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第6話 その後の昴その一
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その後の昴は、自転車レースでは、アマチュアチームに属しており、ヒルクライムとヒルダウンでは、負け無しのアスリート、峠の魔術師の異名をつけられていた。それには、今まで培ったラリードライバーの感や、コーナーテクニックもあった。平地のスプリント区間は、どちらかというと苦手ではあったが、必ずコーナーでは車列に食い込んでいる。やはりテクニカルな区間では、中島昴の存在は驚異であった。しかし、年齢には勝てない、今回のレースで引退を決めた。「皆さんこの十五年間ありがとうございました。膝の故障により、チームから脱退させていただき、今後皆様のご健闘をお祈りいたします。誠にありがとうございました。」チームメンバーからは、引き止められていたが、全盛期の力が出せないと分かっていたから、理解して欲しいと言ってきた昴であった。後輩から花束をもらい、固く握手を交わし、チームを去っていった。その頃には大型二輪の免許を取得し、バイク便のバイトに就いていた。もちろん車検の必要のない250ccのカワサキのオフロードとネイキッド、オンロードバイクを買っていた。別にレースに参戦の予定は無い、ただの趣味で二台と、オフロードは地元の消防ボランティア用に買っていた。オフロードには無線機を搭載しているが、オンロードとネイキッドにはスマホ用のケースが付いている。半年間は職業訓練校に通い、介護の勉強をしながら、バイク便のバイトで生計を立てている。あの頃から、今までレース一筋でやってきた昴だが、いよいよレースから完全に引退を決めたのだ。長かった16歳から始めたレース生活も40歳で、やっと解放されたのだ。昴は「二十四年間長かったよな?」と回想に耽っていた。SSカフェに行き、40歳になった雪が店長になっていたが、まだ結婚はしていない。「いつものお願いします。」と昴が言うと奥から「はーい」と言い、いつものコーヒーが出された。昴は、「まだ、独り身なんだ?」と尋ねた。雪は、「心に決めた人が目の前にいるからね」と答えた。昴は、「お互い不器用過ぎだな。膝を壊して完全にレースから足を洗ったよ。」雪は、「長い間ご苦労さまでした。それなら今日はサービスに、」と奥に行き昴の好きなチーズタルトを持ってきた。「いいよサービスなんて、不名誉な引退なんだから」雪は、「そうは、いかないわよ。私の気持ちなんだから、受け取って?あと、あたしを貰ってくれると嬉しいかな?もうおばさんになったけど?」と舌をペロッと出して、にっこりと微笑んだ。昴は「ご両親が許してくれないだろ?」と言った。雪は、「両親は関係ないよ。」と答えた。昴は後ろめたさがあるから、今までプロポーズをする勇気がなかったのだ。「こんなに待たせたのだから、俺の事は諦めてくれてもいいのに?」雪は、「あれ?私、昴君に一生ついていくって言わなかったっけ?昴君は私の英雄であり憧れの人。新人営業の時もチームに居た時も、それは、変わらないし、もっともっと好きになった。触れれば、触れるほど、この思いは強くなるばかりで、両親は、最後の方なんか、『頑張れ、負けるな』とか、お母さんなんか『あんたらいつ結婚するのよ?』と言い出すから、彼がレースを辞めるまでは無理かもねって、言ってたのそしたら何て言ったと思う?」昴は、「意気地なしかな?」雪は、「当たらずとも遠からず、『ヘタレが』って言ったのよ頭にきちゃったから、昴君は、責任感が強すぎて、仲間のことを大事にする人なんだから、次、言ったら親子の縁を切るからね!って言ったら、謝ってきたわよ。」昴は「それ、当たってるよ。お母さんの言葉は、正解だよ。俺は、ヘタレだよ。大事な友人をレースで失い、一彩さんに何度も謝って、むしろ誰かに罰を与えて欲しかった、憎んで欲しかった。でも、レースが辞められなかった。だから、レースで死ねれば本望だったのに雪に、申し訳が立たなかったのに一彩さんは、必ず一日一回は、ここに来いって、それが俺への罰だって言うんだ。罰でもなんでもない、元気な顔を見せろってことじゃんか!雪と真剣に向き合えって言うんだよ?目を失わせ、足も不自由にさせたそんな俺に、真剣に向き合えって!