5 / 18
ギルバートの話
04
しおりを挟む***
兄とおれの生活に陰りを見せるマトリ。
未だに謎の多い彼らを本当に恐れるようになったのは、それからまたしばらく経つ。
『さてハロウィンも近づいていますが、皆さんは今、若者を中心に"ヴァンパイア"が流行っているのをご存知でしょうか?というのも…』
ブツッと、テレビの電源を落としてにこやかなアナウンサーを消したのは最早衝動だった。まさに反射のようだったけど実際おれの心はここに在らずで、それから暫くは呆然と立ち尽くしていた。
今流行りのヴァンパイア?
何を言わんとしているかがなんとなく想像がついてしまって、怖くなる。
他人の血を吸う兄は、そこに関係しているのではないか?
なにせ兄は、あの後も何度か他人の血を吸っているのだから。
この目で見たわけではないが、警察署には吸血鬼を見たという目撃情報が確かに上げられていた。
今の所被害者からの通報も無い上に信ぴょう性も薄いとして、署内ではイタズラとして処理されているが、他人の生き血で生きる存在を知っているおれにはそれが兄を指しているものだとすぐに分かった。
今でこそ悪戯、でもこんな通報が続けば警察だっていつかは動くだろう。だからその度におれは兄を咎め、言葉を重ねて説得してきたつもりだった。
なんでそんな事をするの、
マトリに見つかったら殺されちゃうんだぞ、って。
兄は言った。お腹が空いたから、とだけ。
マイペースな兄の事だから、欲を満たす為なら自身を危険に晒そうと何ら構わないのだろう。でもおれはそんなの嫌だから。ほぼ口論となり最後には暴力となって終わっていた兄への忠告が、少しでも響いていると信じたい。
それにアナウンサーは時期ものだと言っていた。ヴァンパイアなんてハロウィンにはベターな組み合わせなのだから、それを全て兄に結びつけるのはいささか強引すぎやしないか?
…でも、もう一度テレビをつけて確かめる勇気はなかった。
漠然とおれは予感していたのだろう。
取り返しのつかないところまでもう流されてしまっているのだと。だからどんなに自分に言い訳をして宥めようとも焦燥感が止まらなかった。
……おれ、今の今まで何してたんだよ?
フラフラと、出勤前の忙しない朝だというのにおれはソファーに崩れ落ちるように座った。その振動で目覚めてしまったのか、ソファーで眠る兄が舌打ち付いて毛布を頭まで引っ張りあげる。
「…バッティ、ほんとクソだなお前」
眠そうな声で言い残し、ヴァンパイアと呼ばれる当の本人はまた寝息を立て始めた。
どうしてこんなにも余裕でいられるんだよ。
「…兄ちゃん、もう人の血なんて吸ってないよね?」
「……」
「兄ちゃん、ねえ」
「眠い…」
「ねえってば!答えろよ!」
毛布にくるまった兄を揺すって縋った。吸ってないって、たった一言だけが聞きたい。その一言でおれを安心させて欲しかった。
でも寝起きの悪い兄の事だから、睡眠を邪魔するうるさいおれが心底耳障りだったのだろう。舌打ちを合図にむくりと起き上がると突然、おれの胸ぐらを掴んできた。気だるそうな動きに反して腕の力はびくともしなくて、逃れようともがいた隙に一発拳が命中する。
「ぅあ……」
「兄ちゃん兄ちゃんガキじゃねぇんだからさぁ。寝てんだよこっちは。大人しくできねぇのか」
痛みなのか、殴られたショックなのか、切れた口から血が滲むより早くおれの目には涙が溢れて落ちた。兄は酷くうんざりした顔をする。
「こんなんで泣くなよ、男だろ」
きっとおれは今、後悔しているんだと思う。
いつもおれは事が終わった時にその大きさを知る。
おれは何でも詰めが甘くて、兄をちゃんを止められていなかった。そのせいで、おれの危惧する嫌な想像が現実のものになってしまうかもしれない。
このままでは兄が、マトリによって報復を受けてしまう。でも止めようと言ったって、兄はいつも聞く耳を持たず邪険にする。殴り合って止められればいいのに、痛みは今までに味あわせてられた恐怖を呼び起こしておれの決意をこうも簡単に砕く。
「なんでいっつもこうなっちゃうんだよ…」
一回落ちた後悔は止まらなくて、ぐすぐすと情けなく鼻がなった。
泣いてもどうにもならないと既に理解しているのに、だ。
「バッティ」
「ねえ兄ちゃん、人を襲うの止めてよ。こんなに話題になってちゃヤバいって、兄ちゃん分かってるでしょ?」
「はは、それって俺が我慢する理由になんのか。殺されるからなんだよ?」
おれを嘲笑う兄は、少しの希望すら抱かせようとはしてくれない。
「別に殺されてぇとは思ってねぇけどさ、したい事出来てんだったらそれでいいだろうが」
「どこがいいんだよ!」
「責任がついてまわるだろってだけの話だよ」
