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4 化け物の招待と新宮結の正体
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海葦村は海にそくした小さな村。村の面積の三分の一は畑。娯楽といえば……スナックくらい? あ、あそこにはカラオケあるか……俺らは使えないけど。
街に出るには車で一時間以上かかる。学生の俺には竜宮城より程遠い道のり。そもそもその町も埼玉県の端くれのようなレベルの町だが。
「じゃ、また明日な。久我」
「おお、またな」
校門で前島と別れ、ペダルを踏みこむ。人口の割に広いこの村の学生に自転車は必須アイテムだ。学校から家まで、緑あふれる砂利道の辿る三十分のドライブは、海風が味方してくれるかどうかが鍵である。
海葦高校は当然のように部活はない。かといって放課後に行くこともない、やることもない。皆がしがない帰宅部だ。あ、でも女子共はよく学校の隅に溜まっていたっけ。恐らく新宮も、そこに加わるのだろう。幽霊屋敷のように古臭い学校が、一気に華やかになったなぁ。
帰宅後は風呂入って宿題して、寝る。しがないルーティーンだ。いい加減、この暇になれなくてはいけないのに、まだ物足りなさを感じてしまう。
変化は求めないが、暇は嫌い。前島の進めるアニメや漫画には興味を示さない癖に、暇つぶしを求める。俺は結構、面倒くさい人間だ。恐らく今日も、スマホで下らないと分かっていながらも動画サイトにアップされるしょーもない動画を漁るんだろうな。
今日の海風は俺の味方。寒いことが玉に瑕だが、俺の背中を強く押し、家まで運んでくれるいいやつだ。そのお陰でいつもより五分は早く、家に辿りつくことが出来た。ありがとう、海風。
がっちゃん。
スタンドだけを立て、カギはかけない。駐輪場のない古びた民家の前に自転車を止め、家に入ろうとした。
が。
「さっきぶりですね。久我時雨さん」
「……お前っ! に、新宮結⁉」
驚くことに、信じられないことに、立て付けの悪い木製の引き戸の前には、新宮結がしゃがみながら、意味深な笑顔で俺を見上げていた。
スカートからパンツが見えそうで見えない。鼻の下が伸び欠けるが今はそれどころではない。
「な、何でここに⁉ つーかどうやって……いや、何で俺の家の前にいるんだよ!」
聞きたいことは山ほどある。まず、俺と前島は一番に教室を出た。俺の記憶が正しければコイツはまだクラスの女子と話していたはずだ。さらに周りに自転車もない。徒歩だけで、自転車の先回りが出来る訳がない。それになぜ、俺の家を知っている⁉
開いた口が塞がらないまま、新宮を指さし、問いただした。彼女はケロッとした顔で立ち上がり、スカートを叩く。そしてまた、今度は裏表のなさそうな自然な笑顔で俺を見上げる。正直とても、可愛らしくてたまらない。
「家の場所は昨日から目星をつけていました。私の式神術式は術師の中でもトップクラスなので! そして先回りできた理由は空間術式のおかげですね! いやー何でも身につけておくもんですねーまさかこんなところで役立つなんて思わなかったなー」
開いた口は更に大きくなる。
勝手に一人で納得し、頷かれても困る。質問には答えたようだが、全く持って理解できない。
じゅつし……? しきがみじゅつしき? くうかんじゅつしき……? なんだそれは。前島が見ているアニメの一部か?
ぽかんとした顔の俺を察したのか、新宮はハッとした顔で手をパンっと叩いた。その音は想像より小さい。彼女の手が平均より小さいせいだろう。
「す、すみません! 久我さんはこちら側を知らないんですよね⁉ 私ってばうっかりです」
こつんとグーで頭を叩き、前島に借りた漫画の天然キャラのようにぺろりと小さな舌を出す。これは新宮が可愛いリアル少女だから出来る技だ。サツマイモのような顔の女がやり出したら、確実にドン引きしていた。因みに俺は、今きゅんとしている。
「えっと、こちら側って……?」
「はい! 順を追って説明しますね? 私はあやかし探録隊副長、新宮結。この村にはあやかしを祓いに来ました」
「あ、あやかし……?」
口は一向に塞がらない。
な、なんだ、それは。俺はまだ夢でも見ているのだろうか。
「あやかしというのは昨日の怪物のことです。ほら、バカでかい怪物のことですよーまぁ今となっては私の胃袋の中ですけどねーふふふっ」
口元を抑え、上品に笑む彼女を見て、さぁっと血の気が引いた。ゆ、夢ではなかったってこと……? 昨日のことは全部現実で……
「……いたたたっ」
たまらず俺は頬を引っ張る。きっとこの出来事も昨日の夢の続きなんだと思ったが、痛い、痛い……!
「何をしているのですか、もう。これは現実です。貴方は昨日、あやかしに食われかけたんです。」
と、いうことは……
「は、離れろ! は、半径三メートル以上は離れ……離れて下さいっ!」
俺は背負っていたリュックを、心もとないが盾代わりにし、彼女から五歩ほど引いた。
あ、あれは現実だったんだ……あの化け物も本物で、新宮も化け物を喰う化け物、なんだ……!
