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しおりを挟む上級貴族となれば直轄地の他に領地は幾つか保有しているものだが、元々の爵位名のものや報奨として授けられたもの、そこの領地名を変えずに管理者だけが変わったり自分が出世した為に新しい名字など、とにかく、領地によって名が変わることは当たり前にあることだ。
キャセラック候でも三つくらいは持っているだろう。
殿下なら、当たり前に持っていることだが……完全に失念していた。
思わず破ってしまったカードを両手に眺め反省をする。
デルヴォークなら当然タルギスを名乗るものだとばかり思っていた。いや、どこかで習った記憶はあるが直轄領ごとに名があるとは、さすが王家といったところか。
「間違いありません。デルヴォーク殿下の直轄地の爵領の名前です。でも、どうしてアリアンナ様に?」
送り主を導き出したエマは純粋に、王立魔術学院の制服が殿下からアリアンナへ届くのか不思議に思っているのだろう目をアリアンナへ向ける。
───そ、れは……
視線を一同に集めてしまい、とっさの言葉が出ずに唾だけを飲み込んでしまう。
「せ……先日のご訪問の折に王立魔術学院に興味があると、私、申しましたの」
苦し紛れの説明をたどたどしくアリアンナが始める。
全員から目線だけで「で?」と先を促されるが、良い言い訳など出来るはずもない。
「……それでじゃないかしら?」
強引に言葉を切った。
(く、苦しい……ですわ)
エマと侍女は何となく「そうなのかな?」と思って目配せし合っているが、サーシャとミシェルはアリアンナをじっと睨むように見たままだ。
無言の視線にアリアンナは見苦しい笑いで応じる。
先日のデイヴェックからの忠告も考えて話さねばならないだろう。
「ア、アリアンナ様がご迷惑でなければ、是非、王立魔術学院にご一緒したいのですが!」
「!?」
ご一緒とは入学をするのだろうか?
突然何か思いついたのか、瞳を輝かせ両手を胸の前で組んだまま、アリアンナにエマが迫って来た。
急に間合いを詰められたことに焦るが、どうにか返事を返す。
「……エマ様は、魔術にご興味が?」
「特にはございません!」
「……ご使用になられるとか?」
「ありません!」
満面の笑みでぐいぐい来るが、必要ないものを学びたいとはエマの意図が分からずアリアンナの顔にははてなが浮かぶ。
(ここで、王立魔術学院に行く意味は?とは聞いてはいけないのかしら……?)
ただ、自分一人が行くよりもエマも一緒の方が今回の制服の一件が誤魔化せるような気がしないでもない。
良心が痛み、微笑みが僅かに引きつるがエマを肯定する。
「……これを機に色々学ばれるのも良いですわよね」
「はい!」
元気で嬉しそうなエマの返事が返る。
アリアンナから了承を得られて、嬉しそうに返事をするエマを見て罪悪感を盛大に感じることになった。
アリアンナにしか分からない形で巻き込んでしまったが、デルヴォークからの贈り物を受け取った時に居合わせた運の尽きと思うしかない。
しかしなぜに一緒に通うことになったのかはちょっと理解が追いつかない。
制服を気に入ったのかしら?それにしても王立魔術学院での行動に制約がついてしまったわね……
ただ救いは、エマは本当にいい子だということ。
打ち解けて話が出来るだけでも貴族のなかでは稀有なことなのだ。
エマが一緒に通うなどと言い出してくれたおかげで、デルヴォークからの贈り物の理由が誤魔化されたのだから、よく分からずとも申し訳ないので、アリアンナは心を込めてお茶菓子を多めに勧めた。
❁ ❁ ❁
「それでは今日はこの辺で失礼を致します」とエマが退室を申し出る。
それをアリアンナ達皆で扉まで見送り、貰ったケーキのお返しにと、こちらからも焼き菓子を持たせた。それから、王立魔術学院に行く時は声を掛けることも約束した。
扉が閉まり、エマの姿が見えなくなったところでアリアンナから溜息が漏れた。
けれど手薬煉てぐすね引いたサーシャ達は、聞いた直後の勢いそのままに気疲れしている主人に質問を浴びせる。
仕方がないので包み隠さずデルヴォークとの会話を絡め、答えることにした。
勿論、アリアンナの思うところの花嫁候補からの落選に関しては触れずに。
デルヴォークの方から王立魔術学院には興味がないのか?と聞かれたので、入学したいことと制服が欲しいことを伝えたと白状する。
そしてデイヴェックからの忠告を受けたことも話した。
ただ、デルヴォークが気を利かせてくれて、別名で送ってくれたものだから、アリアンナが「いっそ返してしまおうか?」と言えばサーシャから厳しい口調で注意をされた。
「いいですか。もしもお嬢様がこの制服をお返しになれば、お嬢様は殿下からの贈り物を断った高慢ちきな令嬢と名を残し、殿下に至ってはお嬢様に振られたとなります」
「なぜ!?でもお名前が違うのよ?」
「お気付きになられませんか?……ヒースリッジ様を当てられたのはウィラット様ですよ?」
「?」
「いくらウィラット様がお嬢様を憧れとしていても、人の口に戸は立てられません。今言ったことは、十分成りうる可能性の噂ですよ」
そういえば、エマに口止めなどは特にしなかった。
アリアンナ自身もエマの王立魔術学院の話で忘れてしまっていた。
(そんな……)
「だったらお嬢様がウィラット様に制服をお贈りするのはどうですか?」
あっけらかんとミシェルが割って入る。
「そんな、ミシェル。簡単な話ではありませんよ」
「そうですか?殿下から贈られたことで困っておられるなら、お嬢様もウィラット様に贈って、贈り物には昔から幸いがあるじゃないですか。それと入学祝いをくっつけて、それで良くないですか?」
「それですわ!」
「……お名前が違ったことは?」
「本当のことですし、分からないでいいと思いますけど」
一人サーシャだけが考え込むかたちになったが、アリアンナとしてはミシェルの作戦でいいと思う。
「但し、お嬢様の演技力が求められますからね」
「全力を尽くしますわ」
二人で微笑み合っているとブツブツ言っていたサーシャがアリアンナを見る。
「……本来であれば花嫁候補として考えると、他の皆様より優位に立てますが、デルヴォーク殿下がお名前を変えて贈られた意図も図れませんし、デイヴェック殿下からの話も疎かには出来ませんので、一先ずミシェルの案でウィラット様との距離を入学の日まで保ちましょう。但し、次回殿下とお会いなさる日に殿下へのお礼の品をご用意してくださいね」
(え~……)
デルヴォークとの接見は明後日だ。
用意も何もと不満に思ったのに、すぐに機嫌が戻ったのが顔に出たのだろう。
間髪を入れずにサーシャからアリアンナへ小言が飛ぶ。
「魔術は使わずご自分でなさって下さいね」
サーシャは「お嬢様に拒否権はごさいません」と目力のみで約束をさせた。
お礼を用意する期間は一日。
元々何でも出来るアリアンナだから、自分で刺しても一日は決して短くはない。例えデルヴォークの紋が複雑だとしても。
ただ、ハンカチにデルヴォークの紋章の刺繍をするのかと面倒を覚えた主が、魔術で終わらせようとした考えを的確に見抜いた優秀な侍女の注意だ。
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