Wild Frontier

beck

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第三章

Close To The Edge

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 重苦しい雰囲気の中。

 山道を辿たどる。
 ただの一人も、何の言葉も交わさず、黙々と。

 そしてその時がそれほど長いと感じる間も無く、目的の建物が現れた。

 先程のバンガローよりは少しだけ立派だが、所詮は山賊の根城だ。
 手入れなどは一切されていないのが見て取れた。

「物音は……特にしないようだな」
「とりあえず俺が様子を見に行こう。ハンナさんはいつでもクロスボウを撃てるような態勢で、この辺に隠れていてください」
「わかったわ」

 建物の周りを見回すが、先程の駐屯地とは違い、静かなものだった。

 念のため剣を構え、聞き耳を立てながら近付いていく。
 それでもやはり、弓による攻撃は無い。


(盗賊団員の話しぶりからしても、留守では無いはずだが……)


 それは建物のまであと数メートルまで近付いた時の事だった。

 入り口と思われるドアが不意に破られ、そこから二名の人影が躍り出た。
 それぞれ手には短剣を持っているようだ。

「ウッ、ウゥゥ……」
「マ、マナをっ!」

(頭に耳? 獣人!?)

 その存在は何度か耳にしていたが、実際に見たのはこれが初めてだ。
 背丈はとても低く、ニーヴやプリムより少し高い程度だ。
 そして、その顔立ちはどう見ても大人のものではない。

 後方から人数的に不利と判断したセレナが、急いでこちらに向かっていた。

(こんな幼い娘達が、なぜ?)

 そう思った次の瞬間、俺の脳裏に相棒シロの姿が浮かんだ。
 彼女達の耳が、犬や猫のものに似ていたからかも知れない。

(彼女達はどう見ても人間だ。シロとは違う。しかし……)

 突然の事に一瞬、躊躇ちゅうちょしてしまったのだろう。
 彼女達の動きはとても素早く、あっという間に間合いを詰められる。
 先行していた獣人の短剣が俺を襲った。
 俺はそれを剣で受け止める。

 その時目の前の獣人の首に、忌むべき道具が巻き付いている事に気付く。
 その首輪には妖しく光る古代文字が浮かび上がっていた。

(縛呪の首輪!?)

 目の前の獣人の攻撃をなしながら、セレナに呼びかける。

「セレナ、彼女達の首を見ろ。精神魔法で操られている」
「うむ。つまり殺すなと」
「度々すまん!」

 話に聞いた獣人達は、人里から離れた場所でひっそり暮らす種族らしい。
 性格は至って温厚で、他の種族を襲う事は無い。
 ただし攻撃を受ければ、それぞれが優秀な戦士として活躍する。

 だがここ最近、その獣人が集落や村を襲っているという話を耳にしていた。
 もしその原因がその首輪にあるのだとしたら……

 目の前の彼女達は、魔神シンテザ信奉者のだ。
 だとすると、操っているのはシンテザの手の者か!?

 俺達はそれぞれ別の獣人と対峙し、攻撃を受け止め、そしてかわす。

「これはっ──結構きついな。動きが速過ぎる」
「それは完全に同意だ」

 セレナが珍しく弱音を吐くが、それは俺も同様だ。
 彼女達の身体能力は人間に比べ、異様に高い。
 普通の町人であれば、間違いなく瞬殺されてしまうだろう。

 だが不思議だったのが彼女達の表情だ。
 こちらが防戦一方という事もあり、獣人娘のほうが有利な展開に思えるのだが、彼女達の表情は非常に苦し気だった。
 『呪縛の首輪』の影響によるものだろうか。

 そしてこの厳しい戦いがいつまで続くかと思ったのも束の間──

 俺と対峙していた獣人がにわかに距離を取り、そのまま首輪をかきむしりながら苦しみ始めた。

「うあぁあぁあっ!!!」

 それはセレナが対応していた獣人も同様だ。
 だが警戒は解かずに、剣を構え続ける。

 暫くすると彼女達は背中を見せ、苦しみながらも森の中を逃走していった。
 彼女達が出て来た建物とは、全く別方向に向かって。

「おいお前たちっ! あるじの元に戻らないと!!」

 俺は思わず獣人達に声をかける。
 しかし彼女達は俺の呼びかけには一切応じず、森の奥へと消えて行った。

(どういう事だ?)

「どうしたのだヒース殿?」
「いや──以前カルロの屋敷で首輪を付けられた使用人があるじの元から逃げた事があったのだが、彼女は命を落してしまったそうなのだ」
「そうだったのか。だが今の獣人達は確かに苦しそうではあったが、無事逃げおおせたようだぞ?」
「ああ。どうやらそうらしいな──」

(そう言えばマラスに最初会った時『実験によって行動制限を外せるようになった』と言っていた気がする……)

 この件にも、またマラスが絡んでいるのだろうか?

