Wild Frontier

beck

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第一章

旅立ち/戦い

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 安定した暮らしを求めるならば、まずは拠点を決めなければならない。
 山は好きだったのでここで暮らしてもいいとは思ったのだが、何しろ俺はこの世界の事を何も知らない。

 例えば俺が居たあの山が、地元の人々にとって神聖なものかもしれないし、既に誰かの所有物なのかも知れない。
 勝手に何かを作って怒りを買うという事は十分あり得る。
 それは俺がいた地球でも同じ事だ。


 また今後の方針を考えながら夜空を眺めていたのだが……

(知っている星座が……一つも無い)

 俺は自分の趣味の関係もあって地学は得意だ。
 宇宙全般も好きだったので南半球の星座も有名どころは大体把握している。
 北半球であれば北斗七星・北極星は当然の事ながら各季節の星座もすぐに見つけられたし、南半球であれば南十字星とかニセ十字なんかは誰にでもすぐ見つけられるはずなのだが……

 それらも一切無かった。

 こちらに来た夜の月齢はわからない。
 ただ、月はしばらくの間は出ていなかったようだ。
 そのため月の存在は数日経った後知ったのだが──

(うわっ、でかっ!?)

 この世界の月は、元の世界のものよりも一回り大きかった。
 月が複数あるという惑星も珍しくないが、その点は元の地球と同じで、今のところ一つだけしか確認出来ていない。

 結論としてはここは地球では無いか、もし地球だとするならば元の時代とは数百年単位でずれた時代に俺は生きているという事になる。


 生き抜くためにはこの世界のことわりをある程度把握しなければならない。

(とりあえず硬貨があるのだから、社会はある。人間かどうかわからんが!)

 硬貨を製造出来るのだから、ここにはある程度発達した社会がある。
 そこには多くの人々が生活しているのだろう。
 ただ、この世界の人々と敵対する事は避けたい。

 とは言っても俺はこの世界の事を知らなすぎる。

 一番の問題は食料だ。
 水は革製の水筒があったので沢の水を汲んで補給する事で解決した。
 また背嚢はいのうの中には保存用の食料が入っていたため当面は大丈夫そうなのだが、それもいずれ尽きるだろう。

 食べられる食料をどのように確保していくか?
 いくらキャンプ好きでも、全く知らない世界の食べ物については知るよしも無い。
 しかしある時、渓流で魚影を見つけた事があった。

(確か魚ってのは、内臓さえ除けば、大抵食べられたよな……)

 後から考えると不思議なのだが、それはまるでかのような感覚で魚を捕獲し、結局そのまま焼いて食べてしまったのだ。

 結果的になんの問題も無かったわけだが、食事の直後に大きく後悔をした。


(異世界の魚がちゃんと食べられるものかなんて、わからねぇだろうがっ!)


 なぜ油断してしまったのだろう!
 食後しばらくの間、俺はそれについて色々考えてみた。

 しばらく考えても答えは見つからなかった。
 しかし『異世界』というキーワードが、油断を招いた原因へと導いた。



(これ、日本の山ん中の景色と全く変わらないじゃないか!?)



 そう、ここは異世界なはずだ。




 だが異世界だと言うのに、そこには地球の自然が広がっていたのだ!




 自然好きの俺でも、一つひとつの植物の詳細名まではわからない。
 だがナラやブナのような落葉樹、ゼニゴケやスギゴケ、羊歯しだの生えるこの森は、一般的な温帯の森の姿に他ならなかった。

 その後、魚を主食にする事も考えたのだが、釣り道具は持っていない。
 釣り針を作るにも、制作道具もない。
 そのためこの前のように素手でなんとか捕まえようとしたのだが──
 どうやら前回は単に運が良かっただけだったらしい。
 結局、一日粘っても、魚を捕まえる事は出来なかった。

 こうして魚主食計画はあえなく頓挫とんざした。


 俺はこの世界の常識を知らない。


 この世界を生き抜くためには、常識を教えてくれる協力者が必須だ。

 もちろん大きな問題もある。
 意思疎通の方法だ。

 こればかりは俺もどう対応して良いのか皆目かいもく見当もつかなかった。
 俺は自分の所持品にあった硬貨を思い出してもう一度よく調べてみた。
 硬貨には文字や数字が書かれている可能性が高いからだ。


(まったくわからん……)


 確かに一定の規則性に従った模様のようなものは書かれている。
 しかし、言語学者でも無い俺にはその意味する所は一つも理解できなかった。

 文字が駄目なら会話はどうだろうか?


