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③篠原海の話
8話
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「え……っと、まあ不法侵入の件は食事に免じて置いておくとして、……お名前なんでしたっけ」
「西京だ。西京裕貴」
「西京さんはお隣に引っ越してきたんですよね? 合鍵と住所特定のために探偵まで使ったとか。一体何が目的ですか? 前から電話かけてきてたのは貴方ですか?」
金に困っている様子はない。まつり狙いの可能性もあるにはあるが、もしそうであれば、自分の身内だと偽って保育園の方を狙う方が早いはずだ。保母さんが引き渡すとは思えないが、身辺調査をして、あまつさえ隣に引っ越してきて、どのルートで作ったのかは知らないが、合鍵を使って不法侵入をしてくるような男がそのラインを越えられないはずがない。むしろ、まつり単体を狙うならそっちの方が簡単なはずだ。
が、男ははっきりとその推理を否定した。
「もちろん篠原くんに気に入ってもらうためだ! 将来的には結婚してほしい!」
「馬鹿ですか。犯罪者を好きになるとでも? そもそも僕が男だからまだ良かったですけど女性だったら即刻アウトですよコレ」
「そうだろうか」
「そうです」
「そうか……」と残念そうにしょぼむ西京を見て、篠原は「この人本当に頭足りてないんじゃないかな」と思った。少なくとも、予想ほど頭の良い人物には思えない。
「とにかく。引っ越してきたのは個人の自由なので良いですけど、合鍵は返してください」
「え、どうして?」
心底わからないとでも言うように、西京は首を傾ける。
「アナタはもし、知らない人が合鍵まで作って自分の家に入ってきたらどう思いますか?」
西京はすこし申し訳なさそうにした後、苦笑いをして答えた。
「すまない。ウチでは珍しいことではなかったから……」
まずい。これは触れてはいけない部分に触れてしまったかもしれない。いくら相手が犯罪者だと言っても、自分にとっての桜とまつりの事故の様に、あまり考えたくないところは誰にでもある。篠原は一瞬生まれた重い空気を振り切るように、きっ、と西京を睨んだ。
「……貴方の家庭環境は知らないですけど! 本来は即、警察ルートなんです! 今回は食事に免じて許しますから、もう二度としないでください」
「まってくれ、オレが居ることでキミが楽になることもある。メリットはあるはずだ」
「そんなものありません」
西京はスマートフォンを操作すると、画面の中に写っているであろう文章を読み上げた。
「……篠原海、二十八歳。まつりの母である桜とは数か月前に死別、現在はまつりと二人暮らし。自宅から快速八駅の商社の秘書課に努めているが、仕事と育児の両立は上手くいっておらず、まつりを迎えに行く時間は閉園ほぼ毎回ギリギリである。食には無頓着で毎日総菜を買う姿が目撃されている。まつりには食物アレルギーあり。要注意とのこと。まつりの毎日の弁当はコンビニで買う姿が見られる。……幼稚園は母親が死別したばかりと言う点から黙認しているが規則ではコンビニ弁当は不可」
つらつらと読み上げられる情報に恐怖を覚える。バーベキューの一件からそんなに時間は経っていないはずだ。よくぞここまで――、とは思うがそれよりもそこまで調べた執念が気持ち悪い。
だが、目の前の西京はむすっと起こるように画面を篠原に見せつけた。
「確かに、桜さんを亡くしたばかりで今はいっぱいいっぱいかもしれない。だけど、それで、まつりさんに皺寄せが行くのは可哀そうだ。オレが居れば送迎や食生活に関しては解決できる。悪い話ではないと思うが?」
「……君にメリットは。最初に言っておくが、僕はホモじゃないです」
西京はそれを聞くと胸を張って答えた。
「好きにして見せるさ。……それに」
彼はまつりを一瞥してぼそっと呟く。
「……子供の食生活がおかしくなるのは、見過ごせないからな」
その言葉に嘘がない、というのは表情が答えてくれた。どこか陰のある、まるで、まつりを通して誰かを見ているような。
「貴方が信用できる人間であったならば、……正直まつりの世話をしてくれるのは助かります」
西京の表情がぱあっと明るくなる。そう、正直な所、まつりの面倒を見てくれるというのならばこんなに助かる話はないのだ。仕事は元の様に働くことができるし、時間を気にすることも無くなる。料理に関しても、ここまで篠原家の事を調べてきた男がまつりのアレルギーに理解がないとは思えない。桜や自分の両親に世話を頼むという手もあったが、彼等はここから遠い田舎に住んでいる。協力が簡単に得られないことから、西京の提案は神にも縋るほど魅力的な話だった。
「だけど知らない男に大事な愛娘をいきなり任せるのは抵抗がある……っていうのはわかりますよね」
「そうだな。最近は児童に対するいたずら目的の事件も絶えないしな」
「だからどうしても、と言うなら信用できるまでここに通ってもらおうと思います」
