ムーンフェイズ・ウィルド・アルファ

熊野八太

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51.魔力の循環と精霊と竜

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 倉庫の入り口から見て左手手前には、攫われてきた人が集められていたようだ。

 その中の一人にカレンが居ることを確認すると、あたしは飛びついてハグした。

「カレン先輩! 大丈夫でしたか? ケガとかはしてませんか?」

「ウィンちゃん、落ち着こう。う゛……ちょっと苦しい……」

 あ、やべっ、身体強化が掛かってるのを忘れてた。

 慌ててあたしは身体強化を弱める。

 周囲を確認すると、カレンを含めて十人が攫われて来ていたようだ。

 拘束はされていないが、もしかしたらお爺ちゃんが脱出しやすいように準備してくれたのかも知れない。

 すぐそばに自然体でお爺ちゃんが立っていた。

 その足元には賊が一人縄で拘束されて床に転がっている。

 あたしは攫われた人たちに状況を説明しなければと思っていると、キャリルが口を開いた。

「皆さん、現在この倉庫は酒場の『路地裏の風蝶草ふうちょうそう』を主体とした有志によって制圧されましたわ。皆さんは無事に帰還できます。安全な脱出のため増援を準備しますので、今しばらく待ってくださいませ」

 それを聞いたその場の被害者たちは、安堵した顔を浮かべた。

 被害者は全員子供であるようだ。

「ありがとうキャリル」

「いいえ。――まずはブルーノさんに連絡して脱出用の増援を送ってもらいましょう。ウィンとゴッドフリー様は倉庫入り口に向かってギャビンへの伝令と、ブルーノさんへの伝令をそれぞれ走らせてくださいませ」

「そうね」

「そうじゃの」

「伝令を出し次第、そのままお二人で証拠集めを進めてくださいな」

「「了解」じゃ」

「わたくし達は万一に備えて三名でここを確保しておきますわ」

「分かったよキャリル。それで行こう――カレン先輩、済みませんもう少しだけ我慢してください

「分かったわウィンちゃん。無茶しないでね……」

 いままで自分の方が恐ろしい目に遭っただろうに、カレンがあたしを心配してくれることに胸が打たれた。

「もう戦闘は終わってるんです、大丈夫ですよ。……じゃあお爺ちゃん、行こう」

「うむ」

 そうしてあたしはキャリルの案の通りに動き、伝令を走らせてから証拠集めをした。

 書類は特に出てこないから、賊個人の【収納ストレージ】に何か残ってるかもしれない。

 魔道具に関しては、似たデザインのものを複数回収できた。

 地球の非接触体温計みたいな形をしているが、表示部分にはライトのようなものが二つ付いているだけだ。

「これ何だろうね?」

「標的を絞るための魔道具かも知れんの。一つ貸しておくれ」

 お爺ちゃんに渡してみる。

「……ふむ。無詠唱で【鑑定アプレイザル】を使ったが、『精霊の加護保有者判定機』と出てくるのう」

「うーん、精霊の加護か……どういう意味があるか検討したいとこだけど、先に証拠探しを済ませちゃおう」

「そうじゃの」

 その後あたしは味方を優先的に【治癒キュア】しつつ、倉庫内で証拠集めを進めた。

 脱出のための増援が来る頃には、あたしとお爺ちゃんは証拠探しを終えて、キャリルたちと合流していた。

 増援には攫われた人たちの護衛のほかに賊を連行する人員もいたようで、賊は拘束の上ズタ袋に入れられてどこかに運ばれて行った。



 案内されてあたしたちが『路地裏の風蝶草』の市場にある支店にたどり着くと、ブルーノと店員たちが出迎えた。

「皆さまの無事の帰還をお慶び申し上げます。まずは軽食や飲み物、甘味などを用意しましたので召し上がってください」

「ブルーノさん、ここのお代は大丈夫?」

 あたしが訊くと、ブルーノは上品に微笑んで応えた。

「二十名以上の賊を捕らえましたから国からその分の報奨金が出ます。この程度お気になさらず召し上がってください。これは私どもの流儀ですから」

「流儀ねぇ」

「はい。このあと希望者には保護者やご家族をここまでご案内しますし、私どもか騎士団がご自宅まで送るよう手配いたします」

「分かったわ、ありがとう」

 そこまで気を使ってくれるのが裏社会の流儀なら、今回ばかりはご相伴に預かるか。

 あたしの頬が緩むと、ブルーノはさらに告げた。

「それにしましても、八重睡蓮やえすいれん様がなぜその二つ名となったのか、今回の件で個人的に実感いたしました。――僭越ながら、こちらは当グループの会員証になります。会費等は頂きませんのでお持ちください」

 そう言って、金属製のカードを五枚差し出してきた。

 表面に花が刻印され、その下に『ジャスミングループ』という文字と数字が刻まれている。

 どうやら庭師さんたちの分もあるようだ。

「今回のこと?」

「手並みの鮮やかさももちろんですが、敵味方に死者が出ておりません。あなた様の実力でしたら斬って捨てた方が楽でしたでしょうに」

「そうね。自分でも不思議だけど、子供を食い物にするような悪党は殺す気で斬り付けるのに否は無いわ。でも場を制したなら敵は情報源になるって思っただけよ」

 うん、狩人の仕事を手伝って来たからか、命を奪うことの意味自体は皮膚感覚であたしの中にある。

 だからあたしは戦うときは容赦はしない。

 でも、相手を無力化できたなら、追撃の有無は状況次第だろう。

 あたしの言葉にブルーノは感心したような表情を浮かべた。

「ところで会員って、普通の客と何が違うんですか?」

「系列店でご提示いただくと会計を割引いたしますし、店を予約される場合は優先的にお席をご用意いたします。他にも様々な特典がございますので、詳しくは青松ブルーパイン様にお聞きください」

