による狂言”と判断したようだった。
 女ダンサー自身が殺人事件を起こしたら伯爵とのロマンスが壊滅してしまう。そのための狂言と。
 しかしポアロは、女ダンサーを救助した家に入り、テーブルのトランプ──ブリッジ──にカードが1枚不足していることを知って困惑する。
 不足の1枚をトランプケースの中に発見したポアロは推理を一変させた。
 このブリッジというゲーム──4人にカード13枚ずつ配り、毎回、自分のカードから1枚出して勝負する。それを13度(4×13=全52枚使用)行う。つまり全てのカードが出し尽されるゲーム。
 カードが1枚足りないと最後は3枚しかないのでゲームは完了しない。
 この一家はブリッジを3番勝負を5回(計15番)も終えていたといったが、1番勝負──4枚×13回──すら成立しないのだ。
 ブリッジをしていたという裏の家人の説明は嘘だった。
 ポアロは裏の家族(4人)がなぜ女ダンサーと口裏をあわせたのかを推理し、絡みあっていた他の謎──裏の家の正体、エナメル革の靴をみがいた人がいなかった件、本来の死体の位置など──も同時に解き明かした。
・女ダンサーは実家──裏の家の住人(イギリスの中流階級)──とはずっと縁を切って生きてきた
・女ダンサーの実家は、彼女の弱みを握る相手の家の裏手にあった
・相手が女ダンサーの弱みを知っているのは偶然ではなかった
・以前から裏手に住んでいた男は、有名な女ダンサーの経歴がロシア大公妃の娘どころか貴族とまったく無縁の中流階級の娘と熟知していた。
・伯爵を失望させるネタを握った男は、女ダンサーを脅して大金を得ようとした
・女ダンサーは伯爵との恋のため、ネタを握る裏手の男に大金を払うことにした
・縁を切っていた家族へ事情を話して協力を求め、兄(弟)を用心棒にして相手の家へ交渉に行った
・家の正面に着くと兄にそこで交渉が終わるまで待機してもらった
・極秘の交渉なので使用人に遭わないようにするために、女ダンサーは1人でテラスの側の入口(書斎の横側)から訪問した
・交渉が不調となり、フランス窓(表側)の付近で女ダンサーと相手が口論になった
・口論が表に聞こえたため、心配した兄(弟)は表側のフランス窓を外から叩いたところ、家の主がフランス窓のカーテンを開けた
・フランス窓から怒った兄(弟)が入ってきて相手──家の主──を殴ったところ倒れ、打ちどころが悪くそのまま死んでしまった。
・すぐに救助を要請したいところだが、その家の執事や、玄関先の住人に頼めば、来訪者2人は殺人犯として警察に逮捕されてしまう可能性がとても高い
・そうなれば伯爵と女ダンサーとの恋愛は雲散霧消となり、兄(弟)としても拘留されたら、その分の稼ぎが失くなってしまう
・そこで2人はアリバイ工作をすることにした
・まず実家の4人は家でずっとブリッジをしていたことにして──兄(弟)のアリバイを成立させた
・つぎに女ダンサーが裏手の家──実家──へ逃げ込んだ理由を作るために、死体を奥側のフランス窓へ移動させ、そこで事件が起きたことにして、奥側──のフランス窓から出て裏手へ逃げたことにした
・付近の人に見られないようにするため兄(弟)は奥のフランス窓から裏の庭園を抜けて帰宅
・女ダンサーは訪問時と同じように横手のドアからテラスへ出て、表の邸内路へ回って門から帰宅する──仮に付近の人に見られても、夜陰で判別しづらく、女が1人で歩いていることぐらいしか分からない──このためエナメルの靴に土の汚れなどもともと付いていなかった
・後は家族一丸で口裏をあわせ、有名な女ダンサーがブリッジしている家に駆け込んできたことにした
──これが『クラブのキング』の最終的な考察である。
 だが──、謎がまだ少し残っている感じもある。
 テーブルに残ったブリッジを見て、ポアロがいった一言「わたしが思うに、一家の娘(女ダンサーの姉もしくは妹)──女ダンサーもこの家の娘とは、この時点でポアロはまだ知らない──が“切り札なしの組(ノートランプ)”を宣言したのはまずかったな“スペードの三組”で勝負すればよかったんだ」
 この発言をどう捉えればよいのか。カードが1枚、足りないことに気づく前──事件は単純なもので推理は終わったと考えていた時点──のポアロの発言だから単にふざけて言っただけなのかもしれない。
 ヘイスティングズからも「いいかげんにしてくれよ」と叱られている。
 しかし何かの意味があった可能性もある。今後ブリッジに気が向くことがあれば、言葉の意味を考えてみたい。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...