オーダー通り帰ってきたあたしらを見ろってどんな姿でも、生きて帰ったあたしらを見ろって!俺は辛いだけだったさ、でも生き生きと仕事する君らを見て勇気をもらい、ロードレーサーとして、頑張れたんだって今なら言えるよ。」雪は、「いつだって私は、あなたの味方、誰がなんと言おうと私だけのヒーロー!それは今も昔も変わらない!だから、私と一緒になって?結婚して?」昴は「プロポーズは、男がするもんだぜ。なのに雪からプロポーズされたら、何も言えなくなるじゃんか?でも待たせてごめんな?そのオーダー確かに賜りました。カッコつかないけどね?」雪は「プロポーズなんて言ったもん勝ちなんだよ!」とべー、としながら奥に行った。昴は、やれやれという顔で、ケーキをほうばるこれで良かったんだよね一彩さん?」とスマホ越しに言った。一彩は「そうだよ、あんたは臆病すぎるんだよ。」でもよくやった、ちゃんとあの子の心を聞き入れたんだ。1歩前進したんだ。「時間はかかったけど上出来さね。」と、スマホの向こうから言われた。「後はあの子にドレス着させてやりなよ?式場は、私が探しといてやるから?良いね?」と一彩さんに報告し、オーダーを受けた。昴は、「了解オーナー!」と答えて、スマホを切った。バイクに乗るのはやはり、メカニカルサウンドに飢えていたのだろう。確かにペダルを回す、ケイデンスを上げる、ギアを変える、これらの音も、嫌いじゃない、だがやはり、むしろ、心地よい、だが、足りないものが、あった。それはエキゾーストノート!排気音だ。あと、排気ガスの香り。単発エンジンの奏でるサウンド、タペットの音。どれも、新鮮であった。雪は雪で車椅子の生活、目が失明した暗闇で耳と嗅覚が、断然鋭くなっていた。今日は、ネイキッドバイクだとか、今日はオンロードバイクだとか、エンジン音で俺が来るのを当てるのが趣味になっていた。「あっ昴君、おかえり。今日ネイキッドバイクなんだね?」と言い当てる昴は、「おかえり、じゃないでしょ?お客なんだから?」雪は、「もうここは、昴君の家だよ?」確かに、表に出られない車椅子の彼女は、買い物や散歩にも、行けないで店にずっといる。昴は、「明日、少し表に出るかい?俺が車椅子を押すからさ。」雪は「それってデートのお誘いかな?」と顔を赤らめながらおどけて見せた。昴は、「そうだよ。これはデートだ。ただし近場の河川敷、だけどね?」雪は、「何年ぶりかな?表に出るの、一彩さんからこの店預かってから一度もでてないからね。」昴は、「それじゃあ息がつまるだろう。たまには表の空気でも吸おうよ。」雪は「うん、お弁当より手をかけて作っちゃう!」こんな休息も時には必要だとしみじみ思った。春はめぐり夏が来て肌寒い秋の香りを堪能し、冬の凍える寒さをも楽しむ二人であった。そんな四季を楽しむ余裕なんてこの20年間無かったのだ。昴のダートレースは、苦難の道だったしそれを埋めるかのようにロードレーサーとしての15年間は、常に必死だった肉体もボロボロで、精神も擦り切れてなおも走り続けた。充足感を、次は雪に向けよう!18歳の頃から、たった4年間だが、お互い、良きライバルだった。良き理解者でもあった、何度も結婚するチャンスはあったが、それをよしとしなかったのは、俺の中にいる相棒への贖罪だった。「健二こんな俺らを祝福してくれるか?」、健二の幻が「ばーか、遅せぇんだよこのバカヤローが、もっと早く気づけってぇの?お前の幸せは、俺の幸せだ!姉貴の分も頼んだぜ!相棒!」と背中を強く押された気がした。「ああ、わかってるよ、相棒!あの世で会おうぜ」と昴は空を見上げながらつぶやいた。健二の幻は、「バーカ、会うかよ!まだ早えーつうの!」と笑いながら消えていった。後ろから、定年でチームを引退した日坂さんと青柳さんが、「健二に会えたか?」と声をかけてきた。青柳さんは、「ご結婚おめでとう、いつかいつかと待ちわびたよ」と言った。一彩さんは、「本当に不器用な、義弟だよあんたは、お膳立てしてやんなきゃ、何もしなかっただろうねこの子は」と言った。日坂さんは、「でも、まぁ~何だ色々なレースに触れてわかったこと沢山あっただろ?」と言った。昴は、「そうですね、あの場所には、行けなくなってましたが、今はこいつが相棒ですから、一人でなら行けますから、また、線香を上げに行きますよ!」「行くなら皆で行きましょう。」