恋語り

南方まいこ

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僕に出来ることを

#54

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 シャールの膝の上でサイファが「面倒なヤツらだ」とブツブツ繰り返し文句を言う。
 元々、正教会は馬車に細工がされていたことを疑っていたし、遅かれ早かれ、訴えに来ることくらい分かっていたけど、その細工にサイファが関わっているのでは? とシャールは疑っていた。
 上手く聞き出せればいいけど、と少し考えて「あの……」と切り出した。

「どうかしたか?」
「……オーディンは、お城では冷遇されていたと聞きました」
「そうだね、大抵の貴族は邪魔だと思ってたよ」

 口元を歪めながら、サイファは話を続けた。

「オーディンは融通が利かないし、甘い汁を吸いたい人間にとっては厄介な存在なんだろうな。弟が国王陛下になれば国は繁栄するのに、それよりも私欲を肥やしたい人間が多い。だから私のような人間が後を継いだ方が、気が楽でいいと思ってるんだろ」

 悲し気と言うよりは、喜怒哀楽が無くなったサイファの表情を見てシャールは寒気がする。
 彼は王宮がどんな所なのか改めて説明してくれた。
 貴族の令息、令嬢が礼儀と知識の為に王宮で下働きに来ており、当然のように情報収集をし、兄弟のどちらが王に相応しいかを見定めると言う。
 
「私はどちらでもいい、王国を継がなければいけないなら継ぐし、私が必要無いなら気楽な辺境拍になってもいい、まあ、母上が許さないだろうけどね」
「そうですか……」

 サイファの本音を聞けて、この人がオーディンを殺そうとしたわけじゃないのかな? と思う。
 彼が言うように、オーディンのことを邪魔だと思っている人達が起こした事故なら、この人を恨んだりせずに済む、と長めの溜息を吐くと。

「その溜息は安心したの? 私がオーディンを殺したのでは無いと思ってくれたんだ?」
「……っ!」
「分かり易いな、私達のような王国の後継者は常に人の心を読むことを要求されるんだ、君が考えてることくらい分かる」

 彼はくすくす笑い「それを逆手に取ることも出来る」と言われて、その言葉の意味をシャールが理解した瞬間、ノック音と共に扉が開かれた。

「サイファ殿下!」

 慌てた口調でサイファの側近の一人が戸口に立った。
 乱暴に開かれた扉に目を向け、冷たい表情を宿したサイファは、シャールの膝から体を起こし「無作法だな、何事だ」と立ち上がり側近の方へ歩いて行った。

――逆手に取る……、じゃあ……

 つい、さっき彼が殺そうとしたわけじゃないと思いかけたのに、その思考までも操られようとしていたと知り、サイファのことを怖い人だと思う。
 扉まで行った彼は、報告に来た使いの者と何か揉めているが、シャールの所まで声は届かないこともあり、使いの人間の切羽詰まった様子しか分からない。
 やっと、ひと段落ついたのか、サイファがこちらに戻って来ると。

「聖教会が、君を引き渡せと言っている」
「え……」
「君が転落事故を起こした犯人かも知れないから、聖教会で取り調べをした後、処分は聖教会ですると……」
「ぼ、……僕は何もしてない……」

 どうして聖教会はシャールが犯人だと言うのだろう? プラウが一緒に来ているなら、絶対にそんなことは言うはずは無いのに、何故……、とシャールが悲しんでいると、サイファは口の端を上げ「やられたね」と言う。

「君を自由に出来る、唯一の方法を公爵が執行したんだろ」
「……え、それはどういうこと……?」
「君の意思でここを逃げ出せば、責任を取らせて公爵を捕らえることが出来る、そうなれば、優しい君は……、また助けにくるだろう?」

 確かにガイルを助ける為なら、シャールは言うことを聞いてしまう。
 けれど聖教会がシャールを捕らえたなら、この国の法では無く、教会の罰を受けることになり、サイファがガイルをいくら捕らえようとも、シャールは罪人で聖教会から抜け出せるわけが無いのだから、ガイルを捕らえても意味は無くなる。
 
「小賢しいことをしてくれるね、オーディン・・・・・も」

 その言葉に、シャールは肩を揺らした。
 サイファは小首を傾げ、何を驚いているのか、とでも言いたげな顔を見せると。

「生きてることくらい知ってたよ、シャール、君だって知ってただろ?」
「っ……あ、あの」

 思わず言葉が詰まる。こちらの様子を見ていたサイファは、鼻を鳴らすと、腕を組み、クっと前かがみになりながら、シャールの態度を指摘する。

「やっぱり嘘が下手だね、知らない素振りをしても、分かるよ。それに聖教会が持って来た証拠だと言う箱や布だって、この国の人間じゃなければ、気が付かないような物だ」

 鋭い目を向けられて、その威圧にシャールの喉がカラっと渇いて来る。

「転落事故に遭ったと言うのに、生きてることにも驚くけど、誰も気が付かないような布切れを証拠と判断して現場から持ち出せるのはオーディンくらいだ。今は聖教会に保護されているんだろうな」

