あやかし探録記

めろんぱん。

文字の大きさ
40 / 41

38 俺に出来ること、俺にしか出来ないこと(3)

しおりを挟む
『腕を掴んだら呪文を唱えるケロ。そうすればお前の身体の一部にあやかしは転移する。お前にはちゃんと妖力が流れてるから、切断した腕も三時間くらいで生えてくるぴょん』

『あのさ、俺妖力の調節……? 出来ないけど、それってぶっつけ本番で出来るもんなの?』

『これは妖術式や妖力の流し込みとは全くの別物ケロ。ただ、イメージするだけでいい。あやかしが、自分の右手に流れ込む映像を頭で描け。そうすれば九十九パーセント成功ケロ』

『……残りの一パーセントは保証してくれないのかよ』

『人生確定していることなんてないぴょん。明日も地球が存在している保証も、漫才グランプリが今年も開催される保証も、何処にもない。それと同じケロ』

『そう、だな……』

 ……三笠木七葉にとって地球の存在と漫才の重要さは同等なのだろうか?


 煙が徐々に薄れていく。新宮が来る前に、成功させなければ。

「我、現世を守りし者。汝の穢れた魂よ、我に左腕に宿り給え」

 流れ込むイメージ、流れ込むイメージ……

 頭に浮かぶ映像はアニメ映画によくある力の譲渡シーンによく似ていた。また前島に、感謝しなくてはならない。

【チッ……】

「……久我、さん」

 流れ込む、流れ込む、流れ込む……!

【はぁ……コイツ……ただの囮じゃなかったのか……】

 流れろ、流れろ、流れろ……!

「久我さん! 正気、保ってますか⁉」

「へぁ⁉」

 飛び込んできた新宮の大声で、ようやく集中力が切れた。辺りを見渡すと、妖幕は既に晴れ、目の前には鬼も般若もひっくり返るような
形相の新宮が刀を握ったまま立っていた。

「に、新宮!」

「『に、新宮!』じゃないです。それ、どういうことですか」

 両手で握っていた刀の右手を外し、俺の左手を指さす。

【……おやおや? そちらのお嬢さんには想定外の出来事かい?】

 目をやると、掴んだ腕の持ち主は倒れていた。肌の色素が抜けており、誰がどう見ても肌色としか見えない色。口も小さく顔の四分の一程度しかない。恐らく中学生くらいの女の子。気絶しているが、あやかしは抜けたようだ。

「……うわ。聞いてたよりキモイな」

 ということは。女の子の腕を離し、左前腕を目に近づける。そこには避けられた口が一つ生まれており、桃色に染まっていた。

「キモイな。じゃないです! 一体……どういうつもりですか……?」

 冷静だが怒っている。幻覚だろうか? 静かに燃える青い炎が、新宮を象るように見えた。

「どういうもこういうも見れば分かるだろ。あやかしを俺の身体に移した。それだけだ」

「分かるから聞いてるんです!」

 海と共に生き約十五年。砂浜から聞いたことない重い音が、鳴る。新宮が剣を砂浜にぶっ刺したのだ。

「やっぱり私の邪魔をするつもりだったんですね……お姉ちゃんを殺した癖に」

「違う。俺はお前の邪魔をしたつもりはない」

「違くないじゃないですか!」

「違うよ。確かに結果としてはお前の邪魔をしているのかもしれない。でも俺は……」

「言い訳は結構です! 自分だけ逃げず、仲間も守ろうとしたその姿勢は買います! でも……お姉ちゃんがアンタらに殺されたという事実は消えない……」

「痛っ……」

 当たり前だが、新宮の表情は一向に良くならない。寧ろ悪化するばかり。彼女は俺の腕を引っ張り、あやかしの口元をじっと見つめる。

 やっぱり固い手だ。固くて、冷たくて、本当は優しい手だ。

「さっさとこのあやかしをあの女に戻しなさい」

「絶対に嫌だ」

「……戻さなければ、あんたの心臓をぶった切る」

 本気だ。本気の目をしている。新宮は間違いなく、俺を殺すだろう。だって俺が折れることなど、ないのだから。

「別に構わない。俺だって罪人だ。未来さんを殺し、お前をここまで追い詰めた。俺の命ごときでは償えないほどの大罪を犯した。俺だけ
ではなく、この村に住む人、全員だ」

「ならばなぜ邪魔を……」

「俺は、新宮にこんなことして欲しくない」

「……は?」

 豆鉄砲を喰らったような間抜け面。恐らく予想を反した発言だったのだろう。こんな顔する新宮は初めて見る。こんな状況なのに少しだ
け、嬉しかった。

「お前の記憶媒体を見て分かった。お前はやっぱり、優しい正義の味方だった」

「……何が言いたいんですか?」

「もし本当に俺たちを殺すために妖術師になったのならば、それだけをすればいい。なのにお前は他の任務にも赴き、自分の身を削り、他人を守り続けた」

「そ、そんなの当然のことです……! 妖術師になった以上、任務をこなすのは当然……」

「それを当然と思えるから凄いんだよ。もし俺が新宮と同じ状況に置かれたら、同じ判断が出来るとは思えない。俺はそんな新宮に、悪人になって欲しくない。それだけだよ」

「な、にを……言ってるんですか……」

「このままじゃ絶対新宮のを責める人間が現れる。事情も知らず、罵倒し、恨み、好き放題言ってお前を責める奴が!」

 事実、俺もそうだった。新宮を恨み、責めた。何も知らずに、彼女をただの殺人鬼と判断した。

「少なくとも未来さんのことを忘れている以上、お前はこの村の人間に恨まれ続ける。俺は、嫌だよ……! 誰であろうとお前を責める奴がいるもは嫌だ! いいか? 俺はお前の邪魔をしたいんじゃない。悪いがこの村の人間を助けたいわけでもない。恨まれて当然のことをしたんだからな。これは俺のワガママだ! お前が未来さんの正義の味方で痛かったように、俺はお前を悪人にしたくない、それだけだ!」

 思えば自分の意思をはっきりと表すのは初めてかもしれない。

 やっぱり、言葉は呪いだ。一度宣言した以上、撤回は出来ない。俺は死ぬまで、拒絶されても、植物状態になったとしても、彼女を悪人にしないよう、頑張らなくてはならない。

 全く……なんて光栄な呪いなんだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...