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第二章
古語
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その後、アーネストの農場は準備のために忙しい状況になった。
逆に俺はと言うと、彼らの準備待ちの状態にある。
おかげで久々にたっぷりと時間が取れた。
やりたい事は沢山あったのだが……
俺はその貴重な時間を、古代語学習に充てる事にした。
何しろこの町には、東方地域で最も優秀だと言われる魔導士の工房がある。
「というわけで今日もまたお邪魔する。すまないな」
「いえいえ。一人でいるより楽しいですので大歓迎ですよ!」
工房主は学術調査で出払っているが、ここにはその一番弟子が住んでいるのだ。
魔法初心者の俺にとってはむしろ都合が良い。
メアラの同門であるベァナも一緒だ。
彼女は数年間の穴を埋めるため、専門書を読むなどしていた。
「そう言えばメアラは水と風が使えるんだったよな」
「はい。でも火と土が使えないんです。師匠が言うには、ボクは火と土のイメージが湧かないんじゃないかって」
ティネの言葉からすると、使える可能性はあるという事だろう。
「ベァナはティネさんから何か言われた事無いか?」
「私は……むやみやたらと詠唱するな、って言われました……」
少し悲し気な顔をするベァナ。
「うーん……メアラ。ティネさんのその言葉はどういう意味かわかるか?」
「えーと、師匠もまだまとめられて無いようなのですが、どうも魔法って一度使えなくなっても何かのきっかけで復活するとかいう話を」
魔法が使えなくなるのはブリジットさんが言っていたマナの過剰使用の事だろう。
しかしそれが復活する……
「復活と言うのはどういう状況なんだろう?」
「とても昔の文献に、火の魔法を封印された魔術師が、魔法を使わず五年間禁欲生活を送っていたら、封印が解除されたって話が書いてあったらしいです。これも師匠が見つけてきたお話なのですが……」
五年間か。しかし禁欲生活の内容がわからない。
しかもそういった話は他には全く聞かないようなので、ガセの可能性もある。
とにかくこの件に関しては情報が少ない。
また何かの機会に役に立つかもしれないが……
一旦保留だ。
古代語で書かれた書物から文字を書き写し、日本語でメモを取っていく。
「しかしヒースさん、古代語覚えるの早いですね!」
「うーん、どうだろうね。ただなんというか、俺の記憶に残っている言葉になんとなく仕組みが似ているんだ」
古代語というのは、神代に使われていたと言われた言語である。
古代のものと聞き、俺も相当難しいものだと覚悟していたのだが……
「特に基本文字の組み合わせと発音が、俺が知っていた言葉にかなり近い」
「そうなんですか!?それはすごいですね」
古代語で使われている文字は俺が調べただけで30以上の種類があったが、実際に頻繁に使われるのは28文字程度だ。
そして詠唱時の発音がほぼローマ字のように対応している。
「だからむしろ標準語よりも覚えやすくてね。あと古代語って今では魔法の使用に限定されているからか、単語数が圧倒的に少ないので調べやすいんだ」
「ヒースさん、ある程度覚えられたら私にも教えてくださいね!」
「もちろんだ。何しろ俺はベァナがいないと標準語はからっきしだからな」
今までベァナの好意に甘えてばかりだったが、彼女の役に立てるよう、俺は俺の得意な分野で貢献していくつもりだ。
「ところでメアラ、古代語の学習を進めていてふと思ったんだが、一般的な分類とは違う体系で書かれている魔法があるようなのだが」
