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向井浩介の一日1

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 ―――朝の六時過ぎ。
 軽く頭を掻きながら目を覚まし、顔を洗ってコンロに火をかける。

 洗濯機のスイッチを入れてハムをスライスし、味噌汁の準備が出来たので軽く店の中を掃けばいつも通りの時間に我が家の店長が起きだしてきた。

 パーツショップ向井。というのがオレの自宅であり生活の要である。
 元は大学の教授だった親父様は学閥に嫌気がさしていくつかのプログラムを売り、それを元手にこの小さな店を作った。
 大学教授の給料と比べたら収入は微々たるもので、一流の研究者だった母親は夫に愛想をつかし、息子であるオレまで数年顔を見た試しがない。
 

「……母さんは大事な研究があるからしばらく家に帰らないけど、戻ってきたらコースケは。いい男になってなさいよ」

 たぶんそれが、最後の言葉だった気がするけど、違うような気もする。
 白衣姿にハイヒール、短く切った髪を揺らしながら、よくオレの頭をくしゃくしゃになるまで撫でてくれていた母さん。
 思い出すとちょっぴり涙ぐんだりもするけど、あっさりした性格の女性だったので手紙すら送ってはくれない。
 父さんは影で連絡取ったりしているみたいだけど、まあ、子供にはわからない色々な事情があるんだろうと思う。

 朝食を食べ終えて食器を洗い、店の開店準備に追われる父さんに挨拶をして学校に向かう。
 バスケット部に入っていた頃は出来なかった朝食の支度も、辞めてしまえば余裕の時間。
 河川敷を歩いて行って目につくのは、巨大な研究施設へ向かう飛行機とその奥にある学校。

 母さんはこの巨大工場の研究員として働いていた……いや、たぶん今でも忙しく働いているんだろう。
 工業用のバイオロボットや、戦争の道具となる兵器を開発している颯機械システム。
 悪い噂はまあ色々耳にはするが、この町に住む人にとっては欠かせない税収で就職先なのでそこはまあ何とかうまく水と工業の町で通っている。
 何の因果かは知らないが、近々この巨大研究施設のお嬢様が我が家に転がり込むらしい。

 父さんの親友でもあった父親を失い、母親は随分前に亡くしているらしい。
 何で親友だからってうちみたいな小さな所に来るのかと言えば、何でも大金持ち特有の英才教育とやらを幼児期にされていた。
 だが、それが虐待に近い物だったらしく、親族に預けるのは不適切と判断されたらしい。
 確かにちょっと性格が歪んでいた気がするが、まあ美人さんなので顔で許しておこうと思った。

「ちょっとじゃなかった気もするな……」

 牧瀬希沙紀が、彼女の名前。
 大金持ちの家庭に育った母親と売れない人形造りの青年だった父親との間に生まれたキサキは、生まれてすぐに母方の親族に親権を取られて、正式な籍も入れないまま母親の私生児として育てられた。

 その見返りで、父親の家の研究施設に巨額の融資をして颯機械システムという会社が出来上がったわけだが、キサキ一人の値段で巨大な工業団地が生まれたと考えると何だか考え深い物がある。
 喜ぶべきか悲しむべきか、高校からはキサキと同じ第一に通う。

 お目付け役と言うか、親の事情か何かでこちらの意志とは別に受験前に合格が決まってしまい。オレの進路決定選択肢まで、除外された。
 裏口入学とかコネ入学と同級生連中には囁かれたが、まあ成績はそこそこだったので、普通に試験を受けても特進科以外なら受かってはいただろう。
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