Wild Frontier

beck

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第三章

渇水と溜め池

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 魔法協会の宿舎は、他の支部から赴任した職員向けのものらしい。
 支部によって職員数に偏りがあるため、人員を融通しあっているそうだ。

 しかしトレバーはこういった状況にあるため住民が減り、業務も少ない。
 地元出身の職員以外は、他の支部へ移動したそうだ。

「だから共同炊事場とかもあるんですね。これは助かります!」

 毎日の食事を仕切っているベァナが設備を一通り確認する。

 宿舎や厩舎は協会の敷地内にはあるのだが、本棟とは別である。
 設備の整ったキャンプ場のような雰囲気だ。
 塀に囲まれた敷地内だと言うのに、結構な広さがある。
 個人的にはとても親近感の沸く場所だったので、少しだけほっとした。

「でも今後朝食は用意してくれるらしいので、使うのは晩御飯くらいだな」
「なんでそんなに優遇してくれるんでしょうかね?」
「それほど魔法協会──いやこの町にとって、水魔法使いの存在が大きいって事さ」
「そっか。そうですよね」

 ベァナがほんの少しだけ溜息ためいきをつく。
 それは母が使える魔法を使えずにいる、自分に対してのものだろうか。

「まぁ多分時間の問題だろうし、あまり気にするなよ」
「はい。ヒースさんがそうおっしゃるなら、大丈夫ですね!」

 彼女は魔法にロックがかかる、という事実を既に知っている。
 そして実際にロックが外れ、精霊魔法を使えるようになったニーヴの存在もある。

 それはニーヴにとってはもちろんの事、ベァナにも良い影響を与えている。
 彼女は以前のように思い悩む事が無くなっていた。

「それで、今日は手伝う内容の説明があると聞いたが」

 セレナが言っているのは、住民への水配布についてだ。
 町をうろつく怪しい連中への対策もある。


「ああ。会議室で説明があるので、今からそこにいこう」


 会議室には既に何人かの職員が揃っていた。
 最初に挨拶をしたのは……

 支部長に並んで鎮座する黒髪の少女、シアラだった。
 彼女はその場ですっと立ち上がり、会釈をした後に挨拶を始めた。

「初めまして、シアラ・ウェーバーと申します。周りの人からはシアと呼ばれておりますので、皆さまも是非そうお呼びください」

 彼女の姿を見て、仲間達は驚きを隠せずにいたようだ。
 何しろ俺のルーツと思われるグリアン人の子孫は、この地方では珍しい。

 しかも彼女はその特徴を色濃く引き継いでいるらしい。

「とてもお綺麗な方……」
「ヒースさまとおなじばしょの人?」
「多分そう。グリアンっていう西方に住む人々の末裔まつえい

 小声で話すニーヴとプリム。
 特に改まった場所ではないが、挨拶の邪魔をしてはいけないと思ったのだろう。
 まぁ内容までしっかりと聞こえてはいますが。

「この度はご協力戴くことになり、大変感謝しております。これから宜しくお願いいたしますね」

 昨日のシアラの言動をの当たりにした俺は、戦々恐々としていたのだが……

 どうやら杞憂だったようだ。
 至ってまともな対応である。

 その後の説明をロルフが続ける。

「誰かに襲われるという心配は無いとは思うのですが、皆さんは町に来たばかりで道も良く分からないと思います。しばらくは職員と一緒に町を回って頂ければと」

 セレナとベァナにも護衛として同行してもらう事になっている。
 数が少ない上に、戦えるような職員がほとんどいないそうだ。

「我々からはちょっとした食事と宿の提供くらいしか出来ませんが、どうか宜しくお願いいたします」

 今回はロルフ自らが案内してくれる事になった。

 外に出た途端、小声で話し掛けてくるセレナ。

「支部長自ら案内してくれるとは、思ってもみなかったな」
「俺が頼んだんだ。ちょっとこの町自体の事が知りたくてね」
「町自体、というと?」
「一番見たいのは溜め池と──町の地形だね」
「ふむ。地理に精通するのは兵法の基本だと言うしな」


 セレナらしい感想だった。




    ◆  ◇  ◇




 水を配給するために、最近回れていなかった家を十数件ほど巡る。
 そのうちの何件かはニーヴも担当した。

 自分の魔法が社会の役に立ち、人から感謝を受ける。
 奴隷だった彼女にとって、それはとてもやりがいを感じる仕事なのだろう。
 ニーヴの表情はやる気に満ち溢れていた。