「通い妻か!」
「変な言い方をしないでください」
引っ越してきたのをすぐにどうにかできるかとは言えないし、こちらもそれは同じだ。すぐに引っ越すことは出来ない。ならば利用しない手は無いだろう。幸い、まつりに危害を与えそうとする様子はない。自分は男だから例え襲われてもどうにだってできる。
「じゃあ明日の朝、篠原くんの出勤時間にチャイムを押そう。弁当は作っておくから用意しなくていい。まつりさん!」
キッチンから食卓のまつりに西京は声をかける。まつりは口にケチャップをつけたままこちらを向いた。西京はティッシュを持って行って口の汚れを拭う。
「明日のお弁当にご希望は?」
「うめおにぎり」
「よし! 楽しみにしておいてくれ」
西京は立ち上がると、篠原に言った。
「食器は水桶につけておいてくれ。明日二人が出かけているうちに洗う」
「……ありがとう、ございます」
「礼を言われる身では無いと思うのだが」
「……そうでした。一応犯罪者と言う自覚はあるんですね」
「犯罪者……?」
「え、その話じゃ……」
「いや、好きな人に良くするのは当然だ、という意味で」
「倫理観を産道に置いてきたんですか?」
西京にまともな人間の感性を期待するのが間違っていたようだ。
「おにい、ちゃ」
綺麗に完食された食器をまつりが西京の所に持ってくる。まつり、普段はそういう事しないだろ。やはり顔か。その歳でもやっぱりイケメンには弱いのか。
「おお! まつりさんはお手伝いも出来て偉いなあ!」
「えらい」
心なしかまつりは嬉しそうだ。
「じゃあ、明日また来るから。ワイシャツをアイロンかけしておいたから明日はそれを着てくれ」
「また勝手に……」
「家事に関しては自信があるぞ! 神は二物も三物も与えるのだ……」
家事は慣れでは、と思うが、料理がそれほど上手くできない、その上洗濯物だって無頓着でクリーニング任せ、今はその時間も取れず、糊のきいたシャツは全く着られていない篠原には何も言う資格はない。
西京はさらっと当然だとでも言うように、篠原の買ってきた買い物袋を手に取ると玄関に向かった。
「それでは! また明日!」
「あ……ちょ……」
袋の中には疲れているからと、今日飲む予定の栄養剤も入っていたのだけれど。それが要らないくらい楽が出来たからいいか。
「まつり、しばらくしたら歯を磨いて寝なさい」
「う」
テレビを大人しく見ていたまつりは、ソファーから降り、洗面所へ向かった。篠原はすっかり冷めてしまったオムライスをもう一度口に入れた。
「……おいしい」
手作りのものを食べるのは、桜が死んで以来だった。
「西京だ。西京裕貴」
「西京さんはお隣に引っ越してきたんですよね? 合鍵と住所特定のために探偵まで使ったとか。一体何が目的ですか? 前から電話かけてきてたのは貴方ですか?」
金に困っている様子はない。まつり狙いの可能性もあるにはあるが、もしそうであれば、自分の身内だと偽って保育園の方を狙う方が早いはずだ。保母さんが引き渡すとは思えないが、身辺調査をして、あまつさえ隣に引っ越してきて、どのルートで作ったのかは知らないが、合鍵を使って不法侵入をしてくるような男がそのラインを越えられないはずがない。むしろ、まつり単体を狙うならそっちの方が簡単なはずだ。
が、男ははっきりとその推理を否定した。
「もちろん篠原くんに気に入ってもらうためだ! 将来的には結婚してほしい!」
「馬鹿ですか。犯罪者を好きになるとでも? そもそも僕が男だからまだ良かったですけど女性だったら即刻アウトですよコレ」
「そうだろうか」
「そうです」
「そうか……」と残念そうにしょぼむ西京を見て、篠原は「この人本当に頭足りてないんじゃないかな」と思った。少なくとも、予想ほど頭の良い人物には思えない。
「とにかく。引っ越してきたのは個人の自由なので良いですけど、合鍵は返してください」
「え、どうして?」
心底わからないとでも言うように、西京は首を傾ける。
「アナタはもし、知らない人が合鍵まで作って自分の家に入ってきたらどう思いますか?」
西京はすこし申し訳なさそうにした後、苦笑いをして答えた。
「すまない。ウチでは珍しいことではなかったから……」
まずい。これは触れてはいけない部分に触れてしまったかもしれない。いくら相手が犯罪者だと言っても、自分にとっての桜とまつりの事故の様に、あまり考えたくないところは誰にでもある。篠原は一瞬生まれた重い空気を振り切るように、きっ、と西京を睨んだ。
「……貴方の家庭環境は知らないですけど! 本来は即、警察ルートなんです! 今回は食事に免じて許しますから、もう二度としないでください」
「まってくれ、オレが居ることでキミが楽になることもある。メリットはあるはずだ」
「そんなものありません」
西京はスマートフォンを操作すると、画面の中に写っているであろう文章を読み上げた。
