Wild Frontier

beck

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第三章

タイムリミット

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 トレバーの渇水事情は井戸を掘りあてた事もあって好転した。
 このまま井戸を中心とした上水道を整備していけば、他の町と同様の生活を送る事が可能になるだろう。

 町の将来はきっと明るい。
 しかし──

 肝心の領地権限の移譲について、全く進展が無かった。
 もし町での出来事が連邦本部に届いているのであれば、そろそろ『マティアス復権』の連絡が来ても良い頃だと思うのだが……

「結局、町出身者の中には全く当ては無かったのですか」
「はい。町への功績というのがネックですね。功績に関する様々な事例を調べているのですが、その基準が結構高いようなのです。先祖代々の土地を守ってきた、というだけでは認められないでしょうね」

 確かに言われてみればそうかも知れない。
 タバサの息子や孫、メラニーの兄弟のように、ヘイデンに連れて行かれてしまったな人々は別にしても──
 それ以外住民は理由はどうあれ、町を捨てて逃げてしまったのだ。
 次の領主として相応ふさわしいとは言えないだろう。

「具体的な事例だと、どのようなものが?」
「そうですね。魔物から町を救った、山賊を退治した、などでしょうか」
「武功ですか。衛兵でも無ければ難しい功績ですね……」
「経済活動という面ですと、山林を切り拓いて一代で農園を軌道に乗せたとか、あとは町に公共施設を整備した、とかでしょうか」
「そういった方は近年いらっしゃらなかったのでしょうか?」
「何人かいらっしゃいましたが、皆さん既にご家庭をお持ちですね。ご結婚されていない方ですと……でも一人だけ心当たりが……」
「おお! その方はどのような功績を!?」
「はい。まずお仲間達と共に山賊を退治された方でして」

 なんだか嫌な予感がする。

「山賊、ですか……他にも何か功績を?」
「渇水になった町に井戸を──」
「町に井戸を掘った人間なんて、他にいませんよね!!」

 やっぱり俺かっ!

「そもそもこの町は渇水以外は比較的平和な町でして、盗賊団についても出没し始めたのはヘイデンが領主になった後の事なのです」

 盗賊の出現についてもヘイデンの差し金だった可能性が高そうだ。

「それまでは問題らしい問題は何も無かったと」
「そうですね。どちらにせよ、町の出身者で領主の後継者に相応しい人間はいないと思います。あとは近隣領の領主の子息などですが……ザウロー家は男爵という地位ながら、かなりの影響力を持っています」
「トレバー領を引き継ぐという事は、つまりザウロー家との敵対を意味する、と」
「はい。元々婚姻の話はシアさんが生まれた直後から引き合いがあったようです。でもマティウスと奥様のご意向で、彼女が大きくなるまでその話を進める事はありませんでした」
「後を継げる男の子がいなかったにも関わらず……娘さん思いだったのですね」
「はい。マティウスは本当に町や娘思いの、とても良い領主です」


 次の年を迎えるまで、あと残り三週間程度。


 領主移行期間が切れる前には必ず、トーラシア盟主からの使者がくるそうだ。
 用件はもちろん、領地の状況や権限移譲に関する確認である。

 最悪その時に直訴をするという方法もある。

 だが通常、町を訪れた時点でもう移譲は確定しているらしい。
 あくまで町を訪れるのは、一種の儀礼的な意味合いなのだろう。

 だから事前に出来る限り、連邦本部宛てに行動を起こしておかねばならない。
 トレバーの後継者候補についても、残り日数的にそろそろ送らないとまずい。

「町の状況について、そろそろまた文書を送らないといけないですね──」

 つい後継者候補についての言及を避けてしまう。
 出来る事なら、このまま旅を続けたいという気持ちがそうさせたのだろう。
 俺としては後継者候補に名乗りを挙げる前に、なんとかしてマティアスの名誉を回復させたい。
 そうすればすべてが丸く収まる。


 だが待てたとしても、タイムリミットはせいぜいあと数日。


「状況報告についてですが……実は少し前からほぼ毎週、親書を送っていまして」
「なんと、毎週ですか!」

 俺の思いを汲んでくれていたのだろうか?
 ロルフは連邦本部への働きかけをこまめにしてくれていたようだ。

「文章を書くのも大変でしょう。ロルフさん、ありがとうございます」
「いえ。送っているのは私なのですが、親書を書いているのはシアさんです」
「シアさんが? 一体それは……」
「なんでもヒースさんがこの町に来てからそれ程時間が経っていない事もあって、不信感を持たれないように進捗しんちょく状況を逐一送っている、と言っていましたね」
「そうでしたか。しかしさすが領主の娘さんだけありますね。卒が無い」