「とても件数が多いので、無理はしないようにしてください」
「わかりましたシアさん! がんばります!」
「お気持ちはわかりますが、初めはゆっくりと。自分のペースを掴んでくださいね」

 さすが領主の娘という事だけあり、シアの言動は気品あるものだった。
 昨日のような突拍子な行動は一切見えない。

(なんとなく問題になる気がするので、昨日の件は黙っておこう……)

 もしかしたら寝起きで少し混乱していたのかも知れない。


 きっとそう。
 そう思う事にした。


 町を回ってみて感じたのが、比較的景観が綺麗に保たれているという点だ。
 かなり空き家が増えたと聞いていたが、一見そうは見えない。

 その理由をハンナが教えてくれた。

「町に残った人が頑張ってくれてるの。町内の清掃だけじゃなくて、空き家になった近所の家まで綺麗にしてあげたりしてね」
「とても殊勝しゅしょうな行為だと思います。ですが……なぜ?」
「みんな希望を捨てて無いのよ。いつかまた、住民が町に戻って来てくれるって」

 ハンナはそう言いながら、遠くに見える人影に声を掛ける。

「おーい。今日も精が出るねぇ!」

 声をかけられたのはハンナと同じくらいの年の女性だ。
 その女性に歩み寄る。

「彼女はメラニーって言ってね。私の幼馴染なんだ」
「あらハンナ、職員が増員されたの?」
「こんな田舎町に今更増員なんてあるものかい! この人達は旅をされている方々でね。水魔法を使えるので、飲み水配給の手伝いをしてくれてるのさ」
「こんな大変な町に滞在して協会の手伝いまでしていただけるなんて。本当にありがとうございます」

 メラニーと呼ばれる女性が俺にお辞儀をする。

 いつも水の配給をしているのがシアだったからだろう。
 グリアン人っぽい見た目の俺が、配給の手伝いをしていると思ったらしい。

「いえいえ。手伝いをしているのはこちらの、我々の仲間のニーヴです」
「よ、よろしくお願いいたします!」

 ニーヴは良家の生まれという事もあり、本来は社交的だ。
 ただ今日は初対面の人とのやりとりが多く、かなり緊張しているようだ。

 メラニーはニーヴの目線になるようにしゃがんで、再びお辞儀をする。

「こんなに小さいのにお手伝いしてくれているのね。 本当にありがとね」
「いえっ、しょ、精進いたします!」

 トレバーに住む元々の町民は、基本的に良い人ばかりなようだ。
 元領主の人柄もあるのかも知れない。

「メラニー。わたし達はちょっと他に用があるのでこれで失礼するけど、あんたも気を付けなさいよ? ごろつき共がうろついてるんだから」
「ハンナも……って言おうと思ったけど、あんたの場合は相手が逃げて行くわね!」
「ちょっと、それは言い過ぎでしょ!」


 その場にはしばらくの間、笑い声が響き渡っていた。




    ◇  ◆  ◇




 一通り町の巡回も終わり、俺の要望である貯め池の見学に向かう。
 途中、ロルフにトレバーの地理について基本的な質問をした。

「このあたりは降雨自体はそこそこあるそうですが、なぜ水不足に?」
「土地のせいですね。この辺りの土地は水はけが良過ぎて、雨水が全て地中に染み込んでしまうのです」
「この辺に川は無いのですか?」
「あります。しかしあるのはほとんどが水無川です」

 水無川。
 年間通じて水量があるわけではなく、一定の時期のみ出現する川である。
 出現するのは雨季の時期だったり、雪解けの時期だったりする。

「なるほど。やはり地盤の水はけが良過ぎて、地下に逃げてしまうのでしょう」

 そこで今まで無言だったシアが話に加わる。

「水が地下にあるはずなのに、いくら掘っても井戸水が出ないのです。そこで開拓者だったウェーバー家のご先祖様が溜め池を作ったと伝えられています」
「ウェーバー家のご先祖様が、この土地を切り拓いたのか!?」
「は、はい」
「おお……ここも開拓者の町だったのか。そうかそうか……」

