Wild Frontier

beck

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第三章

籠城

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 魔法協会は異質な組織ではあるが、その歴史はとても長い。
 一説によると神々同士の戦いがあった時代から存在していたとされ、実際に建物内に存在する様々な設備は、現代の職人が作れるような代物ではなかった。

 建物自体は協会の厳しい基準に従った、現代の建築方法で作られている。
 そしてその基準に従って作られた建物は、邸宅や商店などとは違って非常に強固な造りになっている。
 どちらかというとそれは、『砦』や『城』に近いものと言えるだろう。

 しかしそのような協会に対し、世の中の人々は何の違和感も持たずに生きている。
 この世界の人々にとっては数千年もの間変わらず存在し続けてきた組織であり、ごく当たり前のものとして認識されているのだ。
 それは人々の魔法に対する認識と、さほど変わらないものであった。

 しかし、それでも一部の例外は存在する。

 最も顕著な例は魔神シンテザの信奉者達だ。
 彼らは明確に魔法協会と敵対している。

 だがその理由はごく単純で、魔法協会が魔神シンテザを邪神扱いしているからだ。
 また彼らの使う精神魔法も、協会では明確に禁忌きんき指定している。

 それらの対立は神々の戦いの時代から続くものと一般的には信じられている。
 だが今となってはその真偽を確かめる方法は無い。


 また領主や君主といった一定の土地をつかさどる立場の人々の中にも、魔法協会への疑問や不満を持つものは存在している。
 特に自らによる支配を広げたいと考えている、野心的な領主にその傾向が強い。


「ったく本当に邪魔なんだよなぁ、この魔法協会って奴はよぉ」


 この地域で言えば、それはトレバーの仮領主であるヘイデン・ザウロー、そして息子であるケビン・ザウローがその典型的な例である。

 理由はごく単純で、自分たちの支配が及ばない組織だからだ。

「親父は神経質過ぎるんだよ。なんの軍隊も持っていないこんな組織の、一体どこにビビってんのか──なぁ、おめぇはどう思うよ?」
「あっしっすか? あっしはそんな事一度も考えた事もねぇもんで……」
「ったくどいつもこいつも使えねぇなぁ! くそっ、こんな事ならデニスの野郎をカークトンに帰すんじゃなかったな。あいつの方がまだ面白かったわ」

 無論ケビンは、そのデニスが父の手の者に処分されていた事など知らない。

「まぁ、あのむかつく黒毛野郎さえいなけりゃ、女一人拉致するくらいわけねぇだろ。まぁ場合によっちゃ、あの魔法を使えば良いしな!」

 ケビンを乗せた馬車とその一行は、魔法協会の手前で一度立ち止まった。
 馬車から降りたケビンは協会の入り口を開けようとする。

 しかし何度押しても引いても開く様子が無い。

「おいおいおい、今日は休業日かぁ? ちゃんと仕事しろやぁ!?」

 開かずの扉に我慢ならなくなったケビンは、扉を全力で蹴り始めた。
 蹴りが入る度に辺りに大きな音が響き渡るが、扉はビクともしない。

「クソがぁぁぁぁっ!!」

 最後に扉を思いっきり蹴り飛ばすケビン。
 しかし扉は木製であるにも関わらず、木っ端の一つも飛び散らす事は無かった。

「なんて頑丈なとび……いや待てよ? こいつぁ……」

 彼はその頑丈な扉をじっくりと監察し始めた。

 彼は決して勉強家では無かったが、腐っても領主の跡取り息子である。
 一般市民では決して受ける事の出来ない、高度な教育を施されていた。

「ケビン様、斧か何かで叩き割りやしょうか?」
「やめとけ、無駄だ。そいつにゃ防護の設置魔法が仕掛けられてる。お前らがいくらぶっ叩こうが、ぜってぇ壊せねぇよ」
「そうでやすか……んじゃ俺らは何を……」

