『異世界味噌料理人』〜腹を満たす一杯から、世界は動き出す〜

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迷い込んだ料理人

第12話 本音と噂

屋台を出して3日目の朝、広場の空気はどこか違っていた。
まだ人の数は多くない。それでも、机と鍋を並べ始めた時点で、遠くからこちらを見ている視線がいくつかある。昨日までの様子を見るという目ではなく、いつ開店するのかという期待の混じった視線だ。
タクミはかまどに火を入れながら、その変化を感じていた。

「ねぇ、なんかすんごい見られてない?」

ミリアが、耳元で小さな声で言う。

「気のせいじゃないか?」

タクミは、気付きながらも、とぼけるように答えた。

「え?ほんと?絶対見られてると思うんだけど」

「昨日来た奴が多いんだろ。いつ開店するか明確に言ってるわけでもないしな」

タクミは、そう言いながらも、開店の合図となる行動を取る。鍋の蓋を開けると、湯気と一緒に煮込みの香りが広がる。肉と野菜の甘い匂いが風に乗り、広場の端まで流れていった。
すると、離れたところで立っていた男がこちらに歩き始める。

「お、やっとか!この味を食べたくて、いつもより早く家を出たんだ」

昨日も来ていた農夫だ。

「早速だが、今日もうまいのを頼む」

「いつもありがとな。はいよ。お待ちどうさん」

農夫は、受け取ると、すぐに一口すすり、ほっとしたように息をついた。

「やっぱ朝はこれだな。日課になっちまったよ」

そう言って、勢いよく食べ終わると去っていった。

「完全に常連だね」

ミリアは、嬉しそうな顔をする。

「そうだな。常連はありがたい限りだ」

それから続くように、昨日見た顔が次々とやって来た。子どもを連れた母親、年配の人、仕事前らしい若者。全員が、常連とあって、注文の仕方も慣れたものだ。

「同じの1つ」

「熱めで頼む」

常連の中には、ただ注文するだけではなく、自分が美味しく食べられる最高の状態の物を注文する客も現れた。

「今日は少し多めにできる?」

屋台というより、もう1つの食事場所になりつつあった。
ミリアは、釣り銭を渡しながら、かなり忙しいながらも終始笑顔を絶やさない。

「なんかさ、急に店っぽくなったよね」

「最初から店だ」

「屋台から店っぽくって意味じゃなくて......はぁ、もういいよ」

その噛み合わないのか、わざとなのかわからないやり取りに、並んでいた客が笑う。

タクミは淡々と椀をよそい続ける。だが内心では、少し驚いていた。ここまで早く定着するとは思っていなかったからだ。
鍋をかき混ぜながら、横に立つルイを見る。

「椀、足りそうか」

「あと少し」

「炊事場に取りに行くか」

タクミは、まだ小さいルイに対しては、素直に気にかける素振りを見せる。

「行く」

ルイは、笑顔で素早く走り出す。あっという間に、小柄な背中が人の間をすり抜けていった。

途切れない客をさばきながら、タクミはふと気づく。
列の後ろに、見慣れない男が立っていた。服装は普通だが、腰に帳面を下げている。 
順番が来ると、男は鍋をじっと見つめた。

「これが噂の屋台か」

「噂?」

タクミは、見慣れない男からの一言に、少し身構えながらも冷静に聞き返す。

「広場で温かい飯が食えるって話を聞いてな。もう村の端まで広がってるぞ」

男は、豪快に笑いながら銅貨を置いた。

「1つくれ」

男は、椀を受け取り、慎重に口をつける。

「なるほどな。噂か。で、その噂の飯の味はどうだ?」

「悪くない。毎日食っても飽きなさそうな味だ」

派手ではないが、続けられる味。まさに狙っていた通りの返答にほくそ笑む。

「この調子なら、昼には売り切れるんじゃないか?」

男は、椀を返しながら辺りを見渡し言う。

「どうだろうな。そうなら嬉しいが......」

「まぁ、頑張れよ。また食いに来るから」

「今の人、誰?」

男が去ったあと、すぐにミリアが顔を近づけて尋ねてくる。

「知らない」

「でもなんか、店を見に来た感じだった」

ミリアは、あの男から何かを感じたのか、気になって仕方ないようだ。

「そう見えたな。まぁ、縁があるならまた来るだろうさ」

タクミは、話し終えると、鍋の中を確認する。明らかに昨日よりペースが速く底がいつ見えてもおかしくない状況だった。このままでは、昼前に終わる可能性もある。

「ミリア、次から少し量を調整する」

「え!?減らすの?」

「少しだけな。全員に行き渡るようにする。多分、昼まで保たない。ほら、見てみろ」

タクミは、ミリアが見えるように鍋を傾けた。

「え!こんなに減ってるの?これは、難しいね」

「調整は任せろ。その代わり、量を増やす注文は、一旦締め切る」

そのような会話をしていると、商人の声が聞こえた。

「おう、今日もやってるな」

昨日と同じ男だ。相変わらず軽い笑みを浮かべている。

「様子見に来たのか?」

「まぁな。ほら、言っただろ? 売れるって」

商人は、列を眺めながら感心したようにうなずく。

「昨日の比じゃないくらい並んでるじゃないか」

商人は、感心したような声で言う。

「まだ小さい列だ」

「いやいや、村じゃ十分だよ」

商人は、椀を受け取り、一口すする。

「やっぱりな。他とは違う。安定してるな」

「味が?」

「そう。毎日同じ味を出せるってのは強い」

その言葉は、妙に現実味があった。
商人は少し間を置いてから続ける。

「街の屋台でも、これができる奴は少ない」

ミリアが、嬉しそうに、ちらりとタクミを見る。

「今は村で十分だ」

タクミは、鍋を混ぜながら答えた。

「分かってるさ。ただ、選択肢として覚えておけって話だ」
商人は笑い、椀を空にすると立ち去った。
昼が近づく頃、調整したとはいえ、鍋の底が見え始める。

「タクミ、もうほとんどないよ」

「今日は、ここまでだな」

最後の一杯をよそい終え、お客様に渡して息を吐く。

「ほんとに、売り切れちゃった」

ミリアは、昼までに売り切れたことと、銅貨の山を見て目を丸くする。

「正直、俺も驚いてる」

「すごくない?」

「まだ3日目と言いたいところだが、凄いな!ミリアとルイ......お疲れ様だ」
 
タクミにしては珍しく素直に2人を労う言葉を口にした。
 
タクミは、空になった鍋を見て、次はもう少し量を増やしてもいいかと考えながら、今日の成果に満足感を覚えるのだった。
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