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第三章
休暇
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馬車による旅は想定より時間がかかっているものの、概ね順調だ。
特に二人の娘達は、最近覚えた技術の鍛錬に熱心に打ち込んでいた。
プリムはクロスボウの腕前がかなり上達している。
練習がてら狩りをするようになり、いつの間にか食材調達係のようなポジションに就いていた。
元々は剣を使いたがっていたのだが、今では戦いにも狩りにも使えるクロスボウをかなり気に入っているようだ。
一方ニーヴは、完全に諦めていた精霊魔法が使えるようになった事がよっぽど嬉しかったらしく、時間を見ては呪文詠唱を行っていた。
もちろん苦い経験もしているので、無茶な魔法行使はしない。
そうそう。
何事もほどほどが一番。
根性でなんとかなるなんて、今時流行らないからね!
そんなある日の夕食時。
「ヒース殿、折り入って頼みがある」
「セレナから頼み事なんて珍しいな。どうした?」
「実は私とした事が、剣の手入れ道具一式を実家に置いてきてしまってな。近くの町で手に入れたいのだ。馬を貸してほしい」
「貸すも何も、そもそもこの馬車は君の家で所有しているものだ。借りているのは俺の方だから構わないが……あまり長くかかるようだと少し困るかな」
ダンケルドを出て十日ほど。
この調子だと、トレバーまでは最低でも更に一週間はかかりそうだ。
「実は今日通り過ぎた三叉路を南に向かうと、半日程度の距離にカークトンという町があるのだ。単騎で行けばその日のうちに戻れる」
「そうなのか。半日くらいだったら、みんな一緒に馬車で向かうのはどうだ?」
この先の途中に小さな村があるので、そこで一泊する予定だった。
全員目的地は一緒なのだから、少し予定を変更しても問題は無いはずだが。
俺の提案に最も反応したのが二人の娘達。
特にプリムはダンケルド以外の町を今まで見たことが無いのだ。
明らかに目がキラキラしている。
しかし……
「いや、それは止めたほうが良い」
「何かあるのか?」
「カークトンはこの辺りの領主であるヘイデン・ザウロー男爵が直接治める町だ。ヒ-ス殿の話は間違いなく領主にも伝わっているし、彼はシュヘイム団長を毛嫌いしている」
「そうなのか? そう言えばザウロー家については、あまり良い話を聞かないな」
「あそこのボンクラ領主は自分の気に入らない者に難癖を付け、嫌がらせをするか舎弟にしようとするのだ。ヒース殿は目立つし、かなり巻き込まれ易い体質だろう?」
俺の容姿が目立つのは、既に何度か身を以て理解した。
それが良い方向に働く時もあるし、悪い方向に働く事もある。
しかし巻き込まれ易いって、どんな体質だよ……
「ああ。悪い意味で言っているのではなく、騒動を放置出来ないタイプって事だ」
「まぁ自覚はある。しかしその状況では、確かに大勢で行くのは問題か」
「私は何度か訪れた事のある町なので土地勘もあるし、用事が済んだらさっさと戻るつもりだ。私なら自らの身を守れるし、むしろ一人のほうが都合が良い」
「そうだな。そう言う意味ではセレナ一人のほうが良いかもな」
花がしおれるかように気を落とす娘二人。
うーむ。
俺が馬車で町に寄ろうなんて言ったものだから、余計な期待をさせてしまったか。
少しフォローしておこう。
「セレナ。もし売っていたらでいいんだが、米を挽いた粉があったら買ってきて欲しい。出来ればもち米を挽いたものがいいな」
「もち米? ああ、粘り気のある米の事だな。その種の米なら、うちの実家でも扱っていた覚えがある。多分手に入るはずだ。何しろカークトンはザウロー男爵領の中心都市だからな」
「おお、それは良かった。頼めるか?」
「承った。それでは明日の早朝に出発させていただこう」
セレナの買出しが決まった様子を見て、ベァナがおずおずと尋ねる。
「セレナさんすみません。実は私の方からもいくつか頼みたいものが……」
「ふむふむ……なるほど、それは入用だな。承知した」
「そうですか! ありがとうございます」
ベァナに任せてあった日用品等の件だろう。
細かな所までしっかり把握してくれるので、仲間全員非常に助かっている。
買出しする食材に興味があるのか、ニーヴがその用途を訊ねる。
「お米の粉を使って何か作るのですか?」
「ああ、ちょっとな。旅の道中だと、どうしてもいつも似たような食事になって飽きるだろう?」
「わたしは町に居た時より豪華な食事で大変感謝しております。プリムちゃんもそう思うよね?」
「とてもおいしーですー!」
俺は彼女達の元気な姿を見ているせいで、すっかり失念していた。
二人の娘は食べられるだけで幸い、という暮らしを今まで強いられて来たのだ。
そんな彼女達が普通の食事に文句を付けるはずもない。
「セレナとベァナはどう思う?」
「私は師匠から『飽食は精神を堕落させる』と教わっている故、むしろもっと質素でも良いと思っているぞ」
修行僧かっ!