「意味分かんねーよ…。ねえどうして分かってくんねーの?」
「は?」
「おれの話聞いてくれてもいいじゃん、兄ちゃんの為に言ってんだよ」
「ああ…もうさぁ」
「おれはただ兄ちゃんとずっと居たいだけなんだって!」
「だから本当にうぜぇよお前!」
大声にビクリと身体が硬直する。構える間もなくまた一発。殴られ胸ぐらを掴まれている。
おれを見下ろす兄の視線は、言葉以上に冷ややかなもので嫌悪がありありと伝わってきた。
「皆が皆、てめぇの都合で動かねぇんだよバッティ。あんまヒスってんじゃねぇぞ」
囁くような低い声は、おれを震え上がらせるのには十分すぎて、おれは唇を噛んだ。口に鉄の味が広がるのをぼんやりと感じながら、おれは恐怖から目を離せないでいた。目を離したら殺されそうな気さえするのだ。
「兄ちゃんと居れればてめぇは満足なんだろうけどさぁ。俺の人生はてめぇの飾りか、あ?」
「そ、そんなん思ってない…おれは、ただ兄ちゃんの為に!」
「俺の為?本当か?考えてみろよバッティ。…全部てめぇの為だったろ?」
暴力よりも耐え難い、敵意を剥き出しにして睨みつける兄の視線は、おれに対する何よりの拒絶だと思う。どんなに兄の為に尽くしても何を捧げても、受け入れてもらえない気がした。
まただ、また、兄にかけたい言葉が喉の奥で溶けて消えていく。
「もうだんまりかよ」
「……」
終わらない争い程恐ろしいものはない。
でも兄は絶対に道を譲らない人だから。おれは折れる為に兄から目を逸らした。
おれ達はこんな泥沼な口論をする度に、あの頃が頭の片隅に蘇っていると思う。兄が犯罪者集団の一員となった頃のあの喧嘩の絶えなかった日々を。
危ないことをしないで、大人しくしていて、
普通に戻って、昔の優しい兄ちゃんに、
マフィアの道を選んだ兄になんとか止まって欲しくて何度も何度も説得を試みるおれに、兄は今のように暴力で黙らせた。でもおれも当時は警察に成り立て、引くに引けないものがあって、今以上に落ちどころのない喧嘩をしてお互い憎み合っていた。
だから分かるのだ、どんなに普通に会話出来る関係に戻ろうがそんなの建前でしかなくて、一枚捲れば兄にはおれに対する敵意と積もり積もった憎悪がある。それを垣間見た時におれは、拒絶される事が怖くてそれ以上踏み込めなくなってしまう。
今もまた兄を止める必要があるのに、そもそも兄がこの家から出ていく最悪を回避する事で精一杯だ。
「あーあ、もったいないことすんな」
少しは険のとれた声色で兄は言う。
なんの事かと思えばベロっと口の傷ごと血を舐め取られるのだから、喉の奥から悲鳴が漏れた。
舌に居座るピアスの冷たさがまた嫌な感触で、最悪だ。
「うぇ…」
「あは。てめぇの仕事は終わったろ。ほらさっさと行けよ」
失せた興味がそのままに、パッと掴まれていた首元が解放されておれはよろける。兄はと言えばいつものソファーに戻って煙草に火をつけついでにテレビもつける。
ニュースはもう、吸血鬼の特集を終えたようだった。
「ねえ、兄ちゃん」
制服を正し、血の跡が残る口元を洗って、最低限の身支度をして家を出る前にふと振り返りおれは兄に声をかけた。その頃にはもう兄は煙草をすっかり味わい終えてまた眠ろうとしていたようだ。
何も言わない兄におれは続ける。
「人を襲ったの、腹すいたからって言っただろ。
足りないならおれがもっと血あげるから。だからお願いだ、もう人を襲わないって約束して」
「考えとくよ」
「…絶対だからね」
「さっさと会社行けよ、遅刻すんぞ」
兄はただ、タトゥーだらけの手を振っておれを見送った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
竜華族の愛に囚われて
澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。
五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。
これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。
赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。
新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。
そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。
※某サイトの短編コン用に書いたやつ。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる