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39.いま強くなりたいんだね
しおりを挟む放課後にゴールボール部の活動に参加して練習も終わったので、コウは他の部員とボールやビブスを片付けていた。
「コウ、部活には慣れたかい? 浮かない顔をしてるけど、何か不満でもあったのかな?」
コウが顔を上げると、そこにはエルヴィスが居た。
部活に誘ってくれたからか、エルヴィスはコウを気にかけてくれていた。
「大丈夫ですよ。部活には不満が無いし、ゴールボールは本当に楽しいんです。でもちょっと考えていることがあるんですよ」
「何だい? 女の子のことなら、相談に乗ってあげられるかも知れないよ」
【洗浄】の魔法で綺麗にしたビブスをコウから受け取りながら、エルヴィスはウインクしてみせた。
「女の子のことも関係あるといえばそうなんですが……」
「へぇ! 言ってごらん。吐き出せばいい考えも浮かぶかも知れないよ」
コウはボールを二つ抱えて、エルヴィスと一緒に部室に歩いて行く。
「そうですね。……まずはコレ、片付けちゃいましょう」
「そうだね」
そうして他の部員と一緒に道具類を片付けた後、二人は部活棟近くの運動場の見渡せるベンチに腰掛けた。
「それで、どうしたんだい?」
「ええ……。ボクには戦闘の面で負けたくない子が一人いるんです。まあ、ウィンのことなんだけど」
「ウィンちゃんか。強いよね、彼女。……それで?」
「負けたくないって言っても、試合をして勝ちたいとかじゃ無いんですよ。一緒に同じ敵と戦うときに、ウィンの足手まといになりたくない……。うん、そういう感じかな」
「要するに、同じ仲間として戦力に数えてもらえるようになりたいって感じだね。分かるよ。戦闘に限らず、それこそ部活でもボクもたまに考えるからさ」
コウたちが話している間にも、ベンチの近くを生徒が通り過ぎる。
時おり女子生徒が挨拶をしてくるので、コウとエルヴィスは二人で笑顔を浮かべて手を振ると、キャーという黄色い声を上げて通り過ぎて行った。
「けっこうその時は切実に感じるよね」
「ええ。……強くなりたいんです。今すぐに」
コウの言葉を聞いて、エルヴィスは何かを考える表情を浮かべ、その長い足を組み替える。
「キミは十分強いとボクは思うよ。あとは時間とか場数が解決するんじゃないかな」
「そうかも知れません。でも彼女は、ボクの知らない間にも戦いに身を置いたりしている。……そうだな、彼女が負けることは想像できないけど、いつかフッとボクらの近くから居なくならないか不安なんですよ」
淡々と告げるコウの言葉にひとつ微笑んでエルヴィスは応える。
「そうだなぁ……。女の子のことで悩む後輩の相談をするのは、ボクの美学だ。力になってもいいけれど、一つ訊きたいんだ」
「何ですか?」
「『本当の強さ』なんて口にする人がいるけど、実はそれはただの言葉だ。そしてその言葉の正体は、果てしない鍛錬の積み重ねなんだ。これは分かるかい?」
「分かりますよ。僕が身に付けてきた技術はそういうものですから」
そう告げるコウの脳裏には一瞬、故郷で稽古をつけてくれた父や兄たちの顔が浮かぶ。
そして、自分の手のひらをじっと見る。
「ボクの手には、数百年積み上げてきた敵を斬るための武芸があります。これは今日もその歴史を伸ばしていることも知っています」
「それでも、いま強くなりたいんだね?」
「はい」
コウの返事にエルヴィスは頷いた。
「分かったよ。そういうことなら、ある集団の話をしようか」
「集団ですか?」
「ああ。この学院には、非公認のサークルがあるのは知っているかい?」
「ほかの先輩からけっこう噂は聞いています。困った人たちが居て、風紀員会でも取り締まったりしてるんですよね?」
「そうだね。でも、取り締まっていない非公認のサークルもある。あくまでも活動は自己責任で、何かあっても学院は責任を負わないという覚え書きにサインするようなものもある」
「それは取り締まり対象ではないんですね?」
「取り締まり対象ではないから、学院は一切関知しない類いの集団だ。名前を『ダンジョン探索会』と言って、会員は王都南ダンジョンに気軽に挑めるようになる」
「でも、入口に移動するまで距離がありませんか?」
「まぁまぁ慌てない。……入会すると、学院の附属研究所にある転移の魔道具を使えるようになる。これはダンジョンの地上の街にある、学院の附属研究所所有の建物につながってる」
「それって!」
「そう。放課後にダンジョンに挑めるようになる」
そう言ってエルヴィスは微笑む。
その後、エルヴィスはダンジョン探索会について説明したが、以下のような内容だった。
・入会は紹介制で、学業や学生生活に支障が出た場合退会させられる。
・会が所有する魔道具でダンジョン地上部まで移動した場合、ダンジョンで死傷しても学院は一切の責任を負わないという書類にサインする必要がある
・転移の魔道具は毎年一回、魔力を登録する必要がある。
