明石の小さな日常

ハネクリ0831

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23話

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その間、影山は男の腕をしっかりと掴み、トイレの個室から外へと連れ出していた。

「……覗きとは、なかなか度胸があるわね」

影山が冷たく言い放つと、男は慌てたように口を開いた。

「ま、待ってください! これにはいろいろ事情が……!」

「問答無用」

影山はさっと手錠を取り出し、男の手首にカチリと嵌めた。
怒りを露わに

「こんな恥ずかしい目にあった上に、大きいのが引っ込んだのよ……。せっかく3日ぶりだったのに……」

「とりあえず詳しい話は署でじっくり聞いてあげるわ。覚悟しておいてね」

影山は男をパトカーへ連れて行こうと、歩を進めた。

だが、次の瞬間──

「……え?」

影山は足を止め、思わず言葉を失った。

彼女の目の前にあるはずのパトカーが、何かに押し潰されたように変形していたのだ。まるで巨大な何かが上から乗ったように、車体がぺしゃんこになっていた。

その上に乗っていたのは、小さな──いや、潰れているけれど、どこかで見たことのあるミニカーのようなものだった。

慌てて駆け寄ってきた盛岡に、影山は問いかけた。

「いったい……何が起きたの?」

盛岡は額に汗を浮かべながら、少し前の出来事を語り始めた。

「実はですね……少し前、ここでパトカー内に待機してたんです。そしたら、例の“ミニカー”が気になって、じっと見てたんですよ」

盛岡は手に持った小さな車を示した。

「よく出来てるなぁって思ってたら、なんか少しずつ大きくなってる気がして……。最初は気のせいかなって思ったんですが……」

「まさか……」

「ええ、本当に大きくなって、最終的に通常の車のサイズに戻ったんです。それで……パトカーを……そのまま……」

影山と盛岡はしばし沈黙し、変形したパトカーを見つめた。

「……とりあえず、応援呼びましょうか」

盛岡が小さく呟くと、影山はうなずいた。

「そうね。今はそれしかないわ」

やがて応援を要請し、ふたりはその場に待機することにした。

ふと、盛岡が影山に訊ねた。

「ところで、この人……誰なんですか?」

影山は軽く肩をすくめる。

「トイレの個室に突然現れたのよ。どうやって入ったのかは不明だけど、気づいたらそこにいたの」

「はぁ……なかなか不思議な方ですね……」

盛岡は男に目を向け、肩をすくめて言った。

「お気の毒に。この人に捕まっちゃったら、普通じゃ済みませんよ」

男は不安そうな表情で尋ねた。

「ぼ、僕はこれから……どうなるんですか?」

影山はさらりと微笑みを浮かべた。

「これから、ちゃんとお話を聞かせてもらうわ。じっくりとね」

盛岡がふと顔をしかめて言った。

「それにしても……なんだかちょっと、においませんか? なんというか……独特な」

男が口ごもりながら言った。

「そ、それはその……この人のお……」

言い終わらないうちに、影山はさりげなく男の足をポン、と軽く蹴った。

「それ以上言ったら、殺すよ」

「ひぃっ、申し訳ありません……!」

男は縮こまり、深く頭を下げた。

影山はため息をつきつつも、少しだけ口元をゆるめていた。

その後、応援のパトカーがサイレンを響かせて到着した。
車から降りてきた警察官たちは、目の前の状況に目を見開いた。

「……これは一体……? 何があったんですか?」
制服の若い巡査が思わず口にする。

「おいおい、なんだこりゃ……」と、別の警官も呟く。
奇妙な沈黙の中、現場を見渡していた警官の一人がぽつりと漏らした。

「……これはレッカー移動ですね」

影山は頷いて言った。
「じゃあ、あとの処理はお任せします。……私たちはこっちの”不届き者”の対応があるので」

そう言いながら、片手で手錠をくるくると器用に回していた。
その無言の圧に気づいたのか、盛岡が少し引きつった表情で尋ねた。

「え……まさか、それを使うつもりじゃないですよね?」

影山はにっこりと微笑みながら言った。
