明石の小さな日常

ハネクリ0831

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16話

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明石は反射的にスマートフォンをポケットにねじ込み、瞬時に1センチサイズへと縮小。世界が一気に異次元のスケールへと変貌する。床の目地は溝となり、埃の粒が岩塊のように転がり、パーティクルのようなチリが空中を漂う。

ヒールの音が、地響きのように近づいてきた。

「はあ……やっと……会議終わったぁ……もう……あの自分語り教授、また三十分も延長しやがって……!」

甲高く通る声。聞き慣れた、少し媚びたようなイントネーション。間違いない、青水助教授だ。

(やばっ……このタイミング!? ウソだろ……!)

ドアが開き、光が射し込み、巨大な影が差し込んだ。部屋の空気がかすかに揺れ、濃いフローラル系の香り――ローズにバニラとムスクを加えたような強い甘さが、風のように明石の全身を包み込んだ。

「ふう……ん? なにこれ? 床に紙落ちてる……あら、あら……ったく、私ったらそそっかしいんだから……」

ゆったりと伸びた細く白い指が、明石の乗っていたテスト用紙に触れる。そのまま、軽やかに持ち上げられる。

(うわっ……持ち上げられた!?)

わずかな傾きでも、極小サイズの明石には崖に等しい。紙がゆっくり傾き、身体がするすると滑っていく。

(くっ……踏ん張りが……効かないっ!)

「えっと、この設問、もう少しひねりが……」

視界の端に、青水助教授の巨大な顔が近づく。毛穴のひとつまで見えそうな距離感に、明石の思考が止まりかけた。長く整った睫毛が風を切り、唇には艶やかなグロス。目の奥にかすかな疲労を感じさせながらも、笑みを作る仕草はどこかプロのタレントじみていた。

(ち、ちかっ……! ってか、香水きっつ……!)

むせ返るような濃密な香りが鼻腔を刺し、思わず咳き込んでしまう。

「げほっ、げほっ……!」

その瞬間、紙がふいに角度を変えた。

(あ、やば……!)

つるり。

明石の身体は紙から滑り落ち――。

ぽよんっ!

「きゃんっ!?」

青水助教授の胸元に、軽くバウンド。

(うわっ……マジか!?)

全身を包み込む柔らかな弾力。そして――重力に逆らえず、そのまま谷間へと吸い込まれるようにして沈んでいく。

ストン。

ぴたりと、彼女の谷間に嵌まり込む形で収まった。

(……うそ、マジで……ホールインワン……!?)

柔らかさと圧迫感に挟まれ、身動きすらできない。温度、匂い、振動、すべてがダイレクトに伝わってくる。

「んっ……? ……なに? 今、なんか入った? え、なにこれ……?」

青水助教授は眉をひそめ、胸元に手を当てる。だが、そこは簡単にまさぐれる場所ではない。少し躊躇するように、指を止めた。

「うー……虫……? まさかね……。でもなんかモゾモゾ……いや、考えすぎかも……」

明石は谷間の中で、じっと息を潜めていた。

(や、やばい……この状況、かなりマズい……でもちょっと……いや、だいぶ……)

ぽす。

柔らかなものが頭にのしかかる。ほんのりとした香りと圧力に、意識が飛びそうになる。

(……だから! 冷静になれ俺!!)

必死で理性を保ちつつも、思わず唇の端がゆるむ。

「……ホールインワン、だな……」

そのつぶやきは、誰にも聞こえないはずだった――が、谷間に反響していたかもしれない。


明石は驚いていた。自分が、まさか母親とそう年の変わらない女性にこんな風に心を動かされる日が来るなんて、想像もしなかった。

目を引かれたのはその身体つきだった。
思わず視線を奪われてしまう、丸みを帯びた胸元。真鍋さんのような若い女性と比べても見劣りせず、むしろ、年齢を重ねたからこその張りと品のある形に、明石は密かに圧倒されていた。