「何でですか! 言っときますが、貴方は食べませんよ。いくら貴方の妖力が魅力的でも、生きた人間を喰うのは隊則違反なので」
いじけたのか、彼女は腕を組み、頬を膨らましたままプイっとそっぽを向いた。もう可愛いだのなんだの騒いでいる余裕はない。
「信じられるか! この化け物! さっさと帰れ!」
俺はしっしと彼女を払う。払ってから気づいた。新宮の背にあるのは俺の家。これでは家に入ってしまうではないか。バカか俺は。
「はぁ……これだから一般人は嫌なんですよ……仕方ないですね、少々手荒な真似ですが、ご勘弁下さいね」
ため息をつきながら、とてつもなく面倒くさそうな顔をした新宮は、ガサゴソと前の学校でも使っていたのか、所々に歴史を感じるスクールバックをまさぐり出す。
「な、何する気だ⁉」
手が震える。相手は刀を使う。絶対に無理だと分かっていても、今の俺はこのリュックに縋るしかない。クッソ……こんなことになるなら十徳ナイフでも持ち歩いておけばよかった……!
「だーかーらー……貴方を納得させるんですってば……おお。あったあった。では、いきますよーそーれっと!」
彼女の手はバックから抜け、大きく空へ掲げられた。目を凝らす。彼女は何か投げたらしい。裸眼視力0.5の俺は、それが俺と新宮の間に着地するまで何か分からなかった。
ぼとり。
落下音はいたって普通だが、物体は普通を遥かに凌駕したものだった。
「ぎゃああああ!」
知らなかった。俺ってこんなでかい声出せるんだ……
「あははー慌てすぎですって! 勝手に動いたりしませんからー」
それは一本の緑色の腕だった。度肝を抜かれた俺は右か左かなんて判断する余裕はなかったが、それが腕であり、人間のものではなく、昨日の怪物のものだということは理解できた。
に、逃げなきゃ……! やっぱりこの女、普通じゃない!
「おっととと。逃げるのは無しですよ?」
背中を守るため、リュックを背負い、振り返った俺は、確かに足を進めた。一歩を前に踏みしめたはずだった、のに。
「結界術式。汝、現世を守りしモノよ。我に力を貸し給え」
「いった!」
おでこ、ひざ、つま先……体中に痛みが走った。そこには何もないのに、何かにぶつかったような痛み。理解が、追いつかない。
「クソ……どうなってるんだよ……」
四方八方に手を伸ばすも、壁のようなものに阻まれる。何が起きているのか全く理解できない。
信じたくもないが、魔法のようなことが起きているとしか思えない。
「すみません、久我さん。貴方が妖力者である以上、説明を省く訳にはいかないんです。それに貴方は……少々『特別』なようなので」
「俺が……とく、べつ……?」
嫌な予感が全身を駆け巡る。それは……俺が美味しそうとかそういう意味だろうか……?
性的な意味では大歓迎だが、恐らくそれはそのままの意味だろう。悲しいことに。
ああ……俺の死因は美少女に喰われたため、になるのか……五十年後だったら、大歓迎なのに……!
振り返ると、彼女はまた鞄の中身を捜索していた。一体、何をする気なのだろう。
彼女が何をするのか、どういう人間なのか、見ておく必要がある。というより、それしかやることがない。ここから動けないからね!
「あった、あった! てってけてーてーん! シャープペン!」
彼女は再び、手を上げる。今度は何も投げられない。彼女の右手にはシャープペンが握られたままだ。
どこかの青タヌキの声マネをしているのはわざとだろうか。ツッコむ気力も湧かないしょうもないボケなので、俺はスルーを選択した。
「ねぇ、何する気?」
体感五分、実際は一分ほどの時間が流れたが、何も起こらない、何もしない。ツッコみ待ちなのか、何だかは知らないが、彼女は右手を上げたまま。こんなことになるなら苦笑いくらいしておけばよかった。
家はすぐそこなのに、帰れないのがもどかしくて溜まらない。どうせ暇なら外より家の中にいた方がマシに決まっている。
「んー……そろそろ来ると思うんですけどねぇ……あっ! きたきた! 来ましたよー!」
おーいと呼びかけ、彼女はシャーペンを握ったまま、大きく手を振る。一体何がきたのだろう。俺は振り返ったことを、すぐに後悔した。
「ウウッ……アアアッ!」
「ぎゃああああああ!」
大声記録更新。ば、化け物だ! し、かもこっちに向かってないか、おい⁉
しかし昨日より小さい。手も二つ、足も二つ。ぎょろりと回る大きな一つ目以外は、普通の人間と変わらないように見える。
動きも鈍い。多分、昨日の奴より鈍い。全てが昨日の怪物より劣っているせいか、腰を抜かすことはなかった。
しかし逃げたくても逃げられない。見えない壁の存在を忘れていた俺は、再び全身を強打する。いたた……! 俺、すぎやしないか……?
