酒をやめて己に酔う

松本沼太郎

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 やっぱり。俺は盛大なため息をついてしまう。思わずベッドに腰かけてしまいそうになるが、なんとかこらえた。

「信者だったということか?」

「あのね、あの組織は信じるとか信じないとか、そういうものじゃないの。つまり宗教じゃないの。どういうことかっていうとね、あの組織の目的は、穴兄弟と棒姉妹をたくさん作って、巨大化を図ることなの。つまり、いずれは街を作って、街の次は国を作ろうとしてるの」

 俺は途方もない話に笑うこともできず、茫然とした。とりあえず煙草に火をつける。真美にも「吸うか?」とたずねたが、彼女はいつもなら断らないのに、今度は珍しく断わった。

「街を作るっていうことは、それなりの人数を集めなきゃ無理だろうな。いや、人数を集めたところで、まず無理だろうけど……」そこで俺は思いつく。「信じられないけど、一応聞いとくか。街を作るために土地を押さえたり建物を押さえたりするとして、そのとき暴力に頼るというわけではないよな?」

「それも視野には入れてるよ」真美は当たり前のように言った。「もちろん、はっきりとそういうふうに話しているのを聞いたことはないけど。でも、彼らならそういうことをしてもおかしくないね。あたしはそうだと聞いても、疑わないよ」

「穴兄弟とか棒姉妹とか、よくわからんが……。いったい集まってどうするんだ? というか、そんな、ビッグマザーとかいうわけのわからん教祖のもとに集まる動機はなんなんだ?」

「しょせん、クズ男とクズ女ばっかりよ」真美は吐き捨てるように言った。「とにかくみんなに共通してるのは、どいつもこいつも精神が破綻してるってことね」

 その共通点に、隈本は間違いなく該当していた。だから俺は案外すんなりと納得することができた。「なるほどね……」

「今のところ、〈マザーズ〉は山を買い取って、そこに村を作るところから始めてるみたい。あたしがいたときは、まだ計画の初期段階だったけど。そのときは、空きビルを購入して、最上階にビッグマザーが住んでた。会いに行けるのは、マイ・ドーターとマイ・サン、一部のブラザーとシスターだけね」

「そのマイ・ドーターとマイ・サンっていうのは、どういう奴らなんだ?」

「ビッグマザーの実の子供たちよ。姉と弟ね。その下に、ブラザーズとシスターズがいるの。ビッグマザーとは血縁はなくて、穴兄弟か棒姉妹というわけ。あたしもそうだった。勧誘係だったの」

「ブラザーズとシスターズっていうのは、ざっくり言えば信者のことだな?」

「まあね」

「それで、もしその教団に入ったら、みんな兄弟や姉妹とファックするってわけか」

「その言い方はどうかと思うけど、まあそういうこと。もし彼らの前でそういう言い方をしたら、殴り殺されるから注意したほうがいいよ」

「たしかに隈本の奴も異様なほど怒ってたよ。それで結果的に、みんなビッグマザーの息子とか娘になるわけだな。ばあさんと孫、という関係のほうが近いかもしれないけど。マザーっていうのはばあさんなのか?」

 真美は荷物をまとめる手を進めた。「違う。でも、人によってはそう言うかもね。今はたぶん、五十代前半くらいだし」

「ばあさんと呼ぶにはちょっと早いかもしれないな」

「長女を生んだのが、十八歳くらいのことだから。長女は三十を超えてる」

 おいおい、じゃあマイ・ドーターは俺と同年代なのか? 俺は笑ってしまうが、真美はつられて笑うようなことはしない。心底この話をするのが嫌で嫌でしかたがないという顔だ。だが俺にはどうしても聞かないといけないことがあった。

「お前が〈マザーズ〉とかいう組織にいたとき、勧誘係だったんだよな。いったいどんなことをしてたんだ?」

「なんとなくわかるでしょ。あたしは位の高いシスターじゃなかった。社会的弱者の男たちをたぶらかして、誘惑して、組織から抜けられなくするための要員だった」

「どうして組織を抜けたんだ? っていうか、そんなにあっさりと抜けられたのか?」

「ねえ、もういいでしょ。あたし、とにかく早くここから出ないと」

「隈本が性病にかかって、様子がおかしいと話したときには、〈マザーズ〉じゃないかって気づいてたんだろ? なのにどうしてそのときにここを出ていこうと思わなかったんだ?」

 それに対して、真美は答えなかった。気まずそうに視線をそらして、目を泳がせている。俺はそれを好意的な意味合いに取ることはできなかったし、そんなふうに解釈するほどうぬぼれてもいなかった。

 真美は俺の家で暮らし始めてから半年なのだ。すっかり居ついてしまった。それだけのことだろう。別に俺に対する愛情とか愛着とか、そういうものはない。強いて言うなら、働かなくてもぬくぬくと生活できるこの部屋と風呂とベッドとテレビくらいには愛着を持っていたかもしれないが。

 ファックする仲だからといって、そこにかならずしも愛があるわけではない。愛は売り買いできるものなのだ。そのことを、夜の街が証明してるし、俺が一番よく知ってるじゃないか。

「とにかく、その隈本って男があんたを勧誘してきた以上、あんたは目をつけられてることになる。もうあたしはここにはいられないってこと。だから出ていくの。そこをどいて」

「出ていくのはいいとして、行く当てはあるのか? 今ここを出ていったほうが危ないんじゃないのか?」

 いったい何が危ないのか、俺には皆目見当もつかなかったが。まさか、夜道で襲いかかってくるとか、そういうことなのか?

 真美が組織を円満に辞められたとは、どうしても俺には思えなかった。普通の会社みたいに、一か月くらい前に「辞めます」と言って、退職届を出して抜けられるような、そんなクリーンな組織ではないだろう。〈人類みな穴兄弟&棒姉妹計画〉なんてものを立案して実行しようとしているような組織なんだから。
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