助教授が何気なく腕を伸ばしたり、肩を軽くひねったりするたび、その胸の肉がふんわりと動いた。柔らかそうなその質感が、まるで目の前で呼吸しているかのように映った。

「……なんでこんなに意識してるんだ、俺……」

自分の心の動揺に気づきつつも、その視線を完全にはそらせない。
気がつけば、極小化した自分は、ふわりとその柔らかな空間――ブラジャーの内側へと迷い込んでいた。

そこは想像以上にやさしく、温かかった。左右を包む肌はしっとりとした弾力をもっていて、ただ触れているだけでも体の芯から力が抜けていくようだった。
目の前には、柔らかく迫る肌の丘。奥行きがあり、静かに弾むその動きが、ほんのりとした体温と共に明石の感覚を包みこんでいた。
背中に当たる布は、ブラジャーの内側の生地。やや起毛のある、上質な繊維だった。まるで羽毛布団の中に入りこんだような心地よさが、彼をゆっくりと沈めていく。

「……どうしよう……気持ちいい……」

そう思った時には、もう判断力はぼやけていた。耳元で感じる微かな鼓動、そして、身体中に広がる安堵感。
このまま目を閉じてしまえば、きっと心地よい眠りに落ちてしまうだろう――そんな誘惑が、すぐ傍にあった。

しかし――

「……いや、いかんいかん……!」

明石は意識を叩き起こした。
「ここで気を抜いたら、完全に人としてダメになる……!」

理性の声がかろうじて明石を引き戻す。彼は深く息を吐き、小さな決意を込めて、さらに自分の体を縮めた。今度は0.1ミリ。もはや肉眼では認識できないほどのサイズに。
その身体で、彼はブラの生地の繊維の隙間に身を滑り込ませた。そこはまるでダニの視点のような世界。繊維の一本一本がロープのように見え、その合間を縫うように、ゆっくりと下へと進んでいく。

肌に触れぬよう、布の中を伝いながら、慎重に脱出ルートを探る明石。

繊維の間をくぐり抜けながら、明石は一歩一歩、いや、一ミクロン一ミクロンと確実に下方へ進んでいた。
まるでシルクの森の中をさまようような感覚だった。一本一本の糸が自分の背丈以上に太く、ねじれた小径のように目の前に立ちはだかってくる。
その隙間から、かすかに外の光が差し込んでおり、それが彼に進む方向を静かに示していた。

「……もう少し……出口があるはずだ」

自分に言い聞かせながら、明石は慎重に足を進めた。まるで巨大迷路の探検家のような気分だった。

その時だった。

――ふわっ。

生地全体が緩やかに波打つように動いた。

「……っ!」

思わず声を漏らしそうになった明石は、繊維にしがみついた。助教授が軽く姿勢を変えたのだろう。そのほんのわずかな動作でさえ、0.1ミリの明石にとっては地殻変動級の衝撃だった。
たわんだ生地に体が滑り、彼は柔らかな繊維の谷間へと落ちていった。ふわりと、そしてゆるやかに、肌の温もりと生地の間を抜けて。

だが、その拍子に彼はようやく目的の場所――生地の縁に辿り着いた。肌と布が重なりあう、境界線のような場所。そこからふと顔を上げると、目の前には巨大な下乳のカーブが現れた。

「……で、でかい……」

思わずつぶやく。
上方に広がるその滑らかな丸みは、地表から見上げる丘のようだった。肌は柔らかな光を反射していて、まるで月の裏側にたどり着いたような神秘さがあった。

「……いや、見とれてる場合じゃない!」

シャツの内側――ボタンとボタンの間。
そこは、わずか数ミリの空間にすぎなかったが、0.1ミリの明石にとっては、まるで巨大な門のようにそびえていた。布の繊維が交差してできた隙間、そのひとつひとつが迷路のように入り組んでいる。