「お、おい! アレどうすんだよ⁉」
まさかコイツ……言うことを聞かない腹いせに、俺をあの怪物の餌にしようとしているのでは……⁉
な、何だよそれ……! どうせ食われるなら新宮に喰って欲しいのだが!
俺と怪物の距離は約三メートル。
全身の血が抜かれているような感覚に襲われる。恐怖で心臓だけでなく、全身が震えている。二人(?)の距離はあと二メートル七十センチ程。
「ご、ごめんって! 謝るから! な、何でも言うこと聞くから……餌だけは勘弁してくれよ!」
「む……? 何のことかはよく分かりませんが、何でも言うこときいてくれるんですか?」
俺の一世一代の懇願は彼女の余裕の笑みによって跳ね返される。後二メートル、刻一刻と近づく化け物に比例するように、俺の心拍数は上がっていく。
「きく! きくから命だけはお助け下さい……!」
誠意を見せるため、土下座をしようとするが、頭を強打した。土下座をするスペースもないのかよ!
「はぁ……久我さんってバカですねぇ……私の家の金魚より馬鹿ですよ? ……まぁ今の言葉は、絶対に忘れないで下さいね?」
後、一メートル。ごくりと唾を飲む。しかし、化け物は俺に見向きもしない。
え……?
奴はそのまま通り過ぎた。絶対に、喰われる思ったのに。
不思議に思った俺は、頭をぶつけないよう、化け物の行き先を見つめる。奴は新宮が投げた腕の前で止まり、それを、握り、小さな唇に、運ぶ。
あーーーん。
ぐちゃり。
「ひいいいい!」
「天災や疫病、海での事故……人々の命を奪う伝説上の生き物、妖怪。それは本当に存在する生き物です」
「は、はぁぁぁ⁉」
彼女はこの状況を理解していないのだろうか。新宮は博物館によくあるボタンを押すと展示物の解説を始めるあの機械のように、固い口調で語り出した。何故このタイミングで……? 言っておくがお前の方がバカだと思う。
「先ほど久我さんを襲った化け物や今腕を食べている者はあやかし。妖怪の子供、とでも言っておきましょう。」
ぐちゃり、ぐちゃり。ごっくん。
心配が停止かける。長かった腕はもう三分の一消えた。
「あやかしは妖力を集めることで妖怪になれるんです。妖力を集める方法は二つ。人間の魂を食べる、もしくはあの腕のように妖力の籠った物を食べることです。妖力=経験値。経験値が上がればレベルが上がり進化し、妖怪になれる。ゲームに例えるとこんな感じですねー」
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃり。
一応壁があるせい……おかげで危害がないので、彼女の話はそれなりに聞いている。しかし気になる。突然ゲームで例えだしたのはどうしてだろう。そしてその部分だけ、口調が柔らかくなった気がする。
「妖怪はあやかし以上の力を持っています。そしてその力を使い、昔から沢山の人間の命を奪ってきました」
あやかし……? は腕に夢中だ。それを把握しているのか、新宮はそっと奴に近づく。気味が悪いことに、彼女の足音は耳を疑うほどに無だった。
「私たち妖術師……あやかし探録隊はあやかしを、妖怪を祓う、いわば政府公認のヒーロー団体っといったとこですっ!」
彼女は語尾に力を込め、食事に夢中なあやかしの首にシャーペンを差し込む。
ずぶり。
「げっ……」
「あ、でも一応機密機関なので、このことは言語道断ということでお願いしまーすっ」
シャープペンの半分ほどが、あやかしの体内に突き刺さる。彼女はすぐにそれを抜き、今度は頭に、右腕に、左足に、突き刺していく。
吹き出される紫色の液体。悲痛な叫び、散りばめられる肉たち。正直、見れたもんではない。これがニュース番組だったら、モザイク必須だ。
一瞬吐き気が催されたが、昨日の一連で耐性がついてしまったらしい俺は口元を抑えつつも、目は半開きで彼女の言葉をじっと待った。
「あやかし探録隊には三部隊で構成されています。一つは上層部。これは妖力を持たないお偉い政治家さんたち……言ってしまえば戦う力のない指示出し人間達です。もう一つは妖力者。妖力の調整が出来る者、出来ないもの問わず、妖術式を使えない妖力を持つ者を指します。単独での祓いは禁止されており、任務に参加する際は特定の条件をクリアした妖力者同士でチームを組む必要があります。なのでその大半は裏方での活躍が多いです。そして最後に、私が属する妖術師。妖力の調整は大前提。妖術式を使用出来る者であり、最前線での戦いが強いられます」
トドメと言わんばかりに、彼女のシャープペンはあやかしの心臓と思われる場所を貫く。残ったそれはもう原型をとどめていない。生命の音を、匂いを、気配も感じられない。魂が抜き出されたボロボロの容器に過ぎない。俺は意外と、それを冷めた目で見ていた。
「ご理解、頂けましたか?」
彼女はシャープペンを投げ捨てる。そして汚れを払うよう、手を叩きながら死体に背を向け、俺の目を見た。
怪物と戦った後とは思えないほど、眩しい笑顔だ。
「と、とりあえず、は……」
妖怪なんて迷信だと思っていたが、非現実的なことが目の前で起こっている以上、信じるしかない。長々と真の通った声で説明した新宮が嘘をついているようには、到底思えないし……
「そうですか。わざわざあやかしを呼んだ甲斐がありましたよー。あ、もう動けますよ? 結界術式は解除したので」
再び俺に背を向けた新宮は死体を見つめ、しゃがんだ。俺はそーっと足を前に出す。痛みはなく、それはしっかりと一歩となった。
「あ、あのー……」
「何でしょうか?」
聞きたいことがまだまだ山盛りな俺は、彼女の隣に腰を掛ける。その瞬間、昨日の比ではないほどの異臭が鼻を刺激する。嘘だろう……⁉ さっきまで無臭だったのに……!
