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第二章
経緯《いきさつ》
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「管理者ではない!?」
「はい。表向き私が奴隷達の世話をしていますが、私は管理者ではありません」
昏睡状態から回復した彼は、自分の置かれている状況を少しずつ話し始めた。
あまり大人数だとプレッシャーになるかも知れないと考え、ここには俺とブレットの二人だけしかいない。
ベァナとメアラには他の衛兵達の救護に当たって貰っていた。
「勤め始めた頃のカルロさんの農場は、それは和気藹々とした、とても和やかな農場でした」
「その事は俺もアーネストさんから聞いている」
「アーネスト……ああ、北の農場ですか。とても雰囲気の良い農場ですね。かつては正にあんな農場だったのですよ、うちの農場も」
ぽつりぽつりと身の上話をする彼は、以前会った時とは全くの別人だった。
彼の目に狂気の光は宿っていない。
今の姿こそ、彼本来の姿なのだろう。
「ただ私が農場で働き出していた頃には、既に手遅れだったのかも知れません」
「手遅れとは?」
「カルロさんは魔神信仰集団の奴等に騙されたのです。もっと多くの奴隷を開放したいという気持ちに付け入られて」
「もしかして……芥子か?」
ブレットは少し驚きながらも、半ば諦めたような表情で頷いた。
「奴隷達を開放したいって、カルロさん一家も節約しながら一緒になって働いてくれていたのです。でもある日、見慣れない商人から芥子の栽培を持ち掛けられ、それを受け入れました。とてもお金になるからって」
「芥子が何に使われるかを知っていたのか?」
「そもそも芥子という作物の事すら、誰も知りませんでした。人の良いカルロさんは何も疑わずに栽培を始めて、本当に多くの収入が得られて喜んでいました。もちろん売るのはダンケルドの市場ではないですよ。誰も買い手がいませんからね」
ベンですら知らなかった作物だ。
一般的な社会の中では、その市場自体が存在しないだろう。
「栽培を持ち掛けた商人のグループが買い取っていたのですが、あまりに業績が良いので従業員を増やしたのですよ。その商人たちの伝手を使って」
「そいつらって、まさか」
「はい。その男達が魔神信奉者一味だったのです。実際に大きな収入があったので疑わなかったのだと思いますが、そいつらは普通の従業員として数か月働いた後……」
ブレットは口を真一文字に結ぶ。
「カルロさんの奥さんと娘さんを拉致し、召喚儀式の生贄にしたのです」
工房にあった書物に精神魔法の記述が一部あった。
魔神信仰者達の儀式は凄惨で、もはや人の所業ではない。
「奥さんと娘さんを同時に亡くしたカルロさんは、暫く誰とも話をしませんでした。ところがある日マラスという魔術師が現れ、ある物を持ってきたのです」
「もしかして……それは首輪ではないか?」
「そうです。後で知ったのですが、それは『縛呪の首輪』というものでした」
芥子を栽培させていたのは、間違いなくそれを作るためだろう。
「冷静に考えれば絶対に怪しかったのですが、首輪の効果が『主人を絶対に裏切らない』というものだったのです。まともな思考が出来なくなっていたカルロさんは魔術師に言われるがまま、首輪を受け取りました」
「弱みに付け込むとは卑劣な……」
「事件を起こしたのが男達だったので、魔術師の勧めもあり男性従業員は自分も含め全員解雇」
「解雇? ブレットさんは従業員では無いと?」
「はい。簡単に言えば……ボランティアですかね。魔術師が管理者全員に枷をはめたせいで、彼女達は外に出れなくなってしまったのです。一体誰が奴隷達の面倒を見ると言うのでしょう?」
主は、そんな判断すら出来なくなっていたという事か……
「管理者達は誰も拒否しなかったのか?」
「それまで家族同然に扱ってきてくれた主ですからね。そもそも裏切ろうなんて従業員は一人もいなかったんです。それにその首輪がどんなものか誰も知りませんでしたから、主の気持ちがそれで落ち着くならと……」
きっと経営者と従業員の間に強い絆があったのだろう。
それ故、そこを付け込まれた。
しかしメアラに教えて貰った所によると、『縛呪』は術者の意志に背かないための魔法との事だが……
「主のカルロが善人なのだから、理不尽な命令などしないのではないか?」
「はい。カルロさんは何も命令をしませんでした。何も」
