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38 俺に出来ること、俺にしか出来ないこと(3)
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『腕を掴んだら呪文を唱えるケロ。そうすればお前の身体の一部にあやかしは転移する。お前にはちゃんと妖力が流れてるから、切断した腕も三時間くらいで生えてくるぴょん』
『あのさ、俺妖力の調節……? 出来ないけど、それってぶっつけ本番で出来るもんなの?』
『これは妖術式や妖力の流し込みとは全くの別物ケロ。ただ、イメージするだけでいい。あやかしが、自分の右手に流れ込む映像を頭で描け。そうすれば九十九パーセント成功ケロ』
『……残りの一パーセントは保証してくれないのかよ』
『人生確定していることなんてないぴょん。明日も地球が存在している保証も、漫才グランプリが今年も開催される保証も、何処にもない。それと同じケロ』
『そう、だな……』
……三笠木七葉にとって地球の存在と漫才の重要さは同等なのだろうか?
煙が徐々に薄れていく。新宮が来る前に、成功させなければ。
「我、現世を守りし者。汝の穢れた魂よ、我に左腕に宿り給え」
流れ込むイメージ、流れ込むイメージ……
頭に浮かぶ映像はアニメ映画によくある力の譲渡シーンによく似ていた。また前島に、感謝しなくてはならない。
【チッ……】
「……久我、さん」
流れ込む、流れ込む、流れ込む……!
【はぁ……コイツ……ただの囮じゃなかったのか……】
流れろ、流れろ、流れろ……!
「久我さん! 正気、保ってますか⁉」
「へぁ⁉」
飛び込んできた新宮の大声で、ようやく集中力が切れた。辺りを見渡すと、妖幕は既に晴れ、目の前には鬼も般若もひっくり返るような
形相の新宮が刀を握ったまま立っていた。
「に、新宮!」
「『に、新宮!』じゃないです。それ、どういうことですか」
両手で握っていた刀の右手を外し、俺の左手を指さす。
【……おやおや? そちらのお嬢さんには想定外の出来事かい?】
目をやると、掴んだ腕の持ち主は倒れていた。肌の色素が抜けており、誰がどう見ても肌色としか見えない色。口も小さく顔の四分の一程度しかない。恐らく中学生くらいの女の子。気絶しているが、あやかしは抜けたようだ。
「……うわ。聞いてたよりキモイな」
ということは。女の子の腕を離し、左前腕を目に近づける。そこには避けられた口が一つ生まれており、桃色に染まっていた。
「キモイな。じゃないです! 一体……どういうつもりですか……?」
冷静だが怒っている。幻覚だろうか? 静かに燃える青い炎が、新宮を象るように見えた。
「どういうもこういうも見れば分かるだろ。あやかしを俺の身体に移した。それだけだ」
「分かるから聞いてるんです!」
海と共に生き約十五年。砂浜から聞いたことない重い音が、鳴る。新宮が剣を砂浜にぶっ刺したのだ。
「やっぱり私の邪魔をするつもりだったんですね……お姉ちゃんを殺した癖に」
「違う。俺はお前の邪魔をしたつもりはない」
「違くないじゃないですか!」
「違うよ。確かに結果としてはお前の邪魔をしているのかもしれない。でも俺は……」
「言い訳は結構です! 自分だけ逃げず、仲間も守ろうとしたその姿勢は買います! でも……お姉ちゃんがアンタらに殺されたという事実は消えない……」
「痛っ……」
当たり前だが、新宮の表情は一向に良くならない。寧ろ悪化するばかり。彼女は俺の腕を引っ張り、あやかしの口元をじっと見つめる。