鼻を強く摘みながら新宮を見ると、彼女は無表情で鞄から出したタッパーに箸で怪物の肉をひょいひょいっと詰め込んでいた。ベテラン主婦も顔負けの作業スピード。新宮結とは、妖術師とは、本当に何者なのだろうか……?
「昨日、何でそれ食べてたの……?」
「妖力の補充です。私は妖術師の中でも特に妖力が少ないので、あやかしや妖怪の肉を喰らわないと術式が使えないんです」
彼女はタッパーに蓋をし、鞄に詰める。こんなものを、よく平気で食べられるな……俺は彼女を色々な意味で尊敬した。
「それ、美味しいの?」
「……聞かないで下さい」
彼女の表情が強い無と化した。すんっとしたその顔から察するに、食えたもんではないのだろう。益々尊敬する。
「あとさ、その……妖術師、と妖力者……? の違いって何なの……?」
「あー……それを話すに少々お時間がかかりますねぇ……」
手に顎を乗せ、数秒間考えた彼女はよしっと呟き立ち上がった。俺は屈んだまま、鼻を摘まみながら、彼女の目ではなく、ふとももを見てしまった。細すぎず、太すぎない。口にすればとろけてしまいそうな肉付きの良いむっちり……いかん、いかん。変態か、俺は。
煩悩を捨てるため、ぶんぶんと顔を振り、目線を上げた。新宮はスマホを耳に当てている。多分、通話中だ。
「もしもし。新宮で……新宮結、です。今から住所を送るので、後処理お願いします。はい、はい……ええ、お願いします。では」
同じ学生服を着ているはずなのに、新宮は大人びて見えた。伸びきった背筋でハッキリとした芯のある発声。キャリアウーマンみたいだ。可愛い癖に、実にクールである。
「この汚らわしい残肉と骨は妖力者たちが片しに来てくれます。周りに怪しまれないよう、深夜の作業になると思います。それまでは私の術式でこれは一般人には見えなくしておきますので」
彼女は右手の人差し指と中指だけを立て、ぐちゃぐちゃに散りばめられた肉や骨を指した。
「汝、現世を惑わす者よ。我に力を貸し給え」
……?
呪文らしきものを唱えたらしいが、何か変化があったようには思えない。俺の目にはそれらがハッキリと映っている。
「見える、けど……?」
「妖力がない人間の目には見えなくなる、という結界なので」
「あのさ、ずっと気になってたんだけど……俺、本当にその……妖力者……なの?」
それは一番聞きたかったこと。ごくりと唾を飲みこみ、彼女を見上げる。彼女の笑顔は夕陽より眩しかった。
「ええ。これらが見える、というのが何よりの証拠です。しかも貴方は『特別』な妖力者です。貴方ほどの逸材はそういません」
いつまでも地面に尻をつけている俺の両手を、彼女は握り、立ち上がらせた。
婆ちゃん以外の女の手なんて、今まで握ったことなかった。本やら漫画やら教科書で得た知識では、それは天使の羽のように柔らかく、ゴツゴツとした男の手とはまるで別物らしい。
けれど新宮の手はマシュマロよりも遥かに硬いものだった。多分……いや、絶対に俺より硬い。それに手の平から違和感を感じる。多分、マメだ。恐らく……戦いの勲章。正義の勲章。新宮は、こんなになるまで他者の為に戦い続けたのか……。心臓が、締め付けられる。
ときめきとはまた違う痛みだ。
「詳細は明日説明します。では私はまだやることがあるので」
手とは正反対に柔らかく微笑みかけた彼女はフィクションのように夕日に向かって走り出した。名残惜しいのか、俺は自分の手をじっと見つめた。綺麗とは言えないけど、傷一つまっさらな手が、急に虚しく思えた。
新宮は本当に別世界の住人だった。
そこは花なんかない、殺伐とした戦いの世界だったが、どのみち俺のいる『平凡』な世界とは真逆にいた。
俺はしばらくその場に立ち尽くした。そして、もう見えない彼女の背をひたすらに目で追い続けた。
その日はいつもより一時間早く布団に潜った。
昨晩のこと、今日起こったこと、そして新宮結について。沢山のことが脳内を駆け巡り、思考は深い深い海に潜っていく。
しかし体は限界で、気づけば俺は深い眠りの世界にいた。
街に出るには車で一時間以上かかる。学生の俺には竜宮城より程遠い道のり。そもそもその町も埼玉県の端くれのようなレベルの町だが。
「じゃ、また明日な。久我」
「おお、またな」
校門で前島と別れ、ペダルを踏みこむ。人口の割に広いこの村の学生に自転車は必須アイテムだ。学校から家まで、緑あふれる砂利道の辿る三十分のドライブは、海風が味方してくれるかどうかが鍵である。
