『異世界味噌料理人』〜腹を満たす一杯から、世界は動き出す〜

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迷い込んだ料理人

第16話 煮込みの隠し味の秘密

何日も連続で屋台を開けていたので、今日は休日とした。屋台を休んだ広場は、昨日の活気はどこへやらといった落ち着いた雰囲気だ。

タクミは、休みにも関わらず鍋を磨き、道具を並べ、使い終えた布を干す。
屋台を始めてから、こうして仕込みだけに集中する時間は逆に少なくなっていたのだ。

「え!?今日はお休みって言ってなかった?今から屋台開けるの?」

ミリアは、休みと聞いていたが、仕込みをする姿を見て、今から開店するのかと焦る。

「今日は完全休みだな。でも、こんな時くらいしか準備が出来ないだろ?」

「準備?」

ミリアからすると、休みにも関わらず準備をする意味がわからずにいた。

「これを使って、再現できるか確かめたい」

タクミは、袋を持ち上げて台の上に置き、中が見えるように開けた。

「ん?豆?」

「そうだ」

ミリアは、袋を覗き込み、これで何をするのだろうと首をかしげた。

「これをスープに入れるの?」

「いや、違う。調味料を作るんだ。俺の故郷の調味料をな」

タクミは、大鍋に水を入れ、火にかけた。そして豆を洗い、丁寧に汚れを落としていく。その手つきは屋台で煮込みを作る時よりも慎重だ。

「タクミの故郷の調味料!?楽しみだけど、塩みたいな感じ?」

うまい料理を作るタクミの故郷ならば、調味料も凄いだろうと思ったミリアは、どんな調味料だろうかとワクワクした。

「もっと時間がかかるやつだ。もしかすると、この土地では作れない可能性もある」

ミリアは、時間もかかり作ることすら困難な調味料と聞いて意味が分からないが頷き、横で見ている。

タクミは、淡々と作業を続けてやがて湯が沸き、豆を入れる。静かな音とともに、ゆっくりと火が通り始めた。
この作業を始めると、なぜか気持ちが落ち着く自分がいた。

「もしかして、昨日の人の言ってた単語発酵って、これ?」

「そうだ」

「はっこう......って何?」

タクミは、発酵については言葉を選ばないと嫌悪感を与えてしまうと考えて言葉選びを慎重にした。

「簡単に言えば、食べ物を変化させる力だ。それから、時間をかけて、味を作っていく」

「時間で味が変わるの?」

「時間で味は変わる!それから、人がやるっていうより、自然が作り出すって言ったほうが確かだな」
 
ミリアは、想像が一切つかないので余計に分からないといった顔をする。

「難しい......」

「まぁ、食べれば分かる。うまくいくことを願っていてくれ」

豆が柔らかくなり始めると、タクミは火を弱め、木べらで潰し始めた。潰した時の、指先に伝わる懐かしい感じに、自然と笑みが溢れた。

それから、潰した豆を大きな桶に移し、塩を加える。さらに、別の粉を混ぜ込む。

「その粉はなに~?」

「豆だけじゃ求めている味は生まれない。これは、発酵させるための種みたいな粉だ」

ミリアは、興味津々で覗き込む。

「うっ、変な匂い」

麹の匂いが、苦手だったようで、ミリアは思わず鼻をつまんだ。

「今はな」
 
タクミは、手で丁寧に混ぜていく。押し、返し、空気を抜くようにまとめる。単純な作業だが、力の入れ方一つで出来が変わるからだ。

「これで完成?」

タクミが手を止めると、結構な時間が経っていたので、ミリアは出来上がったのかと尋ねた。

「いや、ここからだ。まだ半分もいってないな」
 
タクミは、桶の底へ押し込み、表面を平らにした。

「ここから、こいつを寝かせる」

「寝かせる?これ食べ物だよ?」

「時間をかけて味を作ることを寝かせるって言うんだ。聞いたことないか?」

ミリアの驚いた顔を見て、この村では行わない手法なのかと勘繰る。

「うん!聞いたことないよ。それって何日寝かせるの?」

「本当なら、気が短い奴は待てないくらいだ」

「え!?それってどれくらい!?」

ミリアは、今日中には出来上がると思っていたので、終始驚きを見せる。

「数ヶ月だな。だから、簡単には真似できないんだ」

桶に布をかぶせながら、タクミは言うと、ミリアは驚きのあまり声にならないでいた。

「昨日の人が言ってたのって、これのこと?」

「たぶんな。今までほんの少量の隠し味程度だったんだが、見事に言い当てられて驚いたな」

タクミは、村に来てすぐに、習慣で味噌を仕込んでいたのだが、量も多くなかったので、少しずつ煮込みに使っていた。

「じゃあ、これって、すごいものなんだ?」

「すごいかどうかは知らない。ただ、手間がかかるだけだ」

この世界の発酵に対する知識がないタクミは、少し悩んだあと答えた。

「なんか、タクミっぽいね」

ミリアは、くすくすと笑いながら言う。

「どういう意味だ?」

「時間かけて、ちゃんと作るとこがね」

褒め慣れていないタクミは、少し困った顔をしながら作業をするのだった。
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