やっぱり固い手だ。固くて、冷たくて、本当は優しい手だ。
「さっさとこのあやかしをあの女に戻しなさい」
「絶対に嫌だ」
「……戻さなければ、あんたの心臓をぶった切る」
本気だ。本気の目をしている。新宮は間違いなく、俺を殺すだろう。だって俺が折れることなど、ないのだから。
「別に構わない。俺だって罪人だ。未来さんを殺し、お前をここまで追い詰めた。俺の命ごときでは償えないほどの大罪を犯した。俺だけ
ではなく、この村に住む人、全員だ」
「ならばなぜ邪魔を……」
「俺は、新宮にこんなことして欲しくない」
「……は?」
豆鉄砲を喰らったような間抜け面。恐らく予想を反した発言だったのだろう。こんな顔する新宮は初めて見る。こんな状況なのに少しだ
け、嬉しかった。
「お前の記憶媒体を見て分かった。お前はやっぱり、優しい正義の味方だった」
「……何が言いたいんですか?」
「もし本当に俺たちを殺すために妖術師になったのならば、それだけをすればいい。なのにお前は他の任務にも赴き、自分の身を削り、他人を守り続けた」
「そ、そんなの当然のことです……! 妖術師になった以上、任務をこなすのは当然……」
「それを当然と思えるから凄いんだよ。もし俺が新宮と同じ状況に置かれたら、同じ判断が出来るとは思えない。俺はそんな新宮に、悪人になって欲しくない。それだけだよ」
「な、にを……言ってるんですか……」
「このままじゃ絶対新宮のを責める人間が現れる。事情も知らず、罵倒し、恨み、好き放題言ってお前を責める奴が!」
事実、俺もそうだった。新宮を恨み、責めた。何も知らずに、彼女をただの殺人鬼と判断した。
「少なくとも未来さんのことを忘れている以上、お前はこの村の人間に恨まれ続ける。俺は、嫌だよ……! 誰であろうとお前を責める奴がいるもは嫌だ! いいか? 俺はお前の邪魔をしたいんじゃない。悪いがこの村の人間を助けたいわけでもない。恨まれて当然のことをしたんだからな。これは俺のワガママだ! お前が未来さんの正義の味方で痛かったように、俺はお前を悪人にしたくない、それだけだ!」
思えば自分の意思をはっきりと表すのは初めてかもしれない。
やっぱり、言葉は呪いだ。一度宣言した以上、撤回は出来ない。俺は死ぬまで、拒絶されても、植物状態になったとしても、彼女を悪人にしないよう、頑張らなくてはならない。
全く……なんて光栄な呪いなんだろう。
『あのさ、俺妖力の調節……? 出来ないけど、それってぶっつけ本番で出来るもんなの?』
『これは妖術式や妖力の流し込みとは全くの別物ケロ。ただ、イメージするだけでいい。あやかしが、自分の右手に流れ込む映像を頭で描け。そうすれば九十九パーセント成功ケロ』
『……残りの一パーセントは保証してくれないのかよ』
『人生確定していることなんてないぴょん。明日も地球が存在している保証も、漫才グランプリが今年も開催される保証も、何処にもない。それと同じケロ』
『そう、だな……』
……三笠木七葉にとって地球の存在と漫才の重要さは同等なのだろうか?
煙が徐々に薄れていく。新宮が来る前に、成功させなければ。
「我、現世を守りし者。汝の穢れた魂よ、我に左腕に宿り給え」
流れ込むイメージ、流れ込むイメージ……
頭に浮かぶ映像はアニメ映画によくある力の譲渡シーンによく似ていた。また前島に、感謝しなくてはならない。
【チッ……】
「……久我、さん」
流れ込む、流れ込む、流れ込む……!
【はぁ……コイツ……ただの囮じゃなかったのか……】
流れろ、流れろ、流れろ……!