「そうなんですよ。分類法は何種類かあるのですが、現代では一般的に共通魔法、詠唱魔法という大分類があって、詠唱魔法の中にまた精霊魔法、精神魔法、武装魔法、英知魔法という感じで分けているようです」
ブリジットさんに聞いた内容とほぼ同じだが……
「英知魔法というのだけ初耳なのだが、それは?」
「この分類がちょっと特殊で、基本的には魔法協会内でのみ使われる魔法の事を指すのですが……でも中にはそうでない魔法もあるのです」
「そうでない魔法とは、どういう魔法なのだ?」
「例えばディテクトスピリタスと言う魔法があるのですが、これは人が持つ大体のマナ量がわかる魔法です」
「精霊さんが見えるの!?」
信心深いベァナが真っ先に興味を示す。
「精霊が見えるというよりは、精霊とマナによる反応が視覚化される魔法ですね。師匠によると精霊っていうのはどんな場所にも必ず存在していて、人が持つマナと常に反応しているそうなのです。反応自体は普段は見えないのですが、その魔法を使えば視覚化出来るようです」
「それで、マナ量が多いと反応も多いので、明るく沢山見えると?」
「はいそうです」
「それ、やってみたい!」
ベァナに限らず俺も興味がある。
何しろ今まで全くどんなものなのか想像も出来なかったマナについて、視覚情報として見えるのだ。
実際にはマナ自体では無いようだが。
「そうですね……あっそうか!」
「どうしたメアラ?」
「いえ。ディテクトスピリタスって一般的には難易度2の英知魔法ってなっているんですけど、師匠の分類だと難易度3の共通魔法だって仰ってるんです。それを今日この場で証明出来るかもと思って」
「そうか……俺とベァナは共通のフローティングウィスプを使えるので難易度2までの習得は確実。しかし英知魔法は使ってないので、難易度3で成功する事は無い」
「そうです!」
「なるほど。しかしベァナはともかくとしても、俺は当てにならんぞ。何しろ自分が風魔法を使える事すら覚えていなかったのだ。英知魔法も使っていたかもしれん」
「その場合はその後、初級の英知魔法を使ってみましょう! 発動まで時間がかかるようなら多分、それが初回なので確定します!」
「そうだな。その方法なら場合によっては確定だな。是非教えて欲しい」
メアラはなかなか利発だ。
これでまだ成長途中なのだから、エルフの魔法使いって最強になるのでは?
「わかりました。まず注意点なのですが、ディテクトスピリタスは相手にかける魔法ではありません。実は自分の視覚認知力を上げる魔法なんです。ですので魔法を使っても術者以外の人には何も見えません。またそういう性質があるので、使う時は必ず相手に了承を取ってくださいね」
「了解だ。それじゃ俺がベァナ、ベァナがメアラ、メアラは俺に使う感じでやってみるか。その次に逆回りで唱えれば比較出来るしな」
俺がそう提案すると、メアラは少し困ったような表情になった。
何か都合が悪いのだろうか。
「えーと先にお話ししておきますが……エルフは基本的に人よりマナ量が少ないです」
「そうなのか? それは意外だ。逆に多いのかと思っていたぞ」
「それが何故なのかは詳しく分かっていないのですが、言い伝えではエルフはマナを寿命を延ばすのに使用しているからだと」
確かにそういった理由でも無いと、エルフだけ長寿である説明が付かない。
「そう言われると一理あるかもな。それで……なぜそんな話を?」
「マナ量があまりに少なくて、笑われちゃうかもって……」
「そんなもの背が高いとか低いとかと同じようなものだろう。笑う奴のほうがおかしいと思うが」
「そうですか! そう言っていただけて少し安心しました……」
魔法使いを志す者としては、多少コンプレックスがあったのかも知れない。