 しばらく獣人が消えた方向を眺めていたが、またすぐに入り口から別の人影が出て来た。
 その数は二人──いや三人か。
 全員剣を装備しているし、身なりも下の連中より明らかに良い。

 ただ前に出ている二人のうち、右側に立つ若い男だけは、他の二人と明らかに違う雰囲気を漂わせていた。
 彼は鍛えられた体の持ち主だが、一見純朴そうな若者にしか見えない。

「だーからちゃんとマナ補給させといたほうがいいっすよって言ったじゃねぇすか」
「あぁ? だったらお前が相手してやりゃ良かっただろ」
「だってあいつら狂暴そうだったじゃねぇすか。大事な所食いちぎられたら困りますんでね! ゲルトはそっち方面じゃ全く役に立たねぇしなぁ……まぁ言っても聞こえちゃいねぇだろうけど」

 話の内容からしても、獣人達をけしかけたのはこいつらだったようだ。
 言葉の端々はしばしに品の無さがにじみ出る。

 前に出ていた二人のうち、背の低い盗賊が俺達に文句を言い始めた。

「おいおいおい。おめぇらのせいで折角ジェイドさんにお借りした獣人共が逃げちまったじゃねぇかよ。どうしてくれるんだよ」

(ジェイド? マラスではないのか)

 どうやら獣人達は、別の人間によって隷属されていたらしい。

「勝手にけしかけておいて人のせいにするとは。呆れて物も言えんな」

 盗賊の顔色が怒りの色に変わる。
 あおり耐性は全く無いようだ。

「おいっ、粋がってんじゃねぇぞ小僧! ぶっ殺されてぇのかよ? でもまぁ、代わりにそこの綺麗な姉ちゃん差し出すっつうなら、それで赦してやるよっ」

 そう言うと、その小男は下卑げびた笑い声を漏らした。
 だが言われた当の本人は、呆れたように言葉を返す。

「盗賊というのは、本当にわかり易いセリフを吐くのだな」
「思考が単純なのだろう」
「なんだとぉ!? 下手したてに出ればいい気になりやがってよぉ!」

 セレナと俺の挑発に乗る、小柄な手下。
 この男が挑発に乗り、各個撃破が出来れば御の字だ。


「まぁ待て。殺すのもいたぶるのも後から出来る」


 最奥にいた大男が一言放つ。
 語り口調からして、こいつが首領ボスだろう。
 さすがに首領だけあって、その手には乗らないようだ。
 首領がそのまま話を続ける。

「ここに来たって事は、下の連中を全て倒して来たっていうのか」
「ああそうだ。もう仲間はいない。大人しく投降しろ」
「お前、数が数えられないのか? こちらは三人なんだぞ?」
「すまんが俺は計算が得意でな。あんたら分数って知ってるか? 半人前が三人いたら、合計で一人と半分になるんだ。いい勉強になっただろう?」

「この野郎っ! もう我慢できねぇ!! なぁお頭よぉ!?」

 背の低い子分は既に臨戦態勢だ。
 首領も明らかに怒りの表情を見せていたが、不思議なのはもう一人の若者だ。
 彼だけは会話に一切加わらないし、表情にも変化が見られない。

(右側の無言の若者が一番厄介そうだな)

 セレナも同様に感じていたのか、図らずも彼女と目が合う。
 三人同時に襲って来た場合、俺が無口な若者を相手にしなければならない。
 こいつの実力は、間違いなくお喋りな小男よりも上だ。

 この面子だとセレナが二人を相手にしなければならなくなるだろう。
 まぁ正直な話、彼女が不覚を取る事はまずあり得ない。

 だが、余計な危険を冒す前にまだやれる事はある。
 こいつらが拉致の犯人であるとは、まだ確定していないのだ。

「俺達の目的は、町から連れ去られた女性を探し出す事だ。もしそれがお前たちの仕業しわざで無いのであれば、もう何も言わん。盗賊行為を容認するわけではないが、協力してくれるのであればこの場は一旦見逃してやる。」
「拉致した奴等の情報を提供すれば、見逃してくれるっていうんだな?」
「それはお前たちがそいつらを知っている、という事なのか?」
「ああ、知ってるぜ」

 首領の口角が、片側だけ大きく釣り上がる。


「女を連れ去ったのは、この俺達だからなぁ!」


 そう叫ぶと小男が武器を振りかざした。
 それを確認した無口な若者も遅れて戦闘態勢を取る。

 予想通り小男と首領はセレナに、右の若者は俺に向かってきた。
 ただ首領はセレナをただの女と見くびっているのか、戦いを小男に任せて大声で呼びかける。

「兄ちゃん! 約束通り見逃してくれるんだよなぁ!」
「最初に明言したはずだ。『お前たちの仕業で無いのであれば』となっ!」

 俺はそう答えながら、無口な若者の攻撃を受け流す。

(思った通り、こいつはかなり強い──決着まで時間がかかりそうだ)

