『異世界味噌料理人』〜腹を満たす一杯から、世界は動き出す〜

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迷い込んだ料理人

第10話 屋台、初日

朝の広場は、まだ静かだった。
石畳の上に薄く霧が残り、露で濡れた木の柵がひんやりとしている。村の中心にあるこの広場は、普段なら朝の用事を済ませる人が少し行き交う程度だ。

炊事場の裏から運び出した机と鍋を広場の端に据え、タクミは深く息を吸った。

「ここでいいな」

壁際で風を避けられる位置。日が昇れば人の目にも入りやすい。場所としては悪くない。

「ほんとに始まるんだね」

ミリアが机の端を押さえながら言った。声は軽いが、目は少しだけ緊張している。

「ああ、今日からだ」

タクミは短く答え、鍋を台の上に置く。昨日調整した通り、ぐらつきはない。

「なんかさ、準備してる間は実感なかったけど......こうして並べると、急に店っぽく見えてきたね」

「机と鍋が出ると、それらしく見えるからな」

「もし全然売れなかったらどうする?」

ミリアは、少し不安そうな顔で聞いてきた。

「そのときは、俺たちの昼飯が豪華になる」

深刻に考えていないようなその言い方に、ミリアは思わず小さく吹き出した。

「それはそれで悪くないかも」

ミリアは、おいしいスープを思い浮かべた。

「ここ、置く?」

椀の束を抱え、机の上に並べていく。

「端に寄せておいてな。お客さんが、無理なく取れるようにしたい」

ルイは小さくうなずき、椀を整えた。

簡易かまどに火を入れ、鍋の中で煮込みを温め直す。湯気が立ち、香ばしい匂いが広場に流れた。

「匂い、すごい」

「遠くからでも分かるくらいがちょうどいい」

タクミは、屋台は目で見る前に、匂いで気づかれるものだと考える。最初の客は、思ったより早かった。
広場を横切っていた男が足を止め、こちらを見る。農作業に出る前なのか、鍬を担いでいる。

「お、なんだ?店か?」

「今日から少しだけ、料理を出してみることにした」

タクミは、お客さんに一切敬語を使わないが、嫌味のない言い方のため、お客さんが嫌な顔をすることはない。

「何を売ってるんだ?」

「肉野菜の煮込みだ。温かいぞ!」

椀を一つ取り、手際よくよそう。湯気が立ち上る。

「それにな......一杯、なんと銅貨三枚だ」

男は少し眉を上げた。

「3枚か。安いな。まあ、試しに1つもらうか」

銅貨を受け取り、椀を渡す。男はその場で一口すすり、目を少し見開いた。

「お、いいな。妙に腹にくる」

「肉と野菜をしっかり煮てるからな」

「塩だけの味じゃないな。これ、昼もやってるか?」

見た目とは裏腹に、しっかりと味のわかるお客さんのようだ。

「材料があればな」

「なら、昼に仲間も連れてくる」

男は満足そうにうなずき、そのまま歩いていった。

「売れたね」

ミリアは、満足したお客さんの表情を見て、安堵したのか小さく息を吐く。

「まだ一杯だ。始まったばかりだろ。これに続くように売れなきゃ意味がない」

「でも最初の一杯だよ」

その言葉に、タクミも小さくうなずいた。本当は、タクミも最初の一杯が売れて嬉しいのだが、素直になれない性格のようだ。

続いて、子どもを連れた母親が近づいてくる。子どもは湯気をじっと見つめていた。

「これ、炊事場のスープを作ってる人の?」

「そうだ」

「今日も炊事場の分はある?」

この子は、タクミのスープを気に入ってしまい、今日の分がないのではと不安がる。

「炊事場の分は別に作ってある。屋台は屋台だ」

母親は少し迷ったが、子どもが袖を引く。

「おなか、すいた」

「う~ん?じゃあ、一杯だけね」

「銅貨三枚だ」

椀を受け取った子どもは、慎重にすすり、すぐに顔をほころばせた。
「おいしい~!」

その声を聞き、近くにいた老人が歩み寄ってくる。

「ほう、何を売っとる?」

こうして、少しずつ人が集まり始めた。
タクミは手を止めずに椀へよそい、銅貨を受け取る。ミリアは釣り銭を用意し、具材の追加を手伝う。ルイは椀を補充していく。
三人の動きは、思った以上に噛み合っていた。

「ミリア、椀が足りなくなる。追加頼む」

「分かった、すぐ取ってくるね!」

ミリアは、大急ぎで走り出す。
タクミは鍋をかき混ぜながら、広場の様子を見た。
小さな屋台に、人が少しずつ集まり、温かい椀を受け取っていく。

屋台は大成功というほどではない。だが、確実に始まった。それだけで十分だった。
しばらくして、見慣れない服の男が広場に入ってきた。荷物を背負い、旅慣れた足取り。村に来た商人らしい。
男は匂いに引かれるように近づき、鍋をのぞき込んだ。

「へぇ~、村に屋台なんて珍しいな。何を売ってる?」

「肉野菜の煮込みだ」

「一杯いくら?」

商人にしては、砕けた言葉使いだ。

「銅貨三枚」

商人は目を細め笑う。商売として成り立つ匂いを感じ取ったような表情だ。

「安いな。よし、もらう」
 
一口すすり、ゆっくり味わう。

「いいな、これ。塩だけじゃない。香りがある」
 
椀を返しながら、ぽつりと言った。

「この味、街に出せば売れるぞ」

その言葉を、タクミは黙って聞いていた。
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