 やはり期限が近づいてきている事を、シアも気にしているのだろう。

「という事ですので、町の状況報告は問題無いのですが……」
「後継者候補についてですよね。大丈夫です、現時点で誰もいない事は私も認識しています。申し訳ない」
「いえ。こちらこそ何もお役に立てず済みません。でも町の事を考えると、本当にもう、ヒースさん以外に考えられないのです」



 ついに──
 きたるべき期限が来てしまったようだ。




「あと三日──いや、あと二日待っていただけないでしょうか」





    ◆  ◇  ◇




 ロルフとのやり取りをした翌日。
 もはや今日明日にでも、自分の進退を決めねばならない時期になっていた。

「ベァナ。ちょっと話があるんだ」
「はい、なんでしょう」

 新しい年を迎えるまで、残り三週間ほど。
 彼女も何の話なのかは薄々勘付いているだろう。

「出来れば君とだけ話をしたい。後で溜め池の所まで来てくれないか」
「ええ……わかりました」

 彼女も現在町が置かれている状況が分からないほどの人物ではない。


 だがその態度は決して嘆くわけでも、悲しむわけでもなく。


 ただ俺が下す決断を、とにかく聞き届けようようとする意志だけは感じられた。




    ◇  ◆  ◇




「ここからの眺め。全然違うのに、なんだかアラーニを思い出しますね」
「そうだね。まだ半年も経ってないのに、なんだか懐かしいな」

 溜め池近くにある、ちょっとした高台に俺とベァナは立っていた。

「ベァナと話をしようって思った時ににね、なぜか自然と『どこか景色のいい場所は無いかな』って思ってしまってね」
「あら、そうだったんですか。でも嬉しいです。わざわざお話する場所までこだわってくれるなんて」

 そう話す彼女の表情は、とても楽し気だ。
 そしてそんな彼女の様子を見て、俺は最近彼女がそんな表情をする所をほとんど見ていなかった事に気付いた。


 ──いや、違うだろう。


 楽し気な表情を見るどころか、忙しさにかまけて彼女自身とのコミュニケーションを疎かにしてしまっていたのだ。

「最近話をする時間も取れなかったな。ごめんな」
「部屋が別々になってしまいましたし、昼間のお仕事も別々でしたからね。仕方が無いかなって思ってました」

 確かにそういう側面はあった。
 だが時間は作るものだ。
 それが出来ないというのは、仕事の出来ない人間の言い訳だ。

 そして時間を作れなかった結果、今後について話す機会をいっしてしまったのだ。

 だが──
 実はこの期に及んでもまだ踏ん切りがつかずにいる。

 もしかするとベァナに話を聞いて貰っているうちに、何か良い解決策が出るのではないかと、無意識に甘い期待を寄せていたのかも知れない。

 本題を言い出せない俺を見て、ふっと微笑むベァナ。
 彼女の方から話を振ってくれた。

「ヒースさん。ずっと言おうと思っていたのですが」
「ああ……」
「この町に来た目的、覚えてますか?」
「ああ。もちろん忘れていたわけではない、のだが──」

 当初の目的が全く達成出来ていない。
 それどころか、果たそうとすらしていなかった。

「ベァナの言いたい事はわかる。今回もまた、自ら渦中に飛び込んで行ったようなものだからな」

 ベァナはその事に対し、特に怒っているようでは無いようだ。
 そもそも彼女自身、困っている人々を放っておけない性格なのだから。

「そうですね。私も人の事言えないのでそれはいいんです。それで最初はティネ先生を探しに来たんだよなぁ、なんて考えてたら、ちょっと思い出した事があって」
「思い出した事?」
「はい。ヒースさん覚えてますか? 以前アラーニのあの丘の上で、元の世界の学校についての話をしてくれたじゃないですか」
「ん? ああ。大学の話かな」

