『異世界味噌料理人』〜腹を満たす一杯から、世界は動き出す〜

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迷い込んだ料理人

第8話 看板料理を決める

翌朝の炊事場は、まだ人の気配が少なく、かまどの火も入っていなかった。
窓の外は薄く朝靄が残り、空気は少し冷たい。タクミは薪を運び込み、かまどの前にしゃがみ込んだ。乾いた薪を組み、火打石を打つ。火花が散り、小さな炎が生まれる。息を軽く吹きかけると、炎はすぐに薪へと燃え移った。ぱちり、と薪が弾ける音が、静かな炊事場に広がる。

屋台を出すと決めた以上、まず必要なのは看板になる料理だ。
簡単で、早く出せて、腹にたまる。そして何より、匂いで人を引き寄せられる料理。

材料籠を引き寄せ、中身を確かめる。肉、根菜、玉ねぎ、少量の香草。特別な食材はないが、屋台ならむしろその方がいい。誰でも食べられ、分かりやすい味が一番だ。
包丁を取り、肉を一口大に切り始める。一定のリズムで刻まれる音が、徐々に炊事場を目覚めさせていく。

「もう始めてるの?」

振り向くと、ミリアが入口に立っていた。まだ眠そうな顔だが、興味はあるらしい。

「ああ。屋台の料理、今日中に形にしておきたい」

「そんなすぐ決まるもの?」

「試してみれば分かる」

タクミは刻んだ肉を鍋に入れ、軽く焼き色を付ける。じゅっと油のはねる音がして、すぐに香ばしい匂いが立ち上った。

「なんか、もういい匂いしてる」

ミリアが少し目を細める。

「屋台は匂いも大事だからな。遠くからでも分かる料理の方がいい」

焼き色が付いたところで玉ねぎを加える。甘い香りが混ざり、さらに匂いが広がった。まだ朝だというのに、炊事場の中はすでに食欲を刺激する空気に変わりつつある。
 
そこへ、小さな足音が近づいてきた。

「味見ある?」

入口から顔を出したのはルイだった。まだ完全に目が覚めていないような表情だが、鍋を見つめる目だけはしっかりしている。

「たぶんな」

短く答えると、ルイは小さくうなずき、作業台の端に座って様子を見始めた。
タクミは野菜を加え、少量の水を入れて軽く煮込む。屋台料理は時間をかけすぎないことも重要だ。火加減を調整しながら、鍋の様子をじっと見続ける。
やがて、具材に火が通った。小さな椀に少しだけよそい、ミリアに差し出す。

「味見」
 
味見は、ミリアの特権となっており、ミリアは昨日までと違い、タクミを信用したのか何も言わずに受け取る。そして、受け取った椀に顔を近付けて、湯気を少し逃がしてから口をつける。次の瞬間、目を少し見開いた。

「これ、凄いよ!一口でわかる!美味しい」

「どんな感じだ?」

「ちゃんと味がまとまってる。なんか、食べやすい」

続いてルイも椀を受け取り、一口飲む。

「うまい」
 
言葉は短いが、表情をふにゃふにゃにしながら答えているので、うまいのだろう。
二人の反応を見て、タクミは小さく息を吐く。極端に新しい料理ではない。だが、屋台で出すにはこれくらい分かりやすい方がいい。

「よし。これを最初の料理にするか」

タクミは、2人の様子から大丈夫だと確信した。

「もう決まり?」

「屋台は、まず一つでいい。慣れてから増やせばいい」

ミリアは、何か考えながら腕を組み、鍋を見つめる。

「でも、結構材料使うよね。足りる?」

「最初は量を絞る。売れそうなら少しずつ増やせばいい」

「なるほどね」

ミリアは納得したようにうなずいた。

火の前に立ちながら、タクミは頭の中で必要なものを整理していく。机、鍋、椀、材料。それほど大げさな準備は必要ない。小さく始めればいい。

「じゃあ、次は名前を決めないとね。看板料理なんでしょ?」

「名前か......」

立ち上る湯気を見つめながら、少しだけ考える。大げさな名前は必要ない。覚えやすく、誰でも分かる名前の方がいい。

「肉野菜の煮込み、でいいか」

「そのままだね」

安直な名前にミリアは、少し意地悪そうな笑みを浮かべながら答えた。

「その方が分かりやすい」

ミリアは、そんなものなのかなと疑問に感じながら肩をすくめる。だが、毎日同じ日常に新たなことが増えて、どこか楽しそうに笑った。

「屋台、ちょっと楽しみかも」

その言葉を聞き、タクミは小さくうなずく。
昨日までは、ただの思いつきに近かった話だ。だが、こうして形になり始めると、現実のものとして少しずつ重みを持ってくる。
鍋の中では、具材が静かに煮えていた。

屋台の準備は、着実に進み始めていた。
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