「それでは始めましょう! まず魔法イメージなのですが、埃《ほこり》よりも小さな虫が、そこら中に浮いているイメージで唱えてください」
「えっ……それなんか気持ち悪い……」
完全にベァナに同意だ。
「そうですか?……でしたら、埃より小さい精霊さんが宙を舞ってるイメージでも大丈夫です。とにかく埃より小さくて、それらが何かの動作、仕事をしているイメージだそうです」
そのイメージは細菌やウィルスを彷彿とさせる。
俺はより小さい方の、ウィルスが漂うイメージで行く事にした。
電子顕微鏡の写真でしか見た事無いけれども。
「それでは相手に掌を向けてください。詠唱します」
── ᛗᛋᛁᚾ ᛞᛖ ᛟᛈᛏ ᛚᚨ ᛈᛚᛁᚷ ᚨᛚ ᚳᛁ ──
今まで聞いた魔法とは、かなり異なる単語の並びだ。
古代語の勉強をしているおかげで、その程度の差異は気付けるようになっていた。
あとは更に単語数を増やし、文法的なもの、規則性を見つけ出せれば。
俺もメアラに倣い、呪文を詠唱する。
暫《しばら》くすると、ベァナの体の周りが光り始めた。
それらは一瞬光ったと思うとすぐに消えていき、またすぐにどこか他の場所で同様に光り、そして消えて行った。
見た目としてはダイヤモンドダストの光を強めて、その数を何十倍にもしたような印象だ。
かなり明るく感じる。
それはとても綺麗な光で暫くの間ベァナの姿を眺めていた。
その為か、すぐには気付かなかった。
横で俺の姿を見ていたメアラが、手を目の前にかざしながら驚いている。
「そんな……信じられないです……」
「メアちゃんどうしたの?」
「ヒースさんのマナ量が……師匠の倍近くあります」
「ティネさんよりもマナ量が多いって事!?」
「そういう事です」
なんてことだ。
魔法を使う前、メアラはあれだけ自分のマナ量について気にしていたのに……
すまんメアラ。
こればっかりは不可抗力だ
「あんな事言っておいて……なんか申し訳ない」
「いえ、いいんです。なんか師匠が以前言っていた意味が今わかった気がします」
「何て言っていたんだ?」
「師匠曰く、『マナ量の多い若い男性を見つけたら確保しとけよ! 研究をするのに役に立つからな!』だそうです」
ツッコミどころの多い、不穏な言葉。
「聞くのが怖いが……一応聞いておこう。その意味とは?」
「設置型魔法や召喚魔法はマナを大量消費するので、異性をマナタンクにすると」
「マナタンクってなんだよ!! というかなぜ若い男性限定!?」
「えっとそれはですね、マナ補給をする時に男女でまぐ」
「わぁわぁわぁわぁっ!!!!」
ベァナが突然大声を上げて間に入って来た。
どうした!?
「そろそろ相手を変えてっ! もう一回詠唱してみましょう! ねっ!?」
「ああ……そうだな?」
さっきの話は多分、ベァナがニーヴにディスインフェクトを使用した時と同じ状況なのだろう。
難易度の高い魔法はマナを大量消費する。
だからマナ共有する人が必要だ。
しかし……
なぜ男性限定!?
そうこうしているうちに二度目の詠唱を終え、互いのマナ量を確認した。
三人の話をまとめると、ベァナはメアラの倍くらいで、ティネにちょっと及ばない程度のマナ量だったようだ。
俺はベァナの丁度倍くらいの量らしい。
ティネによると、ティネ自身よりもマナ量の多い人間は二人しか会った事がなかったそうだ。一人はフェンブル魔法大隊の隊長、そしてもう一人はどこかの国の王妃だったらしい。
「つまり、俺はかなりレアな存在と」
「はい。師匠もそうですが、気を付けたほうが良いと思いますよ。特に女性魔導士には!」
そう言いつつ、メアラはジト目で俺をじっと見つめてくる。
あの……
キミは男の子だからね?