「気を使わせて済みません」

「お気になさらず。……私までファンになりそうですよ」

「……え゛?」

「失礼いたしました。それでは被害者の方のご帰宅の手配を進めますので、ここで失礼いたします」

 そう告げてブルーノは店の奥に消えた。

 その後被害者の子供たちと一緒に軽食を食べた。

 少し話をしてみたが、全員で十人いた被害者には共通性は特に無さそうだった。

 男女の内訳はカレンも入れて少女が六人、少年が四人だった。

 少女のうち、王立ルークスケイル記念学院の生徒が二人、王都ブライアーズ学園の生徒が三人、学校に通っていない子が一人だった。

 少年は学院と学園の生徒が各一人、残り二人が学校に通っていない子だった。

 『路地裏の風蝶草』に着いたときには疲れた表情を浮かべた子が殆どだったけれど、お腹が膨れたら少し気分的に落ち着いたようだ。

 被害者の名前と学校や実家などの連絡先は手元に控えたので、あとでデイブに伝えることにした。

 それとは別に、学院の生徒についてはあとでリー先生に報告しておこう。

 被害者たちの帰宅については、ブルーノの手配で保護者や学院、学園に連絡が取れた。

 それぞれ迎えが来るようだった。

「キャリル、悪いけど学院に戻る子たちには同行してあげてくれる?」

「分かりましたわ。ウィンはどうしますの?」

「あたしはこの場から子供たちが全員出るまで見送ってから、お爺ちゃんと月転流ムーンフェイズの王都のまとめ役に報告をしてくるわ。――お爺ちゃん、もう少し付き合ってね」

「構わんよ」

 お爺ちゃんは終始ニコニコとしていた。



「やれやれ、案の定というかノエルが動かした連中は全員捕まったみたいだよ」

 年齢は二十代後半くらいだろうか。

 神官服を着た青年が、傍らに立つジェイクに告げた。

「アイザック、あなたの所までそのうち捜査が及ぶんじゃないのかい?」

 ジェイクはそう言ってアイザックに微笑む。

「大丈夫だろう。彼は慎重な上に器用だから、失敗した時点でそれ自体を次の材料にするかもね」

 二人は商業区にある水路に架かった小さい橋で水路を眺めながら並んで立っていた。

 周囲には魔法による防音壁が作られている。

「そもそも私は今回の人攫いの件は噛んでない上に否定的だったんでね。ノエルにせよ“経済担当”なのに、ボスの覚えを良くしたくて勝手にやったのさ」

「改めて、“精霊同盟”ってのは組織っていうよりはスタンドプレーの集まりな気がするよ」

 そう告げてジェイクは笑う。

「あながち間違っていないかな。それぞれがボスからの情報を元に思うところがあって自由意志で行動をしているんだ」

「まぁ、ぼくにしても竜と精霊について思うところがあるから助力しているんだけどさ」

「そうだろ? 私たちは“竜担当”だから、カネだの政治だの重いことは別の担当者に任せて集中すればいいのさ」

 ジェイクに言うのではなく、ある種自分自身を諭すようにアイザックは告げた。

 その様子から、アイザックが多少の動揺を覚えている可能性をジェイクは想像する。

「集中ね。――それで、学院の件を含めて王国は精霊魔法の件で色々動き始めたのは伝えた通りだけど、賛同者集めはどうするんだい?」

「そうだな、少し様子を見たいかな。元々私たちは他の担当者のように政治情勢とか経済情勢みたいなその時々の制限は無いんだ。まだまだ時間はあるさ」

「そんなノンビリしたことを言ってると、ぼくは学院を卒業しちゃうけど」

「ジェイクは王立国教会うちに紹介できるよ。なんだったら私と同じ観測部なら面接なしで採用してあげられる」

「そういうことを言ってるんじゃないんだけど、気を使ってくれているのは分かったよ」

 そう言ってジェイクはひとつ溜息をついた。

「まぁ、ジェイクについては腕を磨きながら、風紀委員会とか学院のクラスメイトなんかに精霊魔法が使えることをバレなければいいだけさ」

「そうだね。その点は気をつけるよ」

「それじゃあ、今日はお開きにしようか」

「うん。またね」

「ああ、またね」

 二人はそう言って防音の魔法を解き、それぞれ橋の反対方向へと歩き出した。

 ジェイクがしばらく歩いてから振り返ったときには、すでにアイザックの姿は見えなくなっていた。

 ジェイクはいま話していた人物、アイザック・エズモンドという神官を信用はしていなかった。

 過去に故郷に帰省したとき、魔法兵をしている親が“判断鈍化”の効果を持つ弱い呪いを見つけてくれたのだが、状況的にアイザックに付与された可能性が高かったのだ。

「自由意志か……。この世界と、魔力の循環と精霊と竜。――ボスとやらの話が真実なら、竜だけが生き物として特殊なのは興味深いんだよな」

 少なくとも大局的な視点で見る限りにおいて、自分や大切な者たちの不利益とならない間は、ジェイクは精霊同盟に自らの意志で参加し続けることを決めていた。

 そしてジェイクは収穫祭の雑踏の中に消えた。
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