 忘れようが無い。
 泣かせてしまったベァナに俺の正体を明かした、あの夏祭りの夜。

「だいがく、と言うのですね。その話の続きをまた今度してくれるって言って、ずーっと待っているのですが」

 見ると彼女は頬を膨らませている。
 だがそれは多分、俺を笑わせる為にわざとしているのだろう。
 それくらいの彼女の気遣いはわかる。

「あーっ、今しようか?」
「いえ。今は私の話の続きを聞いてください。ヒースさんからはグルテンとかいう謎物質の話とかお菓子の話とか、他にも後でまとめてぜーんぶお聞きしますので!」
「グルテンって……ああダンケルドのパスタ屋での話か! よく覚えてたな!」
「当然ですっ!」

 そう言えば彼女はこういう女性だった。
 そのお陰で知り合いが誰もいないこの世界でも、心の平安を保つ事が出来たのだ。

「ヒースさんのその話を聞いた後思い出したんです。私多分、ヒースさんの事を前から知っていたって」
「えっ……ええっ!?」

 前から知っていたというのは……

「俺に会った事があるって事か!?」
「いえ。お会いしたのはゴブリンに襲われてかけた、あの日が初めてです」
「では一体──」
「夢を見た事があるのです。その時はその意味が良く分からなかったのですが」


 夢──
 既視感デジャブでは無いのか。


「多分お会いする一年くらい前の事だと思います。その頃から似たような夢を何度か繰り返し見る事があったんです。とても変わった場所で、説明しろと言われても難しいのですが……」
「あぁ。それは俺も良くあるのだが、多分説明は無理だ。そもそも夢を見ている最中に場所が少しづつ変化していったりするからな」
「はい、そうなんです。でもそこで行われている事は基本的に毎回同じで、授業? のようなものをしていました。そして教えている女性は確かにティネ先生なのですが、ちょっと雰囲気が違うと言うか……」
「まぁそれも夢だと良くある話だよな」
「それで──その授業を毎回聞いていた男性が、ヒースさんだったと思います」

 後になって俺だと判断したのであれば、それは夢の中で見た人物をで俺に結び付けてしまった可能性もある。
 それくらい夢で見た風景や出来事は曖昧あいまいなものだ。

「確かにそれは俺だったのか?」
「夢を見ていた時は誰なのか全く知らない人でした。まぁその時はヒースさんの存在すら知りませんでしたからね……でもおかしな事に私、その人の事がとても気になっていて──その人はいつも前から三列目くらいに座っているのですが、私は彼を見つけると必ずその人の前、一番前の席に座るんです」

 ちょっと待てよ?
 時系列的に着席するタイミングは違っているが、それって俺が物理学の授業を受けている時の席の並び順と同じじゃないか!?

「ちょっと質問なのだが、俺とベァナ以外に授業を聞いている人は?」
「なぜか後ろの方にぽつぽつと座っている人がいた気がしますね。でも授業を聞いているのは私とヒースさんだけで……」

 その点まで一致している。
 物理の授業をまともに聞いていたのは俺と檜原ひのはらさんだけだ。
 そして後方の席には出席だけ取りに来た連中が日替わりで座っていた。

「授業の内容とか、教室の雰囲気とか他に何か覚えている事は?」
「話の内容まではさすがにわからないです。覚えている事と言ったら……あ、そうだ。その部屋の一番前の壁には、濃い緑色をした大きな板が貼ってありましたね。先生がそこに何か文字を書いていたような……」


 それは余りにも衝撃的な内容だった。
 彼女が見たその板は、きっと黒板の事だろう。
 そして重要なのは──


 この世界に黒板は存在しない。


 もし仮に存在していたとしても、ベァナがそれを知っている事は無いだろう。
 そもそも今まで見て来たどの町にも無いものだったからだ。

「それはきっと黒板だな。数は減っているものの、元の世界ではとても一般的な筆記用具の一種だ」

 ただの偶然にしては少し出来過ぎている。
 しかも俺は大学の授業風景の話など、ベァナにすら一言も話した事はない。

「本当ですか!? じゃあもしかしたら私にも、ヒースさんの世界の知識があるのかも!」
「ああ。それは十分あり得るな」

 彼女はとても嬉しそうだ。
 否定する必要が無いどころか、本当にその通りである可能性もある。

 だとすると──
 檜原さんがベァナ!?