「……篠原海、二十八歳。まつりの母である桜とは数か月前に死別、現在はまつりと二人暮らし。自宅から快速八駅の商社の秘書課に努めているが、仕事と育児の両立は上手くいっておらず、まつりを迎えに行く時間は閉園ほぼ毎回ギリギリである。食には無頓着で毎日総菜を買う姿が目撃されている。まつりには食物アレルギーあり。要注意とのこと。まつりの毎日の弁当はコンビニで買う姿が見られる。……幼稚園は母親が死別したばかりと言う点から黙認しているが規則ではコンビニ弁当は不可」
つらつらと読み上げられる情報に恐怖を覚える。バーベキューの一件からそんなに時間は経っていないはずだ。よくぞここまで――、とは思うがそれよりもそこまで調べた執念が気持ち悪い。
だが、目の前の西京はむすっと起こるように画面を篠原に見せつけた。
「確かに、桜さんを亡くしたばかりで今はいっぱいいっぱいかもしれない。だけど、それで、まつりさんに皺寄せが行くのは可哀そうだ。オレが居れば送迎や食生活に関しては解決できる。悪い話ではないと思うが?」
「……君にメリットは。最初に言っておくが、僕はホモじゃないです」
西京はそれを聞くと胸を張って答えた。
「好きにして見せるさ。……それに」
彼はまつりを一瞥してぼそっと呟く。
「……子供の食生活がおかしくなるのは、見過ごせないからな」
その言葉に嘘がない、というのは表情が答えてくれた。どこか陰のある、まるで、まつりを通して誰かを見ているような。
「貴方が信用できる人間であったならば、……正直まつりの世話をしてくれるのは助かります」
西京の表情がぱあっと明るくなる。そう、正直な所、まつりの面倒を見てくれるというのならばこんなに助かる話はないのだ。仕事は元の様に働くことができるし、時間を気にすることも無くなる。料理に関しても、ここまで篠原家の事を調べてきた男がまつりのアレルギーに理解がないとは思えない。桜や自分の両親に世話を頼むという手もあったが、彼等はここから遠い田舎に住んでいる。協力が簡単に得られないことから、西京の提案は神にも縋るほど魅力的な話だった。
「だけど知らない男に大事な愛娘をいきなり任せるのは抵抗がある……っていうのはわかりますよね」
「そうだな。最近は児童に対するいたずら目的の事件も絶えないしな」
「だからどうしても、と言うなら信用できるまでここに通ってもらおうと思います」
「通い妻か!」
「変な言い方をしないでください」
引っ越してきたのをすぐにどうにかできるかとは言えないし、こちらもそれは同じだ。すぐに引っ越すことは出来ない。ならば利用しない手は無いだろう。幸い、まつりに危害を与えそうとする様子はない。自分は男だから例え襲われてもどうにだってできる。
「じゃあ明日の朝、篠原くんの出勤時間にチャイムを押そう。弁当は作っておくから用意しなくていい。まつりさん!」
キッチンから食卓のまつりに西京は声をかける。まつりは口にケチャップをつけたままこちらを向いた。西京はティッシュを持って行って口の汚れを拭う。
「明日のお弁当にご希望は?」
「うめおにぎり」
「よし! 楽しみにしておいてくれ」
西京は立ち上がると、篠原に言った。
「食器は水桶につけておいてくれ。明日二人が出かけているうちに洗う」
「……ありがとう、ございます」
「礼を言われる身では無いと思うのだが」
「……そうでした。一応犯罪者と言う自覚はあるんですね」
「犯罪者……?」
「え、その話じゃ……」
「いや、好きな人に良くするのは当然だ、という意味で」
「倫理観を産道に置いてきたんですか?」
西京にまともな人間の感性を期待するのが間違っていたようだ。
「おにい、ちゃ」
綺麗に完食された食器をまつりが西京の所に持ってくる。まつり、普段はそういう事しないだろ。やはり顔か。その歳でもやっぱりイケメンには弱いのか。
「おお! まつりさんはお手伝いも出来て偉いなあ!」
「えらい」
心なしかまつりは嬉しそうだ。
「じゃあ、明日また来るから。ワイシャツをアイロンかけしておいたから明日はそれを着てくれ」
「また勝手に……」
「家事に関しては自信があるぞ! 神は二物も三物も与えるのだ……」
家事は慣れでは、と思うが、料理がそれほど上手くできない、その上洗濯物だって無頓着でクリーニング任せ、今はその時間も取れず、糊のきいたシャツは全く着られていない篠原には何も言う資格はない。
西京はさらっと当然だとでも言うように、篠原の買ってきた買い物袋を手に取ると玄関に向かった。
「それでは! また明日!」
「あ……ちょ……」
袋の中には疲れているからと、今日飲む予定の栄養剤も入っていたのだけれど。それが要らないくらい楽が出来たからいいか。
「まつり、しばらくしたら歯を磨いて寝なさい」
「う」
テレビを大人しく見ていたまつりは、ソファーから降り、洗面所へ向かった。篠原はすっかり冷めてしまったオムライスをもう一度口に入れた。
「……おいしい」
手作りのものを食べるのは、桜が死んで以来だった。
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