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(偏に風の前の塵に同じ)
*
しおりを挟むいつも考えてしまう。
もし私が動けていたら、
あの人にあんな顔をさせずに済んだのだろうか。
強気な眉を歪ませることも、自信に溢れた瞳を濁らせることも、なかったのだろうか。
もし私が逃げていなかったら、
あの人を傷つけずに済んだのだろうか。
不器用な人だった、不器用な人だからこそまっすぐで、曇りがなかった。
風が吹く。冷たい風だ。
吹いてやまない律の風は、目前の悲惨な光景から焦げた匂いまでも運んで来た。胸が締め付けられるように痛い。
もし私が私じゃなかったら…
廃墟を見つめる彼女は、今は無きルピシエ警察署の制服姿でその場に立ち尽くしていた。グレーのワイシャツに黒いネクタイとスラックスパンツ。ルピシエ署の警察官の顔といえる黒のジャケットに施された金の装飾は、沈む夕日を弱々しく反射させていた。
秋の風が、金色の髪を靡かせる。鼻を掠めたその香りに、エマ・ド・リュクサンブールは苦しそうに黄色の瞳を閉じた。
眉を歪めた彼女の前に広がる廃墟は、かつてルピシエ警察署が建っていた場所である。ポートナム・パレイス国の古都、ルピシエ市の治安を守っていた警察署は、無残な姿へと変わり果てていた。王国時代には外務省として使われていたその建物は、築500年を目前にして跡形もなく崩れ去り、今ではもうどこになにがあったのか、もう思い出せない程に全て何も無く。
これでは廃墟というより更地だ。
警察署の壁であり柱であり屋根だったであろう瓦礫はもうほとんど撤去され、水やり当番まで設けられていた自慢の中庭の花々は、全てが黒ずみ枯れていた。
このルピシエ警察署で起きた"事故"は、とても悲惨なものであった。
滲む視界にこの光景を焼き付けながらエマは思う。
もし私が私じゃなかったら、
あの人達の大切なものは奪われなかったのだろうか。
「ごめんなさい…」
足元に供えていた花束が、風にあおられ飛ばされてしまいそうだ。風は、今まで大きくそびえていた警察署がなくなり、これみよがしにと我が物顔で更地の上を吹き抜けている。
「……ごめんなさい」
項垂れる彼女の金の髪をまた、風が攫っていく。
ああ、焦げた匂いがまた…
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