彼は悲しそうに目を伏せる。
「そしてついには……何も命令出来なくなってしまいました」
「いったいどういう事だ?」
「そもそもカルロさんは魔法を使えません……ですから縛呪なんか……使えないのです……そこでマラスという魔術師は別の手段……を使って従業員を隷属……させました」
「別の手段?」
「はい……魔法協会でカルロさんと従業員とで専属契約を……マラスは専属契約の主従関係を利用して……ばくじゅの効果をはっきさ……せると……」
ブレットの様子が少しおかしい。
「そして……そして……その結果が……あぁ……ぅうわぁぁっ!!!」
彼は悲しみとも恐怖とも取れる表情で目を見開き、頭を抱えて叫んだ。
「あんな……あんな事は……誰も望んでなんて無かった!!」
何か大変な事情がありそうだ。
俺はそれ以上何も聞かず、暫くの間見守っていた。
◆ ◇ ◇
大分落ち着きを見せた彼は、自ら再び語り始めた。
「……問題は専属契約です。それを解除したいのです」
「治癒魔法の解呪を使うのはだめなのか?」
「魔術師が術を使った後に言っていたのです。専属契約を結んでいる間に無理やり解呪を行おうとすると……隷属者の命は無いぞ、と」
マラスが使った縛呪は、協会の専属契約を利用しているという話だ。
正直そんな怪しい魔術師のいう事を100%信用出来るわけではないが、解除させないために何らかの対策を打っているというのは十分考えられる。
しかし使用した魔法の詳細は分からないにしても、魔法協会のシステム自体の改変については、一介の魔術師などに出来ない事は明白だ。
そんな事が可能なら、魔法協会の存続自体が危うくなる。
専属契約の解除については、他の魔法とは関係なく独立して機能しているだろう。
となると……
「ブレットさん、そのマラスという魔術師はいつもカルロの館に居るのか?」
「いえ。芥子の播種が始まる前と、樹脂の収穫あたりにしか来ません」
「芥子の播種というと……そろそろじゃないか?」
「そうです。秋分の日の一週間くらい前ですので、来週あたりでしょうか」
「そうか。そうしたらブレットさんに頼みがあるのだ。実はな……」
俺はブレットに問題を解決するための、いくつかの指示を出した。
彼は話の端々で驚いた様子を見せ、暫く話を聞いていた。
そして話が終わると彼は涙ぐみ、俺に礼を告げるのだった。
「はい。表向き私が奴隷達の世話をしていますが、私は管理者ではありません」
昏睡状態から回復した彼は、自分の置かれている状況を少しずつ話し始めた。
あまり大人数だとプレッシャーになるかも知れないと考え、ここには俺とブレットの二人だけしかいない。
ベァナとメアラには他の衛兵達の救護に当たって貰っていた。
「勤め始めた頃のカルロさんの農場は、それは和気藹々とした、とても和やかな農場でした」
「その事は俺もアーネストさんから聞いている」
「アーネスト……ああ、北の農場ですか。とても雰囲気の良い農場ですね。かつては正にあんな農場だったのですよ、うちの農場も」
ぽつりぽつりと身の上話をする彼は、以前会った時とは全くの別人だった。
彼の目に狂気の光は宿っていない。
今の姿こそ、彼本来の姿なのだろう。
「ただ私が農場で働き出していた頃には、既に手遅れだったのかも知れません」
「手遅れとは?」
「カルロさんは魔神信仰集団の奴等に騙されたのです。もっと多くの奴隷を開放したいという気持ちに付け入られて」
「もしかして……芥子か?」
ブレットは少し驚きながらも、半ば諦めたような表情で頷いた。
「奴隷達を開放したいって、カルロさん一家も節約しながら一緒になって働いてくれていたのです。でもある日、見慣れない商人から芥子の栽培を持ち掛けられ、それを受け入れました。とてもお金になるからって」
「芥子が何に使われるかを知っていたのか?」
「そもそも芥子という作物の事すら、誰も知りませんでした。人の良いカルロさんは何も疑わずに栽培を始めて、本当に多くの収入が得られて喜んでいました。もちろん売るのはダンケルドの市場ではないですよ。誰も買い手がいませんからね」
ベンですら知らなかった作物だ。
一般的な社会の中では、その市場自体が存在しないだろう。
「栽培を持ち掛けた商人のグループが買い取っていたのですが、あまりに業績が良いので従業員を増やしたのですよ。その商人たちの伝手を使って」
「そいつらって、まさか」
「はい。その男達が魔神信奉者一味だったのです。実際に大きな収入があったので疑わなかったのだと思いますが、そいつらは普通の従業員として数か月働いた後……」
