ムーンフェイズ・ウィルド・アルファ

熊野八太

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27.王都商業区立体機動鬼ごっこ

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 軽めの昼食を終えて喫茶店を出てから、あたしはソーン商会に向かう。

 今日はデイブとブリタニーが二人とも店に居た。

「いらっしゃい。――ってお嬢じゃねぇか。どうした? 探し物か?」

 店に入るとデイブが声を掛けてくれた。

「こんにちは。来週末に同級生と王都南ダンジョンに行くつもりだから、ギルドで情報を貰えないかと思って受付に行って来たのよ」

「それなら冊子を売ってたろ」

「買ったわよ」

「ああ。意外とバカに出来ないから読み込んどけよ」

「分かった。他に気を付けておくことはあるかな?」

 念のためあたしが問うと、横からブリタニーが話に加わる。

「武器を持って、馬車代を持って、弁当と念のための保存食を数日分持って、……あとは獲物を仕舞いきれない時用にズタ袋でも持ってけば大丈夫だろうさ」

「それが最低限必要なものだったりするの?」

「ああ、ホントに最低限なのはな。……来週末ってことはまだ日があるんだろ? 気になるなら、学院なら図書館あたりに攻略本があると思うよ」

「分かったわ、探してみる」

「ダンジョン自体は歴史学者の領分だから、遺跡の専門家に話を聞いてもいいかも知れないよ」

「ダンジョンて遺跡なんだね」

「そうだよ。まぁ、その辺もふくめて、出発までに情報を集めればいいさ」

 ブリタニーの話に頷く。

 そういうことなら、まずは図書館に行けばいいか。

「ところでお嬢、最近同格の相手と月転流ムーンフェイズを練習できてるか?」

「んー? 練習できてないわ」

「そうか。いま店も客が居ないし、少し相手してやるよ」

 せっかくなので、練習相手をしてもらうことにした。

 木製の短剣と手斧を渡されてデイブに付いて階段を上る。

 最上階も過ぎてたどり着いたそこは建物の屋上だった。

 商業地区の四階建てくらいの石造りの街並みが眼前に広がっている。

「狭いとは言わないけど、ここで練習するの?」

「ああ、ここも、、、使って練習する」

 そう言ってデイブはニヤニヤと笑う。

「どういうこと?」

「コインで攻守を決めて、守り手は視界に広がるどこに逃げてもいいから逃げる。攻め手は三つ数えてからそれを追いかけて攻撃。有効打で一本攻撃が入ったら攻守交替」

「……どこに逃げてもって?」

 漠然と嫌な予感を感じつつ訊いてみる。

「街とか建物を壊さなければ、王都内ならどこでもどこまででも逃げていい。屋上の上とか建物のカベを使って鬼ごっこだ」

「マジかー……」

 王都商業区立体機動鬼ごっこかぁ。



「当然だが気配は消せよ」

「分かってるわよ」

 そりゃまあ、誰かに気づかれてうわさになって、これ以上妙な二つ名を貰いたくはないけど。

「ギブアップするときは叫んだ相手のところに集合して、コイントスからやり直し。どうだ?」

 一応、障害物の中の鬼ごっこは、ミスティモントの森の中で母さんと経験済みだ。

 月転流ムーンフェイズの訓練メニューにそういうものがあるんだろうか。

 せっかくデイブが鍛錬に誘ってくれたのだし、と考える。

 単純にデイブの暇つぶしの可能性も否定できないけど、ありがたく練習相手になってもらおう。

「上等じゃない」

「その意気だ。とりあえず攻守を三回交代するまでやるからな」

 コイントスをして、初回はあたしが守り手になり、デイブから逃げる方になった。

「じゃあ、いつでも始めていいぜ」

 そう言ったデイブの両手には、やや大き目のすりこぎ棒が一本ずつ握られていた。

 まあ、練習だしね。

「分かったわ」

 あたしは身体の内在魔力を循環させて身体強化と反射速度強化、思考加速などを行う。

 同時に方向感覚や気配遮断、立体空間把握などの“隠形”としてスキル化した能力を発動させる。

 そこまでやってからデイブの気配の感じを確認して、あたしはソーン商会の屋上から全力で逃げた。

 すぐにあたしを追ってくる気配を感じる。

 気配を感じるのだが、またこれが読みづらい。

 森の動物でいえば遠距離に居る小動物かってくらいの気配の消し方だ。

 そのあいだにもあたしは商業区の建物群の屋上を走る。

 枝や木が折れることを心配しなきゃならない森の中よりはマシだけど、路上と違ってさすがに屋上の連なりは足場が限られている。

 そこを割と直線的に移動するが、魔力を纏ったすりこぎ棒が回転しながらときどき飛んでくる。

 威力を弱めた奥義・月転陣げってんじんだけど、これは母さんにもやられたんだよな。

 着地の瞬間などを読んで飛んでくるのを、手の中の練習用の武器や魔力の刃で往なしながら逃げる。

 途中二度ほど追いつかれるが、気配を追えているのでデイブのすりこぎ棒での連撃を手の中の武器や魔力の刃で対処しつつ迎撃する。

 それにしても母さんと比べたらねちっこいというか、嫌な感じのフェイントを入れてくるなデイブは。

 あと、心持ち刺突技が多い気がする。

 迎撃しつつ距離を取って逃げるが、一足では跳べないほど離れている大通りに出たので、窓のベランダなどを足場にして路上に降り、再び大通りの向こう側の屋上に上る。

