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僕に出来ることを
#57
しおりを挟む聖教会に身を置いてから数十日が経過した頃、シャールは事故に関して一切の関与は無かったとして処理をされた。
実際はプラウの屋敷でのんびり過ごしていただけで、取り調べすら受けていないし、聖教会の人達と一緒に聖書を読んだり、たまに薬屋の調合を手伝ったりしていた。
明日には抜け人の町へと移動することが決まっており、荷物の整理と部屋の片付けをしていると、コンコンと扉を叩く音が聞え、対応に出る。
オーディンと一緒に客が来ていると教えられ、慌てて応接室へ向かった。
「シャール!」
「え、ダニエル?」
「久しぶり、元気だった?」
一番辛かった時に、彼に支えてもらったことが走馬灯のように蘇り、シャールは涙腺が緩んだ。
国を離れる時、ダニエルに一言も挨拶出来なかったことが、ずっと気になっていたので、久々に元気な姿が見れて良かったと思っていると、彼の後ろにいたオーディンは目深に被ったフードを取り「俺は少しプラウさんと話してくる」と応接室から出て行ってしまう。
ダニエルはくすくす笑うと「なんだか、二人共あまり進展してなさそうだね」と言うので、シャールは小首を傾げ「進展?」と聞いた。
「んー、いいの、いいの、君はそのままでいい」
「ダニエルは、いつも変なこと言う」
「えー、失礼だな。まあ、でもオーディンのことで困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからね」
悪戯っ子のような笑顔を見せた後、ダニエルは何かを思い出したように、手荷物から丁寧に布に包まれた品をシャールへ差し出した。
「これ、サイファ殿下から預かった物なんだ。自分には必要のない物だから、シャールに渡して欲しいって言われた」
一体なんだろうと包みを解くと、母の書いた御霊語りだった。
厳重に保管しなくてはいけない本なのに良いのかな? とシャールが本を眺めていると、国にはシャールが書き写した物があるから、いらないとサイファが言ったらしく、国王陛下もそれで納得したと教えてくれる。
「……サイファ王子は元気?」
「んー、あの人は普段、感情が読めないからね。元気なのかどうかは分からないけど、それなりに充実してるんじゃないかな」
最後に見たサイファは、オーディンが放った『立派な王になられることを心より望んでおります』と言われた言葉を受け止め、放心していた姿だった。「いい王様になれるといいけど」と本を眺めながらシャールが呟くと。
「まあ、それはどうにかなるんじゃないかな、ただ、彼は孤独な人だから、自分を理解してくれる人を側に置いておきたかったんだと思うよ」
ダニエルはチラっとシャールを覗き見てくるが、そんなことを言われても、シャールにはどうしようもなかった。
どちらにしても、自分は二度とサイファに会うことは無いのだと思う、僅かな期間一緒に居ただけなので、彼の本質までは分からないけど、人を従わせる力はそれなり持っている人だと思った。
ふと、どうしてダニエルが此処にいるのだろう? と今更ながらに疑問を抱く。わざわざ、この本を届けに来てくれたにしては変だと思い、シャールがそのことに触れると、この先の南方にあるジェナイル王国へ語学留学をするらしく、その途中で寄っただけだと言う。
「宰相様が、他の国のことも勉強して来いって、煩くってさ」
自分の父親なのに「宰相様」と言いながらダニエルは肩を窄めてお道化る。
「あっ、本で思い出したけど、そういえばさ、……僕が前にあげた本って役に立ったのかな?」
「ああ、あれね、オーディンが読んでは駄目って……」
「なるほどね、けど、これから二人で暮らすなら、知っておいた方がいいと思うよ?」
「あのね、内緒で少しは読んだの、それで気が付いたのだけど、あれは男の人と女の人の本だったから……、僕とオーディンは男同士でしょ? 僕は胸も膨らんでないし……女の人になれないよ?」
ダニエルにもらった本の内容について問いかけていると、バタン! と大きな音と共にオーディンが真っ赤な顔をして入って来て「ダニエル!」と急に怒りだした。
「ぼ、僕は悪くない! シャールが勝手に言い出したんだよ」
「そんなわけあるか!」
「……まあ、きっかけは僕だけどね」
「もう、余計なことを教えるなよ……」
「はい、はい」
相変わらずな二人のやりとりを見て、シャールが微笑んでいると、ダニエルは一息付き「そろそろ行くよ、あまり長く居ると離れ難くなってしまうから」と彼は腰を上げた。