海葦高校は当然のように部活はない。かといって放課後に行くこともない、やることもない。皆がしがない帰宅部だ。あ、でも女子共はよく学校の隅に溜まっていたっけ。恐らく新宮も、そこに加わるのだろう。幽霊屋敷のように古臭い学校が、一気に華やかになったなぁ。
帰宅後は風呂入って宿題して、寝る。しがないルーティーンだ。いい加減、この暇になれなくてはいけないのに、まだ物足りなさを感じてしまう。
変化は求めないが、暇は嫌い。前島の進めるアニメや漫画には興味を示さない癖に、暇つぶしを求める。俺は結構、面倒くさい人間だ。恐らく今日も、スマホで下らないと分かっていながらも動画サイトにアップされるしょーもない動画を漁るんだろうな。
今日の海風は俺の味方。寒いことが玉に瑕だが、俺の背中を強く押し、家まで運んでくれるいいやつだ。そのお陰でいつもより五分は早く、家に辿りつくことが出来た。ありがとう、海風。
がっちゃん。
スタンドだけを立て、カギはかけない。駐輪場のない古びた民家の前に自転車を止め、家に入ろうとした。
が。
「さっきぶりですね。久我時雨さん」
「……お前っ! に、新宮結⁉」
驚くことに、信じられないことに、立て付けの悪い木製の引き戸の前には、新宮結がしゃがみながら、意味深な笑顔で俺を見上げていた。
スカートからパンツが見えそうで見えない。鼻の下が伸び欠けるが今はそれどころではない。
「な、何でここに⁉ つーかどうやって……いや、何で俺の家の前にいるんだよ!」
聞きたいことは山ほどある。まず、俺と前島は一番に教室を出た。俺の記憶が正しければコイツはまだクラスの女子と話していたはずだ。さらに周りに自転車もない。徒歩だけで、自転車の先回りが出来る訳がない。それになぜ、俺の家を知っている⁉
開いた口が塞がらないまま、新宮を指さし、問いただした。彼女はケロッとした顔で立ち上がり、スカートを叩く。そしてまた、今度は裏表のなさそうな自然な笑顔で俺を見上げる。正直とても、可愛らしくてたまらない。
「家の場所は昨日から目星をつけていました。私の式神術式は術師の中でもトップクラスなので! そして先回りできた理由は空間術式のおかげですね! いやー何でも身につけておくもんですねーまさかこんなところで役立つなんて思わなかったなー」
開いた口は更に大きくなる。
勝手に一人で納得し、頷かれても困る。質問には答えたようだが、全く持って理解できない。
じゅつし……? しきがみじゅつしき? くうかんじゅつしき……? なんだそれは。前島が見ているアニメの一部か?
ぽかんとした顔の俺を察したのか、新宮はハッとした顔で手をパンっと叩いた。その音は想像より小さい。彼女の手が平均より小さいせいだろう。
「す、すみません! 久我さんはこちら側を知らないんですよね⁉ 私ってばうっかりです」
こつんとグーで頭を叩き、前島に借りた漫画の天然キャラのようにぺろりと小さな舌を出す。これは新宮が可愛いリアル少女だから出来る技だ。サツマイモのような顔の女がやり出したら、確実にドン引きしていた。因みに俺は、今きゅんとしている。
「えっと、こちら側って……?」
「はい! 順を追って説明しますね? 私はあやかし探録隊副長、新宮結。この村にはあやかしを祓いに来ました」
「あ、あやかし……?」
口は一向に塞がらない。
な、なんだ、それは。俺はまだ夢でも見ているのだろうか。
「あやかしというのは昨日の怪物のことです。ほら、バカでかい怪物のことですよーまぁ今となっては私の胃袋の中ですけどねーふふふっ」
口元を抑え、上品に笑む彼女を見て、さぁっと血の気が引いた。ゆ、夢ではなかったってこと……? 昨日のことは全部現実で……
「……いたたたっ」
たまらず俺は頬を引っ張る。きっとこの出来事も昨日の夢の続きなんだと思ったが、痛い、痛い……!
「何をしているのですか、もう。これは現実です。貴方は昨日、あやかしに食われかけたんです。」
と、いうことは……
「は、離れろ! は、半径三メートル以上は離れ……離れて下さいっ!」
俺は背負っていたリュックを、心もとないが盾代わりにし、彼女から五歩ほど引いた。
あ、あれは現実だったんだ……あの化け物も本物で、新宮も化け物を喰う化け物、なんだ……!
