海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ

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異世界の仕事改革

社畜魔族に休息を

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とにかく、まずは全ての要望が集まるこの執務室を整理しないと話にならない。

何度も言うが、残念ながらエミリは転移者にありがちなチート級の頭脳は持ち合わせていない。
せいぜい、日本で社会人経験を積んだ人が思いつくような、普通の知識と工夫しかない。

それでも、やらないよりはマシだ。




手近な書類の束を取り、素早く内容を確認する。

「市民の要望は黄色。城内管理は緑。人間国関係は青。あと、緊急性のあるものは赤でマーク。内容を全部読まなくても、何の書類かひと目でわかるようにします」

魔族たちは、ペンを持つ手を止め、ぽかんとエミリを見た。

「そ、そんなことが……できるのか……?」

「できますよ。なんなら緊急・通常・後回しOKの3段トレーも作ります。
今は全部ひとまとめだから混乱してるだけです」

さらにエミリは指を鳴らし、エネルを振り返る。

「それと、魔力通信で済むものは書類を廃止できませんか?
あとは…この城の人事管理は、戦闘職と雑務職の役割が混在してるから、疲弊が倍増してる。……戦える人は戦闘だけに専念させて、雑務は他の魔族に任せるべきです。」

「なるほどな、確かに城内の戦闘員も書類地獄に巻き込まれてるな」

とエネルが腕を組む。


「はい。無理に全員同じことをするのは非効率です。向き不向きがありますからね、苦手な人にその仕事をやらせて無駄な時間を使うよりも効率的です。
役割を整理して、負担を減らすことから始めます」


魔族たちはまだ信じられないという顔をしていたが、ほんのわずかに、本当にわずかにだけ、その疲れ切った目が、光を取り戻したように見えた。


エミリはそんな彼らに、はっきりとした声で言い切る。


「効率化って、がむしゃらに働くことじゃないです。無駄を減らすことですから。
必要なところにだけ力を使えば、ちゃんと休めるし、間違いも減ります」


その言葉に、ペンを持つ手が止まった。

ゆっくりと視線がエミリに集まり、誰もがわずかに息を飲む。


「……休める……?」

かすかに漏れた声は、疲れ果てた希望のように聞こえた。



エミリは微笑む。

「もちろんです。効率を上げて、余った時間はちゃんと休むために使うんですよ。その方が、結果的に仕事の質も上がります」


エミリはすぐに机の上の書類をひっつかむと、色分け用のリボンや布を取り出した。


「じゃあ、今から簡単な色付け仕分けをしましょう!」

エルヴィンが横から口を挟む。

「……確かに、全部内容を読まなくても判別できるな…」

さらにエミリは、執務室の一角に空の棚を用意し、手早くラベルを貼った。

“至急” “後で確認” “一時保管”

――たったそれだけの区分なのに、散乱していた書類の山はみるみる整理されていく。



「それから、書類を運ぶだけの人を二人つけてください。書く人と、運ぶ人を分けるだけでも効率は段違いです。
……あ、あとここ、簡易の仮眠スペースも作りましょう。」



魔族たちはぽかんとした顔で、その光景を見ていた。

書類が減ったわけじゃない。

でも、確かに“どうにもならない混沌”が、少しずつ形を成しはじめている。



「す、すげぇ……」

ぽつりと呟いた声が、疲弊しきった空気に小さく響いた。



エミリは微笑む。

「まずはこういう小さな改革からです。
効率化は、無駄を減らすためにあるんですから」



*****





効率化が進み、娯楽室も稼働し始めて数日後。

エミリが様子を見に行くと、



「……なんであの人がいるんですか」



娯楽室の中央、ふかふかのソファに寝転がりながら、ポテチのようなものをつまんでいるのは――魔王本人だった。

巨大なスクリーンには、例の《魔族キュン共同生活シーズン1》が流れている。



「いやいやいや、ここで気づかないのはおかしいだろ!お前、鈍感すぎるんだよ!」


魔王は画面に向かって身を乗り出し、まるで実況者のように熱弁している。

映像の中では、恋愛に鈍い魔族男子が、魔族女子にさりげなく優しくする名シーンだ。


「見ろ、この子だよ、この子!こいつがシーズン1の真のヒロインだって、俺は最初から言ってたんだよ!おい、エネル、お前もそう思うだろ!?」

「……いや、俺はあのツンデレ魔族女子のほうが推しだが」

「はぁ!? わかってないな!わかってないよお前は!見ろよ! あのはにかんだ笑顔! 惚れるだろ!?」

魔王はソファに片足をのせ、全力で推しキャラの尊さを語る。

その姿に、集まった魔族職員たちもだんだん引き込まれていき、

「いやいや、あの腹黒いけど実は優しい年上キャラこそ至高だろ」
「いやでもツンデレ派も捨てがたいぞ…」
「俺はいつも筋トレしてる子が好きだな…」

と、いつの間にか推し魔族討論会が始まっていた。

その光景を見ていたエミリは、目を細めてぼそっとつぶやく。

「……結局、トップの趣味が組織の文化になるんですよね。でもまあ、こういう雑談がある方が組織は強いんですけど」


娯楽室はサボり部屋ではなく、いつの間にか魔族たちのコミュニケーションと癒やしの場になっていた。



娯楽室からの笑い声が、遠くかすかに響いてくる。
あれだけ疲れ切って無機質だった魔族たちの表情が、少しだけ柔らかくなったのをエミリは確認し、ひとまず満足する。


そして視線を戻すのは、すっきりと片付いた執務室だ。
山のように積まれていた書類は色分けされ、急ぎのものはすでに捌かれた。

ようやく、落ち着いて読むことができる市民からの要望。


「……さて、どんな声が届いているのかしら」


手に取った最初の束は、市民から寄せられた切実な声だった。
街の治安悪化、慢性的な食糧不足、子どもたちの教育の場がないことへの不安――。



ページをめくるたび、言葉の端々から生活の苦しさと、どうにもならない閉塞感がにじみ出てくる。

それは、国全体が少しずつ崩れかけている兆候だった。


「……やっぱり、どこも同じね」


エミリは書類をそっと伏せ、小さく息を吐く。

トップの混乱は、必ず現場の暮らしに歪みを生む、彼女は嫌というほど、それを見てきた。
魔族社会全体のひび割れが、今まさに表面化し始めている、そんな予感が胸の奥を冷たく締めつける。

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