記憶喪失で走るメロス

冠者

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羊小屋の朝

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メロスは激怒した。
かの邪知暴虐、なんてろティウスが
「何だったっけ?違うなんてろティウスは何か別の人だ」
メロスは記憶が無かった。
「昨夜まで何かにとても追われていた気がするけれど」辺りを見回す「とりあえず羊さんかわいい」
記憶を無くす前の彼は、笛を吹き、羊と遊んで暮らしていた。
しかしなんやかんやあって、友のセリヌンティウスに身代わりになってもらい友情のため、死刑になる為だけに竹馬の友の元に戻らねばならぬのだ。
だが十六才の妹の結婚式で羽目を外し飲みに飲み、最後は特技のバック中を披露し派手に頭をぶつけた。そのままよろよろと羊小屋にもぐり込み死んだように昏睡していた。
誰も心配しなかったのはメロスに人望が無いからかもしれない。
「妹っていいよね、妹も可愛い、妹欲しい」
好きだった物はぼんやり覚えているが、期限が刻々と迫っている事をメロスは覚えていない。約束は今日の日没、現在薄明の頃(日の出前の意)である。
「羊さん可愛い、はあ、羊さんになりたい。この想いをメロディにして風にのせよう」メロスは笛を吹いた。「働きたくない。王様になれば働かなくて良いかな?王様になりたい」などとぶつくさ言いながら、散歩に出かけることにした。
その足が偶然シラクスの市の方へ向いていたのはただの幸運か、ゼウスの加護か。

メロスはあてもなく歩いている。走れメロス。
きょうは是非とも、可愛い羊を見つけよう。メロスは、悠々と歩いた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。
唐突にメロスはぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出した。
メロスは今宵、殺される。殺される為に走るのだ。そうとは知らず走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。王の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。走らねばならぬ。
しかしそんなことはつゆ知らず、疲れたのでメロスは歩き出した。幾度か立ち止まった。走れメロス。
ふるさとが遠くなっていくが、記憶の無いメロスはつらくなかった。
えい、えいと奇声挙げてまた走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止やみ、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。
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