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月光のエルフライド 前編
第二話 呼び出し
しおりを挟む人生とは、戦いの連続なのである。
どこの誰でもふと思いつけば、口に出しそうなキャッチコピー的クサイ言い回しを俺は今日も掲げている。
これは断言できることだが、数ヶ月前の俺なら、そんな言葉を聞いた途端にフッと鼻で笑い、コーヒー牛乳片手に「そんなことより冒険だ!」と、ゲーミングPCへとスキップで向かって行っただろう。
しかし、今は違う。
断じて違う。
甚だしく、違う。
俺はそんなクソったれな言葉を心の中で呟いて、自分を勇気づけなければならないほど、追い詰められていた。
「流石に今回の件は看過できない! 君はどれだけ暴れたら気が済むんだ! 主流派は今にも暴発寸前だぞ、内戦を勃発させるつもりか!」
バンっと机を叩きながら、初老の穏健派トップがすごい剣幕で捲し立てる。
その横には同じく険しい顔で机に肘を立てる幹部連中の姿達。
俺は呼び出された会議場の中央で、ポツンと一人休めの姿勢で立っていた。
ふと、助けを求めるように俺をこの世界に引き込んだ諸悪の根源である叔父に視線を寄せると。
奴は肩肘ついて明後日の方向を見て、ぬボーっしていた。
現在、俺は昨日行われたパーティーでの一件を軸に避難されていた。
当初、なぜか叔父だけが呼ばれていた主流派主催のパーティー会場に俺と電光中隊の面々は勝手に乗り込んでいき、なおかつ買収しておいた司会の勧めで冷遇されていたナスタディア合衆国の高級幹部に祝辞を読ませたのだ。
これで、ナスタディア合衆国を警戒する各国と主流派の連携強化は不意にされた。
主流派はメンツをつぶされると同時に、目的を喪失した結果となる。
「今後、君はどうしていくつもりだ?」
そう問われ、俺は分かりやすくため息を吐く。
これは俺が戦闘スイッチを入れるための儀式のようなものだ。
古今東西、いかなる世界線においても罪を問われたとき、取るべき最高の手段とは決まっている。
「まだ、お分かりにならないのですか?」
会議上の温度が三度ほど下がった気がした。
体感氷点下を記録する室内で浮かべた感想は一つ。
構うもんか、だ。
「私は心底、うんざりすると共に、失望しています」
その言葉を吐いた途端、穏健派幹部達が衝撃を受けたような表情を浮かべた。
そう、こういう場合、カスタマーセンターの如く「すんませんしたっ!」と誠心誠意謝れば、相手の怒りを増幅させてしまうのだ。
クレーマーの養分とは、相手の許しを請う行動と言動。
そうして人は自分が優位に立っていると錯覚し、悦に浸るわけだ。
「ミシマ大尉、君は……」
怒った人間に対する対処法、それは一つだ。
「我々の戦争は、継続中であります! 何を眠たいことを言っておられるのか? 毒をくらわば国民のために皿までも、それが軍では無いのですか?」
逆ギレ、これに尽きる。
見ろ、若い野郎に好き勝手言われて歯を食いしばる幹部連中の姿を。
ぐぬぬっという擬音が実体化しそうではないか。
穏健派のトップはため息を吐いた後、末席に座るタガキ大佐、もとい叔父さんへと視線を向けた。
「タガキ大佐」
視線とその言葉だけで意図は明白だった。
『お前の部下はどないなっとんねん』というヤツだ。
こういうとき、叱られるのは直属の上司の役割である。
叔父さんは姿勢を正し、俺にダメな生徒へと向ける視線を向けた。
「ミシマ、我々幹部が懸念しているのは、お前一人の行動によって即時内戦に発展するのでは、という懸念だ」
何言ってんだコイツ!