「あれ……鐘の音が聞こえないですか?」
メアラの言葉で耳を澄ます。
「確かに聞こえる。何かあったなこれは」
取り急ぎ武器を持って外に出る。
大通りのほうが騒がしい。
「ちょっと様子を見て来る」
「私も行きます!」
結局全員で騒ぎの原因を調べに行くことに。
大通りに出ると、丁度町の衛兵が西門のほうに走っていく所だった。
衛兵に声を掛ける。
「急いでる所すまん。何があった!?」
「ああ、なんでも町の外にゴブリンの集団が現れたと」
「本当か!?数はどれくらいだ?」
「詳しくは分からないが、デカいのが数匹混じっていて全く歯が立たないらしい」
巨大なゴブリンと言ったら……
「ヒースさん、それって」
「ああ、多分ホブゴブリンだろう。数は少ないが、この町は奴等を迎撃する為の準備はしていない。それに西にはあの娘達が……」
西にはカルロの農場がある。
そして奴隷達は当然、丸腰だ。
ホブゴブリンどころか、ゴブリン相手でもまともに戦う事は出来ないだろう。
「急ごう!」
俺達は速足で西門に向かった。
逆に俺はと言うと、彼らの準備待ちの状態にある。
おかげで久々にたっぷりと時間が取れた。
やりたい事は沢山あったのだが……
俺はその貴重な時間を、古代語学習に充てる事にした。
何しろこの町には、東方地域で最も優秀だと言われる魔導士の工房がある。
「というわけで今日もまたお邪魔する。すまないな」
「いえいえ。一人でいるより楽しいですので大歓迎ですよ!」
工房主は学術調査で出払っているが、ここにはその一番弟子が住んでいるのだ。
魔法初心者の俺にとってはむしろ都合が良い。
メアラの同門であるベァナも一緒だ。
彼女は数年間の穴を埋めるため、専門書を読むなどしていた。
「そう言えばメアラは水と風が使えるんだったよな」
「はい。でも火と土が使えないんです。師匠が言うには、ボクは火と土のイメージが湧かないんじゃないかって」
ティネの言葉からすると、使える可能性はあるという事だろう。
「ベァナはティネさんから何か言われた事無いか?」
「私は……むやみやたらと詠唱するな、って言われました……」
少し悲し気な顔をするベァナ。
「うーん……メアラ。ティネさんのその言葉はどういう意味かわかるか?」
「えーと、師匠もまだまとめられて無いようなのですが、どうも魔法って一度使えなくなっても何かのきっかけで復活するとかいう話を」
魔法が使えなくなるのはブリジットさんが言っていたマナの過剰使用の事だろう。
しかしそれが復活する……
「復活と言うのはどういう状況なんだろう?」
「とても昔の文献に、火の魔法を封印された魔術師が、魔法を使わず五年間禁欲生活を送っていたら、封印が解除されたって話が書いてあったらしいです。これも師匠が見つけてきたお話なのですが……」
五年間か。しかし禁欲生活の内容がわからない。
しかもそういった話は他には全く聞かないようなので、ガセの可能性もある。
とにかくこの件に関しては情報が少ない。
また何かの機会に役に立つかもしれないが……
一旦保留だ。
古代語で書かれた書物から文字を書き写し、日本語でメモを取っていく。
「しかしヒースさん、古代語覚えるの早いですね!」
「うーん、どうだろうね。ただなんというか、俺の記憶に残っている言葉になんとなく仕組みが似ているんだ」
古代語というのは、神代に使われていたと言われた言語である。
古代のものと聞き、俺も相当難しいものだと覚悟していたのだが……
「特に基本文字の組み合わせと発音が、俺が知っていた言葉にかなり近い」
「そうなんですか!?それはすごいですね」
古代語で使われている文字は俺が調べただけで30以上の種類があったが、実際に頻繁に使われるのは28文字程度だ。
そして詠唱時の発音がほぼローマ字のように対応している。
「だからむしろ標準語よりも覚えやすくてね。あと古代語って今では魔法の使用に限定されているからか、単語数が圧倒的に少ないので調べやすいんだ」
「ヒースさん、ある程度覚えられたら私にも教えてくださいね!」
「もちろんだ。何しろ俺はベァナがいないと標準語はからっきしだからな」
今までベァナの好意に甘えてばかりだったが、彼女の役に立てるよう、俺は俺の得意な分野で貢献していくつもりだ。
