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序章 ープロローグー

#2 ☆それぞれの思惑

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———時はレナードが扉を潜る少し前に遡る。

 レナードが処刑台での真相を語っていた間、実のところ神を名乗った男の意識の殆どはレナードには向いていなかった。
 見ない。話さない。しかし確かに男の意識はそこ・・にあった。表層上ではレナードと会話をしつつ、心の奥底では別のことを考える。そんな器用な真似をしていたのだった。やがてレナードは説明を終え、すかさず男は別れを切り出した。

「ん、もういいのか?訊くなら今だけだぞ?」
『いや、もうお腹いっぱいだ。これ以上質問しちゃあ君にも私にも・・・・・・不都合がでる。』
「そうか。なら、さらばだ。また会った時のために土産話でも用意しとこう。」
『それは楽しみだ。首を長くして待とうじゃないか。』

 こうして彼らはお互いに挨拶を済ませて別れたのだった。
 そして、白い世界に残った男———バスキンスは今し方ここを去っていったレナードとのやりとりを思い返してフッと笑う。

『全く、面白い男だなアイツは。少々迂闊なことを喋ってしまったか。』

 バスキンスの脳裏を過ぎるは何を言っても胡乱な目つきをたやさなかったレナードの態度だ。一見、えらく話に食いついているように見えたが、その実あれは一貫して心から言葉を信じていないのだろうとバスキンスは当たりをつけていた。思い返せば彼はずっと質問攻めにしていた。それは訊き返される隙を与えることへの恐怖の裏返しのように感じられ、その根本に人間不信があるのだろうとバスキンスは考えた。また、レナードがバスキンスを疑い続けるのは、ここへ来る前から持っていた人間不信の性質とは別に理由があったことも薄々勘付いている。

『レナードめ。どんな手品か知らないが嘘を聞き分けられるらしいな。どうりで話せば話す程警戒心が強くなる訳だ。やはり最初にあんな壮大な嘘をついたのは間違いだったか。』

 バスキンスが初めについた嘘。それは自らを神と称したことだった。つまりバスキンスはレナードと顔を合わせた初っ端から疑いの取っ掛かりを与えてしまったのである。それがレナードのアドバンテージになるかどうかは別として。とはいえバスキンスにとってはレナードにいくら疑われようと痛くはなかった。話を進める主導権が自分にある以上、どうしてもレナードは下手になってしまうのだから。

『しかしまぁ、ここまで話を聞き入れない奴は近年じゃ稀だな。あいつはきっと大物になるだろう。少なくともホイホイ信じていいようにやられるどこぞの阿呆どもよりは長生きする筈だ。なあ?そう思わないか阿呆ども。』

 不意にバスキンスが横を向いて投げかける。すると揺らめく陽炎のように三つの影が徐々に姿を現した。轡を噛まされ身動きが取れないように縄で簀巻にされて呻いているそれらは、かつてレナードと肩を並べて魔王と対峙した面々だった。王女マリアナ、騎士ザレン、魔導師ヒュロ。彼らは無様に這いつくばりながらバスキンスを睨めていた。そう、バスキンスはレナードと対話している間、先んじて捕らえていた彼らを見られないように隠して話を聞かせていたのだ。その方が後々面白くなるだろうと考えて。要は種撒きだ。いずれ芽吹くだろう混沌の種を余興代わりに植えた。バスキンスにとってはここに来る英雄などレナードも含めて娯楽の足しでしかなかった。
 バスキンスは彼らを一瞥し鼻で笑うとつまらなそうに足蹴りし、踵を返す。

『あーあー、最近の英雄は質が悪くて困ったものだなぁ。偽善者、愚直、煩悩塗れ、脳筋……そんなのばっかで嫌になる。たった一匹ぽっち魔王を小突いただけでアルカディアへの切符が手に入るんだから人材枯渇も深刻だ。』

 言いながら、ちらりと目を配る。わざとらしい煽り文句に殺気立った彼らの眼差しが垣間見え、バスキンスは満足げに頷いた。挑発はこのくらいでいいだろう。内心呟き、徐にどこか遠くを望んだ。

『思えば私達・・の時代が黄金期だったな。』

 そう言ってバスキンスは首にかけていたロケットを開いた。そこには晴れやかに笑うバスキンスと不貞腐れる黒髪の男、それから微笑む老人が写っていた。
 しばらく眺めているとバスキンスははたと思い出す。

『おっといかん。黄昏ている場合じゃなかったな。おい雑魚共、いつまで寝転がってやがる。お前らの想い人はいってしまったぞ。さあ早く行け。』

 ゲシゲシとバスキンスが蹴り転がせば、三人は「お前の所為で追えないんだろうが」とばかりに暴れるが、彼は気にも留めず扉まで運んだ。そこでふとバスキンスは考え込む。

『ふむ。ここまで運んだはいいがこいつらの場合だとどちらの扉がアルカディアへ続いているのだろうか。』

 悩むこと暫し。考えても仕方がないので『どうにでもなれ。』と呟き三人を白い扉へ靴底で押し込んだ。怨敵であるレナードと比べて酷く粗末なこの待遇に三人は不満を露わにして呻き声を上げる。しかし抵抗も虚しく、そのまま木霊するように扉の奥へ消えていったのだった。

 それから。
 バスキンスはふと得体の知れない違和感に襲われて顎に手を当てる。なにか忘れていることは無いか。見落としてはいないか。胸にポッカリと穴が空いた気がして落ち着かなかった。

『なんだ。なにかが可笑しい。この気味の悪い違和感の正体はなんなのだ。』

 おかしい、おかしい、そう呟いて見上げた空は白かった。
 そして、そんな彼を背後から見つめる《彼女》の目は仄赤く光っていた。
 バスキンスは気づかない。それは白き世界に居すぎて色を失ったからか、あるいは単に見えていないのか。
 彼女はバスキンスを尻目に、黒い扉へと向かうのだった。







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