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第1章 Flower and Nobleman
4 Pink Gerbera -感謝-
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クライド達がヴィンセントの部屋にいた時、ルイスは温室で膝を抱えていた。
『話しかけないで』
ウィリアムが兄に突き飛ばされた後の使用人をなんとも思わない発言に、一瞬で頭に血が上った。いくら兄でも許せなかった。
「ルイス様。」
ウィリアムが申し訳なさそうにしている。
「ウィルのせいじゃないよ。」
主人の無理な笑顔が心にささる。何度も自分は大丈夫だと伝えた。世間にはもっとひどい主人がいると言うのも教えた。それでも、大好きで尊敬している兄がそのような態度をとったことが許せないのだと悲しそうだった。どうにかして顔を上げてもらいたい。自分のことで悲しんで欲しくはない。この方には笑顔でいてほしい。
カタリ・・。入口のあたりで音がする。振り返るとウィリアムは目を見張った。
「ルイス様・・・。」
ウィリアムに名を呼ばれ顔を上げると、温室の入り口にボサボサ頭で息を切らしたヴィンセントが立っていた。
「ルイス!」
カツカツと近づいてくると、ルイスの目の前に膝をつき、手を握った。驚いて口も聞けずにいると、
「すまなかった。」
ヴィンセントが謝罪の言葉を述べた。
「お前に嫌な思いはさせない。そう決めていたのに。私は嫉妬にかられあんなことを。どうか、許してほしい。」
俯いているため、表情は伺えない。しかし手が、声が、震えている。両親が死んだ時でさえ、涙の一滴も流さなかった。周りからは立派だと、公爵家は安泰だと褒められていた。だからかもしれない。とても強い人なのだと勘違いしていた。でも、思い出した。両親の部屋で兄が1人で泣いていたことを。
胸がきゅっと締め付けられる。ルイスは震えるヴィンセントの手を握り返す。
「話しかけないでなんて言ってごめんなさい。」
「ルイス・・・。」
「でも、乱暴はだめだよ?」
「あぁ。もう二度としない。」
約束する。まだ固い表情の兄に優しく微笑むと、ギュッと抱きしめられた。
「ルイス、愛しているよ。」
「僕も兄様のこと大好きだよ。」
「ウィリアム。すまなかった。怪我はなかったか?」
ヴィンセントは立ち上がると、ウィリアムに謝罪した。
「お気遣い痛み入ります。私こそ分をわきまえず申し訳御座いませんでした。」
ウィリアムが深々と頭を下げると、温室の入口からひょっこりとジェイクが現れた。
「仲直りはできたのかな~?」
どうやら事の次第を覗き見ていたようだ。
「なんだ。お前たち、覗きとはいい趣味だな。」
先ほどまでの萎れたヴィンセントはどこへやら。通常運転に戻った彼の発言にエドワードがうんざりしたように溜息をつき、ジェイクが抗議する。
「なんだよ、その言い方は!僕たちがどれだけ心配したと思ってるんだよ!ほんっとこの伯爵様には困ったもんだよ。」
更にジェイクが言い募ろうとするのを遮るようにルイスが声をかけてきた。
「あ、あの!クライドさんたちは兄様に呼ばれてきたんですか?」
「そうだよ。」
「ああ。」
「そうだが。」
3人の声が揃う。何事かと視線がルイスに集まる。
「じゃあ、もしかしなくても・・・その、呼ばれた理由も・・・?」
尻すぼみになっていく問いにジェイクが明るく答える。
「理由って、君に『兄様なんか大嫌い。話しかけないで!』って言われたことがショックで落ち込んでるから慰めにこいってことでしょ?」
「おい。私はそんな言い方はしていないぞ。」
「ま、そんなことですぐに集まる我々も大概だがな。」
「エド、そんなこととはなんだ。ルイスに嫌われたんだぞ?大事じゃないか!」
やいのやいのと言い合いを続ける3人をよそに、ルイスはがっくりと肩を落とした。
「なんでいつも筒抜けなの。」
つぶやきが耳に入ったクライドがルイスの隣に腰を下ろす。
「あいつは不遜なやつだが、そんなに強くないからな。お前絡みだと特に、だ。」
だから、何かあったらすぐに自分たちに連絡が来るのだと暗に言われ、ルイスは何も言えなくなった。するとなぜか、クライドはふっと息をつき、微笑むと、片腕でルイスを抱き寄せ頭を撫でた。突然の出来事に固まってしまったルイスの耳元に、クライドはぼそりと呟いた。
「っっっ!!」