 ケビンはこういう状況の時、絶対にあきらめたりしない。

 物事を諦めない事自体に限れば、ヒースと似ているとも言えるだろう。

 ヒースが物事を諦めないのは、大事な目的を達成するためだ。
 逆に言えば目的に価値を見出せなくなったり他にもっと大事なものを見出せば、彼はすぐさまその行動を切り替えるし、諦めもする。
 彼は目的が大事であればあるほど、それを見失ったりはしない。

 だがケビンの行動原理は違う。

 彼にとって目的は重要ではない。
 彼にとって最も大事なのは、目の前にある邪魔なものの排除。
 そして邪魔をした者達への報復だ。

 言い方を変えれば、その報復自体が目的とも言える。
 今回のケースで言えば、彼はシアをさらうという目的を完全に忘れていた。

「こんな時の対処は簡単だ。奴らが嫌がる事をやればいい。止めてくれ、と向こうから懇願されるまで、徹底的にな!」


 ケビンは部下たちに指示を出し、そのまま馬車の中に戻って行った。




    ◆  ◇  ◇





「どうやら行ったようですね」

 扉を蹴る音が聞こえなくなってから十数分。
 シアは支部長室のソファーに腰を掛け、大きくため息を付いた。

「まさかヒース様のおっしゃっていた通りになるとは……入口の扉に防護魔法陣を設置しておいて正解でした」
「それはもうヒース様ですから。あの方とわたくしとでこの地を治めれば、トレバーはトーラシア随一の都市になるに違いありませんわ!」

 ロルフの言葉に対し、まるで自分の事のように誇らしげに語るシア。

「ははは。シアさんの口からそんな言葉が出て来るのを知ったら、マティウスはきっと腰を抜かしてしまうでしょうな」

 ほんの少しだけ興奮気味だったシアは、父の話題で落ち着きを取り戻す。

「いいえ。ヒース様のを知りさえすれば、父は必ず喜んでウェーバー家に迎え入れてくれるに違いありません」
「確かに……そうかも知れませんね。つい先日もサルフニールから来た使いの者に聞きましたよ。ヒース様がダンケルドで残して来た数々の功績を──」

 サルフニールはザウロー家とは別の貴族によって統治されている都市だ。
 カークトンよりも距離的には遠いものの、信頼出来る領主が治めている事もあり、以前から交流の多い都市であった。
 井戸掘削用の鉄管もサルフニールの職人に依頼したものであり、最近は井戸の件以外にも、有力者への連絡などでやり取りする機会が増えている。

 そして商品や連絡が入ると同時に必ず入って来るのが、ヒースの噂だった。

「私も伺っています。ゴブリンの大群から二つの都市を守った話や、魔神信奉者の手から農園を救ったという話も」

 ロルフにとってヒースは当初、困っている知人を助けてくれた親切な若者という認識でしかなかった。
 だがその認識は交流を重ねるうち、幅広い知識や知恵を持つとても優秀な人物であるというものに変わり、更には町の外からもたらされた情報によって次のような確信に変わっていった。

 彼が『どんな為政者にとっても喉から手が出る程欲しい人材』であるという事を。

 実際にダンケルドの有力者であるアーネストは、婚約者同士であるヒースとセレナに行商の全権を委任している。

 もちろんそうなった経緯はロルフにはわからない。
 しかし正式な婚姻関係にない彼に、それ程の権限を与えるのは異例中の異例だ。
 相手を信用していなければ出来ないという事だけは確実だった。

「シアさん、私は少し心配しているのです。彼のような人物が、そう簡単にウェーバー家の婿になってくれるのかどうかを」

 シアはロルフの話を真剣に受け止めていた。
 なぜならそれは、彼女自身も感じていた事だからだ。

「はい。困った事に本当にそう思います。でもわたくしはそれ程の人物だからこそ、心からお慕い申し上げているのです」

 そう言うと彼女は右手の拳を固め、こう力説する。

「かくなる上はもう、既成事実を作ってしまってですね──」
「シ、シアさん。貴方は何代も続く、由緒正しいウェーバー家領主の娘なのですよ? まずはきちんとマティウスの許可を取ってから話を……」