セレナから和のテイストを強く感じるのは、師匠の影響かも知れないな。
「私も特に不満は無いのですが、やはり保存できる食材で調理しますので、毎日似たような献立になってしまいますよね」
ベァナが俺の気持ちを汲んでくれた。
さすがはベァナ、ありがとうっ!
これで話を進められる。
「そうなんだよ! それで俺の記憶にある、故郷のお菓子でも作ろうかと」
「おかし!!」
真っ先に反応したのがプリムだ。
元お嬢様であるニーヴと違い、プリムは俺達がプレゼントしたビスケットが初めてのお菓子だったらしい。
あの時のおいしさが忘れられないようで、食べたいものを聞くとプリムは必ず「ビスケットです」と答える。
旅立つ前に少しだけ仕入れておいたのだが、おやつの時間に毎回食べていたせいで、既に品切れ状態だ。
「まぁお菓子と言っても、この辺の地域で作られるようなものでは無い。だから味は保証出来んぞ?」
「それってヒースさんオリジナルの新商品って事ですよね!? むしろとても期待しちゃうんですが!」
いつも言っている通り、俺の発明では無いのだが……
この地域に存在するものでは無いので、確かに新種のお菓子だとは思う。
二人の娘達も喜んでいるようで良かった。
あとは米粉が無事に入手出来るのを祈るばかりだ。
◆ ◇ ◇
翌日の早朝。
セレナは積んであった鞍を馬に取り付け、町に向けて出発した。
残った仲間達は街道から少し離れた草地に移動しキャンプを張る。
一日で戻れるとセレナは言っていたが、移動だけで半日かかる距離らしい。
あまり急ぐと、馬が潰れてしまう可能性もある。
もう一日余分にかかっても構わないので、無理はしないよう伝えている。
というわけで……
図らずも丸一日の自由時間が出来た。
午前中は各自、自分がしたい訓練をして過ごす。
しかしさすがに戦闘訓練ばかりでは可哀そうに思い、遅めの昼食の後、ベァナに頼んで娘二人を野草採取に連れ出してもらう事にした。
一応学習の一環なのだが、名目上は今晩の食材探しという事にしてある。
娘達は決して勉強嫌いなわけでは無いが、やはり自分達が食べるものを探すとなると気合の入り方が違うようだ。
二人とも『必ずおいしい食材見つけます!』と宣言して、探索に向かった。
頼もしい限りだが、見つからなくても飢える事なんて無い。
気負いだけはしないで楽しんで欲しい所だ。
◇ ◆ ◇
久々に一人になった俺は、自身の魔法訓練をする事にした。
── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ──
転移後の俺が、一番初めに行使した風魔法『ブリーズ』
魔法の訓練をする時、この魔法から始めるのが俺のルーティンだ。
別に隠れて練習したかったわけではない。
仲間がいる時は、なるべく彼女達の能力向上を優先するようにしていた。
その為、なかなか自分自身の時間が取れずにいた。
(しかし仲間を守るためには、俺自身の能力向上も不可欠)
剣技についてはセレナの協力で借り物ではない技術が身に付いてきている。
問題は魔法だ。
これほど強大な力、有効利用しない手はない。
ただし魔法そのものへの理解が無ければ、有効的に扱う事が出来ない。
(俺の考察が正しければ、この世界の魔法は単なる物理現象の一つ)
魔法が物理現象の一つだと思うようになったのは、ブリジットさんとの発動イメージの話から得たものが大きい。
水魔法のイメージは『結露』、風魔法のイメージは『大気と熱』に関係していた。
そして俺が土魔法の呪文を解析して分かったイメージが『固体の融解』
長年使えなかった土魔法をメアラが使えるようになったのは、その物理現象を間近で観察出来たからである。
