魔法使いの掟

めろんぱん。

文字の大きさ
上 下
1 / 15

プロローグ 約束と信念

しおりを挟む
 正しいことなんて、誰も知らない。

 この世界は、常に変化し続ける正しさの上で成り立っている。

 戦うことは正義とされた時代。自己犠牲の精神が最も尊いと崇められた時代。そして、自分の命は自分で決める時代。

 ああ。世界はなんて傲慢で、美しいのだろう。

 私たちは、選択する。その時代にあった正しさを。

 優れた魔法使いにはたった一本、されど一本。太い、芯が必要。

 どんな正しさにも揺るがない、自分を生かす芯が。

『スバル、約束しよう』

 何十年、何百年、何千年と時が流れても、貴方の声だけは忘れない。忘れられない。

 今日も私は、貴方と交わした約束の上で生きている。








 世界にはかつて、双子の神の子がいた。
 
 幻惑の神スラルは魔法を信じ、知識の神ルイスは科学を崇拝した。

 神はある日、言いました。どちらかに神の座を譲ると。

 その結果、二人は神の座を巡り戦争を始めました。

 都市は陥落し、木々は燃え、世界は崩壊を始めた。

 見かねた神は世界を二つに分断しました。

 科学を中心とする『地球』。魔法を中心とする『レアビナ』。

 レアビアでは皆が魔法を使い、豊かな世界へと発展していきました。

 しかし。

 村が生まれ、町となり、都市となり、国となる。

 権力が分散すれば、当然争いが生まれる。

 第一次世界魔法大戦。それは、魔法界崩壊の淵をなぞった悪夢だった。

 「……んっ。やべ。いつの間に寝てたんだろう」

 腰と腕に走る痛み。また作業中に寝てしまったことの証拠。

 重い瞼の向こうに映る紙、ペン、ファイル、書物……etc.

 右に顔を向けると、カーテンもしていない窓から直日が当たる。

 日の向きからして、昼というのが妥当だろう。

 はぁ……。いつから寝てたんだろう。

 睡眠は疲れをとるもの。なのに腹は減る。その事実に妙な違和感を持ちながらも、机の引き出しを開け、乱雑にしまわれたパンを適当に
取り出す。

 メロンパンか……。気分じゃないが、仕方ない。また引き出しを開けるのが面倒くさい。

 袋を開け、靴に頬り込む。この作業を三分で済ませ、再び机に向かう。

 とっくに昼は過ぎている。つまりもうすぐ奴が来る。

 少しでも多く進めなければ邪魔をされーー

「やっほー! みーたん! スバルちゃんがきっましたよぉーーんっ!」

 背後から聞こえる扉が開いた音。
 
 音量からしてまた蹴り飛ばしたのだろう、あのバカは。

 振り返るまでもなく、誰だか分かる。しかしそれは態度や声が理由ではない。

 俺の家に来るもの好きなんて、限られているから。

「もう少し静かに入れよ、馬鹿」

「めんごめんごー。すまんせーっす」

 全く反省の余地を見せない謝罪を漏らしながら、スバルは俺の横に並んだ。

「何してたの? もしかして次の魔科学?」

「違う。勝手にみんな」

 机上に広がる紙たちを両手で覆うと、スバルはため息をこぼし、腰に手を当てた。

 ルックスだけなら、可愛い分類だろう。

「ひっど! どうせ私が使うんだからいーじゃんっ」

「よくねぇ。見てもいちいち説明求めるだろ」

「当たり前じゃん。み―たんの字汚いし」

「あとそのみ―たん、やめろ。うぜぇ」

 コイツの相手をする時間は不毛だ。

 適当にあしらいながら、ペンを走らせる。にも拘らず、スバルは話を止めようとしない。

「何で⁉ みーたんはみーたんじゃん!」

「ちげぇ。俺は高梨水樹だ」

「略してみーたん」

「もっと違う呼び方あるだろ」

「例えば?」

「高梨さん」

「うわ、距離感。私とみ―たんの仲なのに……!」

「誤解を招くような発言は止めろ。俺はお前と親しくなったつもりはない」

「それに関してはどーかん。私たちって所詮ビジネスパートナーだよね」

「……そうだな」

 自分から引導を引いた癖に、少なからずショックを受けてしまった。

 いやいや。アイツがいると研究が進まない。そのくらいに思ってくれた方が楽であってーー

「あっれぇーー? もしかしてがっかりしてる? ビジネスパートナーって言われてショック受けーー」

「うっせぇ! お前は黙ってろ!」

 百歩、いや十億万歩譲って心の中を除いてくるのはいい。

 ただそれを使って煽るのはやめろ。体中の温度が上がり、羞恥で死にそうになる。

「黙れ黙れって、客人に茶も出せないの?」

「お前は客じゃねぇだろ」

「へいへい、そーっすね」

 拗ねたように口を尖らせるスバル。

 世間一般では、可愛いに分類されるのだろう。

「で、用はなんだよ」

「ない」

「あ?」

「嘘嘘。ジョーダン。次の任務、北欧のブリアストなの。お土産、何がいいかなって」

「そんなけ?」

「何? 悪いの? ビジネスパートナーにお土産買ってきちゃ」

「駄目じゃねぇけど、土産買う余裕なんかあんのかよ、序列一位」

「余裕は作るものなので」

「……温泉の素」

「あんたホントお風呂好きね……。一緒に入ってくれる裸体もないのに何が楽しいの?」

「お前の脳内はドエロしかねぇのか」

「んなことないわよ。ちゃんと世界平和について考えてるわよ」

 嘘つけ、と言いたくなったが、その言葉が嘘ではないことくらい、俺はよく知っている。

 紺色のワンピース。首を隠すワイシャツと水色のリボン。大して細くない足を隠す漆黒のブーツ。
 
 同じく大して細くもないウエストを強調するように巻かれたホルスターには、一本の銃がしまわれていた。

「素ね、素。忘れなければ買ってくる」

「はいはい。またな」

「ええ。また、ね」

 あっさりと帰宅をしたスバル。アイツも意外と忙しいのだ。意外だが。

「はぁ……」

 特に振り返ることもなく、言葉を交わしたことを後悔している訳ではない。

 彼女は必ず帰ってくる。

 そう分かっていても、危険な場所に行く友人を、どんな顔をして送り出せばいいのだろう。

 彼女に出会って五年。俺はまだ、その答えを見つけられない。


しおりを挟む

処理中です...