明石の小さな日常

ハネクリ0831

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19話 無断駐車

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2024年5月17日。

明石は、いつものようにカフェの奥の席に座っていた。コーヒーの香りがほのかに漂うその空間には、店長の園田とスタッフの桜田も同席していた。三人の顔には、どこか沈んだ空気が漂っていた。

園田が苦い表情で、コーヒーカップを指でなぞる。

「……結局、変わらなかったよね。何度言っても、あの人、止めない」

彼の言葉に、桜田が静かにうなずいた。

「じゃあ……“あれ”をやるんですね」

その言葉に、明石も小さくため息をついた。

「……流石に、あれをしないといけないでしょうね。もう無視できない」

三人の間に沈黙が落ちたが、話題は一つに絞られていた。

――近くの駐車場における無断駐車の問題だ。

実は、このカフェから歩いて数分の場所に、会社が管理する専用の駐車場がある。そこは、車通勤をしているスタッフや、車での移動を前提に来店する常連客のために、無料で開放されていた。

しかし――ゴールデンウィークが終わった直後から、明らかに関係のない車が、そこに頻繁に停められるようになっていた。

「夜から朝まで止まってることもあるんですよね……」桜田がぽつりとこぼす。

「日によっては、一日中止めっぱなしの日もある」と園田が付け加えた。

真鍋というスタッフが、無断駐車をしている人物に直接注意したこともあった。何度も

――だが、その人物は、ふてぶてしく言い放ったのだった。

「別に減るもんじゃないでしょう?」

注意をまるで聞き入れる様子はなかった。

「真鍋さん、今、ある場所に相談してるんだよね?」と桜田が問いかける。

「うん。管理会社か、あるいは警察……かな。本人が言ってた。ちょっと強めの対応になるかもって」

明石は、外の空を一瞥しながら言った。

「ま、監視カメラもあるし……証拠は揃ってる。もう大丈夫でしょう」

コーヒーの香りとは裏腹に、テーブルを囲む三人の雰囲気には、静かな決意が滲んでいた。

明石は、静かに考えていた。

(……その対応でもいい。でも、多分あの人はそれだけじゃ反省しないだろうな)

カップを口に運ぶふりをしながら、目線だけを落とす。彼の頭の中では、もうひとつの“選択肢”が浮かび上がっていた。

(――だったら……あれを、使うか)

その瞬間、明石の口元がわずかに歪んだ。静かに、しかし確かに、悪い笑みを浮かべていた。

それを見逃さなかったのが桜田だった。

「ちょっと、青山? どうしたの。今、なんかすっごい悪い顔してたよ」

「え? いや……いろいろですね、ええ」と明石はとぼけて返す。

桜田は眉をひそめたまま、それ以上は追及しなかった。ただ、背筋に妙な寒気が走ったのは確かだった。



翌日

明石は、駐車場に立っていた。空は薄曇り。人気はない。目の前には、見慣れた赤いセダンが停まっている。

「あれか……」

彼はゆっくりと歩み寄り、周囲に人影がないことを確認すると、ポケットから白いシールのようなものを取り出した。まるで電気回路が描かれているような複雑な模様が、光の加減でかすかに光る。

「よし……」

明石は、車体の下――ちょうどシャーシの中央部に、そっとそのシールを貼り付けた。そしてカメラなどをつけた。

そして10センチのサイズにまで縮小された。そのまま近くのフェンスの陰に隠れる。

(さて……観察タイムだ)

明石の小さな声が風に消えた。



約1時間後――

一人の若い男が駐車場に現れた。茶髪にキャップ、年齢は二十代前半といったところ。男は赤いセダンを見つけると、にやりと笑った。

「いやぁ、いい場所を見つけたぜ」

男はその車を、ゴールデンウィーク中に中古車ディーラーから受け取ったばかりだった。本来なら近くの月極駐車場を契約すべきだったが、それが面倒だった。

「ったく、月極なんて高ぇだけだし、ここに置いときゃいいって思ったんだよな。カーディーラーにもそれっぽく言っときゃバレねぇし」

店長に一度だけ注意されたが、それすらも予想通りだった。

「ま、あの程度の警告なら想定内だ。こういうの、基本警察は介入しねーしな。ラッキーだわ」

男は満足げに伸びをし、ドアを開けて乗り込んだ。

「よーし、今日はドライブ日和! バンバン走るぜ!」

その様子を、明石は遠くからじっと見ていた。芝の影から、冷たい笑みを浮かべながら。

「乗ったな……さて、知らずに地獄を見ることになるとはな」

呟くその声は、既に確信に満ちていた。



およそ20分後――

赤いセダンは都市部を抜け、海岸線へと向かっていた。

男は、ハンドルを握りながら上機嫌だった。

「いやー、やっぱ志賀島っしょ。ドライブの定番だよなぁ。海風、サイコー!」

香椎あたりを抜け、車は静かな道に差しかかる。周囲に人影はなく、視界も開けている。

……だが、異変は突然始まった。

(……ん?)

男は、ふとハンドルの感触に違和感を覚えた。手元がなんだか浮いているような、景色が妙に引き伸ばされているような――

(なんだ……疲れてるのか?)

そう思ったが、それはすぐに「気のせい」では済まされないと気づく。

(いや……なんか、景色が……いや、車が小さくなってる?)