 だがここで、デイブの気配が消えていることに気づく。

 やられた。

 似たようなことは母さんもやっていた。

 あの時母さんは森の小動物の気配に自分の気配を重ねたあと、念入りに自分の気配を消して場に融け込んだのだったか。

 これはいつ襲われてもおかしくないな、と思ったら背後から水魔力を纏ったすりこぎ棒で右の肩関節付近をつつかれていた。

「はい一本な」

「くっそー……」

「攻守交代だからな、追ってきなお嬢」

 そう告げて、これまで見せたことの無いドヤ顔で微笑んでからデイブが視界から消えた。

 なんだろう、凄くムカついた。

「待てーーー!!」

 そのあと追いかけたのだけど、デイブは逃げる逃げる――。

 鬼ごっこなのだから逃げるのは当たり前なのだけど、縦の動きで逃げるのだ。

 ひさしやベランダを足場にするのは当たり前で、壁を走ったりもしていたな。

 何度か先ほどやられた気配のすり替えをやろうとしていた。

 だけど、さすがにあたしも母さんとのトレーニングを思い出してきてデイブを追跡した。

 多少時間はかかったけど、そのあと二回攻守交替して、デイブとのトレーニングを終えた。



「刺突技というか、死帛澪月しはくれいげつを多用するのは何か意図があるの?」

 トレーニングが終わった後にソーン商会の屋上に戻ってから、気になったことを訊いてみた。

「ん? 王都の仕事は幸か不幸か対人戦闘が多くてな。多対一の状況だと死なない程度のケガ人を量産したほうが敵の手を止めやすいんだわ」

「敵の手を止める、か」

「ああ。ケガ人を作ればそこに敵の手が取られるからな。……まあ、暗殺のプロなんかは味方の損耗は気にせず突っかかってくるから、やり方は変えるがな」

 暗殺集団とか限りなく相手にしたくない。

 というかデイブよ、仕事は選んだ方がいいんじゃないのか。

「同じ突き技でも奥義の澪月八閃れいげつはっせんを使わないのも、対人戦が多いからなの?」

「そうだ。月転流の全力戦闘は魔力がすっ飛ぶからな。おれは魔力が多くないから色々考えるんだ」

 死帛澪月は左右各腕で四刺一突を繰り出す刺突技で、一属性以上の魔力を纏わせる。

 奥義の澪月八閃は左右各腕で四刺一突を繰り出し、このとき二属性以上の魔力を纏わせる。

 あたしは慣れるまで、手斧を使った刺突技は出し辛かった記憶がある。

 母さんによれば月転流が両手の武器を変えているのは理由があるそうだ。

 伝統だからとか、敵の対処を難しくするとか、自分の攻撃の選択肢を増やすとか、様々な局面に対応するとか、色んな意図があるらしい。

 でも、手斧で刺突技をしなくてもいいと思うんだが――もう慣れちゃったけど。

「ジナの姐御というか、宗家の方が武術流派として正しいと思うぜ。王都の月転流はちょっと隠形に特化してるかもしれん」

「武術に地域性による分化とかあるのかな?」

「あるだろうな。代替わりの変化もあるかも知れねえ。宗家というか、月転流の初代はもっと壊し技を意識してたみたいだ」

「どこで使うのよそれ……」

「そう思ったんだろうな。使いどころを見つけられなくて失伝した技があったはずだ」

 確かにそれは母さんから話だけは聞いている。

「絶技・月爻げっこうの裏ね」

「そうだな。初代しか使えなかったし使わなかったと言われてる奴だな」

「まあ、そんな技が必要な場面に立会いたくないかな」

「おれも同感だ」

 そう言ってデイブは笑った。



 寮に戻って夕食の時間になったので、アルラ姉さんと食堂に向かう。

 キャリルとロレッタも寮に戻ってきていたので一緒に夕食をとる。

 ギルドで買ったダンジョンの冊子はキャリルの分もあるので、すでに渡してある。

「ダンジョンは遺跡という扱いですのね」

「あら、キャリルは知っているかと思ったわ。歴史研究会に入ったばかりだし、そこまでは知らないのね」

 キャリルの呟きにロレッタが反応する。

「ダンジョンは先史文明の遺物という説が有力よね。地面の中を降りていくのに地中に草原や森があったりするから、特殊な魔道具という扱いをする人たちもいるわ」

「一階層に王都が入る程の大きさがあるのに魔道具なんだね」

 アルラ姉さんの補足に思わず言葉が漏れる。

「ちょっといまの魔道具の技術水準から考えると、とてつもない規模よね。でも、そういう分析がされているわ。それだけ発達した技術の先史文明が、ほぼ記録を残さずに歴史から消えたというのも大きな謎なのだけど」

 姉さんが食事をとる手を止めて告げた。

「あり得そうなのは、事故とかの突発的なトラブルだよね。文明が発達していたのなら、その記録を残した人たちもいただろうからさ」

「私もそれは同意見かしらね。……案外世界にはまだ人類が見つけていないダンジョンがあって、そこに記録が集約されている可能性もあるかも知れないけれど」

 ロレッタがそう言ってあたしに微笑む。

「なかなかロマンがある話ですわ。ですがまずは、わたくしたちは王都南ダンジョンで修行しなければなりませんわね」

「そうね。今週末に向けて情報を集めておこう」

 そう言ってあたしとキャリルは頷き合った。
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