途端に真っ赤になったルイスは顔を抑えて立ち上がる。
「ぼ、僕、部屋に戻ります!!」
そう言って脱兎のごとく駆け出していった。
「お、お待ちください!ルイス様!!そんなに走ってはいけません!!」
その後をウィリアムが慌てて追いかけていった。
「クライド。ルイスに何かしたな?」
「何かってなんだ?」
眉間にしわを寄せたヴィンセントの問いに問いで返す。
「さて。問題も片付いたし、帰る?」
「そうだな。新しい厄介ごとに巻き込まれるのもごめんだしな。」
「あ、エドも気付いた?ヴィンセントが気付いたらどうなることやら。って言うか、なんでヴィンセント気付いてないのかなぁ。」
どことなく楽しんでいるようなジェイクの発言にエドは顔をしかめた。
「俺は巻き込まれるのはごめんだ。」
「エドってば。巻き込まれないわけないじゃない。」
ケラケラと笑うジェイクの後ろでは、ヴィンセントとクライドのやりとりがまだ続いている。近いうちに勃発するであろう先のできごとにそっと溜息を漏らすエドワードだった。
自室に戻ったルイスはベッドに倒れこんだ。顔が熱い。耳にはまだクライドの吐息と言葉が残っている。
『ヴィンセントに呼び出されなくたっていつだってお前に会いたい。』
囁かれた言葉。そのままで受け取ってもいいのだろうか。自分と同じ気持ちなのだろうか。そうだったら嬉しい。だけど・・・。自分は親友の弟。会いたいというのも、弟みたいに思っているからだったら?ドキドキしていたのにいつの間にかモヤモヤとした思考に陥っていた。苦笑し、風に当たろうと窓辺に近づく。すると、兄とその友人たちが温室から出てきたところだった。自然とクライドに視線がいく。兄になにやら絡まれているようだ。ふいに、クライドが顔を上げた。瞬間、目が合う。いや、そんな気がしただけだ。それでも鼓動が早まっていく。なんとなく息苦しく感じて深呼吸をしようと大きく息を吸うと、視界が歪んだ。
ーあ、れ?ー
身体を支えようとカーテンを握りしめる。だんだんと息が荒くなり、立っていられなくなった。ずるずると座り込み壁に背を預ける。身体が熱い。トントンとドアがノックされている。声が出ない。ガチャリとドアが開き誰か入ってきた。視界がぼやけていてよくわからない。でも、きっとウィリアムだ。そう思った瞬間、ぐらりと揺れた身体を抱きしめられる。
ーあ、この匂い。やっぱりウィリアムだー
そこで意識が途切れた。
『話しかけないで』
ウィリアムが兄に突き飛ばされた後の使用人をなんとも思わない発言に、一瞬で頭に血が上った。いくら兄でも許せなかった。
「ルイス様。」
ウィリアムが申し訳なさそうにしている。
「ウィルのせいじゃないよ。」
主人の無理な笑顔が心にささる。何度も自分は大丈夫だと伝えた。世間にはもっとひどい主人がいると言うのも教えた。それでも、大好きで尊敬している兄がそのような態度をとったことが許せないのだと悲しそうだった。どうにかして顔を上げてもらいたい。自分のことで悲しんで欲しくはない。この方には笑顔でいてほしい。
カタリ・・。入口のあたりで音がする。振り返るとウィリアムは目を見張った。
「ルイス様・・・。」
ウィリアムに名を呼ばれ顔を上げると、温室の入り口にボサボサ頭で息を切らしたヴィンセントが立っていた。
「ルイス!」
カツカツと近づいてくると、ルイスの目の前に膝をつき、手を握った。驚いて口も聞けずにいると、
「すまなかった。」
ヴィンセントが謝罪の言葉を述べた。
「お前に嫌な思いはさせない。そう決めていたのに。私は嫉妬にかられあんなことを。どうか、許してほしい。」
俯いているため、表情は伺えない。しかし手が、声が、震えている。両親が死んだ時でさえ、涙の一滴も流さなかった。周りからは立派だと、公爵家は安泰だと褒められていた。だからかもしれない。とても強い人なのだと勘違いしていた。でも、思い出した。両親の部屋で兄が1人で泣いていたことを。
胸がきゅっと締め付けられる。ルイスは震えるヴィンセントの手を握り返す。
「話しかけないでなんて言ってごめんなさい。」
「ルイス・・・。」
「でも、乱暴はだめだよ?」
「あぁ。もう二度としない。」
約束する。まだ固い表情の兄に優しく微笑むと、ギュッと抱きしめられた。
「ルイス、愛しているよ。」
「僕も兄様のこと大好きだよ。」
「ウィリアム。すまなかった。怪我はなかったか?」
ヴィンセントは立ち上がると、ウィリアムに謝罪した。
「お気遣い痛み入ります。私こそ分をわきまえず申し訳御座いませんでした。」