メアラは岩石が高熱で溶ける事実を知らなかった。
エルフ族はそういった環境とは程遠い、森と水に囲まれた土地で暮らしている。
だから岩石が熱で溶ける様子など想像が付かなかったのだろう。
またエルフが一部の精霊魔法、つまり攻撃的な魔法の殆どを捨て去った種族であるという事実も発動出来なかった要因の一つだ。
具体的に言うと、火と土の魔法はエルフには伝わっていないそうだ。
── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ──
メアラから教えて貰った、次の難易度の風魔法『ゲイル』
その日のうちに詠唱してみた所、難なく発動する事が出来た。
初歩の風魔法『ブリーズ』は強めの風を起こす魔法で、攻撃的な力は皆無だ。
範囲は比較的広いが、扇風機の『強』くらいの強さしかない。
風魔法が四大精霊魔法の中で最も疎んじられている理由である。
(難易度2でもこの程度──)
『ゲイル』になると少し移動が難しくなる程度の強さにはなるが、それでもせいぜい足止め程度の威力である。
確かに攻撃魔法としては使えない。
だが俺は発動後、すぐにこの呪文について調べた。
『ブリーズ』と『ゲイル』では、その呪文に《たった一単語の差異》しか無い。
つまりたった一つの単語が増えただけで、効果が上昇するのだ。
魔法の仕組みを解析するに当たって、こんなに都合の良い魔法は無い。
他の精霊魔法の呪文も調べたが、風魔法ほど単純なものは無かった。
道具を有効的に使う為には、その仕組みを知る必要がある。
そしてその仕組みがある程度解明出来たのか?
「まぁやってみればわかるよな……」
それを確かめるべく、俺は「おそらく難易度3の風魔法」を詠唱する。
おそらくというのは、今まで見た書籍に載っていなかったからだ。
つまり自分で組み上げた、オリジナル魔法という事である。
風魔法のイメージを浮かべ、詠唱を始めた。
── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ᛈᛚᛁᚷ ──
仕組みは単純だ。
調べた結果、二番目の単語が『増幅』の意味だったので、最後尾にそれを付け加えただけである。
詠唱直後、反応は全く無い。
ただしこれは想定内。
初回の魔法は、発動までに少し時間がかかる。
実際の時間で言うと……3秒前後だろうか。
と思った直後に魔法が発動した。
これは……
ゲイルより明らかに強い風が吹いていた。
この魔法を受けた人間は、多分まともに立っている事も難しいだろう!
つまり……
攻撃力としては相も変わらず皆無!
改めて風魔法の評価が低い理由を感じる事になった。
しかし俺は今回の結果に満足している。
一つは俺の仮説通りに魔法が発動した事。
既に存在する魔法だったのかも知れないが、俺はその呪文があるのかを知らない。
その状態から自分で組み立て、これを発動させたのだ。
これにはとても大きな意義がある。
もう一つがその効果。
試しに魔法を近くの樹木に向けてみた所、根の張りが浅い植物が根っこごと引き抜かれて飛んで行った。
攻撃性は無いにしても、この力の強さにはあらゆる使い道がある。
現在俺が唯一使える精霊魔法の『風』
この世界での評価は著しく低く、話によると他の魔法を覚えた途端に訓練を辞めてしまうような扱いらしい。
だから風魔法を極める魔法使いなど、全くいないのだそうだ。
という事は……
(風魔法を極めたらどうなるのか、まだ誰も知らない!)
未知のものを探る。
こんなに楽しい事を、人はなぜやらずにいるのだろう?