「何でですか! 言っときますが、貴方は食べませんよ。いくら貴方の妖力が魅力的でも、生きた人間を喰うのは隊則違反なので」
いじけたのか、彼女は腕を組み、頬を膨らましたままプイっとそっぽを向いた。もう可愛いだのなんだの騒いでいる余裕はない。
「信じられるか! この化け物! さっさと帰れ!」
俺はしっしと彼女を払う。払ってから気づいた。新宮の背にあるのは俺の家。これでは家に入ってしまうではないか。バカか俺は。
「はぁ……これだから一般人は嫌なんですよ……仕方ないですね、少々手荒な真似ですが、ご勘弁下さいね」
ため息をつきながら、とてつもなく面倒くさそうな顔をした新宮は、ガサゴソと前の学校でも使っていたのか、所々に歴史を感じるスクールバックをまさぐり出す。
「な、何する気だ⁉」
手が震える。相手は刀を使う。絶対に無理だと分かっていても、今の俺はこのリュックに縋るしかない。クッソ……こんなことになるなら十徳ナイフでも持ち歩いておけばよかった……!
「だーかーらー……貴方を納得させるんですってば……おお。あったあった。では、いきますよーそーれっと!」
彼女の手はバックから抜け、大きく空へ掲げられた。目を凝らす。彼女は何か投げたらしい。裸眼視力0.5の俺は、それが俺と新宮の間に着地するまで何か分からなかった。
ぼとり。
落下音はいたって普通だが、物体は普通を遥かに凌駕したものだった。
「ぎゃああああ!」
知らなかった。俺ってこんなでかい声出せるんだ……
「あははー慌てすぎですって! 勝手に動いたりしませんからー」
それは一本の緑色の腕だった。度肝を抜かれた俺は右か左かなんて判断する余裕はなかったが、それが腕であり、人間のものではなく、昨日の怪物のものだということは理解できた。
に、逃げなきゃ……! やっぱりこの女、普通じゃない!
「おっととと。逃げるのは無しですよ?」
背中を守るため、リュックを背負い、振り返った俺は、確かに足を進めた。一歩を前に踏みしめたはずだった、のに。
「結界術式。汝、現世を守りしモノよ。我に力を貸し給え」
「いった!」
おでこ、ひざ、つま先……体中に痛みが走った。そこには何もないのに、何かにぶつかったような痛み。理解が、追いつかない。
「クソ……どうなってるんだよ……」
四方八方に手を伸ばすも、壁のようなものに阻まれる。何が起きているのか全く理解できない。
信じたくもないが、魔法のようなことが起きているとしか思えない。
「すみません、久我さん。貴方が妖力者である以上、説明を省く訳にはいかないんです。それに貴方は……少々『特別』なようなので」
「俺が……とく、べつ……?」
嫌な予感が全身を駆け巡る。それは……俺が美味しそうとかそういう意味だろうか……?
性的な意味では大歓迎だが、恐らくそれはそのままの意味だろう。悲しいことに。
ああ……俺の死因は美少女に喰われたため、になるのか……五十年後だったら、大歓迎なのに……!
振り返ると、彼女はまた鞄の中身を捜索していた。一体、何をする気なのだろう。
彼女が何をするのか、どういう人間なのか、見ておく必要がある。というより、それしかやることがない。ここから動けないからね!
「あった、あった! てってけてーてーん! シャープペン!」
彼女は再び、手を上げる。今度は何も投げられない。彼女の右手にはシャープペンが握られたままだ。
どこかの青タヌキの声マネをしているのはわざとだろうか。ツッコむ気力も湧かないしょうもないボケなので、俺はスルーを選択した。
「ねぇ、何する気?」
体感五分、実際は一分ほどの時間が流れたが、何も起こらない、何もしない。ツッコみ待ちなのか、何だかは知らないが、彼女は右手を上げたまま。こんなことになるなら苦笑いくらいしておけばよかった。
家はすぐそこなのに、帰れないのがもどかしくて溜まらない。どうせ暇なら外より家の中にいた方がマシに決まっている。
「んー……そろそろ来ると思うんですけどねぇ……あっ! きたきた! 来ましたよー!」
おーいと呼びかけ、彼女はシャーペンを握ったまま、大きく手を振る。一体何がきたのだろう。俺は振り返ったことを、すぐに後悔した。
「ウウッ……アアアッ!」
「ぎゃああああああ!」
大声記録更新。ば、化け物だ! し、かもこっちに向かってないか、おい⁉
しかし昨日より小さい。手も二つ、足も二つ。ぎょろりと回る大きな一つ目以外は、普通の人間と変わらないように見える。
動きも鈍い。多分、昨日の奴より鈍い。全てが昨日の怪物より劣っているせいか、腰を抜かすことはなかった。
しかし逃げたくても逃げられない。見えない壁の存在を忘れていた俺は、再び全身を強打する。いたた……! 俺、すぎやしないか……?
「お、おい! アレどうすんだよ⁉」
まさかコイツ……言うことを聞かない腹いせに、俺をあの怪物の餌にしようとしているのでは……⁉
な、何だよそれ……! どうせ食われるなら新宮に喰って欲しいのだが!
