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祐奈③
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インターフォンが鳴ると同時にルルが吠え出した。ルルに向かって少し怖い顔で「しぃ」っとつぶやいてから玄関に向かう。木製の扉を開け
「いらっしゃい」
満面の笑顔で葉月を迎え入れた。
「おじゃまします」
葉月はピカピカのローファーをきっちりと揃えて置き
「これ、焼き菓子なんだけど。ご家族で食べて」
と言って、オープンしたばかりの洋菓子店の紙袋を突き出した。
「お気遣いありがとう。ここ、まだ並んでるでしょう?」
返事の代わりに葉月がくしゃっと笑って頷くと、オパールのピアスが小さく揺れた。いつもより葉月の顔色が明るく見える。葉月がピアスをつけているのは珍しいな、と思ったが、きっとそれは子どもと一緒のときにしか会っていないからだということに気がついた。
「どうぞ上がって」
葉月をリビングに促す。葉月がソファに座るとルルは吠えるのをぴたりと止め、しっぽをぶんぶん振り始めた。
「覚えてるのね」
感心して祐奈がルルに囁くと、膝の上を陣取っているルルを、葉月はそっと撫でた。よく見ると今日の葉月は髪も艶やかだ。
「少し早いけどランチにしていいかしら?」
「何だか申し訳なくて」
祐奈の質問にはこたえず、葉月が恐縮したように言った。
「本当にお料理は趣味だから。独身時代は教室をいくつかかけもちして通っていたくらい」
言いながらミネストローネスープを温める。今日はゆっくり話せるようにスープ以外はデリ風のワンプレートにした。葉月はそわそわし始める。手伝おうとしてくれているのだろう。だから葉月が申し出る前に
「あとは盛り付けるだけだから座ってて」
と、けん制した。祐奈は人にキッチンに入られるのが苦手なのだ。
「おまたせ」
料理を盛り付けた木製のプレートをふたつテーブルに置き、葉月のために椅子を引いた。
「ありがとうございます。わあ、すごい、お店みたい」
葉月は一口食べるごとに、感嘆の声をあげ、短い感想を述べた。「すごく柔らかい」とか「私にも作れるかな」とか。
「これも手作りなの?」
「そう。パン教室にも何年か通っていたから」
葉月はオリーブの入ったフォカッチャを大切そうに口に運ぶ。一通り葉月が食べたのを見届けると
「相談っていうのはね……」
祐奈は切り出した。葉月は持っていたフォークを置く。
「あ、食べながらでいいの」
言って、祐奈は炭酸水をごくりと飲んだ。
「雫のことどう思う?」
「雫ちゃんのこと?いい子だと思うよ」
葉月は祐奈を真っ直ぐに見つめている。そういう意味じゃなくて、祐奈は心の中でつぶやく。こういう時、どんな言い方をすれば適切に伝わるのだろう、と考えあぐねていると
「学校生活でのこと?」
と葉月が少し言いづらそうに訊ねた。雫のことで何か瑠衣から聞かされているのだろうか。祐奈は目をぱちくりさせる。
「意地悪な子っているのよね。瑠衣も嫌なこと言われたことあるみたいだから」
「ごめん。えっと」
祐奈は顎に手を当て、できる限り平静を保つように努めた。葉月は驚いたように目を大きく見開いて
「ごめん。その話じゃなかった?」
と慌て、祐奈から少し目を逸らした。
「教えて」
それは懇願だった。
聞けば、クラスの中に少し意地の悪い女の子がいるらしく、最近特に雫に対しての言動が目に余るのだと葉月は瑠衣から聞かされていたという。その言動の大半は雫の髪型や服装、持ち物などに対しての否定からくるもので、祐奈の心配はすでに現実になっていたのだ。
祐奈の肩は震えていた。泣くつもりなんてないのに、目からは涙がぽたぽたと惚れ落ちる。葉月が立ち上がり、祐奈の肩を抱く。祐奈は恥ずかしさでいっぱいになった。ママ友の前でこんな風に感情を露にするなんて。