彼を見送るために屋敷の玄関先へ向かうと、お付きの人間と馬車が待機しており、オーディンは顔を見られるわけにはいかないので、また深くフードをかぶった。
ダニエルは迷うこと無く馬車に乗り込み、癖毛と手を揺らしながら「また会おうね」と言い残し去って行った。
「ねえ、オーディン、友達って、やっぱりいいね」
「ああ、そうだな、良い奴かどうかは疑問だけどな」
呆れた溜息を吐きながら、そう言って口を尖らせるオーディンだけど、表情はとても嬉しそうだった。二人で応接室へ一旦戻り、彼に「今日は、この街に泊まって行くの?」と聞けば「ああ、……宿屋にな」と返事が返って来る。
「えー……どうして? 僕の部屋に泊まったらいいのに……」
オーディンはピンとシャールのおでこを弾き、この街は清い人達が暮らす街なのに、一緒に寝るなんてこと出来るわけないと言う。
「それに俺が寝れる気がしない……」
「うん? 寝れないの?」
「多分な……、ところでお前……、下着は汚れたのか?」
「ううん、全然汚れないよ?」
「今年、成人するって言うのに、本当に男なのか」
オーディンは眉に力を入れて、不満そうにブツブツ言い、シャールがお漏らしをするのを待っているようだった。
自分は、お漏らしするような子供じゃないのに、それを待っているオーディンは、ちょっとだけ変な人だと思う。
どちらにしても、この街ではオーディンとは一緒に寝たり、口づけの挨拶も出来ないと言うので、早く二人で暮らす家に行きたいと思っていると「内緒だぞ」と言い、オーディンはシャールのおでこに唇を当てた。
「じゃあ、明日迎えに来るから」
「僕、もう少し一緒に居たい……」
「……正直、何もしないでいられる自信がないんだよ、じゃあな……」
オーディンが慌ただしく出て行くと、丁度入れ替わりでプラウが応接室へと入って来る。
「友人はもう帰ったのか?」
「うん、留学先に行くついでに寄っただけって言ってたから」
「そうか……、ん、それは……」
「御霊語りだよ、プラウじいちゃんは読める?」
「読めなくはないが……、随分と読んでおらんからな、どれ……」
プラウは本をパラっと捲り、目を瞠ると、パラパラと早捲りで本に目を通し「なるほどな」と言う。
「シャール、これは全部読んだのか?」
「うん、一応読んだよ?」
「……違う文字で書かれているのに気が付いただろう?」
「あ、そう言えば、どうして所々、異国の言葉で書かれているのかなって思った……」
くすりとプラウが鼻を鳴らすと、それを並べて読んで見なさいと言い、ポンと本を手渡され、シャールは異国の言葉を並べてみた。
「ここから 見える うしろ姿は 優しい でも あなた は 触れると 逃げてしまう」
母の護衛騎士になった父のことが書いてあった。
恋に悩む普通の女性の思いが書かれており、父の態度が急に冷たくなったことに胸を痛める母の心情が綴られていた。
ガイルはあまり父と母のことを教えてはくれなかった。知りたかったら本人に聞けばいい、と言われたけど、触れない方がいいこともあると今は思えるようになった。
「どうした?」
「あ、うん、これは読まない方がいいかなって……」
「そうか、お前が知りたいと思わないなら、それでいい」
水晶に触れても、この本に触れても、母は二度と呼び起こせないと思うし、逆にそっとしておきたいと思う。
「……プラウじいちゃんは恋したことある?」
「生意気なことを言いよる……、と言うかここを何処だと思っとるんだ」
「でも抜け人の町は、恋を知ってしまった人の為に作ってあげたんでしょ?」
「……」
「それなら、誰かを好きになったことがあるのかなって思った」
うむ、と顔を強張らせプラウは「まあ、ここに来る前に少しは経験したかも知れんな」と言い、そそくさと応接室から出て行った。
シャールは母の御霊語りを胸に抱くと、先程少しだけ並べてしまった文面を思い出し、くすりと微笑んだ。
父はオーディンに似た人だったのかも知れないと思う、親子そろって似た人に恋をした気がして、母も相手の気持ちが分からなくて大変だったのかも? と同情心を抱いた。
スっと視線を移動させ、自分が書き始めた御霊語りを手に取った。
まだ書き始めたばかりで、死者の声も数人だけだけど、シャールも同じようにオーディンのことを少しずつ、鏤めてみようと思い、ペンを取った。
いつまでも たいせつな ひとへ
そこまで書いてペンを置き、これでは遺言見たいだ。とシャールは愛しい相手を思い浮かべながら、頬を揺らした――――。
恋語り 本編END.
※その後の二人「抜け人の町」はR18を含むストーリーになってます。
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