俺と怪物の距離は約三メートル。
全身の血が抜かれているような感覚に襲われる。恐怖で心臓だけでなく、全身が震えている。二人(?)の距離はあと二メートル七十センチ程。
「ご、ごめんって! 謝るから! な、何でも言うこと聞くから……餌だけは勘弁してくれよ!」
「む……? 何のことかはよく分かりませんが、何でも言うこときいてくれるんですか?」
俺の一世一代の懇願は彼女の余裕の笑みによって跳ね返される。後二メートル、刻一刻と近づく化け物に比例するように、俺の心拍数は上がっていく。
「きく! きくから命だけはお助け下さい……!」
誠意を見せるため、土下座をしようとするが、頭を強打した。土下座をするスペースもないのかよ!
「はぁ……久我さんってバカですねぇ……私の家の金魚より馬鹿ですよ? ……まぁ今の言葉は、絶対に忘れないで下さいね?」
後、一メートル。ごくりと唾を飲む。しかし、化け物は俺に見向きもしない。
え……?
奴はそのまま通り過ぎた。絶対に、喰われる思ったのに。
不思議に思った俺は、頭をぶつけないよう、化け物の行き先を見つめる。奴は新宮が投げた腕の前で止まり、それを、握り、小さな唇に、運ぶ。
あーーーん。
ぐちゃり。
「ひいいいい!」
「天災や疫病、海での事故……人々の命を奪う伝説上の生き物、妖怪。それは本当に存在する生き物です」
「は、はぁぁぁ⁉」
彼女はこの状況を理解していないのだろうか。新宮は博物館によくあるボタンを押すと展示物の解説を始めるあの機械のように、固い口調で語り出した。何故このタイミングで……? 言っておくがお前の方がバカだと思う。
「先ほど久我さんを襲った化け物や今腕を食べている者はあやかし。妖怪の子供、とでも言っておきましょう。」
ぐちゃり、ぐちゃり。ごっくん。
心配が停止かける。長かった腕はもう三分の一消えた。
「あやかしは妖力を集めることで妖怪になれるんです。妖力を集める方法は二つ。人間の魂を食べる、もしくはあの腕のように妖力の籠った物を食べることです。妖力=経験値。経験値が上がればレベルが上がり進化し、妖怪になれる。ゲームに例えるとこんな感じですねー」
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃり。
一応壁があるせい……おかげで危害がないので、彼女の話はそれなりに聞いている。しかし気になる。突然ゲームで例えだしたのはどうしてだろう。そしてその部分だけ、口調が柔らかくなった気がする。
「妖怪はあやかし以上の力を持っています。そしてその力を使い、昔から沢山の人間の命を奪ってきました」
あやかし……? は腕に夢中だ。それを把握しているのか、新宮はそっと奴に近づく。気味が悪いことに、彼女の足音は耳を疑うほどに無だった。
「私たち妖術師……あやかし探録隊はあやかしを、妖怪を祓う、いわば政府公認のヒーロー団体っといったとこですっ!」
彼女は語尾に力を込め、食事に夢中なあやかしの首にシャーペンを差し込む。
ずぶり。
「げっ……」
「あ、でも一応機密機関なので、このことは言語道断ということでお願いしまーすっ」
シャープペンの半分ほどが、あやかしの体内に突き刺さる。彼女はすぐにそれを抜き、今度は頭に、右腕に、左足に、突き刺していく。
吹き出される紫色の液体。悲痛な叫び、散りばめられる肉たち。正直、見れたもんではない。これがニュース番組だったら、モザイク必須だ。
一瞬吐き気が催されたが、昨日の一連で耐性がついてしまったらしい俺は口元を抑えつつも、目は半開きで彼女の言葉をじっと待った。
「あやかし探録隊には三部隊で構成されています。一つは上層部。これは妖力を持たないお偉い政治家さんたち……言ってしまえば戦う力のない指示出し人間達です。もう一つは妖力者。妖力の調整が出来る者、出来ないもの問わず、妖術式を使えない妖力を持つ者を指します。単独での祓いは禁止されており、任務に参加する際は特定の条件をクリアした妖力者同士でチームを組む必要があります。なのでその大半は裏方での活躍が多いです。そして最後に、私が属する妖術師。妖力の調整は大前提。妖術式を使用出来る者であり、最前線での戦いが強いられます」
トドメと言わんばかりに、彼女のシャープペンはあやかしの心臓と思われる場所を貫く。残ったそれはもう原型をとどめていない。生命の音を、匂いを、気配も感じられない。魂が抜き出されたボロボロの容器に過ぎない。俺は意外と、それを冷めた目で見ていた。
「ご理解、頂けましたか?」
彼女はシャープペンを投げ捨てる。そして汚れを払うよう、手を叩きながら死体に背を向け、俺の目を見た。
怪物と戦った後とは思えないほど、眩しい笑顔だ。
「と、とりあえず、は……」
妖怪なんて迷信だと思っていたが、非現実的なことが目の前で起こっている以上、信じるしかない。長々と真の通った声で説明した新宮が嘘をついているようには、到底思えないし……
「そうですか。わざわざあやかしを呼んだ甲斐がありましたよー。あ、もう動けますよ? 結界術式は解除したので」
再び俺に背を向けた新宮は死体を見つめ、しゃがんだ。俺はそーっと足を前に出す。痛みはなく、それはしっかりと一歩となった。
「あ、あのー……」
「何でしょうか?」
聞きたいことがまだまだ山盛りな俺は、彼女の隣に腰を掛ける。その瞬間、昨日の比ではないほどの異臭が鼻を刺激する。嘘だろう……⁉ さっきまで無臭だったのに……!