俺は魔法という分野でも、開拓者魂を発揮するのだった。
特に二人の娘達は、最近覚えた技術の鍛錬に熱心に打ち込んでいた。
プリムはクロスボウの腕前がかなり上達している。
練習がてら狩りをするようになり、いつの間にか食材調達係のようなポジションに就いていた。
元々は剣を使いたがっていたのだが、今では戦いにも狩りにも使えるクロスボウをかなり気に入っているようだ。
一方ニーヴは、完全に諦めていた精霊魔法が使えるようになった事がよっぽど嬉しかったらしく、時間を見ては呪文詠唱を行っていた。
もちろん苦い経験もしているので、無茶な魔法行使はしない。
そうそう。
何事もほどほどが一番。
根性でなんとかなるなんて、今時流行らないからね!
そんなある日の夕食時。
「ヒース殿、折り入って頼みがある」
「セレナから頼み事なんて珍しいな。どうした?」
「実は私とした事が、剣の手入れ道具一式を実家に置いてきてしまってな。近くの町で手に入れたいのだ。馬を貸してほしい」
「貸すも何も、そもそもこの馬車は君の家で所有しているものだ。借りているのは俺の方だから構わないが……あまり長くかかるようだと少し困るかな」
ダンケルドを出て十日ほど。
この調子だと、トレバーまでは最低でも更に一週間はかかりそうだ。
「実は今日通り過ぎた三叉路を南に向かうと、半日程度の距離にカークトンという町があるのだ。単騎で行けばその日のうちに戻れる」
「そうなのか。半日くらいだったら、みんな一緒に馬車で向かうのはどうだ?」
この先の途中に小さな村があるので、そこで一泊する予定だった。
全員目的地は一緒なのだから、少し予定を変更しても問題は無いはずだが。
俺の提案に最も反応したのが二人の娘達。
特にプリムはダンケルド以外の町を今まで見たことが無いのだ。
明らかに目がキラキラしている。
しかし……
「いや、それは止めたほうが良い」
「何かあるのか?」
「カークトンはこの辺りの領主であるヘイデン・ザウロー男爵が直接治める町だ。ヒ-ス殿の話は間違いなく領主にも伝わっているし、彼はシュヘイム団長を毛嫌いしている」
「そうなのか? そう言えばザウロー家については、あまり良い話を聞かないな」
「あそこのボンクラ領主は自分の気に入らない者に難癖を付け、嫌がらせをするか舎弟にしようとするのだ。ヒース殿は目立つし、かなり巻き込まれ易い体質だろう?」
俺の容姿が目立つのは、既に何度か身を以て理解した。
それが良い方向に働く時もあるし、悪い方向に働く事もある。
しかし巻き込まれ易いって、どんな体質だよ……
「ああ。悪い意味で言っているのではなく、騒動を放置出来ないタイプって事だ」
「まぁ自覚はある。しかしその状況では、確かに大勢で行くのは問題か」
「私は何度か訪れた事のある町なので土地勘もあるし、用事が済んだらさっさと戻るつもりだ。私なら自らの身を守れるし、むしろ一人のほうが都合が良い」
「そうだな。そう言う意味ではセレナ一人のほうが良いかもな」
花がしおれるかように気を落とす娘二人。
うーむ。
俺が馬車で町に寄ろうなんて言ったものだから、余計な期待をさせてしまったか。
少しフォローしておこう。
「セレナ。もし売っていたらでいいんだが、米を挽いた粉があったら買ってきて欲しい。出来ればもち米を挽いたものがいいな」
「もち米? ああ、粘り気のある米の事だな。その種の米なら、うちの実家でも扱っていた覚えがある。多分手に入るはずだ。何しろカークトンはザウロー男爵領の中心都市だからな」
「おお、それは良かった。頼めるか?」
「承った。それでは明日の早朝に出発させていただこう」
セレナの買出しが決まった様子を見て、ベァナがおずおずと尋ねる。
「セレナさんすみません。実は私の方からもいくつか頼みたいものが……」
「ふむふむ……なるほど、それは入用だな。承知した」
「そうですか! ありがとうございます」
ベァナに任せてあった日用品等の件だろう。
細かな所までしっかり把握してくれるので、仲間全員非常に助かっている。
買出しする食材に興味があるのか、ニーヴがその用途を訊ねる。
「お米の粉を使って何か作るのですか?」
「ああ、ちょっとな。旅の道中だと、どうしてもいつも似たような食事になって飽きるだろう?」
「わたしは町に居た時より豪華な食事で大変感謝しております。プリムちゃんもそう思うよね?」
「とてもおいしーですー!」
俺は彼女達の元気な姿を見ているせいで、すっかり失念していた。
二人の娘は食べられるだけで幸い、という暮らしを今まで強いられて来たのだ。
そんな彼女達が普通の食事に文句を付けるはずもない。
「セレナとベァナはどう思う?」
「私は師匠から『飽食は精神を堕落させる』と教わっている故、むしろもっと質素でも良いと思っているぞ」
修行僧かっ!
