人生練習

鵜海 喨

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始まり

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 トラトラトラと言った暗号は聞いたことがあるだろうか。先日出港したばかり軍艦共の使う暗号だとさ。空母、赤城と加賀。ほかは何だったかな。忘れてしまった。ただ一航戦と言われた艦船、我軍の誇る戦力であるらしい。

 一報。奇襲攻撃は失敗したらしいが、もう私にはどうでもいい。だが、天王様の機嫌が斜めであることは確かだ。贅沢は敵だ。と煙草も吸わせてもらえず、ただ菱形三つの財閥に労を売る。造船業は、力仕事と溶接の音を浴びる金臭いかなくさい職場だ。空気も悪い。喘息寸前の肺を抱えて仕事をする人形風情に成り下る我々。天王様が喜ぶならばそれで良い。お国の為ならば、民衆の為ならばその腕を止める理由など存在しないだろう。

 皆が頑張りお国に尽くす。天皇の奴隷に成ることは名誉であり、褒められ称えられれば、この上ない褒美であろう。いや、我々の意味すら帰す天皇に送られるもの等、結局は育ててくれたお国の物に等しい。生み出したお国に、感謝の他があるだろうか。いやない。

「おい、勝己かつき手が止まっているぞ」
 私は、はいはいわかりました、と言わんばかりに手を振る。

 赤札が家に届いたのは、いつ頃だろうか。もしかしたら造船所で働き数年が経とうとしている頃と記憶している。
 妻は泣いた。「戦など行ってほしくない」と。しかし、愚かしい。これ程に、お国に貢献できる機会などないはずなのに、何故だ。
 結局、私はお国に感謝しない寄生虫を警察突き出し、支度を済ませる。

 轟く轟音。口を開け伏せ爆風に身を曝す。美国の空母「サラトガ」。狙いは「大和」だろう。未だに火吹く対空火器。
 船体が大きく揺らぐ、宙を舞った私の体。
 なにかに掴もうと腕を振り回すが何も無い。
 これで最後だな。悪くない人生だった。耳に鈍い音。全身が冷たい。悪くない。

 水面越しに見る花月。なんと大きい。揺れる意思。振れる視界。そのままプロペラに巻き込まれ私は死んだ。


 鳥の声が聞こえる。今まで聞いてきた物に似通ったものはない。私は何処にいるのか。温かい水の中。真っ赤な世界。わからないが、わからないなりに、目を閉じ耳を澄ます。

 こうなってはどうでもいいか。私は死んだのだ。天よ私を煮るなり焼くなり好きにしてくれ。

 数刻後、水が減った。私は外へ出た。反射かわからないが、大声で一心不乱に叫んでいる。大の大人が恥ずかしいが、なにか勝手が違う。
 目に見える複重した景色。そこには見慣れない身なりをした大人が複数。

 簡単に私は抱きかかえられた。
「えみろちを、あけしみ」
 知らない言語、背筋が寒くなる。怖い。
 次に、私は抱かれた。張った乳房に甘い香り。乳汁の匂い。
 そんな女に抱かれ安心する私がいる。何故だ。と問いかけるも、帰って来る返答は「わからない」の一点張り。不可解な出来事と寒気のするほどの安心が混ざり、どうかしてしまいそうだ。

 疲れたのか、眠ってしまいたい気分。いいか、寝てしまおう。どうせ私は死んだんだ。
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