 これは……ご先祖様の思いを途絶えさせるわけにはいかない。

 気付くと若干シアに攻め寄る形になっていた。
 周囲の視線が少し痛い。

「これは失礼。しかしなぜ水の確保が難しいこの土地を開拓したのですか?」
「この辺りは南向きの斜面になっていて、日当たりが良いのです。土地も肥沃ひよくですし、また水はけが良いため根腐れせず、甘みの強い果実が収穫出来ます」

 果物などの糖分は、元々は葉緑体による炭素固定によって作られる。
 空気中の二酸化炭素と吸収した水を、光の力で有機物に合成させるのだ。
 だから日照が多ければ、作られる糖分も多くなる。
 とても簡単な理屈だ。

 加えて水はけが良いというのは、余計な水分を吸収しない事に繋がる。
 水は植物にとっては必要不可欠なものだが、多過ぎると病気の元にもなる。
 また水分が少ない事で、糖度の高い果実が出来やすくもなるのだ。

「まさに果樹園に適した土地、と言うわけですか」
「はい。ただ果物は季節性が高いため、収益の安定化を図ってお爺様が始めたのがオリーブ栽培なのです。オリーブは収穫可能期間が長いので、次第にこの町の主力産業になりました」

 色々な話を聞くうちに溜め池に到着する。

 しかし、これは……

「利用出来るほどの水量は無いですね」
「はい。溜め池自体は高度な土魔法によって補強され、地下に染み込みづらい構造になっています。ですが、肝心の水が水路に流れ込まなくなってしまいました」

 ロルフは溜め池の解説をしながら、そこに繋がる水路を指し示す。

 そこには小枝や枯れ葉が積もる溝があった。
 本来なら流されてしまうはずのものが、そのまま取り残されている。

「ちょっと失礼します」

 俺は近くの、ちょっとした高台に登る。
 そこからトレバー周辺の地形を一望した。

 水路の先には、大小様々な石が転がる河原が見える。
 しかし、水の流れは確認出来ない。
 水無川は山の斜面を辿り、更に上流へと繋がっていた。

 山と山の間に出来た、なだらかな斜面。
 トレバーは、その中腹に位置している。

 そのまま南方に目を向けると、そこにかろうじて集落らしきものが確認出来た。
 場所的には山裾やますそのふもとあたりだ。

「ロルフさん。南に集落が見えるのですが、もしかしたらそこは湧水が多い土地ではないですか?」
「よくご存じですね、あそこはヤースプリングという村なのですが、訪問された事がおありなのですか?」
「いえ。村の名前すら、今知りました」
「なんと……あの村の周辺はこことは全く逆で、そこら中に小さな湧水ゆうすい池が点在しています。ただ湿地帯なので、育てられる作物は限られますが」

 湿地帯はその開拓が難しい。
 地盤が緩いため、家や畑などの建設がしづらいからだ。
 集落が発展するかどうかは、いくつもの地理的要因によって決まる。

「水があると言っても、この標高差と距離を考えると──」
「はい。とてもじゃないですが、運べません」


 水はけの良い大地。
 日当たりの良い斜面。
 水無川の存在と、いくら掘れども出ない井戸。
 山裾へと繋がる、なだらかな斜面。

 そしてその裾野すそのに存在する、水が滾々こんこんと湧き出る集落。


 俺は確信していた。
 この土地が渇水に見舞われたのはだった。


 勿論、呪いなどと言うバカげた理由などではない。
 そして理由さえ分かれば、その対策は自ずと定まってくる。



「ロルフさん。おかげさまでこの土地の事が大体分かりました」
「そうですか。飲み水さえ安定して確保出来れば、本当に良い土地なのですが──」
「私もそう思います。ですので、確保しましょう」


 そこにいた全員が驚きの目を俺に向ける。


「そんな簡単におっしゃいますが、この土地はウェーバー家が何代もかけてここまで切り拓いて来た土地なのです。それが出来れば苦労は……」

 ロルフの言葉にはウェーバー家への、そして友に対する尊敬が込められていた。

「これほどの町を興したウェーバー家のご先祖様には、本当に敬意しかありません」

 シアの手が固く握りしめられる。
 彼女はその直系の子孫である。
 何か思う所があって当然だろう。

「だからこそ、町を廃れたままにはしたくありません」

 この土地を開拓してきた人々の思いを、次世代へも伝えていきたい。




「良い方法を思い出したのです。皆さん協力していただけませんか」



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