セレナから和のテイストを強く感じるのは、師匠の影響かも知れないな。
「私も特に不満は無いのですが、やはり保存できる食材で調理しますので、毎日似たような献立になってしまいますよね」
ベァナが俺の気持ちを汲んでくれた。
さすがはベァナ、ありがとうっ!
これで話を進められる。
「そうなんだよ! それで俺の記憶にある、故郷のお菓子でも作ろうかと」
「おかし!!」
真っ先に反応したのがプリムだ。
元お嬢様であるニーヴと違い、プリムは俺達がプレゼントしたビスケットが初めてのお菓子だったらしい。
あの時のおいしさが忘れられないようで、食べたいものを聞くとプリムは必ず「ビスケットです」と答える。
旅立つ前に少しだけ仕入れておいたのだが、おやつの時間に毎回食べていたせいで、既に品切れ状態だ。
「まぁお菓子と言っても、この辺の地域で作られるようなものでは無い。だから味は保証出来んぞ?」
「それってヒースさんオリジナルの新商品って事ですよね!? むしろとても期待しちゃうんですが!」
いつも言っている通り、俺の発明では無いのだが……
この地域に存在するものでは無いので、確かに新種のお菓子だとは思う。
二人の娘達も喜んでいるようで良かった。
あとは米粉が無事に入手出来るのを祈るばかりだ。
◆ ◇ ◇
翌日の早朝。
セレナは積んであった鞍を馬に取り付け、町に向けて出発した。
残った仲間達は街道から少し離れた草地に移動しキャンプを張る。
一日で戻れるとセレナは言っていたが、移動だけで半日かかる距離らしい。
あまり急ぐと、馬が潰れてしまう可能性もある。
もう一日余分にかかっても構わないので、無理はしないよう伝えている。
というわけで……
図らずも丸一日の自由時間が出来た。
午前中は各自、自分がしたい訓練をして過ごす。
しかしさすがに戦闘訓練ばかりでは可哀そうに思い、遅めの昼食の後、ベァナに頼んで娘二人を野草採取に連れ出してもらう事にした。
一応学習の一環なのだが、名目上は今晩の食材探しという事にしてある。
娘達は決して勉強嫌いなわけでは無いが、やはり自分達が食べるものを探すとなると気合の入り方が違うようだ。
二人とも『必ずおいしい食材見つけます!』と宣言して、探索に向かった。
頼もしい限りだが、見つからなくても飢える事なんて無い。
気負いだけはしないで楽しんで欲しい所だ。
◇ ◆ ◇
久々に一人になった俺は、自身の魔法訓練をする事にした。
── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ──
転移後の俺が、一番初めに行使した風魔法『ブリーズ』
魔法の訓練をする時、この魔法から始めるのが俺のルーティンだ。
別に隠れて練習したかったわけではない。
仲間がいる時は、なるべく彼女達の能力向上を優先するようにしていた。
その為、なかなか自分自身の時間が取れずにいた。
(しかし仲間を守るためには、俺自身の能力向上も不可欠)
剣技についてはセレナの協力で借り物ではない技術が身に付いてきている。
問題は魔法だ。
これほど強大な力、有効利用しない手はない。
ただし魔法そのものへの理解が無ければ、有効的に扱う事が出来ない。
(俺の考察が正しければ、この世界の魔法は単なる物理現象の一つ)
魔法が物理現象の一つだと思うようになったのは、ブリジットさんとの発動イメージの話から得たものが大きい。
水魔法のイメージは『結露』、風魔法のイメージは『大気と熱』に関係していた。
そして俺が土魔法の呪文を解析して分かったイメージが『固体の融解』
長年使えなかった土魔法をメアラが使えるようになったのは、その物理現象を間近で観察出来たからである。
メアラは岩石が高熱で溶ける事実を知らなかった。