昴は、「雪は、怖くて行けないのではないかと思います。」一彩さんは、「あたしに付き添ってこいつらと何回も行ってるよ!」と言った。タバコに火をつけて吸う青柳さんは、「いつも昴君は、レース日程が重なって行けませんでしたからね?」日坂さんは、「その分墓参りはレース後にマイヨなんちゃらって服を折りたたんで、供えてたみたいだけどな?」と言った。昴は、「マイヨルージュですよ。「日坂さん。」青柳さんは、「ほんと山は強いよね?昴くんって」昴は、「山が当たり前のこの街だからでしょうね?山育ちだからだと思います。」一彩は、「ダウンヒルも早かったじゃないか。」と言うと、「自転車は、下りはあまり力使いませんから、ペースを上げたきゃペダルを踏むし、楽したきゃ惰性で下るし、ここってとこで力が出せなきゃ意味がないんですよ」と昴は言った。「ロードレースは、自転車のラリーですね」と、青柳さんは言った。日坂さんは、「違いねぇ~山あり谷あり平地あり、、エンジンがあるか?足でこぐか?の違いなだけでラリーと変わらない、やっぱお前は根っからのラリー屋だよ、まじで。」昴は「そうなずくのかもしれませんね?」とドリンクホルダーから水を飲む。一彩さんは、「そういやさ、昴、あんたMFJ国内Bだけは、まだ、更新してるんだよね?」昴は、「えっ?なんで知ってるんですか?」青柳さんは、「なになに?そのライセンス?」日坂さんは、「バイクレースのライセンス特にダートや、トライアルで使われる。しかも、免許は、いらないからな。誰でも座学受けてその競技のサーキットで、実技受かれば取れる確か、フレッシュマンから競技にもよるが、成績残せば国内Bは取れる。ライセンスは、更新制度があって、四輪と少し変わってるかな?因みに俺も持ってた。」昴は、「日坂さんも、やってたんすね?バイクレース?」日坂さんは「俺は、もっぱらダート専門だったがな?」昴は、「俺は、トライアルが、メインでたまにダートレースに参戦してました。でも、もう更新辞めようかと思って。金勿体ないし、雪に悪いし、」「持ってても、レースに出なきゃ問題ないと、思うけどな。」と、日坂さんは、言った。一彩は「まだ更新して持ってるの、ゆきっちは知ってるよ。バイクレースやるならやってほしいとさ。むしろ、走れってさ!走ってないあんたは、あんたじゃない。中島昴は、レースしてなきゃ中島昴じゃないってさ?よくわからん理屈だが、そう言ってたよ!」昴は、「守るもんができちまうと、事故って死んだら、残してしまう雪の悲しむ顔は見たくないんですよ。」青柳さんは、「不器用だな?でも確かに、そうかもしれませんね。いい例が目の前に居ますからね」一彩は、「なんだい?私の顔を見てさ。私は、旦那に一途だっただけさね。」日坂さんは、「レーサーなんて、不器用な奴ばかりだって事さ~ね~。」昴は、「バイクは、競技用は、ツーサイクルのオフロードで公道は走れませんし。パリダカに出るには、国際B以上じゃないと出れません、全日本ダート選手権で常に上位を取らなきゃ国内Aは、取れませんし、国際ライセンスとなると、常に優勝してないと無理ですし、この歳でそれは無理がある。良いとこ国内Aが止まりですよ?雪のこと考えたら、スーパーGPは無理でも、全日本GPか、鈴鹿8耐ぐらいですかね?やるとするなら?出ませんが。」青柳さんは「頑固ですね、昴君は。」昴は、「雪の気持ちを、不安にさせたくないだけですよ。」一彩は、「本当に守るもんができちまうと弱くなるよな、私らってさ。」日坂さんは「あと20歳若けりゃな俺も、出たんだけどな。」青柳さんは、「自分は、嫁に走れと言われたら走りますがね?」一彩は「私も足がこんなんじゃなきゃね。まだ現役で、走ってたかもね」昴は、「雪がこの場にいたら同じ事言ってたかもしれませんね?俺は、守るもんができたら無理ですね。「離婚したら走りますが、」と一彩は言った。「そんなんだから、プロポーズ先にされちまうんだよあの子に、カッコ悪いったらありゃしなかったよほんと!」日坂さんは、「雪姫から、プロポーズしたのか?カッコ悪い!」と言った。昴は、「臆病者なんですよ。俺は基本、それに不意打ちされた俺の身にもなってくださいよ。」と言った。その後、昴は昔の仲間たちに、いじられまくった。
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