(いや──会話はもっと難しいだろう)


 日本語と中国語の関係を考えれば自明の理だ。
 お互い発音も文法も違うので語学の学習をしていなければ会話は成り立たない。
 しかし文字なら共通なものも多く、ある程度の意味なら伝える事が出来る。

 更に言うと、同じ言語でも方言によって全く意味が伝わらない事だってある。
 話し言葉というのはそれだけ環境によって変化しやすいものだ。

 この状態では、初めから大きな街に行くのは問題だ。

(会話も文字もわからないまま大都市なんかに行ったら……それこそ奴隷コース一直線かもしれない……) 

 集団心理というのは本当に怖い。
 一人一人は善良な市民でも、大勢集まった途端にその行動が変わる事がある。
 それは、災害時やデモでの人々の行動を見れば明らかだ。

 まずは山でのんびり生活しているような人と出会うのが最善策だろう。
 
(これは……ボディランゲージしか無いよなぁ)

 俺は作り笑顔の練習をしたり、手や顔を動かしながら山道を進んで行った。


 そんな心配をしていた矢先だった。

 ここよりもかなり下を流れている渓流のあたりで、複数の獣の鳴き声がした。
 反射的にしゃがみ込んで木の陰に隠れ、しばらく様子を伺う。

「ギャッ、ギャッ、ギャー!」

 ここからその姿は見えないが、この声は明らかに人間のものではない。
 今まで聞いたことのある鳴き声の中では、猿の鳴き声が最も近いように感じた。

 そのときふと俺の頭の中に<ごぶりん>という単語が浮かんだのだが、今は迫りくる危機に対してその単語を敢えて無視し、そっと聞き耳を立てていた。

 俺が今いる獣道はゆるやかな傾斜を伴う下り道になっていて、鳴き声が聞こえた渓流とはいずれ合流しそうな地形になっていた。

 このまま先に行くのは控えたほうが良いだろう。
 そう考えた俺はきびすを返して元の道を戻って行った。




 しばらく戻った後、はそこに立っていた。



 くすんだ緑色の肌。
 盛り上がった腕や腿。
 そして野獣のような目。



 体長は2mはあるだろうか。
 俺の記憶にはない、異形いぎょうの怪物がそこに居た。

 右手には巨大な木の根のようなものを掴んでいる。

 その異形は俺の姿を確認し、口角を上げた。
 直後、雄叫びを上げてこちらに向かってきた。




「グルォォォオォーッ!!」




<ホブゴブリン>


 まただ。

 俺の脳裏に、今の俺にとって役に立たなそうな単語が浮かんできた。

 道を引き返すわけにはいかない。
 それでは先程の集団と挟み撃ちになってしまう。
 集団からは結構距離もあるし、まだ俺に気付いてないはずだ。

 気が付くと剣を抜いていた。
 意識を前方の敵に集中する。

 こんな怪物と戦った覚えは全くないはずなのだが、俺の意識に「武器の振り下ろしが遅い」というイメージが浮かんだ。
 本当なのだとしたら非常に役に立つ情報だ。

 敵がすぐそこまで近づく。

 機会を待つ。

 武器が届く範囲に入ったと判断したのか、敵は右手の木の根を大きく振り上げた。


 情報は正しかった。
 確かに遅い。


 ただその時の俺にとっては遅いとは感じたが、前の世界の常識からすると普通の人が武器を振り下ろすのと大して変わらない速さだったのだろう。

 その敵が木の根を振り下ろす直前、俺は自分の剣を右に向かってぎ、腹のあたりを切りつけざま右に飛んだ。

(浅い……なんて硬さだ)

 切りつけた跡が全くわからない。

「グゥオッ、グォオ!」

 自分が攻撃を受けていた事に一瞬戸惑っていたようだが、苦痛を感じたわけでもないらしく、目の前の獲物を諦めることはなかった。

 巨大な根は元々俺が立っていた場所に叩きつけられていたが、その地面はスコップで掘ったように削られていた。

(おいおい、これは洒落にならないぞっ!?)