 苛立ったように話すサイファに、シャールは抵抗した。

「けど、遺体はエルーザ様が……」
「あー、あー、煩いよ、今更、そんな事はどうでもいい、早く逃げよう、捕まりたくないだろ?」

 じりっと一歩下がり、シャールは嫌だと首を横に振った。
 自分の判断が間違っているわけじゃないのに、嫌だと思う気持ちは本心なのに、激しい怒りの色が見えるサイファを目にし、今は判断を間違えたのかも知れないと思う。

「来るんだ」
「っ、痛い、やだ……」

 シャールの腕を掴み、部屋から連れ出そうとするサイファの手を咄嗟に払い除けた。
 自分の反抗的な態度に怒った彼が手を上げ、それが振り下ろされるとシャールの頬がバチっと音を鳴らし、衝撃でくらりと脳が揺れる。
 口の中に血の味が広がると、痛みと恐怖で足が竦み上がり全身が震えた。

「ああ、……ごめん、ごめん、もう怒らないから、おいで、ここに居ては捕まってしまう」

 これ以上怒らせたら、何をされるのか分からないのに、自分からは肯定の言葉は出て来なかった。

「……僕、捕まりたい」
「なに?」
「僕が犯人なんでしょう? 捕まってもいい……」

 そうすれば誰も悲しまずに済む、だから捕まりたいとシャールは訴えたが、目を吊り上げサイファは怒気を露にする。

「シャールは誰にも渡さない、いいから来るんだ」
「……ぅー、いやっ……、だ」

 サイファが外にいる近衛兵にシャールを抱えるように言うと、途惑いながら「シャール様、申し訳ありません」と言い、兵士に体を拘束された。
 宮殿の横にある庭園へと向かい、市街地へ抜けることが出来る裏通路へと向かう途中で、聖教会の騎士が立ち塞がり、サイファは怒りの言葉を投げた。

「何の真似だ!」
「それは、こちらのセリフです。その御方を何処へ連れて行くつもりですか?」
「聖教会の引き渡しには応じない!」

 サイファは聖教会の騎士に道を開けるよう要求する。
 行く手を阻まれ、聖騎士と押し問答を繰り返していると、プレートアーマーに身を包んだ重剣士が二人現れた。
 それを見たサイファは、整った眉を歪ませ「お前達……」と聖騎士に詰め寄った。

「わざわざ重剣士を連れて来るとは……、戦争でも起こすつもりか?」
「そのようなことは御座いませんが、重罪人を連れて行くのですから、このくらい慎重にならなくては」

 このままでは、何か良くないことに発展してしまいそうで、シャールは自分を抱えている騎士に、降ろして欲しいと伝える。

「ですが……」
「大丈夫、僕は逃げたりしない」
「分かりました」

 こちらの様子を見ていた重剣士が二人、ガチャガチャと音を立てシャールへと向かってくると、一人の剣士が名を呼んだ。

「シャール様……」
「……ぁ……あ……」

 鉄の仮面で声がこもっているけど、自分がその声を忘れるはずが無い、顔は見えなくても彼の気配が分かる。どれだけ、会える日を待っていたか、と目の前にいる剣士に伝えたかった。
 もちろん生きていると信じていたし、確信はあったのに、何度も心が折れそうになった。
 震える声で、思わず「僕を連れて行って」と言葉にすれば「仰せのままに」と抱き上げてくれる。
 その瞬間、シャールの視界が滲んだ。

「そこの剣士、シャールに触るな!」

 サイファがこちらの様子に気が付き、声を張り上げる。けれど、もう自分を偽れないし、この手を離したくない。

「ごめんなさい……、僕は聖教会に行きたい」
「何を言ってるんだ、お前は誰にも渡さないと言っただろう、誰かに渡すくらいなら、殺すよ? 父親と同じ目に遭いたいのか……?」

 一瞬何を言っているのかと思った。
 恐ろしい言葉を平気で口にするサイファを凝視していると、目の焦点の合ってないサイファの口が、ほろほろと動き「そうだよ私が殺した」と言う。

「女神が病気で亡くなって直ぐだった。振る舞い酒だと言って、フレイにワインを注いだ……、注いだ瞬間、毒だと分かっただろうに、そのまま飲み干したんだ。まったくいさぎよい死に様だけは敬意を表するよ」
「ど、どうして……そんなこと?」
「どうして? は……、私の女神を汚した罪を償ってもらっただけだ。本当なら女神が死ぬ前に殺しておくべきだった」

 言葉を言い終えると同時に、もう一人の重剣士がサイファに飛び掛かろうとするのを慌てて走って来た男が止めた。


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