鼻を強く摘みながら新宮を見ると、彼女は無表情で鞄から出したタッパーに箸で怪物の肉をひょいひょいっと詰め込んでいた。ベテラン主婦も顔負けの作業スピード。新宮結とは、妖術師とは、本当に何者なのだろうか……?
「昨日、何でそれ食べてたの……?」
「妖力の補充です。私は妖術師の中でも特に妖力が少ないので、あやかしや妖怪の肉を喰らわないと術式が使えないんです」
彼女はタッパーに蓋をし、鞄に詰める。こんなものを、よく平気で食べられるな……俺は彼女を色々な意味で尊敬した。
「それ、美味しいの?」
「……聞かないで下さい」
彼女の表情が強い無と化した。すんっとしたその顔から察するに、食えたもんではないのだろう。益々尊敬する。
「あとさ、その……妖術師、と妖力者……? の違いって何なの……?」
「あー……それを話すに少々お時間がかかりますねぇ……」
手に顎を乗せ、数秒間考えた彼女はよしっと呟き立ち上がった。俺は屈んだまま、鼻を摘まみながら、彼女の目ではなく、ふとももを見てしまった。細すぎず、太すぎない。口にすればとろけてしまいそうな肉付きの良いむっちり……いかん、いかん。変態か、俺は。
煩悩を捨てるため、ぶんぶんと顔を振り、目線を上げた。新宮はスマホを耳に当てている。多分、通話中だ。
「もしもし。新宮で……新宮結、です。今から住所を送るので、後処理お願いします。はい、はい……ええ、お願いします。では」
同じ学生服を着ているはずなのに、新宮は大人びて見えた。伸びきった背筋でハッキリとした芯のある発声。キャリアウーマンみたいだ。可愛い癖に、実にクールである。
「この汚らわしい残肉と骨は妖力者たちが片しに来てくれます。周りに怪しまれないよう、深夜の作業になると思います。それまでは私の術式でこれは一般人には見えなくしておきますので」
彼女は右手の人差し指と中指だけを立て、ぐちゃぐちゃに散りばめられた肉や骨を指した。
「汝、現世を惑わす者よ。我に力を貸し給え」
……?
呪文らしきものを唱えたらしいが、何か変化があったようには思えない。俺の目にはそれらがハッキリと映っている。
「見える、けど……?」
「妖力がない人間の目には見えなくなる、という結界なので」
「あのさ、ずっと気になってたんだけど……俺、本当にその……妖力者……なの?」
それは一番聞きたかったこと。ごくりと唾を飲みこみ、彼女を見上げる。彼女の笑顔は夕陽より眩しかった。
「ええ。これらが見える、というのが何よりの証拠です。しかも貴方は『特別』な妖力者です。貴方ほどの逸材はそういません」
いつまでも地面に尻をつけている俺の両手を、彼女は握り、立ち上がらせた。
婆ちゃん以外の女の手なんて、今まで握ったことなかった。本やら漫画やら教科書で得た知識では、それは天使の羽のように柔らかく、ゴツゴツとした男の手とはまるで別物らしい。
けれど新宮の手はマシュマロよりも遥かに硬いものだった。多分……いや、絶対に俺より硬い。それに手の平から違和感を感じる。多分、マメだ。恐らく……戦いの勲章。正義の勲章。新宮は、こんなになるまで他者の為に戦い続けたのか……。心臓が、締め付けられる。
ときめきとはまた違う痛みだ。
「詳細は明日説明します。では私はまだやることがあるので」
手とは正反対に柔らかく微笑みかけた彼女はフィクションのように夕日に向かって走り出した。名残惜しいのか、俺は自分の手をじっと見つめた。綺麗とは言えないけど、傷一つまっさらな手が、急に虚しく思えた。
新宮は本当に別世界の住人だった。
そこは花なんかない、殺伐とした戦いの世界だったが、どのみち俺のいる『平凡』な世界とは真逆にいた。
俺はしばらくその場に立ち尽くした。そして、もう見えない彼女の背をひたすらに目で追い続けた。
その日はいつもより一時間早く布団に潜った。
昨晩のこと、今日起こったこと、そして新宮結について。沢山のことが脳内を駆け巡り、思考は深い深い海に潜っていく。
しかし体は限界で、気づけば俺は深い眠りの世界にいた。
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