 剣士が並の強さだったのであればさっさと無力化し、セレナの助太刀に入るつもりだったのだが、こいつが相手ではそんな余裕は無い。

 セレナのほうは小男の攻撃を余裕でなしていた。
 首領は自分の見積もりが外れた事に腹を立てたのか、小男に向かって『どけ』と言い放つ。

「全くお前は口ばっかで全然役に立たねぇなぁ!」

 小男に向かって文句を言いつつ、当人と交代でセレナへの攻撃を始めた。
 流石に首領というだけあって、小男とは剣技の格が違う。

「すいやせんお頭」
「いいからお前はこの女の背後に回り込めっ!」
「うひょっ、後背位バックからっすか! いいっすねっ!」

 形勢が一気に不利になる。

 下に居た連中のような烏合の衆だったなら簡単に決着が付いていたであろう。
 だがこの首領にはある程度の統率力がある。
 早い所かたを付けなければ、更なる劣勢はまぬがれない。

 セオリーから考えれば、差しで勝負している俺がこの無口な剣士を早々に倒して、セレナに加勢するのが筋だ。

 だがこの若者は、盗賊団の一員とは思えないほどの剣術の持ち主だ。
 それは日々真面目に鍛錬を続けなければ身に付かないものであり、盗賊のように自堕落な生活を送る者には到底辿り着けない領域である。

 彼の行動には不可解な点が多い。
 だがそれらの動きを振り返るうち、その理由に思い当たる。

 小男や首領が会話をしている時、若者は全く反応しなかった。
 そして小男が武器を構えるのを横目で確認した後、攻撃態勢を取っている。

(もしかすると──耳が聞こえていない?)

 小男が「ゲルト」と言っていたのは、この無口な若者の事なのだろう。
 『言っても聞こえちゃいない』という言葉は、きっとそういう意味だ。


(であるなら──視力を有効利用出来ない戦い方をすれば)


 俺は戦いの場を少しずつ、建物の正面から離れた場所に移していく。
 人が通らない場所であるため枯れた枝や木の葉が積もっていて、足場は緩い。

 正直戦いづらい場所ではある。
 だがそれは相手も同じこと。
 俺が今から取ろうとしている戦法では、これらの堆積物が必須なのだ。

(耳が不自由であるならば、彼はきっと俺を視認する事でしか攻撃出来ない)

 俺は右手に持った剣の構えを解かないまま、左手をかざす。
 そしてその手で、自分の口元を隠した。


(情報の隠蔽いんぺいは、どんな戦いにいても基本だからな)




── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ──




 詠唱に気付いたゲルトも素早く動き出すが──

 ──遅い。
 既に詠唱は完了済みだ。

(風魔法は呪文が短くて本当に助かる)

 そこら中に振り積もっていた、大量の枯れ葉や枯れ枝がゲルトを襲う。
 それらは長らく雨が降らなかった事もあり、その身を軽々と舞い上がらせた。

(これだけの堆積物に次々と襲われては、視界が悪くなって当然)

 術者の自分は常に風上に位置するため、影響は軽微だ。


 当然ながら、風魔法に攻撃力は皆無である。
 だが元々そんな目的で詠唱したわけではない。



 攻撃力が無いのならば、別の目的で使えば良い。



 俺は魔法を発動させつつ、足場に気を付けながら素早くゲルトに近づく。
 彼は細かいゴミが目に入ったらしく、腕を前に出してそれらを防いでいた。
 もはや完全な無防備状態なのは明白だ。

 俺はこの最大限の機会チャンスを生かし、彼の手甲てっこうに強打を食らわせる。
 骨は折れるだろうが、手まで失う事は無いだろう。
 彼の特殊な事情を考えると、命まで取る気にはどうしてもなれなかった。


 こうしてやっとの思いで一人の盗賊を無力化したのだが──


 その俺の耳に、耳障りな小男の雄叫びが聞こえて来た。


「あーっはっは! これで女の補充も効いて一石二鳥だな!」


 急ぎ視線をそちらに向ける。

 そこには何かで左足を絡めとられ、倒れ込んでいるセレナがいた。
 倒れた拍子に、剣も落してしまったらしい。
 その場から動けないのか、小柄な盗賊をにらみつけている。

(くそっ、罠のある場所に誘導されたのか!)

 すぐに助けに行ける距離では無い。
 俺はこの無口なゲルトとの決着を付ける為、わざわざ建物から離れた場所に移動していたからだ。

(俺とした事が──)

 とは言っても、他に方法があったわけではない。
 出来る事としたら……

(最初から三人を連れて来ていれば──)

 俺は幼い娘達や心優しいベァナに、俺が姿を見せたく無かった。
 そしてほぼそれだけの為に、セレナを危険にさらしてしまったのだ。


 これは──覚悟を決めきれなかった、俺が招いた失態。


 しかし後悔する暇などない。

 俺はいつでも動ける体制を整える。
 そしてどんな些細な情報も逃さぬよう、五感を研ぎ澄ませた。



 この『危機』から脱する、その糸口を探す為に。


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