「ところでメアラ、古代語の学習を進めていてふと思ったんだが、一般的な分類とは違う体系で書かれている魔法があるようなのだが」
「そうなんですよ。分類法は何種類かあるのですが、現代では一般的に共通魔法、詠唱魔法という大分類があって、詠唱魔法の中にまた精霊魔法、精神魔法、武装魔法、英知魔法という感じで分けているようです」
ブリジットさんに聞いた内容とほぼ同じだが……
「英知魔法というのだけ初耳なのだが、それは?」
「この分類がちょっと特殊で、基本的には魔法協会内でのみ使われる魔法の事を指すのですが……でも中にはそうでない魔法もあるのです」
「そうでない魔法とは、どういう魔法なのだ?」
「例えばディテクトスピリタスと言う魔法があるのですが、これは人が持つ大体のマナ量がわかる魔法です」
「精霊さんが見えるの!?」
信心深いベァナが真っ先に興味を示す。
「精霊が見えるというよりは、精霊とマナによる反応が視覚化される魔法ですね。師匠によると精霊っていうのはどんな場所にも必ず存在していて、人が持つマナと常に反応しているそうなのです。反応自体は普段は見えないのですが、その魔法を使えば視覚化出来るようです」
「それで、マナ量が多いと反応も多いので、明るく沢山見えると?」
「はいそうです」
「それ、やってみたい!」
ベァナに限らず俺も興味がある。
何しろ今まで全くどんなものなのか想像も出来なかったマナについて、視覚情報として見えるのだ。
実際にはマナ自体では無いようだが。
「そうですね……あっそうか!」
「どうしたメアラ?」
「いえ。ディテクトスピリタスって一般的には難易度2の英知魔法ってなっているんですけど、師匠の分類だと難易度3の共通魔法だって仰ってるんです。それを今日この場で証明出来るかもと思って」
「そうか……俺とベァナは共通のフローティングウィスプを使えるので難易度2までの習得は確実。しかし英知魔法は使ってないので、難易度3で成功する事は無い」
「そうです!」
「なるほど。しかしベァナはともかくとしても、俺は当てにならんぞ。何しろ自分が風魔法を使える事すら覚えていなかったのだ。英知魔法も使っていたかもしれん」
「その場合はその後、初級の英知魔法を使ってみましょう! 発動まで時間がかかるようなら多分、それが初回なので確定します!」
「そうだな。その方法なら場合によっては確定だな。是非教えて欲しい」
メアラはなかなか利発だ。
これでまだ成長途中なのだから、エルフの魔法使いって最強になるのでは?
「わかりました。まず注意点なのですが、ディテクトスピリタスは相手にかける魔法ではありません。実は自分の視覚認知力を上げる魔法なんです。ですので魔法を使っても術者以外の人には何も見えません。またそういう性質があるので、使う時は必ず相手に了承を取ってくださいね」
「了解だ。それじゃ俺がベァナ、ベァナがメアラ、メアラは俺に使う感じでやってみるか。その次に逆回りで唱えれば比較出来るしな」
俺がそう提案すると、メアラは少し困ったような表情になった。
何か都合が悪いのだろうか。
「えーと先にお話ししておきますが……エルフは基本的に人よりマナ量が少ないです」
「そうなのか? それは意外だ。逆に多いのかと思っていたぞ」
「それが何故なのかは詳しく分かっていないのですが、言い伝えではエルフはマナを寿命を延ばすのに使用しているからだと」
確かにそういった理由でも無いと、エルフだけ長寿である説明が付かない。
「そう言われると一理あるかもな。それで……なぜそんな話を?」
「マナ量があまりに少なくて、笑われちゃうかもって……」
「そんなもの背が高いとか低いとかと同じようなものだろう。笑う奴のほうがおかしいと思うが」
「そうですか! そう言っていただけて少し安心しました……」
魔法使いを志す者としては、多少コンプレックスがあったのかも知れない。
「それでは始めましょう! まず魔法イメージなのですが、埃《ほこり》よりも小さな虫が、そこら中に浮いているイメージで唱えてください」
「えっ……それなんか気持ち悪い……」
完全にベァナに同意だ。
「そうですか?……でしたら、埃より小さい精霊さんが宙を舞ってるイメージでも大丈夫です。とにかく埃より小さくて、それらが何かの動作、仕事をしているイメージだそうです」
そのイメージは細菌やウィルスを彷彿とさせる。