エルフ族はそういった環境とは程遠い、森と水に囲まれた土地で暮らしている。
だから岩石が熱で溶ける様子など想像が付かなかったのだろう。
またエルフが一部の精霊魔法、つまり攻撃的な魔法の殆どを捨て去った種族であるという事実も発動出来なかった要因の一つだ。
具体的に言うと、火と土の魔法はエルフには伝わっていないそうだ。
── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ──
メアラから教えて貰った、次の難易度の風魔法『ゲイル』
その日のうちに詠唱してみた所、難なく発動する事が出来た。
初歩の風魔法『ブリーズ』は強めの風を起こす魔法で、攻撃的な力は皆無だ。
範囲は比較的広いが、扇風機の『強』くらいの強さしかない。
風魔法が四大精霊魔法の中で最も疎んじられている理由である。
(難易度2でもこの程度──)
『ゲイル』になると少し移動が難しくなる程度の強さにはなるが、それでもせいぜい足止め程度の威力である。
確かに攻撃魔法としては使えない。
だが俺は発動後、すぐにこの呪文について調べた。
『ブリーズ』と『ゲイル』では、その呪文に《たった一単語の差異》しか無い。
つまりたった一つの単語が増えただけで、効果が上昇するのだ。
魔法の仕組みを解析するに当たって、こんなに都合の良い魔法は無い。
他の精霊魔法の呪文も調べたが、風魔法ほど単純なものは無かった。
道具を有効的に使う為には、その仕組みを知る必要がある。
そしてその仕組みがある程度解明出来たのか?
「まぁやってみればわかるよな……」
それを確かめるべく、俺は「おそらく難易度3の風魔法」を詠唱する。
おそらくというのは、今まで見た書籍に載っていなかったからだ。
つまり自分で組み上げた、オリジナル魔法という事である。
風魔法のイメージを浮かべ、詠唱を始めた。
── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ᛈᛚᛁᚷ ──
仕組みは単純だ。
調べた結果、二番目の単語が『増幅』の意味だったので、最後尾にそれを付け加えただけである。
詠唱直後、反応は全く無い。
ただしこれは想定内。
初回の魔法は、発動までに少し時間がかかる。
実際の時間で言うと……3秒前後だろうか。
と思った直後に魔法が発動した。
これは……
ゲイルより明らかに強い風が吹いていた。
この魔法を受けた人間は、多分まともに立っている事も難しいだろう!
つまり……
攻撃力としては相も変わらず皆無!
改めて風魔法の評価が低い理由を感じる事になった。
しかし俺は今回の結果に満足している。
一つは俺の仮説通りに魔法が発動した事。
既に存在する魔法だったのかも知れないが、俺はその呪文があるのかを知らない。
その状態から自分で組み立て、これを発動させたのだ。
これにはとても大きな意義がある。
もう一つがその効果。
試しに魔法を近くの樹木に向けてみた所、根の張りが浅い植物が根っこごと引き抜かれて飛んで行った。
攻撃性は無いにしても、この力の強さにはあらゆる使い道がある。
現在俺が唯一使える精霊魔法の『風』
この世界での評価は著しく低く、話によると他の魔法を覚えた途端に訓練を辞めてしまうような扱いらしい。
だから風魔法を極める魔法使いなど、全くいないのだそうだ。
という事は……
(風魔法を極めたらどうなるのか、まだ誰も知らない!)
未知のものを探る。
こんなに楽しい事を、人はなぜやらずにいるのだろう?
俺は魔法という分野でも、開拓者魂を発揮するのだった。
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