「久我さん! 正気、保ってますか⁉」
「へぁ⁉」
飛び込んできた新宮の大声で、ようやく集中力が切れた。辺りを見渡すと、妖幕は既に晴れ、目の前には鬼も般若もひっくり返るような
形相の新宮が刀を握ったまま立っていた。
「に、新宮!」
「『に、新宮!』じゃないです。それ、どういうことですか」
両手で握っていた刀の右手を外し、俺の左手を指さす。
【……おやおや? そちらのお嬢さんには想定外の出来事かい?】
目をやると、掴んだ腕の持ち主は倒れていた。肌の色素が抜けており、誰がどう見ても肌色としか見えない色。口も小さく顔の四分の一程度しかない。恐らく中学生くらいの女の子。気絶しているが、あやかしは抜けたようだ。
「……うわ。聞いてたよりキモイな」
ということは。女の子の腕を離し、左前腕を目に近づける。そこには避けられた口が一つ生まれており、桃色に染まっていた。
「キモイな。じゃないです! 一体……どういうつもりですか……?」
冷静だが怒っている。幻覚だろうか? 静かに燃える青い炎が、新宮を象るように見えた。
「どういうもこういうも見れば分かるだろ。あやかしを俺の身体に移した。それだけだ」
「分かるから聞いてるんです!」
海と共に生き約十五年。砂浜から聞いたことない重い音が、鳴る。新宮が剣を砂浜にぶっ刺したのだ。
「やっぱり私の邪魔をするつもりだったんですね……お姉ちゃんを殺した癖に」
「違う。俺はお前の邪魔をしたつもりはない」
「違くないじゃないですか!」
「違うよ。確かに結果としてはお前の邪魔をしているのかもしれない。でも俺は……」
「言い訳は結構です! 自分だけ逃げず、仲間も守ろうとしたその姿勢は買います! でも……お姉ちゃんがアンタらに殺されたという事実は消えない……」
「痛っ……」
当たり前だが、新宮の表情は一向に良くならない。寧ろ悪化するばかり。彼女は俺の腕を引っ張り、あやかしの口元をじっと見つめる。
やっぱり固い手だ。固くて、冷たくて、本当は優しい手だ。
「さっさとこのあやかしをあの女に戻しなさい」
「絶対に嫌だ」
「……戻さなければ、あんたの心臓をぶった切る」
本気だ。本気の目をしている。新宮は間違いなく、俺を殺すだろう。だって俺が折れることなど、ないのだから。
「別に構わない。俺だって罪人だ。未来さんを殺し、お前をここまで追い詰めた。俺の命ごときでは償えないほどの大罪を犯した。俺だけ
ではなく、この村に住む人、全員だ」
「ならばなぜ邪魔を……」
「俺は、新宮にこんなことして欲しくない」
「……は?」
豆鉄砲を喰らったような間抜け面。恐らく予想を反した発言だったのだろう。こんな顔する新宮は初めて見る。こんな状況なのに少しだ
け、嬉しかった。
「お前の記憶媒体を見て分かった。お前はやっぱり、優しい正義の味方だった」
「……何が言いたいんですか?」
「もし本当に俺たちを殺すために妖術師になったのならば、それだけをすればいい。なのにお前は他の任務にも赴き、自分の身を削り、他人を守り続けた」
「そ、そんなの当然のことです……! 妖術師になった以上、任務をこなすのは当然……」
「それを当然と思えるから凄いんだよ。もし俺が新宮と同じ状況に置かれたら、同じ判断が出来るとは思えない。俺はそんな新宮に、悪人になって欲しくない。それだけだよ」
「な、にを……言ってるんですか……」
「このままじゃ絶対新宮のを責める人間が現れる。事情も知らず、罵倒し、恨み、好き放題言ってお前を責める奴が!」
事実、俺もそうだった。新宮を恨み、責めた。何も知らずに、彼女をただの殺人鬼と判断した。
「少なくとも未来さんのことを忘れている以上、お前はこの村の人間に恨まれ続ける。俺は、嫌だよ……! 誰であろうとお前を責める奴がいるもは嫌だ! いいか? 俺はお前の邪魔をしたいんじゃない。悪いがこの村の人間を助けたいわけでもない。恨まれて当然のことをしたんだからな。これは俺のワガママだ! お前が未来さんの正義の味方で痛かったように、俺はお前を悪人にしたくない、それだけだ!」
思えば自分の意思をはっきりと表すのは初めてかもしれない。
やっぱり、言葉は呪いだ。一度宣言した以上、撤回は出来ない。俺は死ぬまで、拒絶されても、植物状態になったとしても、彼女を悪人にしないよう、頑張らなくてはならない。
全く……なんて光栄な呪いなんだろう。
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