俺はより小さい方の、ウィルスが漂うイメージで行く事にした。
電子顕微鏡の写真でしか見た事無いけれども。
「それでは相手に掌を向けてください。詠唱します」
── ᛗᛋᛁᚾ ᛞᛖ ᛟᛈᛏ ᛚᚨ ᛈᛚᛁᚷ ᚨᛚ ᚳᛁ ──
今まで聞いた魔法とは、かなり異なる単語の並びだ。
古代語の勉強をしているおかげで、その程度の差異は気付けるようになっていた。
あとは更に単語数を増やし、文法的なもの、規則性を見つけ出せれば。
俺もメアラに倣い、呪文を詠唱する。
暫《しばら》くすると、ベァナの体の周りが光り始めた。
それらは一瞬光ったと思うとすぐに消えていき、またすぐにどこか他の場所で同様に光り、そして消えて行った。
見た目としてはダイヤモンドダストの光を強めて、その数を何十倍にもしたような印象だ。
かなり明るく感じる。
それはとても綺麗な光で暫くの間ベァナの姿を眺めていた。
その為か、すぐには気付かなかった。
横で俺の姿を見ていたメアラが、手を目の前にかざしながら驚いている。
「そんな……信じられないです……」
「メアちゃんどうしたの?」
「ヒースさんのマナ量が……師匠の倍近くあります」
「ティネさんよりもマナ量が多いって事!?」
「そういう事です」
なんてことだ。
魔法を使う前、メアラはあれだけ自分のマナ量について気にしていたのに……
すまんメアラ。
こればっかりは不可抗力だ
「あんな事言っておいて……なんか申し訳ない」
「いえ、いいんです。なんか師匠が以前言っていた意味が今わかった気がします」
「何て言っていたんだ?」
「師匠曰く、『マナ量の多い若い男性を見つけたら確保しとけよ! 研究をするのに役に立つからな!』だそうです」
ツッコミどころの多い、不穏な言葉。
「聞くのが怖いが……一応聞いておこう。その意味とは?」
「設置型魔法や召喚魔法はマナを大量消費するので、異性をマナタンクにすると」
「マナタンクってなんだよ!! というかなぜ若い男性限定!?」
「えっとそれはですね、マナ補給をする時に男女でまぐ」
「わぁわぁわぁわぁっ!!!!」
ベァナが突然大声を上げて間に入って来た。
どうした!?
「そろそろ相手を変えてっ! もう一回詠唱してみましょう! ねっ!?」
「ああ……そうだな?」
さっきの話は多分、ベァナがニーヴにディスインフェクトを使用した時と同じ状況なのだろう。
難易度の高い魔法はマナを大量消費する。
だからマナ共有する人が必要だ。
しかし……
なぜ男性限定!?
そうこうしているうちに二度目の詠唱を終え、互いのマナ量を確認した。
三人の話をまとめると、ベァナはメアラの倍くらいで、ティネにちょっと及ばない程度のマナ量だったようだ。
俺はベァナの丁度倍くらいの量らしい。
ティネによると、ティネ自身よりもマナ量の多い人間は二人しか会った事がなかったそうだ。一人はフェンブル魔法大隊の隊長、そしてもう一人はどこかの国の王妃だったらしい。
「つまり、俺はかなりレアな存在と」
「はい。師匠もそうですが、気を付けたほうが良いと思いますよ。特に女性魔導士には!」
そう言いつつ、メアラはジト目で俺をじっと見つめてくる。
あの……
キミは男の子だからね?
「あれ……鐘の音が聞こえないですか?」
メアラの言葉で耳を澄ます。
「確かに聞こえる。何かあったなこれは」
取り急ぎ武器を持って外に出る。
大通りのほうが騒がしい。
「ちょっと様子を見て来る」
「私も行きます!」
結局全員で騒ぎの原因を調べに行くことに。
大通りに出ると、丁度町の衛兵が西門のほうに走っていく所だった。
衛兵に声を掛ける。
「急いでる所すまん。何があった!?」
「ああ、なんでも町の外にゴブリンの集団が現れたと」
「本当か!?数はどれくらいだ?」
「詳しくは分からないが、デカいのが数匹混じっていて全く歯が立たないらしい」
巨大なゴブリンと言ったら……
「ヒースさん、それって」
「ああ、多分ホブゴブリンだろう。数は少ないが、この町は奴等を迎撃する為の準備はしていない。それに西にはあの娘達が……」
西にはカルロの農場がある。
そして奴隷達は当然、丸腰だ。
ホブゴブリンどころか、ゴブリン相手でもまともに戦う事は出来ないだろう。
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