Wild Frontier

beck

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第四章

教授

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 元の世界と同様、師匠も走るほどの忙しい年末を駆け抜け──


 この世界での新たな年を迎えた。


 ヘイデンの圧政と単眼の巨人キュクロプス襲撃の影響で盛大な年明けとは行かなかったが、それでも今回は住民にとって意義のある年明けとなった。

 前領主、マティウス・ウェーバーの領主復帰の報である。

 トレバー領主については連邦監察隊、師団長ミランダの名の下で無事、マティウスの領主再任の儀礼が執り行われた。

 略式ではあったが、正式なものに変わりはない。
 つまりトレバーはまた元通り、ウェーバー家による統治が再開されるのである。

 そして苦しい財政状況の中ミランダからの援助もあり、ささやかながら簡単な祝賀会が行われていた。
 なんの祝賀会なのかははっきり名言されていないのだが──


(きっとマティウスの領主復帰を祝っての事だ……決して婚約……)


 それ以上考えない事にした。


 少し離れた場所に目を向ける。
 するとそこには背を屈め、テーブルをじっと観察する二人の娘の姿が。


「ニッ、ニーヴちゃんっ! あのかいがら、たべれるのですかっ!?」
「ああ。あれは貝じゃなくて、コンキリエっていうパスタの一種だね。スパゲティと材料は同じだから、もちろん食べられるよ」
「じゃ、じゃあ、あそこのザリガニがたくさんのってるのは!?」
「ザリガニって……プリムちゃん、あれはエビだよ。川で捕った事あるでしょ?」
「ザリガニより大きなエビなんているのですか!?」
「ああそっか……プリムちゃんは海見た事なかったもんね。あれは海で捕れるエビだね。もっと大きいエビもあるんだよ?」
「おおおー! うみ、すごいです!」
「で、その料理は多分……パエリアかな? お米を炊き込んだ料理」
「おこめ……おだんごの?」
「ヒース様と作ったお団子の材料とは、多分お米の種類が違うかな? この辺じゃ細長いお米のほうが一般的みたいだから、そっちのお米を使っていると思う。私もパエリアは初めて見るけど……」
「も、もう、たべてもいいんですか……」
「ど、どうなんだろう……立食パーティだし、挨拶も終わったからいいとは思うんだけど、どうやって食べればいいのかな? 手掴みなんて事は絶対無いだろうし、みんな飲み物を手にお話しかしてないし……うーん……」


 あたりをキョロキョロと伺う二人。

 子供の頃、法事で親戚の家に行った時の事を思い出した。
 そりゃ大人ばっかりの中じゃ、どう振舞っていいかわからないよなぁ。

(ちょっと助け船を出してやるか)

「お疲れさん二人とも」
「「あっ、ヒースさま!」」

 同時にこちらを振り返り、駆け寄って来る二人。
 目がキラキラしている。

「あのね二人とも。向こうのテーブルに取り皿があったはずだよ。その後の事は──ニーヴならわかるよね?」
「はいっ、お任せくださいヒース様! プリムちゃん、作戦開始だよっ!」
「かしこまですっ!」

 すててて、というような音がしそうな勢いで飛んでいく二人。

(この子たち、見ててほんと飽きないなぁ)

「ははは。元気な子達じゃないか」

 俺に声を掛けてきたのは連邦監察隊の師団長、ミランダだ。

「これはミランダさん。この度は幼い二人までお呼び下さいまして、ありがとうございました」
「何を言うかヒース殿。聞けば彼女達はヘイデンの兵達よりもよっぽど活躍していたそうじゃないか。町を守った功労者をお呼びするのは当然であろう?」
「そうやって公正に見て頂けるだけ幸いです。きっと他のご貴族様でしたら、こんな高待遇など受けられないでしょうし」