 その時だった。
 静かになったはずの敷地の外から、大声で呼びかける声が聞こえて来たのは。


「魔法協会のみなさーん、そして愛しのシアちゃーん! 皆さんが中に入れてくれないので、住民にご協力を仰ぐことにしましたーっ。こいつの命が欲しかったらさっさと扉を開けろっ!!!」

 ケビンの声は部屋の中まではっきりと聞こえて来た。

「住民の命って!?」

 そのまま外に出るのは危険なため、ロルフとシアは協会の三階へ向かった。
 三階のバルコニーからであれば、建物の前を一望出来る。

 バルコニーからケビンの一団を見ると、ケビンの配下と思われる男が、一人の老人の首近くに刃物を当てていた。

「タバサさん!?」

 ロルフがヒースと知り合うきっかけとなった老婦人が、そこに立たされている。
 目の不自由な彼女は、手を合わせてずっと何かに対して祈りを捧げていた。

「魔法協会ってのは確か、町の治安活動なんかには一切手を出さないって話を聞いてるんだけどよぉ。それが本当なら血も涙も無い集団だよなぁ」
「くっ……」

 ケビンの話は嘘では無かった。

 元々魔法協会は、魔物を退治する軍や冒険者をバックアップする組織として発足した、と言い伝えられている。
 だから職員達には攻撃的な精霊魔法の素養は求められず、とにかく勤勉で素直な人間が採用されるようなシステムが構築されているのだ。

 その仕組みについては、ヒースが考察した通りの内容でほぼ間違かった。

 そしてケビンの言う治安活動というのは、あくまで人々に対し、武力を行使してそれを排除する行動を指している。
 相手が魔神シンテザ信奉者かどうかなど、自己申告でも無ければ知りようが無い。

「さあさあどうすんだよぉ! こんな老いぼれ一人居なくなっても、お前らのお給金が変わるわけじゃねぇってか? えぇ?」

 横で立たされているタバサは何事か呟きながら虚空を見上げ、両手を合わせる。
 彼女のように力を持たない者達は、力ある者にすがるしか生きるすべがないのだ。

「ロルフさん……わたしは……」

 その時、短慮なケビンの頭を占めていたのは『扉を開けさせる事』のみだった。

 だが普通の思考力を持つシアにとってみれば、彼の行動は自分をさらう目的で引き起こされているものに見えただろう。
 ウェーバー家と共に生きて来た領民の一人が、自分のせいで苦しめられている。
 その事実は、非常に耐えがたいものであったに違いない。

 しかしそんなシアの気持ちを汲みつつも、ロルフは一つの決断をする。

「罪の無い住人を巻き添えにするのは協会の本意ではありません。彼のは入り口の扉を開ける事です。その後は私が対処しますので、シアさんは念のため支部長室に居てください」


(もちろんそんな事で引き下がるような相手ではない)


 それくらいの事は、ロルフも十分理解している。
 それでも彼がこんな行動を取ろうと思ったのは、ある若者の存在が大きかった。


(とにかく今は時間を稼ぐしかありません。そうすればあの若者が、きっと──)


 町が襲われる可能性を予見したヒースなら、必ず戻って来てくれる。
 それはロルフも確信していた。


 ただ一つの、大きな問題を除いては……



(あの隠れ家アジトから、どれだけの時間で戻れるのか!?)



 盗賊団のアジトは街道に面した森の奥深くに存在している。
 彼らは馬と馬車で向かったが、森の奥へは馬は進めない。

 朝一で出発した彼らでさえ、現地に到着するのは昼頃だろう。
 どんなに順調に事が進んだとしても、町に戻るのは夜になるはずだ。


 そして今はまだ、夕刻に差し掛かかるほどの時刻。


 ヒースが戻るまでの時間を如何にして稼げるか。
 それは今、ロルフの手にゆだねられていた。


 ロルフはシアを支部長室に戻した後、扉の防護魔法陣の解除を行う。
 そして自らの手で扉を開け、建物前に陣取る一団にこう告げる。




「皆さんのご希望通り、入り口の扉を開きました。お話を聞きましょうか」



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