全部承知しててやらせたくせに、自分は無関係を装って安全圏にいるつもりか。
だが、ここで叔父さんに対し、逆らうようなそぶりを見せてはならない。
設定では、俺はタガキ大佐の手綱の元では従順であるという風に見せている。
そうすることによって、穏健派達もいつ爆発するか分からないミシマという英雄の安全装置を握っているという安心感が得られるのだ。
じゃないと不安に駆られた人間は何をしでかすか分からない。
「承知しております」
「承知してるなら、尚更問題だ。それと、お前の言動は口が過ぎるぞ」
「はっ、申し訳ありません。若輩故に功を焦りすぎました。これからは報告第一に心がけます」
それを聞いて、幹部連中は軒並みため息を吐いた。
「まあ、君の懸念もわかる。報告してる間にコトが終わっていたら、笑い話にもならん。だがな、色々とこちらにも都合というものがあるのだよ。事情を聞かれたとき、トップが何も知らされてませんじゃ話にならない」
そんな事、百も承知してるわ。
俺だって、逆の立場なら寸分違わず同じ説教を喰らわす。
だけどな、その説教を喰らわすのも前提条件が揃ってからだ。
現在の穏健派は主流派と袂を分かってはいるものの、同じ軍に所属する組織だ。
いざという時の情報共有やら武器や兵器の管理の兼ね合いで結局は命令系統を統合している。
勿論、その命令系統の大部分は主流派に抑えられているし、未だ人数も向こうのが上。
つまり、情報を上に流せばその分主流派に筒抜けになるというクソみたいな状況下にあるのだ。
なら独立してコソコソ動かねばならないのだが、そしたら同門の穏健派幹部連中も「勝手なことをするな!」と怒りだす。
完全なデッドロック状態に陥っている。 だがまあ……俺からすれば今度は誰にもばれないようにしようとしか感想が浮かばない。
次はもっと、うまくやるか。
「それじゃあ次の話題に入ろうか」
初老の幹部は切り替えるようにそう口にした。
まだあるのかよぉ……。
いい加減にお家帰してほしい。
「カラスどもを引き入れたのはどういう了見だ?」
ああ、跳鴉のことか。
俺は数週間前、主流派から抜け出てヤクザ稼業に勤しみ、なおかつ主流派パーティーを襲撃しようとしていたテロ集団ともいえる連中を仲間に引き入れていている。
黙っていようかと思ったが、さすがに基地に迎え入れるので報告が必要になった。
一〇四に組み込む算段だったが、彼らはかなり微妙な立ち位置に会ったため、仕方なく電光お抱えの特殊部隊として部隊に組み込んだ。
おかげで事務所の人口密度はかなりヤバいことになったが……俺はとりあえず、平穏を装って返答を返す。
「何か問題でも?」
「……寝首はかかれんのだろうな?」
「ええ、勿論です」
「なら、いい」
おう、意外だ。
もっとこの件はネチネチと嫌味を言われると思っていたのに。
下がれと手で合図されたので意気揚々と俺は会議室を後にしようとする。
すると、初老の幹部が、
「ああ、そうそう。ミシマ大尉」
「はい?」
背後から今までと打って変わって、明るい口調で話しかけられた。
嫌な予感を側頭部に浮かべながらも、俺は振り返る。
「南の島は好きかね?」
「……はあ、好きですが」
「なら、良かった」
な、なになになに!? なんなの!?
穏健派のトップは不敵な笑みを浮かべながら両こぶしを組んで顎に乗せていた。
ふと、叔父に視線を向けると、
彼はまたしても天井を見つめながらぬぼーっとしていた。
やれやれ、こんな哀れな俺自身に、もう一度言わせてくれ。
人生とは、戦いの連続である。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
会議終了後、廊下へと出ると。
「お疲れ様です」
最近電光中隊入りした元跳鴉の構成員ミウラ・コウキ伍長、もといシノザキの同期君が出迎えてくれた。
彼は最近、俺のお気に入りになった為に、何処に行くのでも護衛と称して引っ張り出している。
理由は単純、元跳鴉を加えた電光の中で、彼は唯一と言っていいほどの常識人枠だったからだ。
かつての電光はシノザキを筆頭に、戦闘狂揃いだった。
トドロキはいい線いってたが、童顔のくせに世の中を斜に構えたような態度が可愛げが無かったのだ。
まあ、俺が言うのもなんだけどね……。
それに比べ、このミウラときたら——。
ちょっと都会に慣れてない素朴な感じといい、つやつやのほっぺたといい、あふれ出る真面目臭といい、人間臭さといい、実に素晴らしい部下顔をしている。
「ああ、疲れたよ。おじさんばっかりでやんなるな」
おじさん連中と関わってると、十歳は老けた気分になる。
若いエキスを注入しておこうと、俺は背伸びをしてミウラのほっぺたをぐにぐにつねる。
困ったようにミウラは顔をしかめていた。
「なにやってんすか……」
「気にするな」
パイロット達のが若いが、全員女の子だからな。
セクハラ、パワハラ、何とかハラが蔓延る現代だ。
その点、特殊部隊過程を超えて特殊部隊入りした鋼メンタルの人間なら、多少なにしても文句は言わないし苦にもしない。
鬼畜兼、ヤバめな前時代的思想なのは承知しているが、こういう意味不明なことをして気を晴らさないと、やってけれないほどに俺は神経を張り詰めていた。
暫く堪能した俺は、やっと廊下を歩きだす。
背後に控えて着いてくるミウラは、そのまま報告を始めた。
「現在、電光中隊は陸戦トレーニングを引き続き行っております」
陸戦トレーニングとは、最近入った特殊部隊要員の元跳鴉と、空中航行するエルフライドの連携作戦のためのシュミレーション的な訓練のことだ。
俺は最近、歩兵とエルフライドの共同作戦を行うことの有用性を提唱しており、将来に備えての連隊規模の軍団との連携も視野に入れている。
といってもまあ、通信やら車両やら電子制御された地球の物品では電磁波を発するエルフライドとの連携は無理がるので、大分先の話になるだろうが——三十名程度の特殊部隊員なら十分運用可能だ。
さすがに基地内なのでエルフライドは飛ばせないが、まあ地上がどういう役割を担っているかの知見を深めさせるために、兵士役兼、記録がかかりとしてパイロット達も同行させている。
こういうのは実地で学んだ方が頭に入るからな。
「了解した」
「予定通り、現地に向かわれますか?」
「ああ」
俺達は電光中隊、特別機動小隊が訓練する施設へと向かった。
応援ありがとうございます!
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