「ここから……出られるはずだ」

風が、外から吹き込んでくる。それは確かな兆しだった。助教授が動いたことで布が浮き、偶然できたわずかな隙間に、彼は慎重に身を差し入れていった。

まるで岩の裂け目に身を滑り込ませるかのように、繊維の間をゆっくり、じわりじわりと進んでいく。

そして――

彼は、ついに脱出した。

同じ頃――

「……ん?」

青水助教授は、読んでいた資料からふと顔を上げ、胸元にそっと手を添えた。
何かが触れたような、くすぐったいような、不思議な感覚が一瞬だけ走ったのだ。

「今……なにか……?」

首をかしげつつ、彼女はその感覚を思い返す。冷たいわけでも、くすぐったいわけでもない。ただ、ふわりとした温もりが、胸元の奥から湧き上がったような――そんな奇妙な感触だった。

「……気のせいかしら。最近、疲れてるのかもしれないわね」

助教授はぽつりとそう呟いた。声は小さく、だがどこか穏やかで、自分自身を諭すようでもあった。
シャツの上からそっと胸元をなで、軽く整えると、彼女は再び手元のファイルに視線を戻す。資料のページをめくる指先は、変わらず丁寧で、落ち着いた動作だった。

一方明石

「……あと少し」

彼は一息に跳ね上がった。
柔らかな生地の縁から外に飛び出すと、体がふわりと宙に浮いた。空気の流れに乗って、明石の小さな体はまるで塵のようにゆっくりと、下方へ落ちていった。

――風の中を、舞いながら落下していく。

すぐそばを助教授のシャツの生地が流れていく。彼女の身体の起伏をなぞるように、そのままゆるやかに下降する。
彼はようやく床の上に降り立った。

「っ……ふぅ……!」

着地した瞬間、彼は膝をつき、息を整える。
極小化した状態での移動は、想像以上に体力を消耗する。

直後、彼女の脚が動いた。

ストッキング越しに包まれた、長くしなやかな脚が、静かに椅子の下から前へと抜け出してくる。そのわずかな動きですら、明石の目には異様な迫力を持って映った。机の影を押しのけるように、助教授の体が、ゆっくりと――しかし確実に、立ち上がっていくのが見えた。

「……来る!」

明石は、わずかに身構える。

視界の中で、まるで巨大建造物がせり上がるかのように、助教授の体が上昇していく。太腿、腰、ウエスト、そして胸元――それらが、自分の頭上を通り過ぎ、天井の向こうへと消えていくような錯覚にすら陥った。

シャツの裾がふわりと広がり、春の光がその下から差し込む。スカートの縁がひらりと揺れ、明石の頭上に影と光のコントラストを描く。

(で、でかい……!)

声にならない驚きが、明石の喉奥で炸裂した。全身を包む圧迫感――いや、これは「存在感」と言うべきか。彼女の動作ひとつひとつが、地鳴りにも似た風圧を伴って空気を震わせ、まるでこの世界の重力そのものを握っているかのようだった。

思わず、明石は身を低くする。机の下の僅かな隙間から覗き見える彼女の背中には、日常の中では決して感じることのない、威厳とも畏怖ともつかない「神聖さ」が宿っていた。

「……あのサイズで怒鳴られたら、俺、蒸発するかもしれん……」

そんなふざけた独り言すら、小さな吐息のようにしか出てこない。

そして、タイミングを見計らい、明石は机の脚に隠れるようにして、ドアの隙間へと疾走した。ミリ単位で開けていた空間をすり抜け――その瞬間、背後から吹き抜けた春の風が、まるで異世界からの解放を告げるようだった。

無事に廊下へ脱出し、物陰でそっと元の大きさに戻ると、研究室から少し離れた場所に、仲間の渡辺が立っていた。

「どうだった?」
渡辺が小声で尋ねる。周囲を警戒しているのか、目だけを明石に向けた。

明石は肩で息をしながら、ニヤリと笑った。

「バッチリ。あんな近距離でも気づかれなかったよ。」

「よし……これならテストは問題ないな。」

そう言って、渡辺は小さくガッツポーズを見せると、足早に廊下を歩き去った。

明石は一度だけ、研究室のドアの方を振り返った。

あの巨大な存在が、今もあの部屋の中で動いているのかと思うと、背筋がほんのりと震えた。

「……次は、もっと近づいてみるか。」

冗談のように呟きながら、明石もまた、その場を離れた。

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