 いやいや。
 どう考えても人種からして全く異なる。
 檜原さんは日本人だが、ベァナは元の世界で言うと東欧辺りの出身に見える。

 だが同じ民族だからと言って、全ての人々が同じ顔をしているわけではない。

 例えばシア。
 彼女の見た目はほぼ日本人だが、檜原さんとは全くの別人だ。
 だがベァナと檜原さんの間には、なんとなく似た雰囲気がある。


(もしかすると、共通する部分が多いほど意識に影響を与え易い?)


 思考の深淵にはまろうとしていた俺を、ベァナが引き戻してくれた。


「ヒースさんが今日、私に何を話すのか。とても不安でした」


 彼女は唇を噛み、自分の服を強く握りしめていた。
 こういう時の彼女の話は、間違いなく本心だ。

「でも──真実かどうかはわかりませんが、私とヒースさんの間に何かしらの縁があったんだって思えてとても嬉しかった。私はもうこれだけで十分です」

 話す内容は肯定的であるのに、その表情には哀しみが溢れる。
 それまでの姿が、まるで偽りだったかのように。

「ヒースさんは私がいなくても、荒れ果てた世界を一人で突き進んで行ける人」
「そんな事はない」
「いいえ、そんな事あります。ヒースさんは例え一人で歩き出したとしても、結局いつの間にか多くの人々が周りに集まってきます。そしてその誰もがみな素晴らしい才能であなたを助けてくれるのです」
「俺はその筆頭がベァナだと思っているのだが──」
「私には何の力もありません。私がいなくても、ヒースさんは大きな事を成し遂げるでしょう」
「ベァナ、君は一体何を──」
「そしてそれが多くの人の為になるんだって事くらい、私にだってちゃんと理解出来ていますっ!」

 なるほど。そういう事か。


 彼女は俺がトレバーを救うためにウェーバー家の婿に入り、この先ずっとこの都市トレバーで生きていくのだと、のだ。


 確かにその選択肢も最終手段として残してはいたが──


「ベァナ、聞いてくれ」
「ごめんなさい。私はその先の話を聞けません」
「いやそうじゃなくてだな……」
「聞いてしまったら最後、私は絶対にヒースさんに迷惑を掛けてしまいます。ですからもう、このまま何も話さず話を進めてくださいっ!」

(少し頑固な所があるとは思っていたが──これははっきり言わないとダメそうだな)

 意を決して思いの内を彼女にぶつけた。



「君の願いが叶うまで、俺は絶対に離れたりはしないからなっ!!」



 俺の言葉が予想外のものだったらしく、目を丸くするベァナ。

「えっと……それはどういう……」

 もちろんその話をする為に、俺は彼女をここに呼んだのだ。
 だがその意味を説明しようとしたその時──

 高台の下のほうから何やらヒソヒソ話が聞こえてきた。



(……ヒースさま、おこってるですか!?……)
(……ううん、ちがうよ。きっとこれは重大な告白だよっ!……)
(……こくはくですか……)
(……そう。もうこんな大事な時に報告しなくちゃならないなんて~っ!……)
(……でも、いたらちゃんとつたえなさいってセレナさんが……)
(……わかってる。けど、これこそ私達の計画に大切な第一歩で……)



 明らかにニーヴとプリムの声だった。

 ベァナもその声に気付いたようだ。
 彼女は少し呆れたような顔をしながらも、力なく笑っていた。


「おーい二人とも。言いたいことがあるならはっきり言えよ~っ」
「わわっ、ヒースさま! お気づきになられていたのですね」
「内緒話にしちゃ、随分大きな声だったからなっ!」


 そう言いながら高台から降りていく。
 後から続いてくるベァナを横目で確認しながら、二人に事情をたずねた。

「で、報告というのは?」
「えっと、まちにえらい人がやって来たみたいで」

 プリムの言葉に期待が高まる。
 やっと連邦本部にトレバーの現状が正しく伝わったか!

「それは連邦本部の使いか!?」
「いいえ……」

 ニーヴの表情は固い。
 つまりそれは、悪い知らせだという事を意味していた。


「町にやって来たのは、ヘイデン・ザウロー男爵です」
「ザウロー!? 使いの者ではなく?」
「はい。ロルフさんが本人だと、そうおっしゃっていました」


 もちろんその可能性を考えていなかったわけではない。
 だが、来てもせいぜい使いの者だけだろうと考えていた。

 それが、まさか本人が直接来るとは……




 ケビンは非常にわかり易い性格だったが、ヘイデンは流石に一筋縄では行かない。
 彼の考えについては、俺にも全く予測出来なかった。



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