ウィリアムが深々と頭を下げると、温室の入口からひょっこりとジェイクが現れた。
「仲直りはできたのかな~?」
どうやら事の次第を覗き見ていたようだ。
「なんだ。お前たち、覗きとはいい趣味だな。」
先ほどまでの萎れたヴィンセントはどこへやら。通常運転に戻った彼の発言にエドワードがうんざりしたように溜息をつき、ジェイクが抗議する。
「なんだよ、その言い方は!僕たちがどれだけ心配したと思ってるんだよ!ほんっとこの伯爵様には困ったもんだよ。」
更にジェイクが言い募ろうとするのを遮るようにルイスが声をかけてきた。
「あ、あの!クライドさんたちは兄様に呼ばれてきたんですか?」
「そうだよ。」
「ああ。」
「そうだが。」
3人の声が揃う。何事かと視線がルイスに集まる。
「じゃあ、もしかしなくても・・・その、呼ばれた理由も・・・?」
尻すぼみになっていく問いにジェイクが明るく答える。
「理由って、君に『兄様なんか大嫌い。話しかけないで!』って言われたことがショックで落ち込んでるから慰めにこいってことでしょ?」
「おい。私はそんな言い方はしていないぞ。」
「ま、そんなことですぐに集まる我々も大概だがな。」
「エド、そんなこととはなんだ。ルイスに嫌われたんだぞ?大事じゃないか!」
やいのやいのと言い合いを続ける3人をよそに、ルイスはがっくりと肩を落とした。
「なんでいつも筒抜けなの。」
つぶやきが耳に入ったクライドがルイスの隣に腰を下ろす。
「あいつは不遜なやつだが、そんなに強くないからな。お前絡みだと特に、だ。」
だから、何かあったらすぐに自分たちに連絡が来るのだと暗に言われ、ルイスは何も言えなくなった。するとなぜか、クライドはふっと息をつき、微笑むと、片腕でルイスを抱き寄せ頭を撫でた。突然の出来事に固まってしまったルイスの耳元に、クライドはぼそりと呟いた。
「っっっ!!」
途端に真っ赤になったルイスは顔を抑えて立ち上がる。
「ぼ、僕、部屋に戻ります!!」
そう言って脱兎のごとく駆け出していった。
「お、お待ちください!ルイス様!!そんなに走ってはいけません!!」
その後をウィリアムが慌てて追いかけていった。
「クライド。ルイスに何かしたな?」
「何かってなんだ?」
眉間にしわを寄せたヴィンセントの問いに問いで返す。
「さて。問題も片付いたし、帰る?」
「そうだな。新しい厄介ごとに巻き込まれるのもごめんだしな。」
「あ、エドも気付いた?ヴィンセントが気付いたらどうなることやら。って言うか、なんでヴィンセント気付いてないのかなぁ。」
どことなく楽しんでいるようなジェイクの発言にエドは顔をしかめた。
「俺は巻き込まれるのはごめんだ。」
「エドってば。巻き込まれないわけないじゃない。」
ケラケラと笑うジェイクの後ろでは、ヴィンセントとクライドのやりとりがまだ続いている。近いうちに勃発するであろう先のできごとにそっと溜息を漏らすエドワードだった。
自室に戻ったルイスはベッドに倒れこんだ。顔が熱い。耳にはまだクライドの吐息と言葉が残っている。
『ヴィンセントに呼び出されなくたっていつだってお前に会いたい。』
囁かれた言葉。そのままで受け取ってもいいのだろうか。自分と同じ気持ちなのだろうか。そうだったら嬉しい。だけど・・・。自分は親友の弟。会いたいというのも、弟みたいに思っているからだったら?ドキドキしていたのにいつの間にかモヤモヤとした思考に陥っていた。苦笑し、風に当たろうと窓辺に近づく。すると、兄とその友人たちが温室から出てきたところだった。自然とクライドに視線がいく。兄になにやら絡まれているようだ。ふいに、クライドが顔を上げた。瞬間、目が合う。いや、そんな気がしただけだ。それでも鼓動が早まっていく。なんとなく息苦しく感じて深呼吸をしようと大きく息を吸うと、視界が歪んだ。
ーあ、れ?ー
身体を支えようとカーテンを握りしめる。だんだんと息が荒くなり、立っていられなくなった。ずるずると座り込み壁に背を預ける。身体が熱い。トントンとドアがノックされている。声が出ない。ガチャリとドアが開き誰か入ってきた。視界がぼやけていてよくわからない。でも、きっとウィリアムだ。そう思った瞬間、ぐらりと揺れた身体を抱きしめられる。
ーあ、この匂い。やっぱりウィリアムだー
そこで意識が途切れた。
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