「元々はダンジョンの研究者が移動のため国に許可を取ったものを、学生が使えるようにしたらしいよ。だから魔道具の管理は附属研究所が行っている」
「そういうことなんですね。……エルヴィス先輩はボクをその会に入会させてくれるんですか?」
放課後にダンジョンと聞いて、コウはその話に食いついた。
「ボクも会員だからね、紹介することはできる。けれど二つ条件がある」
「何でしょうか?」
「一つ目は、そうだね、入会後も最低限週一回は放課後にゴールボール部に来て欲しいかな」
「分かりました。もう一つは?」
「二つ目は、ボクと実戦形式で戦って実力を示してもらう」
「……実戦形式ですか?」
「もちろん、互いに致命傷になるような首をはねたり、脳や心臓をつぶすような即死攻撃は禁止でね」
「……」
「紹介前に本気で立会うことは、慣習になっているんだ。どうする?」
そう言ってエルヴィスは妖しく笑った。
ソーン商会でデイブたちと話して、お爺ちゃんを王都に呼ぶことが決まった次の日、放課後にあたしとキャリルは武術研究会に来ていた。
武術研のメンバーはやや固定になりつつあるが、あたしたちは同じく出てきていたカリオと合流し、ライナスも交えて身体を動かしていた。
ライナスはせっかくだからと言って、あたしたちと部活用の訓練場で順番にスパーリングしてくれた。
彼が繰り出す蒼蛇流のワザへ対処してみた。
古式武術の流派ということで、ライナスも内在魔力の循環で身体強化などを行って高速戦闘に対応していた。
「水属性の魔力での身体強化が基本なんですね」
「そうだ。単純な魔力量のぶつけ合いだけなら勝ち目がない局面でも、熟練者は魔力を纏った素手や脚のワザで武器を往なしたり受けることができる」
「まだ技を隠してそうですわ。インパクトの瞬間に打撃面に魔力を集中させなくても、かなりの力でこちらの打撃に対処しておりましたわね」
「蒼蛇流のワザは奥義も含めて秘密にされているものは無いけどな。練習を積んだ者は魔力で身体強化しなくても魔獣に対処したりする。だから身体の構造を上手く使った攻防のノウハウがあるとだけ言っておこうか」
「わたくしの雷霆流も体内魔力の制御が基本にして奥義ですから、同じ発想かも知れませんわね」
「あれ? コウとエルヴィス先輩が来たぞ?」
たまたま最初に視界に捉えたカリオが告げた。
コウとエルヴィスは制服でも運動着でもなく、ダンジョンに着ていくような戦闘服を纏っていた。
二人とも似たようなロングコートだけど、センスが似てるんだろうかとふと思った。
コウはこちらに気が付くと、笑顔を浮かべて手を振ったので、あたしたちも手を振り返した。
コウたちはどうやら訓練場に居る武術研の部長の方に歩いて行くようだ。
「あいつまさか……! ちょっとお前ら。この場所で待機しててくれ」
そう告げてライナスは慌てて部長の方に走って行った。
「どうしたんだろ?」
「腕試しでもされるのでは?」
「うーん。けっこう二人ともやる気というか、気合入ってそうだな」
コウにせよエルヴィスにせよ、やる気をみなぎらせるというのは普段見たことが無い。
雰囲気的に、今のあたしたちには見守ることしかできなかった。
やがて、あたしたちのところにライナスが戻ってきた。
「どうやらコウがエルヴィスに相談して、強さを試すことになったようだ」
「なんで急にそんなことを……」
あたしが呟くとライナスが一つ溜息をして告げる。
「今よりも強くなるために、エルヴィスに駄目出ししてもらうんだそうだ」
そう言ってライナスが苦笑した。
「エルヴィス先輩って強いのか?」
「そうだな。俺と同格以上だ」
その返事にカリオはなるほどと頷いていた。
そうしている間にもその場にいた武術研の人たちはみな手を止めていた。
どうやらコウたちの試合を観戦することにしたようだ。
部長が何やら指示を出すと、試合場の四隅に高等部の先輩たちが走っていった。
加えて、部長を含めた三人が【収納】の魔法から防具と盾を取り出していた。
「ライナス先輩、あれは何をしているんですか?」
「四隅に散ったのは【回復】が上手い奴らで、万一のとき初期治療を行う。部長たち三人は竜芯流が使えるメンツだから、勝負がついたときに盾で割って入るんだろう」
その直後に大きな声で部長が叫んだ。
「全員、観戦する者は可能なら身体強化を始めろ。高速戦闘になる可能性が高いから、試合内容を把握できるようにな」
『はい』
あたしたちも返事をした。
やがてコウとエルヴィスは試合場として用意された訓練場の一角に移動し、それぞれ収納の魔法から武器を取り出した。
コウは刀で、エルヴィスはグレイブだ。
「刃付きの武器を使うのか……!」
カリオが思わず呻く。
どうやら、正真正銘の真剣勝負をするようだ。
あたしは内在魔力を循環させ、自分が戦う時のように身体強化などを行う。
あたしたちの視線の先に居るコウとエルヴィスは、それぞれ同じような柔らかい笑みを浮かべていた。
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