気づいたときには、もう遅かった。

セダンは、道路の中央で徐々に――確実に、縮んでいた。

10分後にはリモコンカーのようになり、やがてミニカーほどのサイズへと変貌を遂げていた。

男は車内で絶叫した。

「な、なんだこれぇぇぇぇぇぇえええええ!?!?」

男は、何が起きたのかまったく理解できず、ただ呆然としていた。

「……え? え? なんで……こんな……?」

周りを見渡すと、すべてがまるで映画のセットか、異世界のように巨大になっていた。いや、違う。自分が小さくなったのだ――信じ難いが、そうとしか説明がつかない。

街路樹は塔のようにそびえ、雑草すらも胸の高さに届きそうな勢いで茂っている。標識の支柱は鉄柱のように見え、アスファルトの地面には凹凸がはっきりと浮かび上がっていた。

「マジかよ……夢かこれ……?」

困惑しながらも、男は車の中で呼吸を整えようとしていたが――。

「ガンッ!」

背後で何かがぶつかる音がした。反射的に振り返ると、そこには――巨大なダンゴムシがいた。

「ひ、ひぃっ! なんでだよっ!?」

節のある甲羅をクルクルと動かしながら、ダンゴムシが這い寄ってくる。直径は軽く1メートルを超えている。そんな生物が地面を這う姿は、もはやモンスターそのものだった。

男は慌ててアクセルを踏んだ。小さくなったセダンは、ミニカーとは思えないほど軽やかに前進し、その場を離れた。



しばらく移動を続けたが、男は相変わらず動揺していた。

「なんだよこれ……何が起きてんだよ……!」

額から汗をぬぐい、呼吸を荒げる。状況は理解不能だったが、彼の運転は止まらない。

そして――視界の先に、別次元の存在が現れた。

「……ん?」

巨大な女性だった。まるでビルのような存在感で、歩道に静かに立っている。スーツ姿で、スマートフォンを耳に当てながら、何かを話していた。

近づくにつれ、その女性のディテールが明らかになる。

黒いテーラードジャケットは身体にぴったりと合っており、白のブラウスは胸元で軽く開かれている。首元にはシルバーのシンプルなネックレスが光を反射していた。タイトスカートは膝上10センチほどで、スラリと伸びた脚には肌色のストッキングが透けていた。

足元には艶やかな黒のパンプス。ヒールは細く高く、地面に軽く突き立てられている。女性の髪はミディアムボブで、艶のある黒髪が肩にふわりとかかっていた。整った輪郭に、上品な赤みを帯びた唇。メガネの奥に見える瞳は、どこか冷静で知的な光を宿していた。

「……はい、それは今日中に送ります。ええ、問題ありません。進捗は予定通りです」

話す声は低く、澄んでいて、少しも感情を乱すことがない。明らかに“できる女性”という印象だった。

男はその姿に圧倒されながらも、思わず車を女性の足元へと近づけていた。

(すっげぇ……でけぇ……)

パンプスが目の前に現れる。赤いセダンなど余裕で踏み潰せるサイズだ。まるで建設機械のような存在感だ。

男は車を停め、外に出た。そして、巨大なパンプスのつま先から視線を這わせ、ゆっくりと上を見上げた。

すると、ちょうど風が吹いた。

スーツの裾が揺れ、タイトスカートの裏側がチラリと見える。その奥――暗がりの中に包まれた太ももや下着のラインまでもが、男の視界に鮮明に映った。

「うわっ……マジかよ……」

男は思わず、にやけながらつぶやいた。

「こりゃ……良いもん見せてもらったわ……ふっふ……」

理不尽な状況、迫り来る危機、それらすべてを忘れるかのように、男はその光景に見惚れていた。

ふと、巨大な女性が眉をひそめた。通話の最中にもかかわらず、何かが視界の端に引っかかったのだ。

「……え? ちょっと待ってくださいね」

彼女はスマートフォンを耳から離し、スカートの脇をそっと押さえる。続いて、ゆっくりと視線を落とした。

男はハッとした。――目が合った。

その眼差しは冷静でありながらも、明らかに何かを見つけた驚きと警戒を含んでいた。細い黒縁の眼鏡越しに、女性の瞳が男を射抜いた。

「……え、何これ?」

凍てつくような冷気を含んでいた。

男は一瞬身動きが取れずにいたが、次の瞬間、まるで電流が走ったように体が動いた。

「ヤバッ!」

小さな体で全力疾走を開始する。アスファルトの上を、まるで昆虫のように走り出した。彼の背後で、巨大なヒールが軽く動き、音もなく地面がわずかに揺れた。

(踏まれたら終わりだッ……!)

しかし女性はそれ以上追ってこなかった。じっとしゃがみ込み、彼の逃げる姿を見送っている。

「……見間違いじゃない、よね。今の……人間?」

通話相手がスマホの向こうで声をかける。

「すみません、ちょっと……変なものが見えたので。気のせいかもしれませんが、あとで報告します」

彼女は立ち上がり、軽くスカートの裾を直すと、何事もなかったかのように再び歩き出した。

一方、男は近くの植え込みの中へ飛び込み、息を殺して身を潜めた。

「……あっぶねえ……!」

心臓の鼓動が耳の奥で大きく響いている。だが同時に、彼の唇には小さな笑みが浮かんでいた。

「そうだせっかくだからこのまま色々事を楽しみながら志賀島まで行きますかと」
男は少し楽観視していたがドライブを続行する事にした。
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