ブレットは口を真一文字に結ぶ。
「カルロさんの奥さんと娘さんを拉致し、召喚儀式の生贄にしたのです」
工房にあった書物に精神魔法の記述が一部あった。
魔神信仰者達の儀式は凄惨で、もはや人の所業ではない。
「奥さんと娘さんを同時に亡くしたカルロさんは、暫く誰とも話をしませんでした。ところがある日マラスという魔術師が現れ、ある物を持ってきたのです」
「もしかして……それは首輪ではないか?」
「そうです。後で知ったのですが、それは『縛呪の首輪』というものでした」
芥子を栽培させていたのは、間違いなくそれを作るためだろう。
「冷静に考えれば絶対に怪しかったのですが、首輪の効果が『主人を絶対に裏切らない』というものだったのです。まともな思考が出来なくなっていたカルロさんは魔術師に言われるがまま、首輪を受け取りました」
「弱みに付け込むとは卑劣な……」
「事件を起こしたのが男達だったので、魔術師の勧めもあり男性従業員は自分も含め全員解雇」
「解雇? ブレットさんは従業員では無いと?」
「はい。簡単に言えば……ボランティアですかね。魔術師が管理者全員に枷をはめたせいで、彼女達は外に出れなくなってしまったのです。一体誰が奴隷達の面倒を見ると言うのでしょう?」
主は、そんな判断すら出来なくなっていたという事か……
「管理者達は誰も拒否しなかったのか?」
「それまで家族同然に扱ってきてくれた主ですからね。そもそも裏切ろうなんて従業員は一人もいなかったんです。それにその首輪がどんなものか誰も知りませんでしたから、主の気持ちがそれで落ち着くならと……」
きっと経営者と従業員の間に強い絆があったのだろう。
それ故、そこを付け込まれた。
しかしメアラに教えて貰った所によると、『縛呪』は術者の意志に背かないための魔法との事だが……
「主のカルロが善人なのだから、理不尽な命令などしないのではないか?」
「はい。カルロさんは何も命令をしませんでした。何も」
彼は悲しそうに目を伏せる。
「そしてついには……何も命令出来なくなってしまいました」
「いったいどういう事だ?」
「そもそもカルロさんは魔法を使えません……ですから縛呪なんか……使えないのです……そこでマラスという魔術師は別の手段……を使って従業員を隷属……させました」
「別の手段?」
「はい……魔法協会でカルロさんと従業員とで専属契約を……マラスは専属契約の主従関係を利用して……ばくじゅの効果をはっきさ……せると……」
ブレットの様子が少しおかしい。
「そして……そして……その結果が……あぁ……ぅうわぁぁっ!!!」
彼は悲しみとも恐怖とも取れる表情で目を見開き、頭を抱えて叫んだ。
「あんな……あんな事は……誰も望んでなんて無かった!!」
何か大変な事情がありそうだ。
俺はそれ以上何も聞かず、暫くの間見守っていた。
◆ ◇ ◇
大分落ち着きを見せた彼は、自ら再び語り始めた。
「……問題は専属契約です。それを解除したいのです」
「治癒魔法の解呪を使うのはだめなのか?」
「魔術師が術を使った後に言っていたのです。専属契約を結んでいる間に無理やり解呪を行おうとすると……隷属者の命は無いぞ、と」
マラスが使った縛呪は、協会の専属契約を利用しているという話だ。
正直そんな怪しい魔術師のいう事を100%信用出来るわけではないが、解除させないために何らかの対策を打っているというのは十分考えられる。
しかし使用した魔法の詳細は分からないにしても、魔法協会のシステム自体の改変については、一介の魔術師などに出来ない事は明白だ。
そんな事が可能なら、魔法協会の存続自体が危うくなる。
専属契約の解除については、他の魔法とは関係なく独立して機能しているだろう。
となると……
「ブレットさん、そのマラスという魔術師はいつもカルロの館に居るのか?」
「いえ。芥子の播種が始まる前と、樹脂の収穫あたりにしか来ません」
「芥子の播種というと……そろそろじゃないか?」
「そうです。秋分の日の一週間くらい前ですので、来週あたりでしょうか」
「そうか。そうしたらブレットさんに頼みがあるのだ。実はな……」
俺はブレットに問題を解決するための、いくつかの指示を出した。
彼は話の端々で驚いた様子を見せ、暫く話を聞いていた。
そして話が終わると彼は涙ぐみ、俺に礼を告げるのだった。
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