 その敵は手にした得物をもう一度持ち上げ、俺のほうを向く。

 俺は怪物の表情を見て、ただ単に怒らせてしまっただけだったと悟った。
 あまり時間を掛けていてはまずい。

 敵は目の前の怪物だけではない。姿は見ていないが、状況からして正体不明の集団がこいつの仲間だったという事も十分考えられる。

 目の前の敵はすぐに俺に近づいて来た。
 今度は振りかぶるわけでは無く、巨大な根を左右に振りながら前進していた。

 怪力の持ち主ではあるが、さすがにフルスイングして隙を見せるような事はなく、とりあえず相手に攻撃を当てて体制を崩そうとしているようだ。
 人型の怪物だけあって、知能はそこそこあるらしい。

 俺はとにかくギリギリまで距離を取った。
 その攻撃をまともに受ける事……それはすなわち『死』を意味する。
 手に持った武器の質量と運動量を考えれば、剣で受け流す事ですら厳しいだろう。


 これは物理法則を無視したゲームなどではない。
 れっきとした現実だ。


 俺は何度となくすんでの所で敵の攻撃をかわし続けていた。
 時間は惜しいが決して焦ってはならない。


 勝機はにやって来た。


 敵の振った一撃が、横から伸びていた木の枝にぶつかったのだ。
 その瞬間、俺の意識の中に再びあるイメージが浮かび上がった。


<顎の下>


 俺はその機を逃さず相手の懐に飛び込み、あごと首の付け根部分に向け、ありったけの力で剣を突き上げた。


「グァアァァ……」


 怪物は首から赤い血を吹き出しながら、膝から崩れ落ちた。


 戦いがひと段落した所で、俺は今戦っていた相手が何者なのかを調べようとした。
 そいつの体を調べれば何かわかるかも知れないし、役に立つものを持っているかもしれない。

 そう考え、怪物の死体に近づこうとした時だった。

 俺の後方から複数の獣の声がした。

「ギャギャギャーッ!」

 道の下を流れる渓流に居た連中のようだ。
 どんな敵かはわからないが、ただの一匹を相手にこれだけ苦労したのだから、複数の相手は厳しいだろう。

 しかも激しい戦いの後で少し疲れてもいる。

 まだ距離はあるので、今のうちに逃げることにした。
 怪物退治が目的なわけではないのだ。

 俺は彼らから死角になりそうな場所を選び、逆方向に逃げた。
 途中どこまで追いつかれているかを確認するため、物陰に入りそっと様子を覗う。


(見えた)


 しかし距離が結構離れているのと、木々の葉が邪魔で詳しい所まではわからない。
 向こうも視界を遮られているためか俺の位置を把握出来ていないようだ。

 まだ余裕があると判断した俺は、どんな顔をしているのかだけ確認しようと暫く観察をした。

 程なく顔を確認出来た俺は、一瞬その場で凍り付いた。





(あ、あれは──あの時の!?)





 その姿は現実で見たものでは無い。
 幼き頃の遠足で見た、あの既視感の中。
 あの時に見た、だったのだ。




(夢でも見ているのか、俺は──)




 俺はその事実をぬぐい去るように少し頭を振り、そっとその場から離れていった。





    ◆  ◇  ◇





── 魔物は人の手により動かなくなった。
人が持つ理不尽な欲望から人の手によって生み出されたその魔物は
それもまた人が生み出した別の『モノ』によって無へと還っていくのだ ──




 魔物の遺体は、まるで時間を早送りしたような速さで土へと還っていった。






    ◇  ◆  ◇





<貨幣>
 貨幣を含むいわゆる「お金」には様々な役割があり、その起源は多岐にわたっている。例えば中国の殷王朝(紀元前1600頃~前1046年)では宝貝たからがいの殻を糸に通したものが通貨として利用されていた。春秋戦国時代(紀元前770年~前221年)の頃には布貨、刀貨、圜銭かんせんなど、多くの鋳造貨幣が作られ、独自に発展していった。
 また紀元前4300年頃~前1530年頃のバビロニアでは小さな銀の輪を大きな金属の輪に通したハルという名の通貨が使われており、これと同形の通貨がエジプトの古代都市タニスからも出土されている。更に時代を下るとアッシリア王センナケリブの治世(紀元前705年-前681年)に半シェケル銀貨についての言及があり、その銀貨にはおそらく女神イシュタルの肖像が刻印されていたようだ。
 現存する世界最古の硬貨として有名なのが、紀元前670年頃にトルコ西部にあるリディア王国で作られたエレクトロン硬貨である。これはリディア川で採取された金と銀の自然合金エレクトラムから作られた貨幣で、片面にはギュゲス王の獅子の記章が、もう片面には金属の重さと純度を証明した印が刻印されていた。
 ただ一説によると紀元前10世紀頃のギリシアや、紀元前7世紀頃のインド・マガダ王国(摩訶陀国)でも硬貨が作られていたという記録がある。

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