 ミランダは右手を顎に当て、微かに笑いを見せる。

「ヒース殿はなんというか、不思議な男だな。世間知らずのお坊ちゃんのような面があるかと思えば、時に正鵠せいこくを射るような発言をする」
「大したものではありません。あくまで本や他人からの受け売りです」
「それでも知っているというだけで、その道へ辿り着くのが随分容易になるものだ。私にもそんな本や人物を紹介して欲しいくらいだよ。ああ、ティネは勘弁してくれよ? あやつの事はこの国で一番理解しているつもりだからなっ!」

 豪快に笑うミランダ。
 だがすぐに真顔に戻る。

「ティネの件はすまなかった。彼女にしか頼めぬ依頼があってな」
「いえ。事情は察しています」

 本当ならティネから色々な話を聞こうと思っていたのだが、どうやら連邦本部から断れないような依頼をされたらしい。
 彼女は急遽、フェンブルへ出発しなければならなくなった。

「もともと彼女に会うためにトレバーを訪れたのだろう? そういう意味ではとんだ邪魔をした形になってしまった。申し訳無い」
「それでも一日待っていただけたお陰で、お互い貴重な情報をやり取りできました」
「そうかそうか。あんな変わり者が役に立ったなら良かったよ」
「確かにちょっと変わっている所はありますけどね、彼女は本当に凄い人ですよ。尊敬できる人物です」


 俺は参加者の中から、ゲルトの姿を見つけた。
 耳の不自由なはずの彼が、片言ながら会話をしている。

「ああ彼か。ゲルトと言ったか?」
「はい。私はまさかこの世界で、耳の不自由な人間への手助けが出来るなんて思いもしませんでした」

 ミランダは『この世界』という言葉に反応したが、話の腰を折る事も無くそのまま黙って話を聞き続けてくれた。



「私はあらゆる面で、古い価値観を引きずっていたのでしょうね」




    ◆  ◇  ◇




 町はずれにある、とある古ぼけた小さな家。
 今回の件で空き家になった内の一件だ。
 マティウスの許可もあり、身寄りの無いゲルトはここで暮らしている。

 俺とティネの二人は、そんな彼の家を訪れていた。

「ちょっと時間が無くてごっつくなっちゃったけれど、おそらく問題無く動作すると思う。前に似たような魔道具を作った事もあるし」

 そう言ってティネが出したのが、耳掛けタイプのイヤフォンのような装置。

「でもさすがヒースくんよね。術式部分は元々あったものだから問題無かったんだけど、耳に取り付けるにどうしたらいいか困ってたのよ」
「まぁ……以前色々な形のものを見た事がありましたので……」
「もうほんとそれ。私もどうにかしてそっちの世界に行けないかしら……」

 真剣に悩むティネ。

 ティネが取り出した装置は、個人用の音波増幅器である。
 地球で言う所の『補聴器』と言った所か。

 ヘイデン親衛隊と対峙した際に使用した通り、この世界には既に拡声器に該当するものが存在する。
 ティネはその仕組みを応用し、外部から音波を耳に向けて増幅する魔道具を制作したのだ。

 だが工業が発展していないこの世界では、物作りは手作業になる。
 プラスチックのように自由自在に成形可能で、かつ軽量な素材など存在しない。
 そこで俺は耳の穴に入れるタイプのイヤフォンではなく耳掛けタイプのイヤフォンの存在を思い出し、それをティネに提案した。
 これであれば金属を使って比較的簡単に作る事が出来る。

「折角本人がいるわけですし、早速付けてもらいましょうか」

 俺達の様子とずっと黙って見ているゲルト。
 俺はその補聴器を自らの耳に付けてみせる。

 そしてその補聴器をゲルトに渡し、ゆっくりと「やってみて」と語りかける。

 初めて見る道具に不安そうなゲルトだが、彼が俺の頼みを断る事はない。
 盗賊団殲滅の一件以来、俺は彼から全幅の信頼を置かれている。

 彼は魔道具を恐る恐る耳に当てた。

 その瞬間だった。
 ゲルトが驚きの表情を見せる。

「アッ、アアパッ」

 音が聞こえないためうまく発声出来ないものの、喋る事は出来る。
 そして彼の表情を見れば、何が起こったのかは一目瞭然だった。

「ゲ・ル・ト、きこえるかい?」

 俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その言葉が彼自身の名前だと気付くのに、時間は全く必要無い。
 彼は俺の口の動きで、それが自分の名前だと既に知っているのだ。