「相談したかったのは雫のジェンダーのことなの」
しゃくりあげながらやっと言い終わると、葉月は優しい眼差しで二度頷いた。
「いらっしゃい」
満面の笑顔で葉月を迎え入れた。
「おじゃまします」
葉月はピカピカのローファーをきっちりと揃えて置き
「これ、焼き菓子なんだけど。ご家族で食べて」
と言って、オープンしたばかりの洋菓子店の紙袋を突き出した。
「お気遣いありがとう。ここ、まだ並んでるでしょう?」
返事の代わりに葉月がくしゃっと笑って頷くと、オパールのピアスが小さく揺れた。いつもより葉月の顔色が明るく見える。葉月がピアスをつけているのは珍しいな、と思ったが、きっとそれは子どもと一緒のときにしか会っていないからだということに気がついた。
「どうぞ上がって」
葉月をリビングに促す。葉月がソファに座るとルルは吠えるのをぴたりと止め、しっぽをぶんぶん振り始めた。
「覚えてるのね」
感心して祐奈がルルに囁くと、膝の上を陣取っているルルを、葉月はそっと撫でた。よく見ると今日の葉月は髪も艶やかだ。
「少し早いけどランチにしていいかしら?」
「何だか申し訳なくて」
祐奈の質問にはこたえず、葉月が恐縮したように言った。
「本当にお料理は趣味だから。独身時代は教室をいくつかかけもちして通っていたくらい」
言いながらミネストローネスープを温める。今日はゆっくり話せるようにスープ以外はデリ風のワンプレートにした。葉月はそわそわし始める。手伝おうとしてくれているのだろう。だから葉月が申し出る前に
「あとは盛り付けるだけだから座ってて」
と、けん制した。祐奈は人にキッチンに入られるのが苦手なのだ。
「おまたせ」
料理を盛り付けた木製のプレートをふたつテーブルに置き、葉月のために椅子を引いた。
「ありがとうございます。わあ、すごい、お店みたい」
葉月は一口食べるごとに、感嘆の声をあげ、短い感想を述べた。「すごく柔らかい」とか「私にも作れるかな」とか。
「これも手作りなの?」
「そう。パン教室にも何年か通っていたから」
葉月はオリーブの入ったフォカッチャを大切そうに口に運ぶ。一通り葉月が食べたのを見届けると
「相談っていうのはね……」
祐奈は切り出した。葉月は持っていたフォークを置く。
「あ、食べながらでいいの」
言って、祐奈は炭酸水をごくりと飲んだ。
「雫のことどう思う?」
「雫ちゃんのこと?いい子だと思うよ」
葉月は祐奈を真っ直ぐに見つめている。そういう意味じゃなくて、祐奈は心の中でつぶやく。こういう時、どんな言い方をすれば適切に伝わるのだろう、と考えあぐねていると
「学校生活でのこと?」
と葉月が少し言いづらそうに訊ねた。雫のことで何か瑠衣から聞かされているのだろうか。祐奈は目をぱちくりさせる。
「意地悪な子っているのよね。瑠衣も嫌なこと言われたことあるみたいだから」
「ごめん。えっと」
祐奈は顎に手を当て、できる限り平静を保つように努めた。葉月は驚いたように目を大きく見開いて
「ごめん。その話じゃなかった?」
と慌て、祐奈から少し目を逸らした。
「教えて」
それは懇願だった。
聞けば、クラスの中に少し意地の悪い女の子がいるらしく、最近特に雫に対しての言動が目に余るのだと葉月は瑠衣から聞かされていたという。その言動の大半は雫の髪型や服装、持ち物などに対しての否定からくるもので、祐奈の心配はすでに現実になっていたのだ。
祐奈の肩は震えていた。泣くつもりなんてないのに、目からは涙がぽたぽたと惚れ落ちる。葉月が立ち上がり、祐奈の肩を抱く。祐奈は恥ずかしさでいっぱいになった。ママ友の前でこんな風に感情を露にするなんて。
「相談したかったのは雫のジェンダーのことなの」
しゃくりあげながらやっと言い終わると、葉月は優しい眼差しで二度頷いた。
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