「もちろん。覗きをした不届き者には、これくらいの罰が必要でしょ?」

盛岡は一瞬ためらったが、やがて諦めたように頷く。
「……分かりました」

二人は手際よく男に手錠をかけ、片方の輪をパトカーのサイドミラーにカチリと固定。
さらにもう一方の輪を、反対側のミラーに同じように繋げた。

男は文字通り、パトカーの前窓にぴったりと貼り付けられた格好になっていた。
体を反らすこともできず、まるで巨大な吸盤にでも捕まったような姿だ。

影山は軽く手を叩いて満足そうに言った。
「よし、連行しましょうか。警察署まで、ね?」

その口元には、うっすらと不穏な笑みが浮かんでいた。

エンジンが唸りを上げ、パトカーがじわりと動き出すと、男が情けない悲鳴を上げた。
「う、うわぁああああっ! ちょっ、これヤバいって! 痛い痛い痛い!」

助手席に乗り込んだ盛岡は頭を抱えて呟いた。
「……これ、絶対あとで怒られるやつだ……」

パトカーは、男の悲鳴とともに走り去った。

そして警察署の取調室——
部屋の中央に座らされた男は、落ち着かない様子で身を乗り出し、必死に弁明を続けていた。

「だから……あれは不慮の事故なんです。車に乗っていたのですが、突然小さくなって……いや、本当に! 大変な思いをしたんですよ!」

男は目を見開き、訴えるように両手を広げてみせる。

影山は対面の椅子に背を預け、腕を組んで鼻で笑った。

「いや、あんな堂々としていて……そんな言い訳、通じるわけないでしょ。しかも“小さくなった”? そんなこと、ありえないでしょう」

冷たい視線を投げながら、影山は心の中でつぶやいた。

(こりゃ、薬物検査をした方がいいね……)

「先輩、この男――民事で訴えられてます!」

影山はポカンと目を丸くした。

「え、なんで?」

「お店の敷地内にね、無断で、しかも長期にわたって駐車してたそうです」

盛岡がやや芝居がかった口調で説明すると、影山が男をじろっと睨んだ。

「……あんた、どんだけ図々しいのよ」

男は汗をかきながら必死に弁解する。

「い、いや、そんなつもりじゃ……! あの場所が落ち着いててつい……」

影山が両手を広げて言った。

「落ち着くって、カフェじゃないのよ!?駐車場よ!?それも他人の!!」

盛岡が口を挟んだ。

「ちなみに、どこのお店かっていうと……」

影山が首をかしげながら聞く。

「ん、どこ?」

「『FLIGHT LOUNGE HIKO』です」

その瞬間、影山の動きがピタリと止まった。

「……えっ、ちょっと待って、それって……」

取調室が一瞬しんと静まりかえる。影山は無言で立ち上がると、ドアを開けて外へ消えた。

――5分後。

バァン!とドアが再び開いた。影山が何かを掲げて現れる。

「戻ったわよォォォ!!」

盛岡がぎょっとした。

「な、何ですかその……熱々の……鉄の棒みたいなものは!?」

影山はニヤリと笑う。

「お仕置きグッズ。灼熱仕様」

「こわっ!!」

影山はその棒をくるくる回しながら語り出す。

「あのお店、最近私のお気に入りなのよ。飛行機の写真あるし、いい感じの男子来るし。つまり恋の離陸準備中だったわけよ」

「先輩、なんかそれっぽく言ってますけど、ただのナンパ目的じゃ……」

「違うわよ!純粋な観察と接触よ。なのにこいつが無断駐車したせいで私の新たな出会いの確率を減らしている更に私のトイレする所を覗かれて辱めを受けたのよ当然私刑に決まっているのよ。」

盛岡は焦って影山をなだめる。

「ま、待ってください先輩!それなら普通に被害届出せば――」

「出すわよ当然。でもそれと私刑は別腹よ」

「スイーツ感覚で言わないでください!!」

影山が棒を掲げた瞬間、男は悲鳴をあげて椅子ごと後ずさる。

「やめてぇぇぇ!命だけはぁぁぁ!」

影山がにやっと笑いながら迫る。

「じゃ、覚悟して?お仕置きタイム、スタート!」

その瞬間、取調室に響いたのは――

「ギャーーーーーーッ!!!!」

……男の叫び声と、謎の金属音であった。

盛岡はそっと耳を塞ぎながら、つぶやいた。

「……これ、絶対あとで問題になるやつだ……」



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