「ゲルト?」


 もう一度語りかけると、彼の瞳から涙がこぼれ落ちた。

 発音のわからない彼に、会話での返答は出来ない。
 だが彼は俺の問いかけに対し、きっちりと返答してくれた。


 彼は涙を流しながらも、満面の笑みをこちらに向ける。
 そして握った右拳を突き出し、親指を天井に向けた。


(そうだゲルト。それはこういう時に使うんだよ)


 俺もサムズアップで応える。

 それは彼が生まれて初めて行った、音によるコミュニケーションとなった。




    ◇  ◆  ◇




「あーっ!! ミランダの奴、こんなタイミングで残酷な指示をっ!!」

 領主の館の一室。
 ティネはマティウスの好意で、領主の館の客間に滞在中だった。
 そしてそれは魔法協会には泊まりたくないという、彼女の希望でもある。

「仕方ないですよ。メルドランが本格的にフェンブルへ侵攻したようですし」
「戦争なんだからミランダが行くべきよっ! そもそも私は軍を辞めた身よ? それにそもそもトーラシア軍じゃなかったし」

 ティネとベァナの母ブリジットは、元々フェンブルの軍人だった。
 アラーニ村出身の正規軍人だったイアンもそうだが、フェンブル軍は比較的除隊しやすいらしい。
 徴兵制があるのと待遇が良いという理由で、兵士数が十分足りていたからだ。
 ただし、メルドランが攻め込んできた現状はそうも行かないだろう。

「フェンブルの魔法大隊でしたっけ? むしろそのせいじゃないですか?」
「むぐぐ……そう。きっとそのせい。未だにフェンブルからトーラシアのお偉いさん宛にお願いという名の圧力が……」
「仕方ないですよ。ティネさんクラスの魔術師なんてそうそう居ませんし」


 ミランダからティネへの指示は、フェンブル・メルドラン国境部の偵察。
 どうやらメルドラン軍に、魔物によって編成された部隊が存在するらしい。

 彼女に依頼されているのはメルドラン軍の実情把握だ。
 トーラシアは他の二国に比べ魔法研究がそれほど盛んではなく、ティネ程の知識を持った魔導士はあまりいないそうだ。


「向かうのはフェンブル北部の町でしたっけ?」
「そう。ダンケルドから結構離れている点は安心なんだけど……暫く留守にしてる工房と愛弟子が心配でね」
「メアラさんですよね。実はその件もあってお話が」

 背嚢から一冊の本を取り出し、ティネに渡した。

「これは?」
「メアラさんがまとめた本です。師匠に会ったら渡してくれと頼まれまして」

 中身を一ページずつ確認するティネ。
 俺はその経緯を一通り話す。

 エルフであるメアラが、少ないマナ量にコンプレックスを持っていた事。
 そしてそのせいで、高位魔法の習得が難しい事実を再認識した事。
 俺との会話によって、使えなかった土魔法を使えるようになった事。


 そしてそれらの事から、術者では無く学者を目指そうと決めた事。


「そっか。彼もやっと進む道を見つけたのね。ヒースくん。ありがとう」
「感謝されるような事なんて何もしていません。むしろこの本のお陰で、私は色々な事を学べました。感謝をするのはこちらのほうです」

 メアラの本を読みながら、柔和な笑顔を見せるティネ。

「エルフの所有マナ量が少ないって話は知ってるわよね」
「はい。実際にディテクト・スピリタスをお互いに使って確認しました。本人すごい嫌がってましたけど」
「あはは、目に浮かぶようね。でもエルフって私達のような人間族ヒューマンとは違ってね、本来は全種類の精霊魔法を使えるの。だからその道に行くのはある意味正解だったかも知れないわ」

 俺は精霊魔法というのは、十分なマナ・適切なイメージ・正確な詠唱さえあれば、誰でも成功するものだと思っていた。

 その根拠は俺の冒険者カード。
 俺のカードには、全種類の精霊魔法の使用記録が残っていたからだ。

「人は全種類使えないのですか?」
「うーん。魔法使いの大半が、一、二種類までしか使えないわね」
「それは本当ですか!?」
「本当というか、あくまで経験則って奴ね。これについては魔法研究者の間でもいくつか意見が分かれていてねー。一番多いのは個人や地域毎に精霊の加護が云々とか言う話なのだけれど──」
「それは全くナンセンスな話です。魔法協会発行のカードによって術者の情報が得られる以上、カードの先にあるシステムによって管理されていると見るのが最も論理的だと思います」


 俺の話を聞いて驚き、そして瞳を潤ますティネ。


「やっ、やっと──やっと私と同じ考えを持つ魔術師を見つけたわっ!!」


 ものすごい形相で俺の手を取る。

「ちょっとその件について一週間くらいかけて議論を……」
「ご出発、明朝でしたよね──」
「!?」

 現実に引き戻され、彼女は力なくうなだれた。

「なんて……なんて残酷な運命なのっ……」
「わたしも是非、話しをお伺いしたい所なのですが──ミランダさんに逆らうのは得策では無いかと──」
「ううう。もっと早くに出会いたかったわ。ヒースくんっ!」


(それはそれで恐ろしいような……)


 結局お互い質問事項を列挙し、出発時にその返答を貰うと言う形にした。
 もはや時間が無いためこうするより他に無い。


 俺が知る中で、この世界について最も良く知る人間が彼女だ。
 俺は思いつく限りの質問を、羊皮紙に書き連ねていった。




    ◇  ◇  ◆




「という事でティネさんから貰った回答がこれ」

 手元にあるのは三枚の羊皮紙。
 それをのぞき込んでいるのはベァナだ。

「三枚?──ちょっと少なく無いですか?」
「そっかな?」
「そうですよ。ヒースさんは師匠に何枚くらい書いてあげたんですか?」
「十五枚くらいかな?」

 トレバーに滞在していたこの数か月、暇を見つけては読み書きの練習を行っていた。
 その甲斐もあって、簡単な文章ならば自由に書けるようになっている。
 ただティネの質問が高度だった事もあり、ニーヴにも手伝って貰った。

 年齢的にも立場的にも、シアのほうが専門的な知識は豊富なのだが──

(シアに頼んでいたら、手が塞がって文字が書けなかったに違いない)

 そしてそんな事がこのベァナに知られたりしたら、更に大事だ。

「随分差があるじゃないですかっ! さては師匠、手抜きを──」
「いやいや。ティネさんは翌日の出発だったし、準備もあって大変だったと思うんだ。でもそんな中で全質問に答えてくれたばかりか、いくつかの助言まで書いてくれて──感謝しか無いよ」
「そうなんですか。でもこの回答なんて、なんだか意味わからないですよ?」

 ベァナは指し示した項目を読み上げる。

「火魔法イメージ:空中から木炭の粉? ですって」
「ああ、そうだな」
「そうだなって──書かれている文の最後に?って付いてますけどっ!」
「いや。彼女はは本当にすごい魔導士だよ。それで十分意味が伝わった」
「そうなんですか!?」
「ああ」


 ティネが『?』と書いたのは、この世界の常識には無い知識だからだ。

 彼女はおそらく調査の末辿り着いた詠唱イメージを、先入観を一切消した状態で試してみたのだろう。

 常識に捉われない発想が出来る事。
 これだけで、彼女が非凡な才能を持っているのがわかる。
 そしてこの世界の常識で考えると、それは間違いなく『?』な現象だ。

 だが俺の中身はこの世界の人間では無い。
 よってその意味が良く分かる。




 燃焼した木炭が空気中でどのような状態にあるのか。
 高等教育を終えた俺にとって、それはあくまで常識だったからだ。



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